可能性
今回のお話が分からなければ第128部イミティアの災禍4/4をご参照ください
オルトゥスはガディウスに殺されたのかもしれない。
そこまで言い切ってイミティアはハッと口を噤んだが、もう遅い。
その台詞はかなり配慮に欠けている、と彼女自身言ってから気づいた。
いや、気づいてはいた。だが言葉にするとやはり印象というものはだいぶ変わってくるというものだ。
自分の考えを優先させ、友の心情への配慮が疎かになっていたのを彼女は否めない。
オルトゥスは騎士として生き、騎士として死んだ。
何よりも王への忠誠を尽くし、何よりも王を信じてきた。そんな男に、お前は王に殺されたのだぞとどの口が言えようか。これはあくまでもイミティアの憶測だ。
確証を得たわけではない。
余りにも残酷な仕打ちをしたかもしれない……そう思うだけで、イミティアの背筋に氷が張り付いた。
「す、すまないオルトゥス。今のはまだあたしの憶測の領域で――」
しかし。
「――そうか」
「へ?」
セレティナの態度は、余りにも変わらなかった。
まるで好物でもない苦手なものでもない夕餉の献立を聞いたような……日常の中の一つの些細な情報を聞いた……その程度の相槌だったのだ。
その反応はイミティアからすれば拍子抜けもいいところだ。
「お前……まさか信じてないな?」
イミティアはその線しかないと思ったが、
「いや、信じているぞ」
セレティナは呆気らかんとそう返す。
「……本当か?」
「ああ。君はそんなことを冗談では言わない。冗談にしては笑えないからな」
「……じゃあ、何でそんなに平気そうなんだよ」
イミティアはますます分からない。
敬愛していた王に裏切られた可能性を信じて、何故そうも平気にしていられる?
……答えは簡単だ。
「……陛下が私を殺した。もしそれが本当ならば、何かお考えがあってのことだろう」
「……は?」
「私に相談もできず、殺すしかなかった……。そう思えば、何と御労しい事だろうか」
セレティナはそう言いながら、本当に悲しそうに眉を歪めた。
その語る声音も、真に憂いを込めた心からの心情からくるものだろう。
イミティアは混乱した。
「お、お前何を言ってるか分かってるのか。殺されたのかもしれないんだぞ?」
幾ら信頼できる相手だとて、殺されて手放しで信用するのは余りにも……だ。
だが、セレティナは憂いに満ちた溜め息を吐くのだ。
「大義あればこそだろう。お優しい陛下の事だ。私を手に掛けたというのが本当なのだとしたらきっと気に病んでいたに違いない……」
「大義の為って……分かってるのか? お前、どうしてそこまでガディウスのことを……」
イミティアの戸惑いに浸った問いに、セレティナはこう返すのだ。
「――私が騎士で、陛下が仕えるべき主だからだ」
それ以上に何かあるのか? と、セレティナは逆にイミティアに聞きたそうなくらいだった。
その比類の無い忠誠心は紛れもない。
僅かな不純物もない純度だった。
イミティアは余りにも馬鹿真面目に王を憂いているセレティナの姿に、
「…………はぁ……」
特大の溜め息を吐くばかりだ。
「なんだその溜め息は」
「そうだな……今ので確信したよ」
「何をだ」
「そんな綺麗なナリになっても、お前は紛れもなく大馬鹿野郎だ」
「……何だか腑に落ちないのだが?」
呆れたような態度にセレティナは少しむくれたが、こういったところも彼女をオルトゥスたらしめ、イミティアはまた懐かしい感覚に囚われるのだった。
「それよりも教えてくれないかイミティア。陛下が俺を殺したかもしれない……そう思った君の根拠を」
固く、真面目な雰囲気を纏ったセレティナの言にイミティアはゆっくりと頷いた。
◇
イミティアは『エリュゴールの災禍』の後、オルトゥスの安否を確かめに王国へ訪問した時の事を事細かに説明した。
当時の王国の様子や被害をオルトゥスとして聞くのはやはり新鮮で、新たな発見も多い。
セレティナは適度に相槌を打ちながらイミティアの言葉を促していく。
当時の被害や民の様子等も程々に、話は問題の題目に差し掛かった。
イミティアは当時の事を思い浮かべながら、努めて客観的にセレティナに事実を告げていく。
まずイミティアが訪問した時、まだオルトゥスは生きていたかもしれないこと。
そしてオルトゥスの体に何か“呪い”の様なものが掛けられていたかもしれないこと。
それをイミティアに見せようとせず、ガディウスが隠蔽したままオルトゥスが逝ってしまったこと……。
イミティアは語りながら、涙が滲み出た。
当時、オルトゥスを救えなかった事がどれだけ悔しかったか。
信頼していたガディウスに裏切られた事がどれだけ悲しかったか。
それからの生活は灰色へと染まり、立ち直るまでどれだけの期間を擁した事か。
オルトゥスを失った悲しみから自決しようとしたこともあった。
精神的ストレスは肉体にも現れ、彼女は日に日に痩せ細る日々だった。
イミティアが立ち直れたのは、旅商団が居たからだ。
彼らは常に側にあり、腐る彼女を何とか光の下へと導いた。
……五年だ。
まともな食事が喉を通るまで、五年の月日も擁した。
……だが、それはセレティナへ語らない。
余計な心配は掛けたくなかったし、何よりその恋心を知られたくなかったから。
オルトゥスが今こうしてセレティナとして彼女の前に現れた事は非常に複雑だ。
だが、そんなことは些細なこと。
今、イミティアの前にオルトゥスが存在する……それが彼女にとってどれほど尊い事であるか、残念なことにセレティナにはまだ理解できていない。
話を大人しく聞いていたセレティナは顎に手を当て、暫く思案に暮れていた。
そして、静かに彼女の中で下した結論を口から零した。
「……まさか、私の転生と陛下は何か関係している?」
……その可能性。
言われて、イミティアはハッとする。
死の間際に『オルトゥス』の体を侵していた“呪い”……そして現状どう論理的にも説明のつかない『セレティナ』の誕生。
この二つが仮に人為的に、誰かの意思によって齎されたものであるならば……。
「ガディウス……まさか……」
イミティアは苦々しく台詞を零した。
エリュゴール王ガディウスは、もしかすればオルトゥスの転生に一枚噛んでいる可能性がある。
二人の間に、暫しの沈黙が流れた。




