4-11 元ヒロインは拳で語る
私は『迷宮世界の白薔薇 GS2』というゲームの主人公に転生してしまった。逆ハーレムなど目もくれず、前世で最推しであった第一王子様の婚約者として真面目に努めていたつもりだった。
しかしある日、彼から学園追放と婚約破棄を言い渡されてしまう。『迷宮GS2』にはそんな展開ないし、私悪役令嬢じゃないし、そもそも悪役令嬢みたいなライバルキャラも存在しないはずなのに。
失意に暮れていたとき、ゲームでは謎のキャラとして描かれていた第三王子が私の前に姿を表した。「俺が王になる」「俺はお前の能力が欲しい」
そして彼の元で、私はゲームの登場人物達を「攻略」していくことになる……主に、拳で。
「カリン、お前をこの学園から追放する、そしてお前との婚約も破棄させてもらう」
平手打ちで赤く腫れた頬を抑えながら、私は呆然と思った。
なんの冗談だろうこれは。
私の婚約者様、いや元婚約者様がつらつらと私の犯した罪とやらを皆の前で告発しているが、全く身に覚えがない。
というか、である。こういうのって悪役令嬢みたいなのが受ける仕打ちじゃないの? 私一応、この世界の元のゲームで主人公のはずだけど。
「お前がこんな悪女だとは思わなかった。もう私の前に顔を見せるな。反吐が出る」
座り込んだ私に目線を合わせ、元婚約者である第一王子様は吐き捨てる。
『迷宮世界の白薔薇 GS2』の看板攻略対象で一番人気キャラの彼は、敵兵に向けるかの如き視線を私に突き刺した。
ゲーム世界に転生したのだと気づいても、私は調子に乗らずに未来の皇太后としての役割を果たしていた。逆ハーレムルートには目もくれず、あなたに一途に尽くした。なのに、なぜ。
いつの間にか頬には涙が流れていた。冷静なつもりだったけど、十年来の付き合いだ。結構ショックだったらしい。
それを自覚してムカついてきた。こんな男だと思わなかった、というのは私の台詞だ。一発殴られたお返しに殴り返してもいいでしょ。
そう思って繰り出した平手打ちは、彼の頬に届く前に宙で止まった。半透明な黄色い魔力障壁に阻まれて。
……黄色?
「レベル10魔力障壁……?」
それは、攻略後のダンジョンの隠し部屋にあるスキルオーブのうちの一つ。二周目を簡単にするための、すべての攻撃を防ぐバリアだ。
なぜあなたが持ってるの?
「……連れていけ」
第一王子様はピクリと眉を動かしたあと、兵士にそう命じた。
◇
凹凸のある石畳の上で、木製の車輪が硬く跳ねる。細かい振動がお尻に伝わり骨が痛い。
この世界に転生してから死に物狂いで努力した。苦手だった勉強も頑張った。
でも、全部、水の泡。
「泣くな〜。泣くな私〜」
声が裏返る。
とにかくこれからだから。もっと大変なのはこれからだから。第一王子の婚約者、という肩書が剥がされた今、私はただの男爵家令嬢。お父様は私を庇うだろう。そして第一王子と敵対する。
いやだ。私はともかく家族が酷い目に遭うのは見たくない。
なら、このまま私だけ、消えたほうが──。
「──ずいぶん悲劇のヒロイン気取ってるな、おい。転生者様よ」
ただの御者だと思っていた男がフードを取る。緩やかなウェーブの銀髪と、まさに王子様のような甘いフェイス。暗く沈んだ冷たい青の眼。
「第三王子、様」
なぜ彼がここに……。
いや、その前に、今この人なんて言った?
「転、生者ですか? 一体何の話──」
「俺達の間では周知の事だ。なにより第一王子はそれの確信を得て追放したんだから」
「な……」
第三王子は鼻で笑った。
「お前達転生者の持つ、『好感度』とやらを上げ下げする能力……俺達は『傾国』と呼んでいるが、それを危険視したんだよ。あいつはああ見えて臆病だからな」
質問に正しい選択肢を選べば好感度が上がる。この世界では、選択肢が頭の中に浮かぶ感じだ。能力と改めて言われると変な感じ。
「あっちの陣営には『傾国』がついてる。だから同じ能力を持ったお前を消したかった」
第一王子と第二王子は仲がいい。第二王子は前作の攻略対象の一人だ。ショタ枠として。とにかく、前作のヒロインが第二王子の側にいるのは納得できる。
「まさか、あのレベル10魔力障壁は……」
「『傾国』がダンジョンを攻略し、増やしたものだ。あっちの陣営は全員持っていると思っていい。俺達もいくつか入手はしているが」
アイテム増殖バグ……そんなのが前作にはあったなと今思い出した。
突然、顎を指で持ち上げられる。
「とにかく、お前の家はこのままじゃ最悪全員処刑だ。それが嫌なら協力しろ。俺はお前の能力が欲しい」
「……何をするおつもりですか?」
「俺が王になる。奴らは『傾国』の操り人形となった無能だ。無能に国は任せられない」
……こんな性格だったんだ。知らなかった。
「私を使って何をするおつもりですか? 第一王子様を惚れさせてこいと?」
「それは無理だろう。俺もあいつらも、『傾国』の対策法ぐらいわかっている。要はこちらから質問しなければいい。お前の仕事は駒を増やすことだ」
ここで頷かなければ、私の家族に未来はない。
「わかり、ました」
「よし。判断が早いのはいいことだ」
第三王子は私の顎から指を離した。私はほっと息をつく。
「最後に確認するが、『傾国』の能力は『質問された言葉に対して返答することで、対象の好感度を上げ下げできる』で合ってるな?」
そう質問された瞬間、脳内に選択肢が浮かぶ。いやいや、どれが答えかわからないって。
続編から追加されたシステムはあるけど、まあだいたい合ってるし……そう思って頷いた。
「お前今、『嘘』をついたな」
でも『嘘』は、彼の前では絶対についてはいけないものだった。
「何を隠している?」
「かく、してなんて……」
喉元に白刃が突きつけられる。第一王子なんて可愛いくらいの、殺気。
いつの間にか第三王子の瞳は紅くなっていた。
私は命欲しさに洗いざらい知ってることを吐いた。
そして私は死を偽装され、なぜか戦闘訓練を受けることになった。
◇
二年後。
突入作戦は夜に行われた。
目標は王家直轄の避暑地にある館。ターゲットは私の元婚約者である、第一王子。
この二年間で、私の『傾国』を使って揃えた隠密部隊が侵入し、音も立てずに使用人や護衛を無力化していく。
思ったよりも警備がザルだ。あのクソ野郎が雌伏していた二年間は、無駄ではなかったらしい。
ミスはなくスムーズに、私は第一王子の寝室に侵入を果たした。
元婚約者様は侵入者に気づいていたのか、自衛用の剣を構えていた。
「カリン……馬鹿な、お前は死んだはずだ」
「あら、てっきり忘れられていたかと思っていたわ」
「無礼な。反逆者に堕ちたようだな」
「堕ちたのはどちらかしら?」
「ほざけ。お前を処刑する」
私と彼は同時に黄色い障壁を展開する。
「魔力障壁……なるほどお前の自信はそれか。だがつまり千日手、お前に私は殺せないということだ」
「このままなら、ね」
私は魔力障壁を操作し、拳に集中させる。私の握られた両手は、寝室に煌々と光り始めた。
「自ら防御を解くとは、愚かな」
彼は剣を振るう。私はそれをステップで躱し、拳を合わせる。だが彼も読んでいたのか、すぐに距離を取った。
今の一回の交錯でわかった。武術の力量はだいたい同じだ。彼は顔を歪める。
「女が、舐めるな」
第一王子は戦い慣れていない。精神が剣筋にすぐに出る。
私は魔力障壁で包まれた左拳で剣を弾くと、そのまま一歩踏み込み、右拳を叩きつけた。
ゴリゴリと魔力障壁が相殺し削られ、穴が空く。
「何!?」
(──十連突き)
半分不発。途中で距離を取られた。
「……軽いな。やはり女の拳か。レベル10身体強化の前では大したダメージにもならん」
「残念、もう勝負はついたわ」
第一王子は答えないまま斬りかかる……が、その剣はさらに鈍かった。
「な、に……?」
「四発も当てれば12%溜まるから、ね」
『ボディタッチ』
『迷宮世界の白薔薇 GS2』から新しく追加されたシステム。攻略対象の立ち絵に触れることで、場所によっては若干好感度を上げることができる。キャラごとにクリティカルが発生するポイントがあり、最大で3%好感度が上昇する。
また好感度が溜まるほど攻撃しにくくなる特性も、実験する中で判明した。
第三王子は言った。つまり秘孔をついたらデバフってことだな、と。
「この、程度で勝ったつもりか」
第一王子は余裕が無くなっているらしい。思わず私に質問してしまっている。選択肢が私の頭の中に浮かぶが、もはやどうでもいい話だ。
「当然でしょ? もう均衡は崩れたんだから」
十分の一でも拍がずれれば、十も重ねれば一拍できる。その隙に攻撃する。
私は淡々と、ダメージを与えるだけ。
「やはり、お前は危険だ! 排除した判断は間違っていなかった!」
好感度が溜まっているはずなのに、彼はそう叫んだ。つまり本音ってことだ。誰かに命令されていたわけじゃないのね。
最初から、私達が交わることは、きっとなかった。
最後の一撃は、虚しく。
「好感度100%、攻略完了」
ここまでくれば、第一王子は私の言うことは何でも聞く。ただの操り人形だ。
私は作戦完了を告げるため、第三王子に通信魔道具をつなげた。
『ご苦労だ元ヒロイン。これで陣営の一角が堕ちた』
「で、こいつはどうするの? うちに引き込む?」
『いや、何も無かったように振る舞わせて、獅子身中の虫とする』
二年間過ごしてわかった。私の主はとても性格が悪い。
『それともお前が欲しいならくれてやるが、元婚約者様よ』
「……いらないわ。私より弱い男には興味がないもの」
『変わったなお前』
「変えたのはどこの誰かしら」
私がここまでやさぐれたのは、第三王子の鬼畜な訓練のお陰様だ。
「いつか殴り殺す……いや、殴り堕としてやるから覚悟なさい」
『やってみろ。俺に一発でも入れられるのならな』
私の主が鼻で笑うのが聞こえた。





