第102話 両手に花の別名は板挟みだよな
江島貴史は軽音部に呼び出されて部室に来ていた。
基本顔は出さない。文化祭の軽音部のステージに出るためだけに席を置いただけだ。
今はライブハウスでの活動が主になっているから、どうしても文化祭のステージを必要とするわけではない。付き合いがあるから退部していないだけだ。
あと、何故か柏木が軽音部を気に入っている。
4月の終わり。新入部員も揃ったところで部内ミーティングに呼び出された。新入生勧誘ライブも出なかったし、勧誘なんか一つもしていない。断り続けるのも苦しくなったので顔だけ出すことにした。
柏木は乗り気だったので、連れてきた。高瀬は当然のように逃げた。
俺も逃げたい。
柏木に全部押し付けようかとも思ったが、柏木一人では心もとない。何かいらん仕事を押し付けられてきそうな未来しか見えない。
「江島、たまには顔出せ」
「お、悪い。できたらな」もちろんそんな気はない。
「柏木くん、来てくれてありがとう」部長はにこやかに柏木に話しかける。態度があからさまに俺と違う。
「うん。あまり顔出せなくてごめん」
あまり? たまに顔出してるのか? 一人で?
「あれ? ライブで受付していた方ですか?」新入部員らしい男が柏木に声を掛ける。
そういえば柏木、春先の学外ライブで受付してたな。
「あ、うん」柏木は緊張したように返事する。あんなに友達多いくせに、何でいつも人見知りみたいな反応するんだ?
「ほら、やっぱり男だっただろ」その1年は一緒にいた連れの男に得意げに言った。
柏木が固まる。
部室内の空気も固くなった。
連れの男は得意気な男の後頭部をはたいて、「いちいち言わなくてもいい」とツッコミを入れた。
はたかれた男は何故はたかれたのかわからないのか驚いて絶句している。
「ねえ」2年の女子部員が座っている柏木を後ろから抱きしめる。「奈乃ちゃん先輩にケンカ売ってんの? 買うよ、私が」柏木を抱きしめたまま1年を睨む。
睨まれた1年は始めて不興を買う発言だったことに気付いて慌てた様子になる。
「怒ってないから!」柏木の方が慌てて言う。後ろから抱きついている女子部員の方を振り返ろうとして、あまりに顔が近すぎたので二人の頬が当たった。
「あっ」頬が当たった事に驚いた柏木が、体を離そうとする。
「もう! 奈乃ちゃん先輩可愛いー!」かえって女子部員は柏木の顔を掴んで頬をすりすりした。
「可愛い言うな」柏木は柏木で、頬をすりすりされる事には抵抗せず『可愛い』発言に抗議する。
何やってんだこいつら。
発端の新入部員二人はあぜんとしている。そうなるわな。
「おい、調子のんな」2年の男子部員が柏木を抱きしめていた女の首根っこを捕まえて引き離した。「羨ましいだろ」
お前も何言ってんだ?
「いいでしょ?」
「だめだろ」二年の男子部員は女子部員を軽く扱って、柏木に向かって、「俺もほっぺすりすりしていいですか?」尋ねた。
いや、何でだ?
「えっ? あっ……」柏木は戸惑ったように言葉を返せないが、最後に「……うん」と言って顔を赤くして下を向いてしまった。
「あんたはダメ! セクハラ!」今度は女子部員が、柏木に手を伸ばした男子部員の首根っこを掴む。
「良いだろ! 奈乃ちゃん先輩が良いって言ってんだから!」
「だめに決まってるでしょ!」
二年生二人は楽しそうに言い争う。
顔を上げた柏木は少し残念そうな表情に見えたが、楽しそうにワチャワチャする二人を見て笑った。
二人もつられて笑う。
部室内は弛緩した雰囲気に一変する。
取り残された騒ぎの原因になった新入部員二人もつられて頬を緩ます。
ん? 柏木は場を和まそうと変な言動をしたのか?
にしても、二年二人の発言は何か変な気がした。
女でも男にやたら触れるのはセクハラになるだろうが、男が男に触りに行くのもセクハラになるのか?
何か面倒くさいな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
羽崎正人は柏木姉妹に挟まれてうんざりしていた。
いや、少しは嬉しい。
放課後特に用事もないので柏木と帰ることになった。
柏木は用事がない限り誰かと一緒にいたがる。部活とかで時間が取れないクラスメイトがいたら、そいつが空いているときは優先的にそいつと絡もうとする。
クラスの皆が好きだというのは本当らしい。
クラスの誰にも嫌われたくないように立ち回っているようにも見えるんだがな。
今日はたまたま俺と二人で帰ることになった。
本当はたまたまでは無いかもしれない。多分俺を優先する傾向にある。
1年の時からつるんでいて、付き合いが長いから。
柏木がクラスの人気者になる前は、寧ろ俺としか絡んでいなかった。
だから、たまに俺を優先してくれるのは嬉しい。
別にそれが、クラスの皆に媚びを売ることに疲れた時の息抜きでも。
柏木の家に着く。先に帰っていた那由多がいつものように俺の荷物を受け取って居間に通した。
そして着替えるために部屋に引っ込んだ奈乃の代わりに俺の相手をする。もちろん奈乃はそんなことを頼んでいない。
那由多は俺を二人掛けのソファーに座らせて、当然のように俺の隣に座った。
何が楽しいのか、始終楽しそうに話しをする。
最近の話題は学校の事だ。那由多はこの春から俺たちと同じ高校に入った。
偶然学校内で顔をあわせると、良い笑顔で挨拶をしてくれる。特別感を出してくれるので気恥ずかしいのだけど、手加減をするつもりは無いらしい。
当たり障りのない会話で過ごす。話上手とは思えない俺の話にも那由多は嬉しそうに会話を返してくれるので、楽というか、ちょっと重い。
奈乃が着替えを終えて、居間に降りてきた。
白のハーフパンツにTシャツ。水色のカーディガン。奈乃、水色好きだよな。
奈乃は俺の隣にちゃっかり座っている那由多を見てむっとする。
「座る」そう言って俺の右隣に身体をねじ込んできた。
左隣は那由多が取られまいと、俺の身体に密着するように詰めてきたから、右側しか空いていない。
「狭い」
「むー、狭くない」ふくれっ面可愛い。
那由多との間に割り込まなかったのは、那由多と揉めたくなかったのか?
奈乃に押されて、那由多に身体を押し付ける事になったが、那由多は場所をズレることなくそのまま密着してきた。
俺と会話するのに身体を俺に向けていたためか、あるいはわざとか、腕で俺の身体を受け止めずに身体で受け止めた。
具体的には俺は腕を那由多の胸に押し付ける事になったが、那由多は楽しそうな笑顔を俺に向けただけだった。
そして奈乃には挑発的な目を向ける。
奈乃がやり返すように俺の身体をくっつけてくる。
俺を挟んでやり合うな。
それと、那由多には当てる胸があるが、奈乃のには無いからな。
「ごめん、那由多ちゃん。何か飲み物でも貰えないかな?」
那由多は、え? って顔をする。
いや、胸を押し付けられてるのが嫌なわけじゃないからな。寧ろ嬉しのだけど、奈乃が見てる。
「コーヒーと紅茶、どっちが良いですか?」
「どっちでも良いけど」奈乃ならコーヒーを選ぶか?
「んー、じゃあ、紅茶淹れますね」
他意は無いよな?
那由多は名残惜しそうに、一度俺の腕をギュッとして胸を押し付けてから、手を離し立ち上がる。
奈乃が不穏な気配出してきて、怖いからやめて。
那由多がキッチンに引っ込む。俺が本気で嫌がる前に引けるとこができてるよな。
狭いスペースに座っている奈乃ために少しずれる。
狭くないよに空けてやったのに、奈乃も俺にくっついてきた。何やってんだ。可愛いな、おい。
「で、修学旅行、どうする?」
「うん、楽しみだね!」嬉しそうな笑顔で、俺も嬉しいよ。いや、そんな話はしてない。
「班だよ。それと部屋割りと、風呂」
「あー、どうしよ?」何も考えてないな。
多分、自分がどうしたいかではなくて、皆がどうしたいかで決めようとしている。
「柏木がどうしたいか訊いてる。男湯と女湯どっちに入りたい?」
「どっちでも良いけど、……、どっちにしても、みんな気持ち悪くないかな」
そんなこと思うやつはいない。
と言いたいが、貸切風呂ではない。他のクラスや一般客もいる。
そうすると女湯は問題しかない。男湯も事情を知っている他クラスのやつの中には、嫌がるやつがいるかもしれない。
「先生に相談してみる。貸切風呂か部屋風呂ぐらい用意できるだろ」担任も去年から引き続きだ。理解ある担任だから何とかしてくれるだろう。既に何かしてるかもしれない。
「部屋はどうする?」部屋は他クラスとは一緒にはならない。
「皆が入れてくれる方で良いよ」
こっちは取り合いになりそうだな。
「柏木がどうしたいか訊いてるんだけど」
奈乃は黙ってうつ向いき溜めを作ってから、「羽崎と一緒の部屋が良いかな?」と恥ずかしそうに上目遣いに言った。
破壊力は抜群だな!
こいつ、俺をからかってるのか?
本気にするぞ?
「何言ってるの?」いつの間にか那由多が立っていた。冷ややかな目で奈乃を見下す。
怖いよ。
「羽崎さん、ミルク入れますか?」
「入れない」訊かれていないのに奈乃が答える。
ムッとした那由多が奈乃を睨むがどちらもそれ以上何も言わなかった。
「うん。ミルクお願い」
那由多はちゃんと奈乃の分の紅茶も淹れていた。
そして再び二人に挟まれて座ることになった。
狭くて紅茶が飲みにくい。
読んでくれてありがとう




