第95話 婚約指輪
江島貴史は2年B組の教室に入った。
おい、急に黙るなよ、お前ら。俺は別に怖くないぞ?
放課後の教室。既に何人かは教室から出ていった後だろうが、目当てはまだ残っていた。
「江島くん!」俺に気づいた柏木が嬉しそうに名前を呼んだ。
「おう」
柏木の所まで行く。柏木は何人かの男女と話をしているところだった。
羽崎はいない。いつも一緒にいるわけでは無いのか。
「どうかしたかい?」
「柏木、暇か? 付き合え」
柏木は困ったように苦笑した。柏木といっしょにいた奴らは黙ったまま俺たちを見ている。
怖がられてるな、俺。
「あー、できれば前もって言っておいて欲しいんだけど……」
あ、予定あんのか。ならしょうがない。
柏木はとても申し訳無さそうなというか、凄く残念そうな顔をしている。
俺の思いつきと予定が合わなかったくらいで、そんな絶望したみたいな顔すんなよ。大げさなやつだな。
「いいよ。行っておいでよ」一人の女子が柏木に言った。
何度か話をしたことがある女子だった。
「あー、佐野だったか? どっか行くとこだったか?」
「いいよ。明日でもいいし」
「だめだろ。先に約束したんだから」柏木が強い口調で口を挟む。
その割に何でそんな辛そうなんだよ?
「行ってこいよ」
「そうそう、俺達とは明日行こうぜ」他の奴らも佐野に同調する。
「え? いや、でも……」柏木は皆に押されて困惑している。
いや、俺の用事こそ明日でもいいんだが?
何でそんなに勧めるんだ?
「いや、今度にするか?」柏木が気の毒で助け舟を出す。
「いいから、連れてってやれよ」
「そんな見た目で何遠慮してるんだよ」
柏木の友人たちに、何故かイラついた口調で責められた。そんなにキレるか?
「だったら、お前らも来るか?」折衷案を出してみる。
「は?」
「嫌だよ」
本当に嫌そうな顔をされた。俺、そんなに嫌われてるか?
「馬に蹴られたくないからな」
馬の話、どこから出た?
「ん、悪い。じゃあ今度な」柏木は申し訳無さそうにみんなに謝る。結局、俺と付き合うことにしたらしい。
教室を出ようとしたところで、「頑張れよ、柏木」と誰かが声をかける。
柏木は教室を振り返って、照れたように小さく手を振った。
何を頑張るんだ?
柏木の友達も変わった奴が多いな。柏木からして変わってるからな。
「で、どこ行くんだい?」柏木が見上げるように尋ねてくる。楽しそうだな。
「買い物に付き合え」
「ん。何買うんだ?」
「柏木の好きなもの買ってやる」
「え? どうして?」
「先月、チョコレートもらったからな」先月のバレンタインデーにチョコレートのケーキを貰った。海外では女が男にプレゼントするに限らず、性別関係なく世話になった相手に贈る習慣らしい。
柏木は義理堅い。俺もお返しぐらいしないとな。
「え? ……ホワイトデーかな?」
「おう。ちょっと早いけどな」
もうすぐホワイトデーだ。当日柏木は高瀬と会う予定を入れているかも知れないから日をずらした。
柏木ははにかんだような、照れたような、嬉しそうな笑顔になる。
そんなに嬉しいか? まあ、喜ばれて悪い気はしないが。
浮かれて挙動がおかしい柏木は、ちょっと気持ち悪いぞ。
大丈夫か? こいつ。
浮かれている柏木がちょっと不安で、手を差し出す。
「え?」差し出された俺の手を見て戸惑う。
「手、繋ぐか?」
「ここで?」
学校だと、知ったやつに見られるのを気にしているのか?
柏木はたまにそういう事を気にするよな。他人の目を気にして行動制限して楽しいか?
「柏木、手繋ぐの好きだろ?」
「あ、うん。……でもこんな格好だし……」
学校で制服は普通だろ。
いつもの可愛い服着ていないからか?
女の格好していないと、男同士で手を繋いでいるのが誰から見てもわかるから気にしているのか。
「めんどくさいな。いいから手、出せ」
おずおずと差し出す手を摘む。
恥ずかしそうに俯いてしまった柏木を引っ張るように学校の廊下を歩く。
通りすがりの学生に、ギョッとした目で見られる。
お前らに関係ないだろ。つまんねー奴だな。
大きなショッピングセンターにいく。この辺で高校生が遊べるような場所は大してない。
「何買うんだい? ホワイトデーコーナーはあっちだけど?」柏木は催事場の方を指差す。
「あー、もうちょっといいやつ買ってやる」
「え? いいよ。無理しなくて」
「バレンタインのお返しだけじゃなくて、ライブの礼だ」
柏木も高瀬もライブの報酬を受け取らない。
年末の主催ライブも黒字だった。年明けにゲストライブとブッキングに2回出たがそれも黒字だった。
物販も売れたし、公開している動画も収益化出来ている。
何より柏木のチケット売り上げが、かなりの黒を出している。
音楽には金がかかる。利益は有り難く機材代や製作費に使わせてもらってるが、柏木にも還元したい。
高瀬は……、あいつにははした金程度にしかならないみたいなので、別の形を考えようと思っている。
貴金属のアクセサリー店舗を覗いてみる。
柏木がショーケースの前で立ち止まる。
「プレゼントですか?」店員に声をかけられた。
高校生二人連れだったが、冷やかしとは判断されなかったらしい。
「え?」柏木が声をかけられたことに驚く。店員が近づいてきたのに気づいてなかったようだ。
「そうです」俺が返事を返す。
「彼氏さんへのプレゼントですか?」
柏木の事を「彼氏」と言ったのか?
違うが、わざわざ否定するのも面倒で「そうです」と返した。
男同士で手を繋いでいたから、そう思われたのだろう。
「婚約指輪とか?」
「ではないですね」
柏木が立ち止まったのは指輪のショーケースの前だった。
「カジュアルならこの辺りが人気ですよ」
店員がケースを開けてホワイトゴールドの指輪を取り出す。
「え? たか!」
「ん? 買えるぞ?」
高校生の小遣いで買うのには高価だが、俺達にはそれなりに収入があった。
「こんな高いの貰えないよ」柏木がオドオドしだす。
「ちょっと予算オーバーです。ごめんなさい」柏木は店員に頭を下げると、逃げ出すように繋いでいる俺の手を引っ張って店を出た。
「あれぐらいなら買えるぞ?」
「もー。高すぎるよ。無理しないで」
「いや、柏木はあれくらい買える程度には稼いでるぞ?」
「江島くんの活動にはお金かかるだろ? 無駄遣いしないで」
無駄遣いとは思わないがな。俺が曲作るのが柏木への報酬になるなら、柏木が気に入る曲を作るだけだが……。
少しカジュアルな店に入る。
「江島くんが選んで」
そう言われたが、どうしたものか?
柏木、ピアスとか好きだよな。
……、柏木の持ってる真珠のピアスは高瀬からのプレゼントだろうか?
普段は俺が買ってやったピアスをつけている。今日もそのピアスだ。
高価な真珠は学校には着けてこれないよな。
彼女からのプレゼントにかなうとは思えなかったので、高そうなピアスを買うのはやめておこうと思った。
「柏木、指輪が欲しいのか?」
「え? 別に何でもいいよ」そう言った後、小さく「江島くんが選んでくれたものなら」と付け加えた。
ハードル上げてくんな。
シルバーの指輪を選んでやった。メッキでは無い本物だがそれほど高くはない。もっと高くても良かったのだが。
「同じ物、二つ買って貰ってもいいかい?」
同じ物を二つもいるか? 違うよな。
何をしたいのかわかったが、気づかないふりして二つ買ってやった。
「どこか店に入るか?」柏木が直ぐに買った指輪を付けたいだろうと思って誘ってみる。
「ん……。家に来ない?」
家にか?
この時間、両親は不在だろうが妹は居るかもな。
あの妹、ちょっと苦手だな。
「いいぞ」




