第92話 マウント
「ねえ、雪穂」
高瀬雪穂は朝学校に登校してすぐ級友に声をかけられた。
「おはよう、依」朝にクラスに入ると誰かが寄って来るのはいつもの事だ。
「あ、おはよー」級友は遅ればせながら朝の挨拶を返す。
彼女は写真雑誌を待っていた。
ああ、この話題ね。
この雑誌は私も買った。
「これ雪穂だよね」彼女は付箋を貼ってあったページを開く。可愛い付箋だった。
事務的なステイショナリーではない。こういったところにも気を使うのね。
彼女が見せてきたのは雑誌1ページ使った私の写真だった。
「ええ、そうよ」軽く返す。「依、こんな雑誌買ってるんだ?」
写真雑誌を買っているのはクラスで私ぐらいだと思っていた。
「高校生の写真コンテストの特集だったから、また雪穂が出してるかなって思って」
なんだ。写真が好きなんじゃなくて、私のファンか。
「よく見つけたわね」照れたように笑いかける。これもファンサービスよね。
ワラワラと人が集まりだす。
「高瀬、すごいな。今度は金賞か」
「高瀬さん、SNSとかやらないの? 絶対注目されるよ!」
「やっぱ、高瀬は凄いよな」
ええ、もっと褒めてくれていいのよ。
「雪穂、これどこで撮ったの?」いつの間にか登校していた志歩が尋ねてきた。
地名を返す。紅葉で有名な隣県の渓谷。
去年奈乃ちゃんと撮影旅行に行った思い出の場所だ。
「写真撮るために行ったの?」
「ガチじゃん!」
みんなが口々にいろんな事をいう。いちいち返せなくなって、とりあえず愛想笑いをしておく。
「誰と行ったの?」志歩が烏合の囀りを断ち切る。暗い嫉妬の光を含んだ目だった。
友達に向ける目じゃないわよ。
「ナイショ」志歩に笑いかける。
「え? 彼氏か?」男子が食いつく。私に彼氏がいたとしても、あなたには関係ないわよね。
「違うわよ」
「え、雪穂、彼氏いたっけ?」みんなが問詰めてくる。
「彼氏はいないわよ」
嘘はついてない。恋人はいるけどね。
昼休み。E組の教室を訪れて江島くんを呼びだしてもらう。
「高瀬。いちいち呼び出さずに入ってこい!」江島くんは席から離れず大声で私を呼びつけた。
そうね。勝手に入っていったほうが目立たずに済んだわね。
江島くんは同じクラスの男子二人と話をしていた。すでに昼食は済ませているようだ。
同じクラスに軽音部の友人もいるようだが、今は見当たらない。
江島くんは、軽音部や私達のサークルを除くと、学内ではこの二人としか一緒にいるのを見たことがない。
見た目に問題がありすぎるのよ。単にファッションのつもりなんだろうけど、町中で出会ったら怖い人にしか見えない。
「高瀬さんいらっしゃい」
「こんにちは」江島くんのお友達が愛想よく、むしろ嬉しそうに挨拶してきた。
前に私の「作品」を褒めてくれたのを覚えている。
「こんにちは。おじゃまして良いかしら?」
舞い上がっている二人に空いてるイスを勧められた。
E組の人たちから注目されているのを感じる。
人目を集めるのはいつもの事だけど。
「おう、何か用か?」
「用事がなければ来てはいけないのかしら?」
その返事に江島くんは察したようだった。迷惑そうな顔をする。
柏木くんのクラスのB組の人たち以外で、私にこんな顔を見せる人はいない。ちょっと面白い。
江島くんは基本人が良いので、迷惑に思っても邪険にされることはない。
「嫌なことがあるたびに俺んとこ来んな」
「これなのだけれど」私は江島くんの苦情を無視して、クラスメイトから借りた写真雑誌を見せる。
「あ、これ高瀬さんの写真? 紅葉か。めっちゃキレイじゃん」
「夕焼けと紅葉の色合わせてるのか。幻想的だね」
写真を褒められるのは気持ちいいわね。
二人は私の顔色を見てからホッとしたように江島くんを見る。
二人と目を合わせた江島くんは苦笑を浮かべる。
何? 私ってそんなに扱いにくいかしら?
江島くんはまだ何も感想を言ってない。
しばらく真剣な表情で写真を見ていたが、呼吸を整えてから口を開く。
「つまんねー写真だな。高瀬らしくない」
江島くんのお友達は息を呑んで私を注視する。
大丈夫よ。怒らないわ。
だって私もそう思ってるもの。
私はまだ黙って続きを待つ。
江島くんは言いにくそうな顔をしてから、諦めたように言葉を続けた。
「これ、ついでに撮っただろ。時間なかったのか?」
「次の日にちゃんと撮るつもりだったのだけどね。奈乃ちゃんが拗ねちゃって時間なかったのよ」
奈乃ちゃんの名前を出したからか江島くんは息を呑む。
あら? 気を使ってもらっていたのかしら?
「奈乃ちゃんって、……柏木くん?」
「そうよ」
お友達二人は黙った。
江島くんも黙ったままだ。
「高瀬さん、人物は撮らないの?」お友達が沈黙を破りあからさまにならないように話題を変えてきた。
「撮るわよ?」可愛い奈乃ちゃんを独り占めしたいから発表しないだけよ。
「柏木は構ってやらないと面倒だからな。一人で撮影に行けばいいんじゃないか?」
「だってついでだもの」コンテスト用の写真なんて、奈乃ちゃんの写真のついでに撮っているだけよ。
「ならしょうがないな」江島くんはそう言って、聞こえないように小さく舌打ちした。
ちゃんと舌打ちは聞こえた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
江島貴史が帰ろうと昇降口から出たとき、軽音部の1年生達と一緒にいる柏木奈乃に会った。
1年生は8人全員揃っていた。女子の一人が柏木の腕に抱きついていたが、柏木は特になんとも思ってないようだ。
スキンシップ好きだよな、柏木は。
「おう、柏木。どっか行くのか?」
「あ、江島くん」柏木は嬉しそうに返事を返す。
いつも楽しそうだな。
「軽音部の子たちにカラオケに誘われたんだ。江島くんも一緒に行くかい?」
期待するような目で見てくる柏木に対し、1年生たちは焦った目で柏木を見る。
俺、1年生に怖がられているか?
俺しか見ていない柏木は、空気を全く読めていない。
柏木の腕ににひっついていた女子が、何か言いたそうに柏木を引っ張るが、柏木は無視して俺を見ている。
「いや、帰るわ」作業したいしな。
ホッとする1年生たちと、可哀想なほどしょんぼりする柏木が対照的すぎる。
「お前らいつの間に仲良くなったんだ?」
「この前の日曜日も遊びに行ったんですよねー」俺の問に答えるように1年生が柏木に話しかける。
「え? あ、うん」
「奈乃ちゃん先輩、すっごく可愛かったよね」
「え? ……、可愛い言うな」柏木は困ったように小声で抗議した。
「ほら、可愛い!」
「一生、かわいいかわいいしてあげる!」何人かが小さい子にするみたいに、乱暴に柏木の頭を撫でる。
困り顔の柏木に、こいつらテンション上がってるな。
「君達、俺の方が先輩なんだけど」
髪の毛をクシャクシャにされた柏木は怒ってみせるが、全然怖くないな。
「生意気なとこも可愛い!」むしろ喜ばせている。
「江島くん、何とかしてくれ」柏木が俺に助けを求める。
あ? テンション高い1年生相手すんのメンドくせーな。
「奈乃ちゃん先輩」男子が柏木の頬を両手で挟んで自分の方に向けさす。
柏木は自分より背の高い1年生を見上げる。
「今日は僕たちと遊ぶんですから、我儘言うのは、メッ、ですよ?」
両頬を挟まれた柏木は驚いたのか大人しくなった。至近距離から見おろされて柏木の顔がみるみる赤くなる。
「……ひゃい」はい、と返事しようとしたのか?
笑うのを我慢していたのか少しの沈黙の後、一年生の一人が吹き出す。
「もー、可愛すぎ! 反則だろ!」柏木の頬を挟んでいた男子が笑いながら柏木を抱き寄せた。
「ふぇ?」驚いた柏木が変な声を出す。テンパりすぎだろ。
「まあ、楽しんでこい」バカらしくなった。早く帰って作業しよう。
しかし1年生たちの仲良しアピール、何なんだ?
俺にマウント取ってんのか?
いや、柏木の取り合いするつもりはないぞ?
柏木は誰相手でも、構ってもらえると嬉しそうだ。
高瀬は、柏木と紅葉の撮影に行ったとき柏木が拗ねてしまったと言っていた。
高瀬がコンテスト用の撮影にかまけて、柏木をかまってやらなかったことは想像に難くない。
本気で写真を撮りに行くなら柏木を連れて行かないほうが良い。邪魔にしかならない。
それでも高瀬は柏木を連れて行くんだろう。
撮影は柏木とのデートのついでらしいから。
彼氏といちゃいちゃするついでに撮った写真が金賞かよ……。
片手間で入選する才能にも、男にかまけてその才能を軽く扱う態度にもむかつく。
高瀬には聞こえなかっただろうが、忌々しさに舌打ちしてしまった。
舌打ちの音を立てないだけの理性はあった。聞かれなくてよかった。
妬みが態度に出るとか、恥ずかしすぎるからな。
読んでくれてありがとうございます。




