第100話 私は可愛いんだよ
高瀬雪穂はステージの上に立ってみた。
小さ。そう思ったが口には出さなかった。
レンタルスペース自体が小さい。公共施設の多目的スペース。
備え付けのステージは有るが多目的スペースとは名ばかりの、何に使っても使いにくそうな施設だった。
私がリストアップしたレンタル用品は業者に搬入してもらった。
施設備品と合わせて、照明と音響をセッティングする。
私物も持ち込んだ。この為に買い足して、私物は更に増えてしまった。まあ、良いけど。
今日は軽音部の学外演奏会だ。音響を頼まれてセッティングから参加している。
ライブハウス使えば楽で良いのに。とも思ったが予算的な問題もあるだろうし、そもそもお金さえ払えば良いってものでもないのだろう。
「高瀬さん、ブースにお願い!」音響ブースから呼ばれた。
「はい。行きます」私は返事してステージから飛び降りる。大して高くないステージだ。
「リハ始められるかな?」
「行けます」
音響スタッフは去年の文化祭で私と音響スタッフをした男性だ。
この4月に卒業して地元の大学に通っている。
OBが参加することが、学外ライブにした理由の一つだった。
今年2年になった男子部員二人が手伝いにつく。手伝いというより、音響と照明を教える。教えるほどの知識はないけど、それでも私の方が知識は多いようだ。
「お願いします」2年生は緊張した面持ちで私に挨拶する。
「よろしくお願いします」私も返事を返す。
みんな私と話をしたそうにしてくるけど、実際に声をかけてくる人はみんなどこか緊張しているように見える。
私ってそんなに扱いにくいかしら?
「緊張しないで。怖くないわよ?」できるだけ柔らかく接してみる。下手に緊張してミスをされても迷惑だ。
「でもなあ」二人は目配せする。
「噂の高瀬先輩と仕事するって、緊張するよな」
「噂って?」
「学校で一番の美人で有名だもんな」
「先輩と話したってだけで自慢できる」
「別に話しかけてもらっていいわよ。同じ軽音部だし」私達は名前だけの幽霊部員だけどね。
「いやー、見てる分には良いけど、実際話すには緊張するよ」
「高嶺の花すぎて別世界の人みたいだもんな。芸能人かなんかと一緒で」
何か噛み合わない。
私と話をしているようで、実際には2年生二人で会話しているみたいに思える。私と直に話するのが緊張するから?
私の顔をジロジロ見てくるのに、目が合うと視線を逸らすのは何?
盗み見されるのも、ジロジロ見られるのも慣れてるし、いちいち気にしないけど。話ししてるのだから、ちゃんとこっち見れば?
今日はバストホルダーで胸を潰しているからそんな事ないけど、学校で女子用の制服着ているときは顔だけじゃなくて胸や体を見られるのもいつもの事だ。
「おいお前ら、褒めてるようで失礼な事言ってるぞ」先輩が見かねて注意する。「話ししてないで仕事しよ。リハするぞ」
「高瀬さん、ごめん。あいつら高瀬さんのことアイドルかなんかだと思ってんだよ」後で先輩に謝られた。
つまり私は現実の人間扱いされてないって事よね?
慣れてるから、謝ってもらわなくて大丈夫ですよ。
「お疲れ様です」逆リハ中の転換の最中に奈乃ちゃんが入ってきた。
今日はチェーンをジャラジャラさせた黒のミニスカートに多分どこかのバンドTシャツに派手目のスタジャンを羽織っていた。私が買ってあげた水色のピアスをしている。ライブっぽいと言えばそうなんだろうけど、ちょっと浮いているかな。
カラ回ったイキリ具合も可愛い。
「柏木くん、お疲れ。今日はありがとう」
「今日はよろしくお願いします」奈乃ちゃんは先ず先輩に挨拶を返した。
「奈乃ちゃん、お疲れさま」
「雪穂ちゃんもお疲れさま。ごめんね、手伝えなくて」
「いいのよ?」奈乃ちゃんに力仕事も技術仕事もさせられないわ。
「奈乃ちゃん先輩だー」音響の手伝いの2年生が浮かれた感じで奈乃ちゃんを抱きしめる。
「わっ!」いきなり抱きつかれて奈乃ちゃんは驚いた声を上げるけど、直ぐに笑ってハグを返す。
「奈乃ちゃん、今日も可愛いー」後輩も笑いながら奈乃ちゃんの背中を乱暴に撫で回す。
「もー、服がシワになるよー。やめてってば」奈乃ちゃんは楽しそうに嫌がるふりをする。
何をしてるの?!
「おい、先輩嫌がってるだろ。離れろ」照明の手伝いの2年生が咎める。
「はいはい、交代ね」奈乃ちゃんはあやすように抱きついていた後輩に離れるように促す。
抱きついていた後輩が離れると、今度はもう一人の後輩に手を広げて、「はい、順番ね」と言ってハグする。
「んー、可愛いー」交代した後輩は一旦ハグしていた手を離すと、今度は両手で奈乃ちゃんの頬をつねる。
「痛い、痛い」そう言いながら笑う。
「ほっぺ、ぷにぷに」今度は頬を両手のひらで挟んで、タコの口にする。
「みゅうー」奈乃ちゃんの抗議の声は、頬を挟まれているため可愛い鳴き声になった。
わざとよね。
本当に何してるの?!
「おい、遊ぶな。柏木くんも仕事あるんだから邪魔するな」先輩が見かねて注意する。
二人の2年生と、何故か奈乃ちゃんも、叱られた後のいたずらっぽい顔をして笑いあっていた。
「ごめんね、高瀬さん」奈乃ちゃんが持ち場の受付に向かった後、先輩が代わりに謝ってきた。
「他人の彼女に無遠慮で」
……、奈乃ちゃんが嫌がってないから別に構わないわよ……。
いえ、構うわよ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お疲れ様です」柏木奈乃は会場入りして、先に新部長の3年生に挨拶した。
「柏木くん、お疲れ。今日は頼むな」
「はい。頑張ります」
軽音部の学外ライブ。公営の会場を借りて、OBと一緒にライブをする。
私達はその手伝いに来ていた。と言っても私はできることが少ない。受付の手伝いくらいしかすることが無い。
「江島くんは来てないですか?」
「貴志なー。あいつホントに手伝いに来ないつもりだな」部長は悪態をつくが、初めから期待していないのかそれほど怒っているようには見えない。
しょうがないなー、江島くんは。江島くんの分まで私が働く。
頼まれたのは雪穂ちゃんだけだったけど。
「高瀬さんは、PAにいるよ」
「見てきて良いですか?」
「いいよ」
雪穂ちゃんのところに向かう。
本当に小さな会場だった。私達が出演したらお客さん入りきれないくらいかも。
前に雪穂ちゃんが私たちも出れば良いのにと言ったときはびっくりした。
動員数が違いすぎて、企画自体が別物になってしまう。
それに軽音部の人達のイベントなのに、私達がジャックしてしまう未来しか見えない。
雪穂ちゃんはそういう事思いつかないのかな?
……思いつかないんだろうな。
私達が部活レベルとは違うことも。雪穂ちゃんが規格外な事も。
雪穂ちゃんはPAブースにOBの先輩と2年生の後輩二人といた。
「お疲れ様です」
雪穂ちゃんは今日も格好いい。
縦縞の焦げ茶ストライプのスーツを着て、上着の下は無地の黒シャツを着ている。大きめの胸は今日も隠されている。
黒の中折帽を被った雪穂ちゃんは、ギャングみたいだった。
挨拶もそこそこに2年生達がかまってくる。
何か懐いていて可愛い。
学校で男子用の制服着ているときも同じテンションで懐いてくるので、ちょっと戸惑うけど。
「おい、遊ぶな。柏木くんも仕事あるんだから邪魔するな」先輩に叱られた。
雪穂ちゃんの私たちを見る目が怖かったから、止めに入ったんだね。
私達は目を合わせてくすくすと笑い合う。
2年生達は怖い物知らずだね。
私は今度のお泊りで雪穂ちゃんに酷い目に遭わされそう。
いつも酷い目に遭うのでたいして変わらないから、ま、いっか。
私の今日の仕事は受付だった。
軽音部の人達はステージを見るために会場内に入るので、開演したら私が一人で受付の留守番をする。
開演前は2年の女の子達と受付をしていた。
私の方が先輩なのに何故かみんな私をフォローしようとしてくる。
受付ぐらいできるよ?
「新入生ですか?」チケットを持っていない男子二人が受付に来た。
新入部員勧誘のために新1年生からは入場料を取らないことになっている。
「はい」
「はい、招待券。新入生は招待ですから、楽しんでって下さいね」私は愛想良く、笑顔でチケットとフライヤーを差し出す。
「ありがとうございます。……、えっと、軽音部の方ですか?」
「はい!」幽霊部員だけどね。
何かのぼせたような目で見られた。照れてる? 可愛いね。
「先輩は今日演奏するのですか?」
「あ、今日は出番無いんです」
「楽器何ですか?」
「ボーカルですよ」
何故か男子のハケが悪い。勧誘目的だから話するのは構わないのだけど、部活のこと聞かれても私はわかんないよ。
一緒に受付していた女の子が横から助け舟を出す。
むー、私一人でちゃんとできるのに。
「今の子、むっちゃ可愛くないか?」受け付けを終えて会場に入っていく新入生の会話が耳に入る。
聞こえてるよ?
嬉しいんだけどね。
「な。可愛かったよな。……でもあの子、男じゃね?」
「はあ? そんなわけ無いだろ。あんな可愛いのに」
「んー、可愛いから、どっちでも良いか」
聞こえてるよ……。
聞こえないとこでやってくれないかな……。
「奈乃ちゃん先輩、可愛いって言われてるね!」後輩に気を使われた。
「……私って可愛い?」
「とっても可愛い!」笑って頭を撫でられた。
「ん……、私可愛いよね!」笑顔を作る。
「もう! 可愛すぎ!」何度目かのハグをしてくれた。
うん。私は可愛いんだよ。
「おう、お疲れ」開演直前に江島くんがやって来た。今は受付は私一人だ。
「もう! 来ないかと思ったよ!」
「いや、来るって」そう言って入場料を出す。
働かない気、満々だね。
ジーンズに黒の柄Tシャツ。ラフ過ぎ。本当に顔を出しただけって感じ。
私とお揃いのイヤーカフと指輪をつけていた。
今日は雪穂ちゃんがいるから、私はつけていない……。
江島くんはさっさと入場しようとする。
「ねえ、江島くん!」私は江島くんを呼び止める。
「ん?」
「私って、可愛いかな?」
江島くんは面食らった表情になるが、直ぐにいつもの強面に戻して、
「おう。柏木はいつもイケてんぞ」と言った。
可愛いって言ってよ……。
読んでくれてありがとうございます。




