王国領 Ⅰ
高速道路を馬車が進むにつれて、トライゼンの街並みが段々と見えてくる。どこかで高速道路が途切れて、唐突にゲーム化した世界が入ってくるのが今までのパターンだが、今回はそうではなかった。
トライゼンの入口が見え始めたにも関わらず、高速道路はそのまま真っ直ぐ伸びている。このままいけば、トライゼンの街の中にまで高速道路が伸びていくことになるのではないのかと、真が不思議そうに見ていたところ、その懸念は的中した。
「おい、まじかよ……」
真が驚嘆の声を上げた。現実世界の高速道路がそのままトライゼンの街の中心を真っ直ぐ進んでいるのである。それは、完全にトライゼンの街のメインストリートとして高速道路が活用されているようであった。
高速道路のガードレールは無くなっているが、それ以外は完璧な形で残っており、現実世界の高速道路の両脇に並ぶようにして、木と煉瓦でできた商店が並んでいる。
馬車の寄り合い所のようなところも高速道路に面した場所にあり、真達が乗ってきたのとは別の馬車が数台待機しているのが見て取れた。
時刻は夕方。トライゼンで生活をしているNPCは一日の仕事を終え、家路につく者や店の片づけをする者。仕事仲間と飲み屋に行く者など、誰もが平然と高速道路を横断しており、元々そこにあったかのように、日常生活の一部として高速道路の上を往来している。
「お疲れさん、ここがトライゼンだ。もうセンシアル王国領に入ってるってことになるな」
当たり前のように御者のハンスが高速道路に面している馬車の寄り合い所に馬車を停めると、真達に声をかけてきた。
「え、あ、ありがとうございます……」
きょとんとしているところに声をかけらて、慌てて美月が返事をした。中世ヨーロッパの風情ある街並みのど真ん中を高速道路が縦断している違和感にまだ戸惑いがあった。
「ははは、お安い御用さ。私はここまでだが、またウィンジストリアに行くときはいつでも声をかけてくれ。あんたらなら安くしておくよ」
「なぁ、ちょっと聞きたいんだけどいいか?」
愛想よく笑っているハンスに真が声をかける。
「ん、お嬢ちゃん、何が聞きたい?」
機嫌よく返事をするハンスだが、真は『お嬢ちゃん』と言われたことに若干苛立ちを覚えながらも、聞きたいことを優先して言葉を出す。
「ここはもうセンシアル王国領なんだろ? だったら、王都にはどうやって行ったらいい? あと、俺は男だ」
「えっ!? お嬢ちゃん、じゃねえか、あんた男か!? そりゃ悪かったな。べっぴんさんだからてっきり女かと思ったよ」
特に悪びれるようすもなく、純粋に女だと思っていたハンスが驚きながらも謝罪をする。
「で、王都はどうやって行ったらいいんだ?」
相手に悪気がないので、真も怒るつもりはないにしても、やはりムッとするところがあるため、質問の答えを急かす。
「ああ、そうだったな。センシアル王国の王都グランエンド行きの馬車がここからも出ている。そいつに乗ったら三日で着くさ」
「そうか。その馬車はこの寄り合い所から出てるのか?」
「ああ、そうだ。あっちの方に建物があるだろ? あれが事務所になってる。そこで馬車の手配をしてもらえばいい」
ハンスは親指を立てて、後方に立っている大きな建物を指した。
「分かった。ありがとう」
「ははは、言っただろ。お安い御用さ! じゃあな、お嬢ちゃんたち、おっと、あんたは兄ちゃんだったな」
既に馬車を下りている真達五人に対してハンスが笑顔で対応する。雑なところがあるにしても、基本的に愛想が良いので悪い気はしない。この二日間の道中も気さくに話をしてくれていたので、すっかり打ち解けていた。
「はい。ありがとうございました」
彩音が丁寧にお辞儀をした。こういうところは美月と並んで非常に礼儀が正しい。
「あんたも、よく頑張ってくれたわね。ありがとう」
翼がずっと馬車を引っ張ってくれていた馬に頬を寄せて礼の言葉を述べる。馬の方も翼の心が伝わるのか、目を閉じ頬を寄せて別れの挨拶をした。
「翼って、馬とか似合うよね」
華凛が感心したような声を上げる。活発な見た目の翼と馬のツーショットは非常に調和が取れているように思えた。そもそも、好奇心旺盛で外に出ていく方である翼と動物というのは相性が良いのだろう。
「本能で生きてる者同士だからな……」
真がしみじみと呟く。その言葉に美月と彩音が、なるほどと思ったことは口に出さなかった。
「聞こえてるわよ、真! あんただってこっち側の人間でしょうが!」
「だから、違うって言ってるだろうが!」
真がすかさず反論を繰り出す。だが、美月も彩音も華凛も真のフォローには入ってくれない。
「なぁ、もう行っていいか?」
別れの挨拶をしているところで何やら揉めだした真達に、待っていたハンスが声を出す。ハンスとしては暫く待っているつもりでいたが、何やら話しの方向がズレてきているのを感じて声を出したのだ。
「あ、すみません。大丈夫です。ありがとうございました」
美月が慌てて頭を下げる。
「ははは、じゃあな。お嬢ちゃん達。おっと、あんたは兄ちゃんだったな。ははは、またな」
ハンスは笑って別れの挨拶をすると、馬を休ませるために馬小屋の方へと向かって行った。その姿を見送るようにして、美月と翼は手を振り、彩音は頭を下げ、真と華凛は腕を組んで見ていた。
「ねぇ、真君。これから王都グランエンドってところに向かうの?」
ある程度見送ったところで華凛が真に声をかける。真が先ほどハンスに質問をしていた内容だ。
「ああ、王都っていうくらいだから、センシアル王国領の中心なんだろう。まずはそこに向かおうと思う」
「分かった……」
端的に華凛が返事をする。他に何か言いたげにしているが、特に言葉は出てこなかった。華凛は真と話をしたいと思っているが、何を話していいのか分からず、結局何も話ができないというのを繰り返している。自分を偽って、媚びを売っていた時には簡単にできていたことが、素の自分を晒した状態ではどうにも上手くできなかった。
「さっき、真が御者のおじさんと話してたことだよね。だったら、明日、王都行きの馬車を探す?」
ハンスを見送った美月が真に話しかけた。それとなく真とハンスの会話を聞いていたので、これから王都に向かうことになるのだろうということは美月も思っていた。
「そうだな。今日はもう日が暮れてきたし、それに、二日間の馬車の旅はさすがに疲れたからな。王都行きの馬車は明日探せばいいだろう」
美月の提案に真も同意した。ずっと馬車に乗っているというのもそれはそれで疲れる。肉体的なものよりは慣れない馬車の旅というもの自体に疲れたといった方がいいだろう。
「だね。今日は宿を取って休もうか」
美月としても慣れない馬車の旅には疲れていた。それは彩音や華凛も同じだろう。翼は疲れているかどうか分からないが、それでも今日はもう時間も遅い。宿を取って明日に備えるのがいいだろう。
「ああ、王都までの馬車の旅は三日かかるみたいだしな。今のうちに休息を取っておいた方がいいな」
「そういえば、そんなこと言ってましたよね……。三日も馬車に乗るんですよね……」
会話を聞いていた彩音が既に疲れたような声色をしている。実際馬車の旅で疲れているのは間違いないが、更に長い馬車の旅をしないといけないと思うだけ余計に疲れが出てくる。
「歩くよりマシでしょ! 贅沢言わないの!」
弱音を吐いている彩音に対して喝を入れるようにして翼が指摘する。馬車に乗っていたので歩く労力は節約できたのだ。それに、馬車代もそこそこの金額を払っているのだから、もっとありがたく使うべきだというのが翼の考え。
「うん……そうなんだけどね……」
翼の正論に対して彩音が言い返すことができずに小さくなる。
「兎に角だ。今日はもう疲れたから、宿を探すぞ」
ここに留まっていても仕方がないので、真が声を上げて宿を探す指示を出す。幸い、トライゼンという街は王都への中継地点としての働きを持っているようで、宿屋はざっと見渡しただけでも数件見つけることができていた。




