追加されたエリアは Ⅲ
1
若い男のNPCは明日の明朝に馬車が出ることだけを大声で伝えると、次の売り込みに行くためにさっさと店を後にしようとした時だった。
「あの、すみません。待ってください。分かりにくかったので、もう一度お願いします」
店の入り口の近くに座っていたスナイパーの男が立ち上がり、NPCに声をかけた。セールスの仕方があまりにも雑なので、ちゃんと聞けていなかったのだろう。
「ああ、明日の朝早くにセンシアル王国領内にあるトライゼンって街に行く馬車が出るんすよ。で、乗りたい人は街の入口で乗車券を売ってるんで買ってくださいってことっすね」
NPCは先ほどの売り込みの時よりも軽い声で返答した。セリフが決められている営業用の言葉使いと違い、こちらが素の言葉使いなのだろう。
NPCは『それじゃ』と言うと、さっさと店を後にし次の宣伝場所へと向かった。
「馬車か……乗るしかないだろ!」
NPCの売り込みを聞いた真が即決と言わんばかりの声を上げる。
「私も賛成です。探す手間が省けるなら馬車を利用した方がいいと思います」
彩音にしては積極的に意見を出した。他の皆と同様に彩音もこの広大なエル・アーシアの大地を徒歩で新エリアに続く道を探し回るということはしたくない。
「馬車に乗るのはいいけど、センシアル王国領トライゼンってどこになるんだろうね?」
美月がふとした疑問を口にした。新エリアであることには間違いないのだろうが、聞いたこともない地名であるため、見当がつかない。
「おそらく、エル・アーシアとセンシアル王国領の境目くらいにある街なんだろな。まぁ、どこだとしても、このタイミングで宣伝に来たんだ。正解ルートで間違いないよ」
真は確信めいたものがあった。バージョンアップで新エリアが追加されたと知らされてからほどなくして、新エリアの名前の入っているところに馬車が行くとNPCが宣伝に来た。それに乗っかることが間違いなわけがない。
「どこだっていいじゃない。乗ってみれば分かるわよ。それに、馬車が行くところなんだから、変なところには行かないでしょ」
真と同様に乗り気な翼が楽観的に意見を述べる。翼がそれほど深く考えているかというとそうではないが、少なくとも翼の直感では危険を感じることはなかった。
「まぁ、翼はそう言うと思ったよ。で、華凛はどうだ?」
「えっ……!?」
真に意見を求められた華凛は驚いたような声を上げた。何故驚く必要があるのかと真は疑問に思いながらも、華凛の言葉を待つ。
「私は……真君が行くって言うなら………………付いていく――」
「んじゃ、決まりだな。飯食ったら馬車の乗車券を買いに行こう」
華凛の最後の方の言葉はほどんど声が出ていなかったので、机の対面に座る真には聞こえていなかった。真の理解は『取り合えず、真に任せる』というふうな捉え方だ。
「そういえばさ、注文したっけ?」
翼が思い出したように声を上げる。
「あぁ、そういやまだだな……」
「そうだね……」
何を頼むか考えていた時にバージョンアップが実施されて、そっちに意識が持っていかれていた。真の呟きに対して美月も同調するように声を漏らした。
2
昼食を終えて、昼過ぎに真達はウィンジストリアの入口までやってきた。常に風が吹いているこの街の入口には大きな門があり、それを通り抜けるようにして爽やかな風が駆け抜ける。
普段から入口付近には人が多く行き来をしているが、今はいつにもまして人が多かった。
「しまったな、もっと早く来るべきだったか」
真がウィンジストリアの入口の込み具合を見て舌打ちする。馬車の情報はNPCが触れ回っていた。当然のことながら、真達が食事をしていた店以外にも情報が伝達している。そして、馬車に乗ろうと考えた人が今ここに溢れているということだ。
それに加え、NPCも多かった。馬車が何かしら荷物を運んできたのだろう。商人らしきNPCが馬車の御者と何やら話し込んでいる。しかも馬車の数も多い。入口に入っている馬車だけでも十数台。さらには街の外で待機している馬車もあるようで、全体の数は把握しきれないほどだった。
「ねぇ、取りあえず乗車券を売ってる人を探してみない?」
眉を顰めている真の横から美月が声をかけた。人の多さは想定外だったが、皆考えることは一緒ということで割り切るしかない。
「そうですね、乗車券さえ手に入ればそれでいんですから、探して買ってしまいましょう」
彩音がいつになく率先して意見を提示してくる。歩かなくてもいいということが彩音の行動力を上げていた。
「それなら、あれじゃなの? なんか並んでるみたいだし」
華凛が指で方向を示す。NPCが馬車の御者と話をしている一画とは反対方向にNPCではない、現実の人が一列に並んでいる場所があった。
「ああ、あれだな。って、結構並んでるな」
様子を見に来ただけの人と違い、奇麗に一列に並んだ先には数人のNPCがいた。並んでいる人の数は数十人といったところ。すぐに乗車券が買えるというわけではなさそうで、何やら手続きのようなことをしている。
「並ぶのって苦手なんだけどなぁ……仕方ない、並ぶか」
人が並んでいる様子を見ながら翼が諦観したような声を上げた。乗車券を買うにはこれに並ぶしかない。後で来てもいいだろうが、ここまでやってきたのだから、ここで買ってしまった方が楽だろうと思い並ぶことを決意する。
「それじゃあ、さっさと並んじゃおっか」
ここで待っていても仕方がない。美月がそう提案すると他の人に並ばれて順番が遅くなる前に真達はそそくさと乗車券の購入の列の最後尾に並んだ。
それから、待つこと一時間弱。結局、明日の明朝の便の乗車券は売り切れてしまって、明後日の明朝発の馬車に乗ることとなった。
3
バージョンアップが実施されてから二日後の明朝。日が昇ったばかりの朝の街はまるで靄がかかったように少しぼやけたような表情をしている。
だが、それでもウィンジストリアの入口はシャキッと立ったような明快さがあった。それは、新しいエリアに向けて旅立つ一団が馬車の出発を待っているから。期待と緊張が混じった空気が朝の寝ぼけた頭を目覚めさせる。
真達もその一団の中にいた。
乗車券を買う時にNPCから、道中は順調に行っても二日はかかるという説明を受けており、食料は各自持ってくるようにと言われたため、前日から準備をして、真は好物の干し肉を十分買い込んで来ている。準備をするための余裕ができたという面では、昨日の馬車の乗車券を買うことができなかったことも、よしとするべきだろうと真は思っていた。
「なんかさ、小学校の時の遠足を思い出すんだけど」
朝にはめっぽう強い翼がいつも以上に高揚した声を出している。それでも、周りに人がいることで自制は利かせているのだろうが、表情や口調からするにかなり楽しみにしていたのだろう。
「言われてみればそうだね。なんか、学校の前に来た観光バスに乗るのを待ってるみたい」
翼が言ったことに美月も同調した。いつもより早く学校の前に来て、いつもはない観光バスが止まっている。いつも一緒の友達と乗り込み、いつもと違う場所に行く。遠足の日のいつもと違う特別な空気が美月も好きだった。
「そうですね、私も遠足のことを思い出してました」
彩音も笑顔で応える。普段はインドア派の彩音だが、それでも小学校の時の遠足というのは別物であり、楽しみにしていた。
「……」
「……」
真と華凛は特に何も言わず、表情も冷静。真としては、馬車に乗って新エリアに行くことができることは楽しみにしていたが、それが遠足の時の思い出話になっていることで会話に入ることができなくなっていた。それは、単純に遠足に対してあまりいい思い出がないから。遠足で好きな友達と一緒の班で行動していいと言われて、嫌なことを思い出していたのだ。
そして、真と同じく黙っている華凛も遠足に関してはいい思い出がない。真以上にボッチだった華凛にとって、仮病を使って休んだことが遠足に関する一番良い思い出だ。
「えー、アオイマコト、サナダミツキ、シイナツバサ、ヤガミアヤネ、タチバナカリンって人いますかー?」
真と華凛の心情など知る由もない小太りの中年NPCが真達を探して声を上げていた。
「あ、おじさーん。こっち、こっち!」
名前を呼ばれたことに反応した翼が手を振り声を張る。馬車の出発を待つ人だかりの中でも翼の快活な声はよく通った。
「おおー、あんたらか。私が御者のハンスだ。よろしく頼むよ」
「よろしくお願いします」
美月が快く返事をする。ハンスという御者の口はあまり良くないが、人当たりの良い感じはしていた。
「それじゃあ、こっちだ。あんたらみたいな可愛い女の子を運べて馬も喜ぶだろうさ」
御者は笑いながら言うと自分の馬車の方に案内した。




