第81話 大晦日はすき焼きと決まっている
「むー、できない!」
柏木奈乃はすねた声を上げた。
「お姉ちゃん、文句言わない。みっともないよ」那由多が器用に海老の背わたを取りながら言ってくる。
那由多は昔からお母さんの手伝いしてるからできるよね。
私はずっと家の事をしてこなかった。
「女の子なら料理くらいできないとね」那由多が言う。
これは私への当てつけだ。
今日の那由多は怖い。お母さんも困ったように笑う。別に面白いわけじゃないよね。那由多が不機嫌だからヘラヘラ笑ってやり過ごしているだけ。
どうして私の味方をしてくれないの?
那由多が不機嫌な理由ははっきりしている。
今日は雪穂ちゃんが家に来てるからだ。
お父さんに正月の予定を訊かれたときに、雪穂ちゃんの予定も訊かれた。
「知らない」と答えた。
2日に初詣の約束はしている。元日の予定は聞いてない。
いつも元日は家族で過ごす。だから誰とも会う予定は入れていない。
「訊いてみて」お父さんにそう言われて電話してみた。
何故かお父さんは雪穂ちゃんのことを気にかけている。
私のパートナーだから?
『奈乃ちゃん?』電話に出た雪穂ちゃんは少しびっくりしているみたいだった。
「何で? 私から電話するの、そんなにびっくりする?」私からはあんまりしないよね。
『え? ううん、嬉しっくてはしゃいでしまったわね』慌ててごまかしているのバレてるよ。
「ねえ、雪穂ちゃん」これは地雷になる。「年越しって、何してる?」できる限り明るく言ってみる。
帰ってきたのは沈黙だった。
怖いよ。
『んー、特に何もしないわね』平静な声で答えてくる。
「雪穂ちゃんちも家族で過ごすの?」
『どうして?』反射的に不機嫌さを隠せない返事が帰る。
「あ…、えっと、え、あ、あの」
怖いよ。もっと上手くするつもりだったのに…。
スピーカーの向こうで深呼吸する音が聞こえる。
『両親ともに仕事が忙しいらしくて、一人でのんびりするわよ?』優しい声になっていた。
「えっと、えっと、…うちに来ない?」
『え? どうして?』
「あの、あの、お父さんが会いたいって。お、お正月ご招待したいって」
少しの沈黙の後、『そう。お邪魔して良いのかしら?』
「ん、…私も雪穂ちゃんとお正月過ごしたい」
『行くわ!』
「あはは」良かった。いつもの雪穂ちゃんだ。
大晦日の昼過ぎに雪穂ちゃんがやって来た。
何かゴツく重量感のある黒のコートを脱いだ雪穂ちゃんは、明るい藍色のスーツを着てきた。タイはしていなかったけど、何でフォーマル?
襟柄とボタンにアクセントのあるシャツの第一ボタンを外して色っぽい。
短髪を後ろに流して固めているのも気合入っていててカッコいい。
「奈乃ちゃん、どうかした?」玄関で脱いだコートを預かるときに、耳元でいたずらっぽく言われた。
「ぅえ?」変な声が出た。
雪穂ちゃんが楽しそうに笑う。
もう。いつもこんなカッコいい感じでいてくれたら良いのに
私はカッコいい雪穂ちゃんを気に入ってたけど、家族に挨拶したときはお父さんもお母さんも少し引いていた。
那由多に冷たい目で見られて雪穂ちゃんも、流石に恋人の家を訪問するにはイキりすぎたと気付いたみたいだった。
気にしなくていいよ。とても雪穂ちゃんらしいよ?
今はお母さんと那由多と一緒にお正月用のおせち料理を作っている。
お客さんが来るってことでお母さんが張り切りすぎて、ちょっと大変。
私は部屋着にしてる白のロングワンピースに可愛い感じのエプロンをしている。エプロンだからってあんまり汚したくない。
お母さんも那由多もシンプルなエプロンをしていた。
雪穂ちゃんは私達がお料理をしている続き部屋のソファに座って、コーヒーを飲みながらお父さんと何か話をしている。
少し緊張してるみたいだけど、お父さんの方がよっぽど緊張しているみたいだ。
私もあっちがいいな。
「もう、疲れたー!」ずっとお料理してる。飽きた!
「あ…、奈乃は休憩にする?」お母さんがちょっと困った顔をする。
那由多がムッとした顔をしてお母さんを見る。
お母さんは弱く那由多の非難の目を見返す。
きっと二人の間では私を困った子扱いしてるんだろな。
「雪穂ちゃん、お部屋行こ!」
ソファに座っていた雪穂ちゃんは私を見てから、お父さんを見る。
お父さんは、どうぞ、と言うように笑みを返した。
みんな私を困った子扱いするの、やな感じなんだけど。
だって雪穂ちゃんがずっと良い子モードなんだもの。きっと疲れちゃうよね。
それでも余裕で過ごせる雪穂ちゃんは凄いね。
「奈乃ちゃんのお部屋、可愛いわね」
「むー」子供っぽいって言う意味? 「お部屋入るの二回目だよね?」今回は雪穂ちゃんが来るのわかってたからお片付けとお掃除を念入りにした。子供っぽすぎるぬいぐるみとかは片付けておいた。
雪穂ちゃんにもらったぬいぐるみはベットにいる。
私がベットに腰掛けると雪穂ちゃんは私にくっつくように隣に座る。
いきなり頭に手を添えてキスされた。
「奈乃ちゃん、我慢できなかったのね」からかうように笑ってきた。
えー、我慢できてないのは雪穂ちゃんだよね。私は恥ずかしそうに顔をそらす。
雪穂ちゃん、こういうの好きだよね?
ん、思った通り雪穂ちゃんはこういうの好きみたい。
いきなりベットに押し倒された。
腰回りを縛っていたエプロンのひもを外してから、膝下まであるロングのワンピースの裾を胸上まで捲りあげられるまで一瞬だった。
「まって、まって! 雪穂ちゃん!」慌てて上に乗ってくる雪穂ちゃんを両手で押しのけようとする。
「静かにして、奈乃ちゃん。騒ぐとご家族にバレるわよ?」
家族のいるお家なら雪穂ちゃんもおとなしくしているかなと思ったけど、そんな甘くはなかった。むしろ私がされるがままに大人しくしているしかなかった。
クリスマスデートの時はひどい目にあった。
最初は恋人らしく街にイルミネーションを見に行って、途中から撮影会になったのはいつもどおりで、それは健全な高校生のデートの範疇だったと思う。途中までは。
遅い時間まで出かけていたから、もう今日はこのまま解散かなって思っていたら、そのまま雪穂ちゃんのお家に連れ込まれた。
朝まで寝かせてもらえなかったのは流石にヒドイよね。
今日はちゃんと寝させて欲しいな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
高瀬雪穂はすき焼き鍋の前で困惑していた。
「高瀬さん、おかわりいる?」
「いえ、もうおなかいっぱいです」
「遠慮しないでね」
遠慮していないのだけど。そんなに食べれないわよ。
家族で鍋を囲むことなんかなかった。もしかしたら私が覚えていないずっと昔にはそんな時もあったかもしれない。
そう言えば鍋だけでなく、大皿料理とかも友達とみんなで突っついたりすることもなかったような気がする。
柏木家の居間の真ん中に鎮座するコタツの上にはすき焼き鍋が置かれていた。
大晦日には毎年すき焼きらしい。地元にいてもなかなか食べれない高級和牛がこのときだけは食卓に上がると言っていた。
「雪穂ちゃん、まだお肉あるよ」奈乃ちゃんが勧めてくるけど、奈乃ちゃん自身はとっくにギブアップして箸を置いている。
奈乃ちゃんは私の隣でこたつに入っている。
普段は家族四人でこたつの一辺ずつに着いているのだろうけど、今日は私が多いので一辺だけは二人で入る。
当然のように奈乃ちゃんは私の隣りに座った。
今も奈乃ちゃんは私にくっつくように座っている。奈乃ちゃんが楽しそうで私も嬉しいけど、ご家族の前でこれは流石に気まずいわね…。
「はい! 雪穂ちゃん、食べて食べて!」奈乃ちゃんが横から箸でつまんだ肉を私の口元に差し出してくる。
え? 私が食べるの?
恥ずかしいのだけど。いえ、家族の前でこれは流石に無理では?
ご両親は困ったような生暖かい目で見てくるし、妹さんに至ってはゴミを見るような目で見てくるのだけど。
「自分で食べるから、ね?」
「ちぇっ」奈乃ちゃんがニヤニヤしながら肉を取り皿に戻す。
からかってた?
私は取り皿に戻された肉を自分で食べる。
食べるために少し顔をうつむけたときに、奈乃ちゃんに耳元で、「仕返しだよ」と囁かれた。
え?
奈乃ちゃんはいたずらっぽく笑って私を見ている。
……私、何か奈乃ちゃんが嫌がることした?
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