4-20 令和ギャルの守護神育成計画
【この作品にはあらすじはありません】
「直江君、めっちゃ爪キレイじゃん。」
「えっ!」
夏休みが明けたものの、まだ暑さが残る9月。昼休みになり各々が談笑したり、お昼ご飯を撮っている中、僕は左手でサラダチキンを食べながら、右手で握力を鍛えていた。
誰にも話しかけられずに、ご飯を食べて、握力を鍛えて、本を読むか変化球の握りの確認。
7月までは野球部のメンバーで学食に行ってたけど、最近の昼休みはいつもそんな感じで過ごしてる。
ただ今日はいつもと違った。
「ごめんごめん、まだご飯食べてる途中だったよね。」
「いや、ちょっとビックリしただけだから…」
「でもさ、直江君ホント爪綺麗だよねー。何かやってるの?」
まさか、平野さんに話しかけられるなんて。
平野愛佳さんはめちゃくちゃ可愛い。大きな両目に長いまつげ、シュッとした鼻筋に、褐色のいい唇、あとはスタイルもいい。
それに加えて、明るくて、常に前向きでいつも真っ直ぐな感じでだったから、男女問わず人気者だった。
そして、僕自身もいつも自分らしさ全開な平野さんに少なからず憧れていた。
「えっと、甘皮を処理して、研磨して、ベースコートを塗って凹凸を無くして……」
僕のおぼつかない説明を聞きながら、空いていた前の席の椅子に跨るように後ろを向いて座る平野さん。
「へぇー。もうちょい良く見せてよ」
手を広げて彼女に爪が見えるように手の甲を前に出す。
よく考えなくとも、こんなにまじまじと手を見られるのは初めてだ。そこまで変なことはしてないはずだけど、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい。
っていうか、そもそも爪に気づかれたことなかったし。もしかして「綺麗じゃん(笑)」なんて思われてないよね……。いや、平野さんがそんな事言うとは思えないし。
「これ全部自分でやってるの?」
「はい、一応。さすがに僕がネイルサロンに行くのは恥ずかしいので……」
「えっ! めちゃすごいじゃん! いいなぁー。自分でやろうと思っても上手くいかないんだよねー。ほら、あたしって意外と不器用だしさ……」
目をキラキラさせながら、僕の手に触れる平野さん。
マメが何度もつぶれて硬くなった僕の手とはまったく違う、女の子の柔らかくてなんの引っかかりもない手……。
なんだろう、触られているだけなのにものすごく罪悪感を感じる。
「爪綺麗だけど、手は結構ゴッツいんだね。男の子って感じ」
「やっぱり、変だったかな。」
いくら爪をきれいにしても、骨格は全然違うし手も手もデカくてゴツいし、僕は……。
「何言ってんの、直江君。ギャップ、ギャップ。超かわちいじゃん」
そう口にした平野さんは僕の不安なんか知ったことかと言わんばかりの笑顔だった。
「あ、次体育だしそろそろ更衣室行くね。」
彼女はそういって体操服の入ったトートバッグを方から下げ、席を立ち上がると最期に
「可愛いって最強なんだぜ」
とだけ言って去っていった。
***
24時30分。
部活を終え風呂に入り、ご飯を食べて課題も終わらせ俺は布団にもぐってスマホを触っていた。
「超かわちいかぁー」
本当はもう夢の中にいる時間なのに、昼休みに平野さんと話したことが頭から離れず、ずっと覚醒状態が続いている。憧れていた平野さんに話しかけられて、それに爪を褒められて……。
「ダメだ、寝れる気がしない」
布団にもぐってても仕方ないと思った俺は起き上がってパジャマを脱ぐ。眠れない日は外に出て散歩をしたり、軽く壁当てをしてから、シャワーを浴びなおして寝るのが僕の中では定番化していた。
「さて、どれを着ていくか……」
寝てる家族を起こさないようにゆっくりとクローゼットをあける。
「こっちで……。いやこれにしよう」
服に着替えて音を立てないように玄関の扉を開けて外にでる。僕にとってこの時がなによりも緊張する時間だった。
家族に見つかるわけには行かないしなぁ。
家を出るとそのまま馬代通りを円町方面に歩いていく。夜の京都は静かだ。祇園とか木屋町の方はもうちょっと賑やかかもしれないけど、西区ってなるとほとんど住宅街。たまに騒いでる律名大生に遭遇するぐらいが関の山だ。
京都駅から円町を通って木野崎方面に伸びていくJR京都線、その高架下についた僕は荷物を下ろしてバックからグローブと野球ボールを取り出す。
グローブを構え、軸足に体重を乗せながら、体を捻り、右腕を鞭のようにしならせ、球を投げ込む。それが高架のコンクリートに当たって「コーン」と音が響いた。
高架下での壁当ては、今年の夏に甲子園県大会で負けてから眠れない日は毎日行っている週刊だった。
7月、全国高校野球選手権京都府大会、準々決勝。甲子園常連の平安大付属朱雀高校を相手に、公立高校ながら全国的に注目されていたエース・榊のおかげで8回まで1-0で勝ち越していた。
しかし、1-0で迎えた9回。榊はツーアウトながらランナーを2人出した状況でピッチャー返しを受けてしまう。
ボールが胸に直撃し、投げることができなくなった榊に代わってマウンドを託されたのが、僕だった。
ここで、抑えればヒーローだと自分に言い聞かせながらマウンドに上がった僕だったけど、強力な平安大朱雀打線を効率高校の2番手ピッチャーがそう簡単に抑えられる訳もなく、僕たちは敗北してしまった。
ホームランだった。
2ストライク、1ボールの投手有利カウント。右バッターのインコース、ベースの箸を掠める位置に3球連続でストレートをなげこんだあと、決め球として投げたスライダーだった。
それがど真ん中の甘いコースに入ってしまい、見事にバックスクリーンに持っていかれてしまった。
抑えてヒーローになるはずの僕を待っていたのは、落胆の言葉や暴言の数々だった。
「あのとき、榊が投げていれば」「直江のせいで負けた、なおエじゃん」だとか……。
それ以来、僕の投げた球は、僕の意思と反して暴れまわるようになってしまった。もともとコントロールが自慢の投手とは思えない有様だ。
今はこうして少しでも昔の感覚を取り戻すために眠れない日はこうして投げている。
「そろそろ、帰るか」
だいたい60球位なげ、グローブをバックにしまおうとしたその時、不意に後ろから声をかけられた。
「もしかして……直江君じゃない?」
見られた……。今の自分の格好を。
目線を自分の足元に向ける。
プーマのスエード マユに、カレッジプリントスウェット、そしてロングスカート。
夜に外出する理由、それは知り合いに会うような事故無しに女装して外出できるからだったんだけど……、まさか知ってる人に遭遇してしまうなんて。
「やっぱりそうだ。直江君じゃん」
ヤバいどうしよう。こっちに来る。大丈夫、今日の服装ならまだごまかしが利くはずだ。スカートはロングだからなんかそういう特殊なズボンってことにすれば……。
「直江君、私服も可愛いじゃん」
「え? 平野さん」
どうやって女装バレしないようにごまかそうかフル回転させていた僕の頭は一瞬でパンクした。
***
「夜中に練習なんて直江君、めっちゃ頑張ってるんだね」
並んでベンチに座る僕と平野さん。夜中にここにいるいきさつを説明すると彼女はそういってうんうんと頷く。
逆に服装については最初の一声以降何も言及してくることは無かった。気使われてるのかな、もしかして……。
「平野さんは僕の服装については何も思わないの?」
「普通にめちゃかわいいよ」
「いや、そうじゃなくて。僕は男だよ。男がスカート履くのには何もおもわないの?」
「いやいや、可愛けりゃいいしょ。可愛いis最強よ」
そうなのか。案外そんなもの何だろうか。
小さいころから漠然と可愛いものが好きだった。でもそれを言うたびに「おかしい」といわれてきたのが僕だった。
「てか、あたし。直江君がコントロール悪い理由、分かったかも」
そういって、彼女は立ち上がる。
「理由ってなんなの」
「それはね……」
息を吸うと彼女は拳を作って自分の胸を叩く。
「メンタルだよ。」
「メンタル……?」
「そう、盛れれば最強。常に自分らしく、ポジションにいる。そんなギャルマインドがたりないの。だから……」
そこまで言って彼女は僕の肩に手を置いた。
「一番自分らしい。最強にかわいい格好でマウンドに上がればいいんだよ。いや、私って天才かも」
呆然とする僕をよそに彼女は「決まりね」と一言いった。





