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4-13 愛され少女は愛されぬように、自分の魅力をひた隠す

『貴女、この私アフロディーテの後継者になりつもりはないかしら?』


そんな一言から、彼女の人生はそれまでの普通のものからは一変した。

道で、電車で、学校で。どこにいても誰からも「愛されてしまう」ように。


「なんで皆、私を好きになっちゃうの……?!」


これは、昔のように過ごすためあの手この手でひっそりと過ごそうと努力する少女の物語。

なお努力は報われないものとする。

『貴女、この私アフロディーテの後継者になりつもりはないかしら?』


 目の前には威風堂々と佇む銀髪巨乳美女。そいつは私に、手を差し伸べるように優しく問いかけた。

 周りは真っ白で、何かあるようなないような、ハッキリとは分からない。とりあえず神々しい、ような気がする場所。


『いやー、参っちゃうわよ。このディーテちゃんより位の低い他の神たちがね、後継者後継者ってうるさくてねー。ディーテ困っちゃう、ぷんぷん』


 先程までの威厳は捨て置いたらしい。ぶりっ子のように顔に両手の平を当ててこちらに潤んだ瞳を向けてくる。

 いつもだったら私より綺麗なヒトがそんなことをしていたら悪態の一つでも付きたくなるが、ふしぎとそんな気は起きない。むしろそのまま撫で回したい──って何考えてんだろう。


 悶々とする私をよそに、そいつはこちらに歩いてきた。そしてニコリと微笑むと、そのまま少し強引に、けれど優しく私の顎に手を添えて引いてくる。いわゆる“顎クイ”状態。

 それだけで彼女が女性だということも忘れてドクン、と胸が高鳴る。

 まるで私がこのお話のヒロインになったような気分だ。


『あっ、ディーテに欲情してくれた? 嬉しーなー。一緒にハネムーンいこっ♡』

「ま、まだ貴女とは結婚さえしてないわよ! て、てかさ、あなたは誰なのよ。ここ何処。ちゃんと説明して」


 そのまま押し倒したい、とかいう普段の私ならゼッタイ浮かぶはずのない欲を押し込んで質問を返す。それでも顔を背けることが限界で、彼女の手を払いのけることが出来なかった。

 彼女は、その添えた手を軽い調子で離す。そしてどこからともなく現れたイスに座り、私に向かってとんでもないことを言い放つ。


『あーね、先に言っとくわね。貴女、死んじゃったのよー』

「……は?」

『忘れちゃった? トラックに轢かれそうになった高校生の女の子……多分貴女の後輩の子を庇ってそのまま、ね』

「そんな!! その子は無事なの……?」

『そりゃあもちろんですとも。なんてったってこのディーテちゃんが、直々に加護して差し上げたんですからねッ!』


 私はホッとするのと同時に「だったら私要らなかったんじゃ……」と思ったが、その考えを読むかのように『貴女が助けてなかったらディーテは傍観者(オブザーバー)のままだったし、ムダじゃないわよ』と頭を撫でながら諭してくれた。それだけで暖かな気持ちが湧き上がってくる。


 ──と言うか、何で私はこの人をこんなに信用しているんだろう?

 ついさっきまで、知り合いどころか胡散臭い何かにしか見えてなかったのに。何で胡散臭く思ってたんだっけ。

 確か後継者がウンタラカンタラで……


『そーなのよねー。さっきの話と繋がるんだけど、ディーテの後継者が必要なのよ。んで、現世を探してたら貴女を見つけたの。ちょうどいろんな条件が揃ってたし、この娘でいいかなーってね』

「へぇ」

『あと、貴女が後継者になるのは強制ね。だって神の権限使って後輩ちゃん助けちゃったし』

「……ちなみにだけど、もしそれでも嫌って言ったら?」

『神に逆らった罰で、輪廻転生の輪から外れて地獄に落ちちゃう。テヘペロ♪』

「はぁあ!?」


 久しぶりに腹からドスの効いた声が出たんだけど!?

 テヘペロ、ってちょっと下目遣いの舌先ペロってしてて艶めかしいのにかわいい……じゃなくて、何でそんなことになってんのよ!?


 荒ぶった心を鎮めるため、乱れた呼吸のまま深呼吸をする。

 流石に混乱しているのも無理がないと思っているのか彼女はこちらを静かに伺っている。

 数分、まあここに時間の概念があるのかは知らないが体感そのくらいで私の気持ちもだんだん落ち着いてきた。


「……それで、あなたは一体何者なのかしら」

『んーとね、神々の中でもいろんな呼ばれ方してるけど、人間たちの中で一番呼ばれてるのは【愛の女神 アフロディーテ】かしら』

「愛の女神?」

『そうそう、あとここは神さまのお部屋……って言ったら分かりやすいでしょ? ディーテちゃん以外のものは、だーれも許可なしにここへはこれないの』

「へぇ、ホントに神さまだったんだ」

『つまりここは今あなたと私だけの密室状態!! きゃー襲われちゃうっ!!』

「やっぱ違うかもしれない、うん」


 アフロディーテ、という神なら私でも知っている。それこそ、代表的な女神と聞かれればアテネの次くらいには思い浮かべるだろう。

 あ、向かいにいる女神(仮)がなぜかショック受けてる。


「それで、私をどうしたいワケ? あなたの後継者?にしたいんでしょ。私も地獄に落ちるのはヤだからさっさとしてちょうだい」


 彼女の雰囲気に呑まれないように、多少ぶっきらぼうに返す。しかし、いつまで待っても返事が来ない。

 そちらを窺うと、彼女の顔には笑みが──しかも、どちらかと言えば愉悦寄りの歪んだ顔。少なくともいい予感はしない。


『いやー、それがねぇ。ディーテもその気満々だったんだけど、多分今の貴女の(うつわ)じゃ女神アフロディーテの力に耐えきれなくて……』

「耐えきれなくて、どうなるの?」

『貴女の魂もろとも内側から爆散して塵も残さずに消えちゃう』

「思ったよりリスクが酷かった」

『だからね、力に慣れてもらおうと思うの』

「へぇ、そんな事できるんだ。けど、どうやって」

『手順一、貴女をディーテの力の一部を取り込んだまま現世に放り込みます。手順二、貴女が亡くなる頃には何ということでしょう!ディーテの力が馴染んでるじゃないですか。って感じかな』


 途中で某元有名番組のナレーションの真似を挟みながら、私を指差しウインクをする女神。

 しかし、私としては力云々よりも驚くことがある。


「え、またおんなじ世界に戻れるの? それって本当? もしかしなくても、よくあるパラレルワールドとか意味の分かんないやつだったりする?」


 つい、彼女に詰め寄ってしまう。

 自分でやっといてなんだけど、顔いいな。近い近い。可愛いのか美しいのかなんだか分からないけど、とにかく良く感じてしまう。

 そんな二重に混乱した頭で彼女の返答を待つ。


『いいえ、正真正銘貴女の元いた世界よ。けどちょっとは注目はされるかもね。トラックに引かれて運良く生き残ったことになってるし、ディーテの力の効果も入っちゃうから』

「……そういえば、あなた(女神)の力ってどんなものなの?」

『ふふふ、よくぞ聞いてくれました!!』


 彼女はこれからイタズラを仕掛ける子供のように純粋な笑顔で話し始める。


『大まかに言っちゃうとね、今のディーテみたいに〝老若男女のみんなから愛される〟こと! もちろんディーテちゃんの、いわばもう一つの身体になる訳だから〝神に近しい肉体〟もオマケでプレゼントしちゃうよ』

「へぇ、案外まともじゃないの」

『納得してくれた? 大変だと思うけど……()()()()()。まー体感したほうが早いし、てな訳で現世に行ってらしゃーい♡』

「え、頑張るってどういう──」


 からかうような笑顔で手を振り、彼女は私を送りだす。

『頑張る』の意味が分からず、私は聞き返そうとした。が、聞き返す前にそのまま私の意識は暗転した。





 ☆ミ





 ピ、ピ、ピ、と機械的な音が聞こえる中で薄っすらと目を開ける。あんなことがあったというのに。

 いや、あったからこそかもしれないが、感覚がこれまでにないくらいに鋭敏で、朦朧ともせず頭もすぐに回り始める。


「ここは……病院?」


 口元にマスク被られているからか声はくぐもっているが、これまでと変わらない。鬱陶しいからとりあえずマスクは外した。

 試しに体を起こして見ると腕から何本も点滴が伸びているのが確認できた。どこに刺さっているのかまで把握できて少し気持ちが悪い。


 座ったまま呆けていれば、視界の端にナースコールのボタンが視える。

 やはりこんな時には押すべき……だよね?

 体をひねり枕元に吊るされているボタンを手に取る。そして少しの興味と共に押し込んだ。



 その後は特段思い返すこともなく、医者が来て、両親と妹が泣きながら抱きついてきて、どこにも異常がないから経過観察と告げられ、家に帰ってきた。


 お風呂に入るため服を脱いでみて、やっとこの身体の異常さに気付くことが出来た。

 針の跡が消え、事故にあったというのに傷一つない滑らかな肌。洗ってもないのにサラサラな髪に、お風呂場の中にある鏡で全身を見ると若干プロポーションが良くなってる気がする……胸は小さいままだけど。


 そのまままじまじと観察している最中に、バタンッ! と大きな音を立てて扉が開いた。


 急いで振り返ってみると、そこにいたのは──私の妹、愛川 (つぼみ)だった。普段は他愛ない話をして笑い合っていたその顔はどことなく赤らんでいて、興奮しているようにも見える。

 上ずった声で、蕾が口を開いた。


「お、お姉ちゃん! い、一緒に、お風呂入っても……いいかな?」


 その瞬間、やっと理解した。言っていた『頑張って』や〝老若男女のみんなから愛される〟ことの意味が。

 どうやらあのクソ女神は、私に、とんでもない呪い(祝福)をかけやがったらしい。

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