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4-10 繰井崎さんは何かがおかしい

高校1年生の秦野三千代は、いつの間にか中二病のクラスメイト、繰井崎栄梨華の世話係にされていた。栄梨華の中二病の症状に心当たりがある三千代は、何とか彼女の秘密を探ろうとする。約束を取り付けて町外れの『人食い坂』に栄梨華を呼び出すことに成功する。果たして、そこに現れたのは人を喰うお化け屋敷『ホーンテッド』。二人のピンチに栄梨華が取った意外な行動とは?スタイリッシュ百合異能退魔バトルが今始まる。

 繰井崎(くるいざき)栄梨華(えりか)は何かがおかしい。

 

 容姿端麗、品行方正、文武両道、彼女を表現するならば、おおよそ肯定的な評価しかない。

 スペイン人とのクォーターだという彼女の、栗色のロングヘアと、抜群のスタイルを誇る170㎝の体。スッキリとした目鼻立ちは日本人離れしており、絵画から飛び出したといわれても誰も疑問を抱かないだろう。


 普通であればクラスのマドンナ的存在になりそうな彼女だが、実はそうではない。

 何が。と答えるのは難しいのだが、繰井崎(くるいざき)栄梨華(えりか)は何かがおかしい。

 

 ある日、木刀を構えて何もない空間に斬りつけていた。

 

 またある日、誰も居ない空き教室に向かって語りかけていた。


 それだけならよくある中二病、笑い話で済む話だ。


 更にまたある日、胸の十字架を握りしめて何事かつぶやくと、教室中の窓ガラスが割れた。

原因は不明で、その日以来、繰井崎さんはクラスのアンタッチャブルになった。

 始業式の日にできたクラスメイトの森はいつの間にか無人の荒野になっていた。


「ちょっと繰井崎さん。何か気になることでも?」


 そんな彼女に話しかけたのは秦野(はたの)三千代(みちよ)。栄梨華に負けず劣らずのスタイルを持つ和風美人だが、なぜかクラスに馴染めずにいたところ、いつの間にか繰井崎さん係を押しつけられる形になっていた。


「ああ、秦野君か。降り注ぐ爽やかな初夏の日差しに、鳥たちの恋の囁きが聞こえる美しき午後を楽しんでいたのさ」


「いやいやいや、とてもそうは見えなかったよ」


 言葉とは裏腹に、窓の外を見つめるその視線は凝視(ぎょうし)とうべきもので、とても楽しげには見えなかった。こんな風に立ち止まっては、まるで見えない何かを見ている時に彼女はとても饒舌になる。

 かみ合わせのずれた歯車のようにギチギチと、世界が軋む音を立てる。


「さっき、なんか校庭の端っこ、あの記念樹の辺りに人影が見えたでしょ? あれが気になったの?」


「秦野君、君はあれが……いや、なんでもない」


 やはり、そうか。三千代はここ二ヶ月間、栄梨華と一緒に過ごして気がついたことがある。

たとえば人のような影、たとえば鳥のような影、たとえば犬のような影、そういうものが視界の端にちらついた時、彼女は奇妙な行動を取っていた。

 教室中の窓が割れたあの日、彼女は窓の外に現れた巨大な鳥の影と対峙していた。

雲の影が差すように一瞬教室が暗くなり、その影が晴れるのと同時に、何かの爆発に巻き込まれるように窓ガラスが一斉に割れた。

 三千代はその時に確信した。栄梨華の中二病キャラは理由があって作られているものだと。


「ああ、たぶん気のせいだったと思う」


「うん、そうとも。休み時間にあんなところに人がいるわけがない」


 外の景色から目を逸らし栄梨華が振り返る。ほんと無言で微笑んでいれば、西洋絵画の一場面のような美しさだ。同性の三千代でも時々見惚れてしまいそうになる。


「それよりもさ、栄梨華っていい名前だよね。梨華(りか)()えるってまず字がかっこいいし」


「そうかい?」


「そうだよ。私なんか三千代だよ。男子からはサンチョとか呼ばれるし、最悪だよ」


 三千代の名前は末永く幸せにと、祖父が付けてくれたもので、最初は八千代にしようとしたしたが、さすがに年寄り臭いからと三千代にしたらしい。祖父のことは今でも大好きだが、名前の件だけはもう少しなんとかならなかったかと思っている。


「サンチョ、いいんじゃないかな。そもそも漢字では子孫繁栄を願う素敵な名前なんだろう?」


「そりゃそうだけど繰井崎さんの名前だって愛が溢れるようにって願いが込められてて素敵だと思うよ」


 梨の花言葉は愛情、白く清楚な梨の花が咲き誇る様を名前に籠めるなんて親に愛されている証拠だ。


「ありがとう。自分の名前の意味なんて考えたこともなかったな。あとそれだ、私だって繰井崎って名字は結構気になってるし。梨の花狂い咲きみたいでなんかヤダ」


 あ、普通に女の子っぽい言い回しもするんだ。と、三千代は変に感心してしまった。繰井崎というのは何処かの地名なんだろうけど、名前と合わせたらインパクトはかなり有る。


「それじゃあ、スペイン名では何てファミリーネームなの?」


「キハーノ、我が祖父がスペイン内戦を逃れ流浪の末に辿り着いた黄金郷、この日本では我が名は際野(キワノ)と、そう呼ばれている」


(キハーノ、キハーノ、どっかで聞いたことがあるよな?)


「ふぅん。そうなんだ。ところで話は変わるけどさ、今週の日曜日に遊びに行かない? 町外れに結構おいしい喫茶店をみつけたの」


 しばらく栄梨華は思案していたが、いつもの調子で語り始めた。


「我が身は久しく友と遠出することも無く、ご無礼を働かぬか些か心配ではあるが、いいだろう」


 栄梨華が快諾したことで、三千代の目的は半分は果たされた。

彼女の何がおかしいか、それを確かめたい。きっとそれはあの影達と関係があることだ。


 日曜日の午後、世界で一番有名なトロールの置物が所狭しと並べられた喫茶店。ベリーのジュースやシナモンケーキ、色とりどりのワッフルなどが提供されている。


「ここが秦野君が言っていたお店か。なかなかいいじゃないか」


 元が美人だからか、栄梨華がティーカップを持つとそれだけで様になる。何種類もあるショーケースの中にあるタルトとにらめっこの末、ミックスベリーのタルトを選んでいた。


「そうでしょ 前から気になっていたの。北欧といえばやっぱり焼き菓子が美味しいんだよね」


 三千代が選んだのは生クリームたっぷりのワッフルだ。二つに切ったワッフルの間に、これでもかと生クリームが挟んであって、中にはキウィやバナナが入っている。


「やっぱり繰井崎さんのお家ではスペインのお菓子なんかを食べるの?」


「どうだろう 母がチュロスを作ってくれることもあるけれども それ以外はあまり他の家と変わらないね」


 学校以外で会うのは初めてだが、こうしてみていると普通の女の子と変わらない。その後も趣味とか子供の頃の思い出とか他愛もない会話を続ける。

 そして、そろそろ夕暮れ時、噂が本当なら栄梨華は必ず正体を現す。そのための準備もしてきてある。午後19時過ぎ、二人は喫茶店を後にした。

 夏至ももうすぐだが、影の短い夏の夕暮れ、ゆるゆるとそれでも長い距離を蛇行しながら続いている坂道。ここが目的の場所だった。


「ねぇ、繰井崎さん。この坂がなんて呼ばれてるか知ってる」


「ああ。知っている。この坂は『人食い坂』だ」


 そう、ここは人食い坂、つづら折りを曲がるたびに目の前の人が消えるという噂のある坂道だ。

 故にいつの頃からか人食い坂と呼ばれている。最も今では車通りも多く、絶えず人通りも有るから、不思議な現象は起きようもないのだが……。


「なんか昔から、この坂辺りで行方不明になる人が多いっていうけど、何でだろうね?」


「…………」


 栄梨華からの返事は無い。時折見せる鋭い目つきで周囲を警戒するように見つめている。

 そしてにわかに周囲が暗くなる。それにつられて足下の影が初夏とは思えないくらい長く伸びて、左右に激しく揺れていた。


「三千代。私から離れるな。思った通り君は『見える側』の人間のようだ」


 最初、学校では話題をはぐらかそうとした栄梨華が今度は誤魔化そうとしなかった。

長く伸びた影は徐々に黄昏色を帯びて蛇のようにのたうち回る。


(おいしそうなにんげんがきたよ……)


(おいしそうだね。おいしそうだね)


(ふたりともごくじょうのごちそうだよ……)


 空気そのものを震わせるように異形の声が響く。


(あ~、お祖父ちゃんのいってたことと全然違うじゃん)


「ちょっと、ちょっと。繰井崎さん、さすがにこんな風になるなんて聞いてないんだけど?」


「ここまで急速に具現化(アニメイテッド)するのは初めて見るな、これは『ホーンテッド』だ」


()()()ではそう呼んでるのね。説明してくれると助かるわ」


 話が違うと思いながらも、明らかに取り乱しそうな状況なのに、三千代はヤケに落ち着いていた。


「この世界には、目には見えない怪物がいる。それが、人々の恐怖や憎悪という負の感情で育つことで、人を喰う怪物が産まれる。それがホーンテッド。人を喰らうお化け屋敷」


「『家の怪』、貴方のいつもの態度、他の人間に()()()()()()()()()()()()ためだよね?」


「三千代、君こそ何でそんなことを知っている?」


「ごめんね。私の家もこいつらと戦う専門家。みたいなものかな?」


 懐から幾つもの護符を取り出す、道教、神道、陰陽道、秦野家は渡来系の術士としてこの国に根を張ってきた。この奇妙な級友が何者なのか確かめる。それが三千代の目的。まさか本当に化け物との実戦は予想外だったが。


(そろそろたべちゃおうか?)


(いただきま~~~す)


 二人が話している間に包囲網を狭めていた化け物の先端がぱっくりと開き真っ赤な口と大きな牙が見えた。まずは守護の護符。これで止める。高々と手を挙げた三千代は信じられない物を見た。


「え? なんで……なにこれ……」


 守護の護符を起動するよりも先に、栄梨華の手に握られた大剣が化け物ごと三千代を貫いていた。化け物の悲鳴が響く中、三千代は考えていた。


 やっぱり繰井崎栄梨華は何かがおかしい。

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