第84話 ハレの日
羽崎正人が柏木奈乃の家を訪れたときに、出迎えたのは妹の那由多だった。
「羽崎さん、ごめんなさい。お姉ちゃんまだ帰ってないので」
今日はクラス会があるのわかってて出かけているのか?
「あけましておめでとうございます」取り敢えず挨拶は先にすませる。
「あ、あけましておめでとうございます」那由多が慌てて居住まいを正して挨拶を返す。
「お姉ちゃん、どこに行ってるの?」
「あー、もうすぐ帰るって連絡あったので、上がって待っててください」何故か質問に答えない。いつも通り手を出してくるのでコートを預けた。
「おじゃまします」中に声を掛けるが返事がない。那由多しかいないようだ。
何故かソファを勧められて、何故かお茶を出された。
「集合時間に遅れそうなんだけど」
「あ、お父さんが車で送るって言ってました」
奈乃は父親と一緒にいるのか?
「お姉ちゃんどこに行ってるの?」
「あー、もうちょっとで帰って来ると思いますので待ってください」
どうも内緒にしたいようだ。いくつか思いつくが、大人しくし待つことにする。
お正月の三ヶ日も過ぎた4日。今日はクラス会で初詣に行くことになっている。
駅で待ち合わせしてから電車に乗って大きな神社に行く。
クラス会ではなかったが、奈乃たちのライブはほぼ全員参加だった。
その後もクリスマス会がほぼ全員参加で有った。いつも通り俺と那由多がお菓子作りを手伝わされた。
そして今日もクラス会と、なかなか委員長も頑張る。
しばらくすると車の音がして、玄関のドアが開く音がする。
那由多がリビングの扉を開けて玄関を確認する。
「お姉ちゃん、羽崎さん来てるよ」
返事はないが小さな足音が扉の前まで近づく。
那由多が何かを確認してから、扉を開けたまま部屋の外に出た。
代わりに奈乃が静々と部屋に入ってきた。
外から那由多が扉を閉める。
見とれてしまった。
奈乃は振袖を着ていた。
奈乃は恥ずかしそうに俺を見ていたが、俺が何も言わないからか不安そうな顔を見せる。
あ…。
慌てて立ち上がり、
「似合ってる。可愛いよ」と言った。
奈乃は嬉しそうに笑う。
奈乃はピンク地の生地に大きめの花を沢山あしらった意匠の振り袖を着ていた。首元からレースの白の襟と黄緑の襟が重ねて覗いている。あと、振袖でよく見るふわふわの襟巻きのようなものを肩にかけている。
髪もまとめて、大きな花束のような飾りがついていた。手には金色地のガマ口バックを両手で持っていた。
和装に合わせたのか真珠のピアスをつけている。
こんなピアス持っていたか?
「どう?」奈乃が可愛く軽く握った手を肩まで上げたポーズを取る。それからクルッと半回転して背中を見せる。
着物は帯がポイントだからな。
握った手を肩まで上げる事で艶やかな袖を魅せる。
見返って、「可愛い?」と笑いながら言った。
「むっちゃ可愛い」あざといよな。
「えへへ」照れたように笑う。
「いいか?」奈乃に近づく。
「ん?」身体を俺の方に向ける。
着物が崩れないように添える程度に奈乃を抱き寄せた。
奈乃は黙ったまま大人しくしていた。
「どうしたの? 羽崎」ずっと俺が黙ったままだったのをきりがないと思ったのか、奈乃が咎めるでもなくそう言った。
「ああ」手を離す。「すごく可愛かったからな」
「そう。…ごめん」
「なぜ謝る?」
「そうだね。…ありがとう」目線を逸らしながらほのかに笑った。
頭を撫でようと手を伸ばしたが凝った髪型を崩すのを恐れて、奈乃の頬を優しくペシペシと叩いた。
「何で殴るの?」嬉しそうに笑う。
何でだろうな。
「羽崎さん」部屋の外から那由多の呼ぶ声がした。
「はい」
「開けても良いですか?」
「どうぞ」
俺達に遠慮して外にいたのか。
那由多が申し訳無さそうに顔を覗かせる。ちょっと気まずいな。
奈乃は平気な顔をしていた。
「お姉ちゃん。お父さん、車で待ってるよ? 集合時間間に合うの?」
「ん。行こうか」奈乃は俺に答えた。
奈乃が先に居間から出る。
「あれ、レンタル?」小声で那由多に尋ねる。
「買いました」
「え?」高いんじゃないのか?
「そんなに高くないですよ。厄除け参りや成人式にも着れますし」
奈乃は何歳で厄除け参りに行くつもりなんだろうか?
「それに私も着ますし」
「那由多ちゃんもあれ着るの?」
「子供っぽすぎますよね」苦笑する。
那由多がお下がりで着るにはあざとすぎた。
「いいの?」那由多がお下がりで着る前提なら、もっと那由多の好みとすり合わせるべきだろ。
「お姉ちゃんの好きなので良いですよ」
よっぽど那由多の方が大人だった。
待ち合わせ場所の駅前には殆どのクラスメイトたちが既に集まっていた。
遅刻した訳では無いがどうやら最後だったみたいだ。
「奈乃ちゃん、可愛い!」ほとんどのクラスメイトの第一声がそれだった。
奈乃の振袖姿にテンションが上がって、「可愛い」と言うだけのBotになっている。
「そろそろ行くよ。班に分かれて」委員長が統制を取り戻す。
今日は移動があるので五つの班に分かれた。
奈乃は行程事に班を変える。
往路の電車。駅から目的地の神社。神社の参道。
門前のおみやげ物屋通りで時間区切りの班行動。
その後は神社から駅。復路の電車。
五つの班が二回ずつ奈乃と行動する。
俺の班は委員長と隣の席の佐野さんのカップル。本人たちは付き合ってないと言っている。そして格ゲーマーとその彼氏。
俺だけがボッチの五人だ。各班の中で一番人数が少ない。俺の交友関係の狭さが原因だろうか?
行き道。格ゲーマーは寒いのか彼氏にくっついている。隣の席の佐野さんも委員長にくっついている。
俺だけ寒い。
遠目に見る奈乃は皆にチヤホヤされて楽しそうだった。絶えず誰かとくっついている。
あれはあれで気を使っているのか。
参拝したあと鳥居の前で班ごとに奈乃を囲んで記念撮影をした。
奈乃は買って貰った破魔矢を振り回して遊んでいる。
俺達の班が記念撮影する番になった。カップルが二組できているので奈乃は俺と腕を組んできた。ボッチで良かったと思う数少ない場面だった。
「羽崎くん」俺達の記念撮影が終わって次の班と交代する僅かの間に佐野さんに呼び止められた。
佐野さんはスマホをこちらに向けていた。
察した奈乃がもう一度俺の腕に絡みついて、佐野さんのスマホに笑顔を向ける。
佐野さんがシャッターを切る一瞬だけで、すぐに奈乃は次の班のところに行った。
「はい」佐野さんからツーショットの写真が送られてきた。
俺の腕に絡んでいる奈乃は笑顔をカメラに向けていた。
写真の中の俺はカメラを見ずに、奈乃に視線を向けていた。間抜けな顔だ。
「サンキュー、佐野さん」
「どういたしまして」
お土産物屋が並ぶ門前町で奈乃を受け取った。
今から俺達の班が奈乃と行動する時間だ。
「奈乃ちゃん、行きたいところある?」委員長が代表して尋ねる。
「どこでも良いよ!」
どこでも良い、は返って困るよな。
奈乃なら本当にどこでも喜びそうだけど。
「他の班が行きそうにない処にしようか?」
「うん!」
資料館に入った。確かにこんなお堅いところは誰も選ばないだろ。
と思ったが意外と楽しい。
精進落としと言い訳する色街が再現されているミニチュアの町が建物の中に有った。
ミニチュアと言っても少し小さいだけだった。屈めば家の中にも入れるし、道具類も小ぶりだが本当に使えそうだった。
町の住人もミニチュアで再現されていて、大人の男性でも奈乃よりは小さかった。
「何か中途半端な大きさのミニチュアお人形さんだね」奈乃が不思議そうに作り物の町人に顔を寄せる。
「ミニチュアではないですよ」
近くにいた係員に声をかけられた。
「え?」
「江戸時代の標準的な身長ですよ。建物や道具も当時の実物大です」
「そうなんだ! 大人の男の人でも私より小さかったの?」奈乃が丈を比べるように人形の隣に立つ。「写真撮って!」
小さな人形の隣で奈乃が得意げに写真に収まる。
「江戸時代だったら、私もおっきい方だね!」
いや、その時代に奈乃がいたら多分もっと小さかったと思うけどな。
夏祭り以降、クラス会で班行動するときは奈乃に買い与える物の数は制限されている。具体的には食べ物とお土産は各班一つずつだ。
食べたいものを訊かれたとき、奈乃はソフトクリームを選んだ。
この寒いのに?
2人分だけ空いていた背もたれのない木のベンチに奈乃を座らせた。隣に格ゲーマーの松野が座る。
うちのクラスのちびっこコンビだ。
奈乃は甘やかされるのが基本だが、格ゲーマーの彼氏の宇田川も彼女を甘やかせる方だ。
委員長と佐野さんが二人で買ったものを分け合って食べている。
俺も近くの店でおやつになるものを買ってきた。
奈乃と松野は楽しそうにそれぞれ味の違うソフトクリームを分け合っている。
少し離れたところに立って奈乃たちを見守っていた宇田川のところに行く。あぶれ者同士だからな。
「何か買わないのか?」
「いい」
「食うか?」
「何だそれは?」
「キュウリの漬物」冷やした漬物を割り箸に刺しただけのおやつだ。老舗の漬物屋の店頭で買った。
「いらん」
だよな。
奈乃と松野は既にソフトクリームを食べ終わっていたが、ずっと楽しそうに話をしていた。
いつの間にか二人は手を繋いでいた。
「修斗くんも振袖来てみたいって!」
駅への帰り道で奈乃が宇田川に言った。
神社から駅までの帰り道は、奈乃は俺達の班と行動することになっている。
「いいよ、奈乃ちゃん」松野が慌てて奈乃を止める。宇田川の反応を怖がっているようだ。
宇田川はそういうのいい顔をしないよな。
「修斗くんの振袖も可愛いと思うなー」奈乃は気にせずに続ける。
松野が困ってるだろ。
「奈乃、俺達の事は俺達で決める」宇田川は強く言ったが、怒っているというよりは諭している口ぶりだった。
「人の事より、自分の事をちゃんと考えろ。子供じゃないんだ」
「むー」叱られた奈乃は拗ねた顔をする。
「お前らも奈乃を甘やかすな」
俺にまで飛び火した。
委員長はすん、としていたが、宇田川は見逃さなかった。
「川原。奈乃をクラスまとめる道具にするな」
「僕は委員長なんでね」軽くあしらう。
宇田川もそれ以上は言わなかった。
「良いよ」奈乃が委員長に近づいて腕を掴む。「私が役に立てるなら使ってもらっていいからね」そう言って委員長に笑いかけるが、委員長は奈乃を見ずに歩く先だけを見ていた。
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