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 黄金の風が駆け抜ける。


 風が抜けると、餓鬼の首が飛んだ。


 黄金の風は、止まらない。

 魔物を根絶やすその時までは。


 ななつ、やっつ、ここのつ。


 風は、首を飛ばす度に虚ろな声で呟いた。


 覇気は無い。

 されど、その声音には仄暗い殺気が立ち込めている。


 目に見える王城の廊下には、餓鬼の死骸がひと山形成された。


 風の主、セレティナはポケットから親指程の薬瓶を取り出すと、駆けながらそれを呷った。

 どろりと、不思議な味が喉から腹の腑に落ちていく。


 魔法薬ポーション

 修復可能であればだが、如何な怪我をも回復すると言われる万能薬。


 質の悪いものですら末端価格にして金貨百枚は下らないと言われるそれを、セレティナは躊躇う事無く疲労回復の為だけに胃に流し込んだ。


 セレティナの体が、蛍火の様に仄かに発光する。

 すると、鉛の様に重かった手足が綿毛の様に軽くなり、息切れを起こして喘鳴していた呼気も和らいだ。


 薬瓶を放り投げ、セレティナは駆ける。


 彼女には、一抹の不安が残っていた。

 ……先程から、雑魚しかいない。


 セレティナは、下唇を噛んだ。


 確かに数も多く厄介な魔物だが、あの黒白の魔女が用意した役者にしては余りにも弱過ぎるのだ。


 ……あの魔女はきっと、まだ何か舞台装置を隠している。


 セレティナは、駆ける。


 群青色の瞳には、緊張と不安が色めいた。








 セレティナがダンスホールに着いた頃、そこには未だに地獄絵図の光景が広がっていた。


 メリアやケッパー……戦える者達の手によって餓鬼の数は明らかに減っているが、それでも脅威には変わりはない。


 メリアとケッパーは、側から見ても獅子奮迅の活躍をしている。

 彼女らは餓鬼を人から引き剥がし、次々に切り裂いていった。

 バルゲッドとイェーニスは、王子達を連れて避難しているのだろう。


 セレティナは、強く剣の柄を握り締めた。


 私も、お母様やケッパーさんに負けてはいられない。


 そしてセレティナは手近な餓鬼の命を狩ろうとして……上空に浮かぶそれに気づき、手が止まる。



「あ……」



 セレティナの不安が、的中した瞬間だった。


 それが目に映った時、セレティナは確かに絶望を覚えた。

 全身の血の気が引き、セレティナの屈強な精神がへなりと軟化する。




 卵だ。




 黒より黒く、闇より深い。

 セレティナの背丈程もある漆黒の卵が、空中に浮遊している。


 セレティナは、それを知っている。

 あれがどういうものなのかを。

 あれから何が生まれてくるのかを。


 皆は、周りの餓鬼に気を取られてあれに気づいていない。



「皆!早く逃げなさい!あれが孵化する前に!早く!」



 セレティナは、気づけば叫んでいた。


 しかしセレティナの声は届かない。

 皆目の前に広がる光景に、生きる事に必死だった。





 魔物にも『階級』というものがある。


『上級』『中級』『下級』と分けられ、その中でも更に難度が五位階に細分化される。


 例えばセレティナが王都に来る道中に出会った有翼種のあの魔物は、『中級二位』の階級に当て嵌まる。

 例えば場内に蔓延るこの餓鬼の姿の魔物は、一体辺りは『下級三位』程度に当て嵌まるだろうか。



 ……セレティナはオルトゥスであったとき、あの卵を見た事がある。

 あの卵から生まれた脅威と、対峙した事がある。


 故にセレティナは叫ぶ。

 あれから逃げよ、と。


 そして絶望する。


 セレティナは記憶を辿った。

 彼女の記憶に違いが無ければあの卵から生まれる魔物は……





『上級三位』





 それは、令嬢セレティナの体では決して届き得ない領域。



 ぴき。



 漆黒の卵に、亀裂が走った。


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