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4-14 渋滞中 ―左遷されてきたギルマスと欲望に忠実な秘書、冒険者の娘に魔王な息子

地方局のギルドマスターとして赴任したゴローは、自身の欲望に忠実な秘書カレンに一目惚れされ、なぜか3年前に別れた元嫁の公主から邪魔を受けることに。

ゴローとともにやってきたA級冒険者の娘と天才の息子たちとともに、辺境の地で問題を解決する一方、王都では王族、貴族、市民の三竦みの関係が崩れ、国家の危機が世界の滅亡の危機にまで発展していく。

ゴローは数々の問題を「想定内」で納め、カレンは自分の欲望のままにぶった切り、冒険者の娘は依頼として解決し、なぜか息子は魔王を目指すことに。


全ての事態が辺境の地で渋滞に陥る中、カレンの直球な恋は世界を救う? それとも滅ぼす?

「左遷されたエリート様ですか?」

「何だか訳ありらしい」

「なるほど」

「おかげさまで俺は本部にご栄転って話になった。世話になったな、カレン」

「それはこちらこそ。おめでとうございます、ギルマス」


 カレンの言葉に、嬉しそうにそう笑顔を浮かべる前となるらしいギルドマスター、すなわち、商務省ハイファン島嶼(とうしょ)地方局の局長だ。

 商務省は業種ごとに作られた公営ギルドを掌管している。

 局長ともなると王立院を卒業したエリートしかなれない希少地位であることを示している。

 そしてギルドを統括する立場にある地方局の局長は、敬意をこめてギルドマスターと呼ばれていた。


 ただハイファン島嶼地方局なんていう田舎では台無しなのである。


(局長はともかく、私は島流しされている側に残るんですけどね)


 残されることが確定している局長付き秘書のカレン・ギルファモード。

 通常、上司とともに本部へ戻るという選択肢が提示されるものだが、彼女にはそれが無い。


 なぜなら女性なのに、あまりにも優秀だったから。

 なぜなら自分の欲望にあまりにも忠実だったから。



 その後、局長は一週間ほど掛けて引き継ぎの資料を作ると、意気揚々と去っていった。


「新しい上司はいつ来るのでしょうかね」


 その後、一ヶ月ほど経っても新しい局長は着任しなかった。

 日々増えて行く局長のサインが必要な書類を束ねながらカレンは呟く。


「カレンさん……うわ、ピカピカですね」


 気安く入ってきたのは入口で警備をしていた元冒険者のサム。

 カレンは書類の整理も終わり、今度は局長室の机や床を磨いていたのだ。


「勤務時間は仕事をしないとね」

「素晴らしい心掛けです」

「それで何か用事でも? 今なら何でもやるわよ」

「いえ、お客様です」

「いつものように、局長が着任前なのでこちらから連絡すると言って、帰ってもらって」

「そうじゃありません。カレンさんの待ち人ですよ」

「来たの!」


 その言葉にサムはニヤリと笑って、局長室に一人の男性を通す。

 フラリと頭を掻きながら照れくさそうに入ってきたのは、ヒョロリと背の高い中年男性。白髪交じりのボサボサ頭に無精ひげ、陽に焼けた浅黒い肌。

 局長職には貴族しかなれないはずなのだが、どう見ても平民の風体である。


 そしてーー


(どんぴしゃ、きたー)


 カレンの好み、どストライクだったのである。




「本日付けで局長職に着任しましたゴロー・トノサキです」

「お待ち申し上げていました、閣下」

「閣下はやめてください。貴族ではありませんし」

「わかりました、それではダーリンと」

「え?」

「慣例に従いギルマスとお呼びさせていただきます」

「(ダーリン?)……商務省ではそう呼ばれるんでしたね。畑違いなので苦労をかけることになると思いますけど、よろしく頼みます」

「命を懸けて」

「いや、仕事ですから、その範疇で」


(変わったお嬢さんだ)


「さて、前任の局長が引き継ぎ資料を残していると聞いていますが」

「こちらです!」

「ああ、ありがとう。あと、局長が不在だった……」

「こちらに局長の判断が必要なもの、現場との調整が終わっておりサインだけしていただければいいもの、優先度が低くこれから手をつければいいものに分けてあります」

「手際がいいね」


 パラパラと引継ぎ資料を読みながらゴローはチラリと机の上の書類を確認する。

 優先度が低いとされたカゴの中には書類が2枚だけ。

 あとは全てカレンの手により整理が付いているものらしい。

 引き継ぎ資料を簡単に目を通した後、ゴローは局長判断が必要なものと仕分けされた書類を手に取った。


 それらは地方局の運営方針、すなわちゴローの姿勢に関わるものであった。

 そして、それ以外の書類はと言えば、要点が整理されており、あとはサインをすればいいだけという状態で揃えられている。


(この子が局長をやった方が早いんじゃないかな)


 苦笑しながらも書類から視線をあげると、まるで尻尾を振らんばかりの表情でこちらをじっと見つめているカレンと目が合う。


(褒めてほしいのだろうか)


「ギルファモード君」

「是非、お気軽にカレンとお呼びください」

「ではカレン君、よく整理ができていますね、ありがとう」

「秘書の仕事ですので!」


 そう言いながらも、カレンはとても嬉しそうな表情を浮かべた。


「この分量だとすぐに仕事が終わってしまいそうだ。引き継ぎ資料の細かい点や現状については追々確認していくとして、どうだろう、視察を兼ねて昼飯でも」

「喜んで!」


 そう言うやいなや、カレンは局長室から飛び出していった。


「こりゃ局長、ずいぶん懐かれましたね」


 サムがニヤニヤ笑いながらゴローにこう言った。


「懐かれるようなことをしたのだろうか?」

「さぁ、欲望に忠実なギルファモード嬢のことですからね」

「なにかそう言われる様なことでも?」

「商務省では有名な話ですよ」

「これまでは外務の北部にいたもので、国内事情には疎いんですよ」

「へー、ギルマスは優秀なんですね」

「閑職の文官ですよ」


 ゴローはそう言って笑うが、外務省には「外に出して良い人材」しかいないことで有名だ。

 王立院の卒業生のうち上位5名程度の上澄みだけを外務省が採用していく。

 王政府、貴族政府、市民政府の三権分立が確立しているこの国において、貴族サイドの人材が王立院経由で王政府に流れているというのは、王族の子女が貴族に下賜されるのと同様に重要なことである。

 特にこの数十年、力を付けてきている市民政府へ対抗するためにも、王政府と貴族政府はお互いの関係強化を図ってきた。


 その中に平民のゴローがいたというのだ。


「ところで、何をやらかして島流しに?」

「北部局で上司を告発しちゃってね」


 ゴローは、貴族政府の次の世代を担う人材ともいえる北部局の局長を収賄で告発した。

 調査は迅速に行われ、告発の通り外国企業を迂回した外国政府からの賄賂を受け取っていた事実を特定された局長は、単なる収賄ではなく、反逆罪が適用された。

 王族の怒りを買った局長は処刑され、貴族を告発したゴローは貴族院の怒りを買うことになった。


 結果、表面上は表彰されながら、外務省からは一段落ちる商務省へ、しかも辺境ともいえる場所にある地方局の局長という地位に左遷(島流し)されたのだ。


「平から局長になったのだから大出世だよ」


 貴族の叛逆ということもあり箝口令が敷かれている以上、それをサムに説明する訳にはいかない。


「お待たせしました!」

「えーと」

「ギルマスとご一緒するなら、ドレスアップは必須かと」


 秘書の制服から、余所行きのドレスに着替えたカレン。


「どっかその辺でのつも……いや、まだ赴任したばかりなので、この辺りのことはよく知らないんだ。カレン君が行きたいお店があれば、そこに連れて行ってもらえるかな」

「はい、視察コースと合わせて、予約済です」


(今の短時間で? この子は本当に優秀なんだな)


「ところでギルマスは配偶者的な憎むべき何かと何らかの契約関係にありますか?」


 そして、ゴローは「仕事は出来るが、本当は駄目な子」に評価を変えた。


「……妻とは3年前に別れてね」

「よし……、いえ、それは大変でしたね」

「揉めた訳でもないからね。あ、そうだ。サムさん」

「え? 私、名乗りましたっけ?」

「引き継ぎ資料は目を通しましたから」

「そうですか」


 (外務省出身は伊達じゃないってことか)


 サムはそう脳内にメモをする。


「表に若い女性が待っているので、一緒に食事に行くかどうか確認してきてくれないか」

「ぎぎぎぎぎぎぎ、ギルマス。その(ビッチ)とはどういったご関係で?」

「娘だよ。多分息子も一緒にいるんじゃないかな。カレン君と同じ年頃だから、仲良くしてやってくれないかな」


「私の年齢は機密事項なのですが……」


「史上最年少の12歳で王立院を卒業したギルファモード商会の令嬢。見掛けたのはもう10年くらい前かな。まさか、こんなところでお会いできるなんて思いませんでしたよ」


 ゴローは外務省の新卒採用の下見で駆り出され、王立院で見掛けたたことを説明した。


「お父上には北部でお世話になったからね」

「北部?」

「僕は北部局で仕事をしていたからね」


「北部……トノサキ……トノサキ? サヤカ・トノサキ……鉄荊(てっけい)のサヤカ?」

「ああ、よく知っているね。うちの娘だよ」

「A級冒険者じゃないですか!」

「そうらしいね」

「それじゃ、ご子息はあの……」

「ん? サタンのことかな」


 天啓のサタン。鉄荊の弟。

 この姉弟の噂は高名な母親の名とともに、この田舎まで流れていた。すなわち――


(メイ・オルデランド公主ですかぁ)


 カレンはその場で崩れ落ち、すぐ立ち上がった。


(例え元嫁が公主様でも、めげませんけどね)


「是非、鉄荊天啓姉弟をご紹介してください」

「名前で読んであげてね。子供たちは二つ名で呼ばれると照れてるから」

「わかりました」

「あと、腕は組まないでくださいね。商務省のセクハラ講習というものを受けてきたのですが、部下とのスキンシップは斬首らしいので」

「なんですとぉ!」


 直球なスキンシップを阻まれたカレンは再び崩れ落ちた。

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