表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/102

第83話 禊

 

 柏木奈乃は海岸に打ち寄せる波を見ていた。

 波打ち際の岩壁の上が参道として整備されている。

 海からの高さが2メートルほどで手すりがつけられていた。


 参道が濡れている。

 高い波が参道の上まで来ることがあるということだ。参拝客もそれがわかっていて海に近いところを歩かないようにしている。


 正月の二日目。

 今日は雪穂ちゃんと二人だけで電車に乗って観光地としても有名な神社に初詣に来ていた。



 年越し参りに家族で行ったあと、帰りが遅かったので雪穂ちゃんは泊まっていった。雪穂ちゃんはお父さんのパジャマを借りた。

「僕のパジャマで良いのかい?」お父さんは自分のパジャマを雪穂ちゃんが着ることを気にしていた。ちゃんと洗濯はしてあるがそれでも長く着ていると匂いとか気になるのじゃないかな?


「大丈夫です」と雪穂ちゃんは軽く言ったが、着ているパジャマの匂いを何度も嗅いでいた。

 お父さんは申し訳無さそうな顔をしたが、雪穂ちゃんは匂いを嫌がっているような感じじゃなかった。


 寧ろ喜んでいる?

 中年男性の匂いが珍しい? どこに萌える要素があるのかな?


 雪穂ちゃんには珍しいんだ……。


 その日は雪穂ちゃんと一緒に寝た。

 ふたりとも疲れていたから、何もせずにすぐに寝付いた。

 雪穂ちゃんに優しく抱きしめられながら眠るのは心地よかった。


 元日は早起きして近所の高台で初日の出を家族と見た。

 お雑煮を食べたり、おせちを食べたり、昼寝したり、怠惰で心地よい元日を家族と雪穂ちゃんと過ごした。


 でも夜は大変だった。

 2日連日でお泊りした雪穂ちゃんになかなか寝かせてもらえなかった。

 隣の部屋の那由多に聞かれたくないから、声を押し殺して、抵抗もできずに為されるがままになっていた。


「大きな声出すと、ばれるわよ?」イジワルにそう言いながら、攻める手を緩めない。

 声おっきいの、雪穂ちゃんだよね!?


 気持ちいいのはとっくに通り越して痛くて辛くなってた。でもそんなことは言えない。

「明日は初詣に行くんだよね? そろそろ寝ようよ」

「もうちょっとだけ、可愛い奈乃ちゃんを見たいわ」」

 こんな会話を延々と繰り返されてずっと私の身体で遊ばれた。



 そんなわけで二日目のお出かけは少し出発が遅れた。

 一回、雪穂ちゃんのお家に寄って着替えてきた。

 派手な革ジャンに厚手のジーンズ。派手なスニーカーにベースボールキャップを被った雪穂ちゃんは、ちょっとやんちゃな男の子に見えた。

 ん、カッコいい。


 ゴッツイカメラバックを持ち出して、今日は写真もとるらしい。



 そして今、波打ち際の岩場に建つ神社にいる。

 濡れている海側の参道を見ながらムクムクといたずら心が湧き上がる。

 つかんでいた雪穂ちゃんの腕を離す。

「写真撮って!」笑いかけてから誰もいない海との境界の手すりまで駆け出す。


「え? 奈乃ちゃん、濡れるわよ?!」

「写真!」

 慌てて雪穂ちゃんがカメラを構える。


 荒れた冬の海が霧状の飛沫を飛ばす。

 思ったより濡れる。

 手を広げて雪穂ちゃんに笑いかける。


 沢山の参拝客が、何をやってるんだ、って呆れたような表情で私を見てくる。

 ホント、何やってるんだろ?


 この神社は海水で禊をするための神社だ。


 一段と大きなうねりが背後から聞こえる。

 あ、まずいかも?


 岩にぶつかる大きな波の音が聞こえた。

 飛沫と言うには多すぎる波の粒が頭から降ってきた。

 冷た!


「あはは!」声を出して笑ってしまう。


 繰り返して飛沫を私にかけてから、うねりは大人しくなった。

 もう霧状の飛沫しか飛んでこない。


「奈乃ちゃん、大丈夫?」慌てて雪穂ちゃんが駆け寄ってくる。


 でも雪穂ちゃん、さっきまで夢中で写真撮ってたよね?


 雪穂ちゃんは潮がカメラにかからないようにカメラバックに仕舞ってから、カバンからタオルを取り出して私の頭を拭く。

「乱暴に拭かないで」小声でお願いした。


 悪目立ちしてしまった。みんなが見ている前でウィッグが外れてしまったら、死んでしまうよ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 高瀬雪穂は借り物のパジャマの袖に顔を近づけて匂いを嗅いでみた。

 ほとんど無意識だったと思う。


 父親の匂いがした。


 私の父親の匂いじゃない。これは奈乃ちゃんの父親の匂い。

 父とは長く会っていないわけじゃない。

 それでも匂いは思い出せない。


「雪穂ちゃん?」

「え?」

「どうかしたの?」

「ううん、何でもないわよ?」

 奈乃ちゃんが不思議そうな顔をしている。

 奈乃ちゃんのお父さんは申し訳無さそうな顔をしている。


 ちょっとまずかったかしら?


 正月二日目も柏木家に泊まった。一度帰って服は着替えてきたが、寝衣は持ってこなかった。

 はじめから泊まる気で居座るのも図々しいと思ったのもあるが、また父親のパジャマを借りればいいと思ったのもある。

 思い通り泊まっていくように勧められて、思い通り父親からパジャマを借りられた。



 一日目は年越し参りで寝るのも遅く、初日の出を見るために起きるのも早かったので、何もせずに奈乃ちゃんを抱き枕にして眠った。


 二日目は頑張った。

 頑張りすぎて少し寝る時間が遅くなってしまった。

 隣の部屋の妹さんに感づかれたくないのか声を殺して悶える奈乃ちゃんが可愛すぎるのがいけないのよね。

 奈乃ちゃんが声を堪えきれずに出してしまって、ヒヤっとしたのは私だったのだけど。

 それでも声を出すギリギリを責める遊びが楽しすぎた。何回か、いえ、何度も失敗してしまったが止められなかった。


 奈乃ちゃんとのお泊りが楽しすぎて、予定よりも起きるのが遅くなった。

 妹の那由多ちゃんに睨まれて、思い当たるフシがあるのが少し気まずい。

 意外と奈乃ちゃんは平気な顔をしていた。



 電車に乗る。

 初詣客が多くて混んでいた。日本中から初詣客が訪れる神社が路線上にある。

 ひしめき合う乗客から奈乃ちゃんを守るように盾になる。


「もー、雪穂ちゃんが中々寝ないから」奈乃ちゃんがふくれる。「混む前に出かけたかったのに」

 むくれている奈乃ちゃんも可愛い。


 奈乃ちゃん、私と二人でお出かけするのがそんなに楽しみだったのね。悪いことをしたわ。



 波打ち際に建つ神社の参道で奈乃ちゃんが笑いながらはしゃいでいる。

 両手を広げて飛沫を浴びる奈乃ちゃんは幻想的で可愛い。

 どこか刹那的、或いは退廃的にも見える。


「奈乃ちゃん!」カメラを仕舞って奈乃ちゃんに駆け寄る。


 こんな寒い中ずぶ濡れになって、風邪をひくわよ。

 奈乃ちゃんは挑発的な目を私に向けて笑った。


 参集所のストーブの前でずぶ濡れの奈乃ちゃんを乾かす。

 濡れた奈乃ちゃんを見て、ストーブの前を陣取っていた参拝客が場所を譲ってくれた。


 今日の奈乃ちゃんは短い丈の黒のワンピースの上に、おしりが隠れる程度の茶色のコート。年越し参りのときの服装に似ているがストッキングを履かずに素足だった。飾りのついたひらひらの短い靴下に厚底の黒の靴。


 どうしてこんな寒そうな服装を選んだのかしら?


 ただでさえこんな可愛い奈乃ちゃんがスカートを履いてないようにすら見える短いコートで目立っているのに、わざと飛沫がかかるような波打ち際に立ってはしゃぐなんて、悪目立ちもいいところよ。

 何もしていなくても通りすがりの人にジロジロ見られる。もう慣れたけど、奈乃ちゃんが私以外の誰かに見られることはもやもやする。


 小さなハンカチでは足りずに、カメラ用に持ってきていたタオルで奈乃ちゃんを拭く。

 頭を拭いていたときに、「乱暴に拭かないで」と、不機嫌そうに言われた。

 奈乃ちゃんにそんなふうに嫌がられることはあまりない。


 何か機嫌を損ねるような事をしたのだろうか? 私は。




読んでくれて、ありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ