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第87話 朝帰り

 日曜日に羽崎正人は柏木奈乃の家を訪れた。


 奈乃と約束していた。だが朝に奈乃の妹の那由多から連絡があって、約束の時間より早く来るように言われた。

 また何か奈乃がやらかしたか?


「おはようございます、羽崎さん」玄関まで出迎えた那由多が手を差し出してくる。

「おはよう」コートを脱いで那由多に渡す。


 居間に通される。

 ご両親は不在のようだ。奈乃もいない。

「お姉ちゃんはまだ寝てるの?」今日も起こしに行くのか? まあ、奈乃の寝起き凸も楽しいのだけどな。


「お姉ちゃんはまだ帰ってません」

 はあ? こんな朝っぱらから何処かに出かけているのか?

 那由多は不機嫌そうでそれでいていたずらっぽい目で見てくる。これはあれだな。

 俺に告げ口して奈乃を困らせようとしているな。

 楽しそうだな、おい。


「お姉ちゃんはどこに行っているの?」

「帰ってきたら、お姉ちゃんにきいてください」やはり楽しそうだ。

「コーヒーか紅茶飲みますか?」

「あ、コーヒー貰おうかな」


 那由多はコーヒーを淹れるだけで楽しそうだ。

 そういえば奈乃にはコーヒーを淹れてもらったことないな。


 ドリップしたコーヒーを出される。

「コーヒー淹れれたんだ?」

「練習しました。どうですか?」

「美味しいね」

「やったぁ」あどけなさを残した笑顔を見せる。

 何の為に練習したのだろうか? 尋ねることはやめておく。


 奈乃が帰ってくるまでコーヒーを飲みながら那由多と世間話をして待つ。

 那由多はコーヒーを飲まない。自分のために淹れ方を練習したわけではなさそうだ。

 俺に気の利いた会話カードがあるわけないので、会話の主導は那由多に任せる。始終楽しそうで何よりだ。

 俺と話しをしててそんなに楽しいか?


 奈乃の話題は出ない。

 メインイベントは自分で確認しろって事か。



「ただいま」玄関を開ける音とともに奈乃の声が聞こえた。気だるげでいてどこか負い目を感じているような、そんな声色だった。

「お帰り」那由多がソファーに座ったまま返事をした。俺のときは真っ先に迎えに飛び出してくるのにな。


 奈乃は居間のドアを開けて、俺を見て固まった。

「お帰り」

 そう声をかけても奈乃は硬直したまま俺を見ている。目だけが逃げ道を探すように落ち着かなく揺れだす。

 冷や汗をかきだして言葉も出せない。

 可哀想になってきた。


 多分、那由多は得意げに姉を見ているのだろう。

「那由多ちゃん、悪趣味だよ」

「……、ごめんなさい」しおらしく謝ってみせるが、しおらしいポーズだよな。

 俺は那由多に視線を移すことなく、ずっと奈乃を見ていた。


 奈乃はいたたまらないのか俯いた。

「大丈夫、遅れてないよ。俺が早く来すぎたんだ」

 約束より2時間も早い。奈乃にしたら俺が早めに来ても大丈夫なようにそれよりも早く帰ってきたつもりだったのだろう。


「え?……、あ、うん。……びっくりした」奈乃はオドオドしながら答える。

 奈乃にしたら、どこに行っていたのか咎められると思っていたのだろう。


 俺はソファーから立ち上がり奈乃に近づく。

 奈乃は怯えているのか少し腰が引けている。

 俺は笑顔を作ってからゆっくりと手を差し出した。

 奈乃の片頬を軽く摘む。


「俺、怖いか?」

「え? あ……」少し視線を彷徨わせてから俺を見上げる。「怒らないの?」

 俺は笑い声を漏らした。

「叱ってほしかったのか?」

 奈乃には思いがけない返事だったのか、キョトンとする。

 そして、少し考えてから、「うん」と答えた。


 叱ってほしかったのかよ。

 今度は声を上げて笑ってしまった。

 もう片方の手でも奈乃の頬を摘む。痛くない程度に両頬を引っ張って伸ばした。


「叱らないよ。柏木のしたいようにしたらいい」そう微笑みかけた。

 俺に奈乃を叱ったりする権利というか、資格というか、そういった物があるとは思えない。


 俺の答えに奈乃は寂しそうだった。

「そんな顔するな。可愛い顔が台無しだ」少し強く摘んだ両頬を伸ばす。

 奈乃は痛がりもせずに嬉しそうに微笑んだ。


 可愛いな、おい。


「叱ってください」俺の背後から那由多が咎めてきた。「ちゃんとお姉ちゃんを叱ってあげてください」

 奈乃の頬を摘んだまま顔だけ振り返る。

「叱りたいのは那由多ちゃんの方だけどね」少し怒っている。奈乃の朝帰りなんか知っても辛いだけなんだけどな。

「それとも叱られたかったの?」


 那由多はうろたえた表情をして、そして俯く。しばらくの沈黙の後、「はい」と答えた。


 那由多もかよ。

 この姉妹は似たもの姉妹だよな。すぐ依存したがる。ろくでもない男に騙されないか心配だよ。


 ああ、奈乃は手遅れか。ろくでもない奴にモノにされてしまっている。ハイスペックで甲斐性だけはありそうだけどな。


 取り敢えず那由多は叱っておく。子供だから。

「那由多ちゃんがお姉ちゃんの事を心配してるのはわかるよ。那由多ちゃんは賢いから、お姉ちゃんが間違えてばかりで、自分から不幸になりに行っているようなバカにしか見えなくて苛つくんだろうけど。それでもお姉ちゃんは自分で答えを見つけないといけないんだ。お姉ちゃんは子供じゃないんだから」


「……はい」那由多は神妙に頷いた。叱ってもらえて、機嫌の落とし所を得られたようだ。


「ねえ。私、ヒドイ言われようじゃない?」俺に頬を摘まれたままの奈乃が抗議してきた。

 奈乃は子供じゃないと那由多には言ったけど、那由多よりも子供っぽいよな。

 そこも可愛いけど。


「私だってちゃんと考えてるんだよ?」

 そうか?



 今日は大量の手作りチョコを作るために呼び出された。

 奈乃はいつもの可愛い感じのエプロンを付けた。

 朝帰りそのままで、襟にフリルが付いた白のブラウスにピンクのカーディガン。白に裾だけ縁取り柄の膝下丈のフレアスカートを履いている。


 大きめの荷物を持って帰ってきたので、昨日の服からは着替えていたのだろう。

 この手の可愛い感じの服で会う相手はだいたい分かる。

 高瀬の家に泊まっていたのか。


 那由多が作り方を説明する。材料は昨日のうちに那由多が用意しておいたらしい。

 とにかく大量のチョコレートを作るため、市販のお菓子に手を加えるだけの簡単なものだった。


 今週にはバレンタインデーがあるのだ。


 俺はフルーツ入りのシリアルをとにかく粉々に砕き続ける。

 那由多と奈乃が湯煎した市販のチョコレートに混ぜ大きな長方形の形に流し込む。

 固まってから一口サイズに四角く切って完成だ。


 ただ、量が多すぎる。

 奈乃の友チョコの数が多すぎるからだ。クラスの人数分よりも多い数だ。

 那由多の分も一緒に作るが、奈乃の数の半分よりも遥かに少ない。


 1回目のパレットに流し込んだチョコを冷蔵庫で冷やしている間は暇な時間があった。2回目以降は冷やしている間に、切り分けたりラッピングしたりとやることがあって忙しい。

 そして予定の数を作ってそれで終わりにはならなかった。


「もう一種類作ります。本命チョコですね」そう那由多が宣言する。

「お姉ちゃん、いくつ作るつもり?」これも何個か作るつもりなのか?

「……、4つ」奈乃はバツが悪そうに小声で答えた。

「本命チョコが4つって……。ビッチ過ぎる」那由多は呆れたように吐き捨てた。

 いや、気持ちはわかるよ?


「那由多ちゃん」できる限り優しく咎める。

「……、ごめんなさい」

 ついキツい口調になってしまったが、那由多は叱られてもこたえないことがわかっている。

 叱られたくて、わざと奈乃に暴言を吐いているとすら思えた。

 いや、暴言でもなく本当のことだけど。


 とにかくこの二人は色々とメンドくさい。


「あ、でも、一つはお父さんのだから!」奈乃は言い訳をしたが、それでも3つは本命チョコなんだよな。

 ……、高瀬と江島はわかるが、あと一つは誰のだ?


「後は私一人で作るから、羽崎は休んでいて」いつもの奈乃なら途中で飽きてサボり始めるのに、今日は珍しくやる気だった。ま、本命チョコだしな。

「那由多、作り方だけ教えて」

「私も本命チョコ作るから」

「え?」

「一つだけだから。お姉ちゃんみたいに浮気性じゃないから」照れ隠しか、いつも通りか、那由多は棘のある言葉を吐く。

 もう面倒で咎めることも諦めた。


「那由多ちゃんにも渡したい人いるんだ?」

「いますよ」

「誰?」奈乃が詰め寄る。からかっているとか、そういう感じではない。不安そうに、それでいて強く詰問する。

「誰だっていいでしょ? お姉ちゃんには関係ないよね」

 まあ、そうだろう。クラスか部活の誰かとかだろうけど、名前を聞いてもわからない。

 そう言われて、奈乃は怒りの色を見せた。

 誰か心当たりでもあるのか?



 やることがなくなってソファーで一人スマホをいじっていた。

 だいぶ経ってから二人はキッチンから出てきた。


「終わりました」那由多はそれ程疲れた様子もない。

 対して奈乃は疲れ果てたようにソファーに沈み込んだ。

「お疲れ。片付けしようか」代わりに俺が立ち上がる。

「すみません、お願いします」那由多はソファーから立ち上がるそぶりもしない奈乃をムッとした目で見たが、諦めたように俺と一緒にキッチンに戻る。


 那由多と二人で汚れた調理器具を洗う。

 奈乃が俺達の会話を聞いていないことを確認してから、那由多に尋ねることにした。


「お姉ちゃん、たまに朝帰りするの?」

「高瀬さんがお正月に家に来て、二泊していきました」

 何でそんな事に?

「親公認になったからか、毎週金曜日か土曜日のどちらかは帰ってきません」不快そうに那由多は続ける。「親が認めたからって、節操なさすぎです」

 奈乃の両親は奈乃にどこか遠慮しているような気がする。むしろハレモノに触るような。


 それにしても高瀬の親はどういうつもりだ?

 毎週、恋人を連れ込んで何も言わないのか?

 高瀬にはどこか歪さを感じる。


「おかしいよ、あの人。家族が隣の部屋にいるのわかっていてあんな事…」那由多は言葉を途中で濁した。

 中学生の女の子には口にするのも憚ることだとわかった。


 やはり高瀬はどこか歪だ。




読んでくれてありがとう。

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