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4-16 堕ちたドブネズミ共の『障害』

世界を救う為に地球に降り立った勇者、「シーガ」が目を覚ますと、そこは井戸の底のような場所で、なんと体はドブネズミになっていた!

一緒に来ていた恋人のライラは? 

一体どれほどの年月が?

どうやってここから脱出すれば?

様々な障害を乗り越えて、元勇者はどうなってしまうのか……?

「……ここは?」

 目が覚めたら俺は枯れ果てた井戸のような、とても深い穴の中

 から満月を見上げていた。

「いてて……」

 体を起こし激しい頭痛に襲われる。何か思いっきり頭を打ったらしい。いや、頭もだが体全体がものすごく痛い。何があったんだ。すこし思い返してみることにする。


 まず、俺の名前はシーガ。勇者と呼ばれる存在だ。

 勇者とはなにか大切な使命を持ってそれを遂行する力を持って生まれてくる存在で、土地が干からびた。食料がない。などの問題を解決し、人類が続く為の救済措置として生まれてくる。

 俺はそんな勇者として生まれて、だからこそまぁチヤホヤされながら生きてきた。……色々あったが。


 そしてようやく自分の役目を果たす時が来たのだ。

 どうやら自分たちが住む世界とは別の世界。『地球』と呼ばれている場所で何やらよくないことが起ころうとしているらしい。

 それの調査と解決が俺の使命。俺はすぐ地球に向かった。……俺は?違う。


「……あっ! ライラは!?」


 そうだ、1人で来たわけじゃない俺にはこの世界に仲間を連れていたんだ。

 ライラ。勇者であることを強いられた俺を、ずっとそばで支えてくれた女性の名。俺がこの世で1番信頼できる相棒であり……俺が初めて恋に落ちた女性だった。

 彼女も一緒に来ていたのだ。そのことを頭痛の中で思い出して辺りを見渡し安否の確認をする。


「ライラ! どこだ、いないのか!?」


 空に向けて大声を放つ。返事はない。

 どこかで別れたのだろうか。記憶を辿ってみるが……ダメだった。この世界に来てからの記憶が本当にない。


 何故ここにいるのか。彼女はどこなのか。

 ここに来てからどれだけの時間が経過したのか。何もわからないまま俺は空を見上げて立ち尽くした。


 その時だった。


「ん。なんだ、生き物の気配……?」


 かさり。と後ろの方から何か音が聞こえた。さっきの大声のせいでだろうかと素早く振り向く。


「……ネズミ?」


 そこにいたのは確かにネズミだった。だが。


「で、デカくない?」


 そのネズミは俺と同じぐらいの背丈があった

 生命の危機を感じる。もし襲って来たら、そう考えた俺は俺は背に刺しているの剣を取ろうとした。だが。


「あ、あれ? 剣がない?」


 ここに来た時に落としてしまったのか!? 慌てる俺にさらにもう一つ不可解な出来事が。


「な、なんだこの手は……?」


 無を掴んだ俺の手を見ると、その手は人の形をしていなかった。そう、その手はまるで目の前にいる……。


「ネズミの手?」


 小さなおててで自分の体を触る。もふもふしてる。俺はこんなに毛深かった記憶は絶対に無い。朦朧としていたけどそれだけは断じてないと言い切れる。


「ネズミになってるのか!? なんでぇ!?」


 ようやく理解ができた。やけにデカい目の前のネズミもなんかすごく遠く感じるこの穴も、俺がネズミになってしまったからなのだ。


「……あのぉ」

「うわぁ!? 目の前のネズミが喋った!」

「貴方だって今ネズミでしょうが!」


 おたおたしてる俺に目の前のネズミが人の言葉を喋った。どういうことなんだよ。意味がわからないの連打で頭痛がさらに痛くなってきた。

 まぁ今は俺もネズミだし、ネズミ同士分かるってことにしよう。自分でそう結論付けて落ち着いた。


「でも、なんで俺はネズミに?」

「……『転移者狩り』です」

「え?」


 目の前のネズミが俯いて、確かにそう言った。

『転移者狩り』。言葉の意味はよくわからないが、何やら嫌な雰囲気だけは感じ取れた。


「なんですか、それは」

「ついてきてください。貴方もここに落ちてきてしまった以上私たちの仲間です。歩いてる途中で教えますよ」


 背を向けて暗闇に向けて歩き出した。

 俺にはやらなきゃいけないことがたくさんありすぎる。ライラはどこに? 世界はどうなった?

 ただそれよりまず解決しておかなければならないのは間違いなく自分の体がネズミになった。ということ。

 流石にそれはわかってる。だから何も言わずに着いていくことにする。歩きにくい。


 ×××



「まず、貴方の名前と、元々どういう人間だったのかを聞かせてください」


 前を歩くネズミに尋ねられる。隠す必要もないのでちゃんと伝えることにした。勇者であること。そしてこの世界がまずいことになっているということ。


「そうですか……シーガさんもほとんど同じなんですね」

「同じ?」

「ええ、左をよくご覧ください」

「左? うわっ!」


 俺が歩いている道の横にはたくさんのネズミやらの死体が転がっていた。

 進むたびに強くなっていた腐臭の正体がこれか。鼻を摘もうとしたが絶妙に塞ぐことができなかった。不便すぎる。


「彼らもまた、貴方と似たような仕打ちを受けて死んでいったものたちです」

「死んでいった……仕打ちってどういう?」

「今から説明しますよ。そういえばまだ名前を言ってませんでしたね。私はソルトって言います。私も元々は人側で、女の子でした」

「あなたも人間だったんですか?」

「ここで人の言葉を喋る動物は大抵元は人間です。それでは教えますね、貴方に何が起こったのかを」


 一呼吸おいて、ソルトさんは話し出した。


「外の世界では、地球では転移者狩りというものが行われているのです」

「転移者狩り……」

「初めがどうだったかはわかりませんが、彼らの目的は一つ。異世界人が持つ不思議な力を自分たちのものにして世界を面白おかしく生きてしまおう。というものです」

「……その為に、自分たちを襲って能力を奪っている、と?」


 ソルトは頷く。信じられない話、だが俺も別の世界から来た人間。喋るネズミに面食らったのは確かだけど不思議なことには結構な耐性がある。魔法もある世界に生きてきた人間だ、そういうものがあるのなら納得するしかない。


「じゃあ簡単だ。さっさとここから出て体を取り返しに行けばいい」

「ネズミが人間様に勝てるとでも?」

「うぐっ」


 至極真っ当! 何も言い返せない。もしかして俺がここに来た理由って能力を奪った連中が悪いことし始めたからってことなのか? 俺はそれに見事はめられてしまったわけだが。


「しかし、どうすればいいんだ。この体じゃ何もできる気がしないぞ。体を取り戻すどころか穴の外にすら出られないんじゃないか?」


「どうするも何も……もうこの穴に落ちて目覚めた時点で『詰み』なんですよ」


 詰み。胸がキュッ、としまった気がした。


「そして姿を変えられた私たちはその寿命が尽きるまでこの穴の中で暮らすんです。貴方にはこの穴の中の生き方を今から教えます」

「生き方ねぇ……ソルトさんはここから出ようとしなかったのか?」

「さっきも言ったじゃないですか、無理なんですよネズミ1匹じゃ何も出来ません。世界を変えるなんて、ましてやここから出るなんて」

「でもそれは1匹なら、でしょう?」


 俺がそう言うとソルトは振り向いてくれた。暗くて表情は見えないけど驚いていた様子だった。

 やっぱりだ。俺たちは今はネズミだけど心はしっかり人間なのだ。人間はそう簡単に絶望しない。詰みだなんて、そう易々となるものじゃない。


「確かに1匹じゃ難しいかもしれない。でも2匹なら、3匹ならなんとかなるかもしれない。ここにはたくさんの元人間がいるんでしょう? ここを出るぐらいなんとかなりますよ」

「無理ですよ、転移者狩り側の見張りだっているし、所詮はちっぽけな力が集まっても何もなりません」


 ちっぽけな力か。ここにいる元人間は不思議な力を持っていたから、無力な自分に耐えられないんだろう。

 出来ていたことが出来なくなるというのが、それが大きければ大きいほど深く苦しい。

 でもそんな絶望は……。


「とうの昔に、超えてきたんだ」


「何を言って」


「俺はいつか世界を救う存在として生まれてしまって、そうあるものとして生きてきて、その期待に押しつぶされそうな時がありました。その時にとある人が俺を助けてくれたんです。

 その時に知ったんです。自分なんてちっぽけで、勇者だって魔王だって、どんな生き物だって1人で出来ることなんてたかが知れてるってことを」


 だから俺は1人でここに来なかった。俺は自分の弱さを知っていたから。

 情けないとは思う。でも何が出来ないかを知った強さを俺は持っていた。


「ネズミだって人間だって、1じゃ限界がある。そしてきっと2は1より絶対に強い。3にならばもっと強い! そしてそれを教えてくれた人が今、多分俺の体を奪った転移者狩りと一緒にいるはずだ!」

 彼女は、ライラは優しい。きっと俺のそばにいるはず。

 助けなきゃ行けない。俺の勇者としての責務を一緒に担いでくれた彼女を、今度は俺が。

 だからこそもう一度、ライラに伝えた言葉をソルトに。

「……力を貸して欲しいんだ。俺の『生涯』は、こんなところで終われない。ソルトだって、何かやり残したことがあるんだろう?」

 小さい手のひらをソルトに向ける。この障害を乗り越える協力者になってほしいと。


「……まぶしい」

「え?」

「ずっと、暗いところにいたから。なんの根拠もないのにそんなキラキラしたこと言うなんて。それだけで、ついて行きたくなる……」

「じゃ、じゃあ」

「うん……私も、こんなところで終わりたくない」


 手を取ってくれた。この障害を乗り越える協力者として。

暗い暗い死の漂う洞窟で、確かに俺たちは戦うものの輝きを見せていたと思う。


 それはどんなちっぽけな光でも、勇者であると、そう思った。

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