追加されたエリアは Ⅱ
元から騒がしい店内であったが、バージョンアップの通知が来てから、空気がガラリと変わり、騒めきの色が重くなっていた。
バージョンアップの告知があればいつもこういう不穏な空気になる。何よりも不安を煽るのが、その内容の不明瞭さだ。人は未知のものに畏怖する。だから、人は探求し、知識を深めて未知という恐怖に対抗する。神が知恵の実を食べた人間を楽園から追放したのも、偏に知識によって神への畏敬の念が無くなるからではないのかと、真はそんなことを考えていた時だった。
「真……対人戦エリアって……何? どういうこと……?」
美月が不安げな目で真を見つめる。質問をしているが、美月は自分の言っていることの意味を理解しているのだろう。だが、それをすんなりと受け入れることができずに真に質問を投げかけていた。
「人同士が戦う場所ってことだ……」
真の返事も暗いものになっていた。真自身も言っていることの意味の重さを理解している。
「ちょっと、ねえ、ちょっと! 何よそれ!? 人間同士が戦う場所って、そんなのダメに決まってるじゃない!」
声を荒げたのは翼だった。バンッと机を叩きながら立ちあがり、叫ぶようにして声を上げる。その行動に対して周りの人は一瞬目を向けたが、すぐに視線を戻してた。
「ゲームってわけにはいかないんですよね……?」
彩音が小さく呟いた。ゲームでの対人戦はあくまで遊びであり、競技に近い。だが、現実に対人戦をやるということは、つまりは殺し合い。何度でも復活のできるゲームとはまるで別次元の代物だ。
「だろうな……。対人戦で負けたら、そのまま死ぬってことだろう……」
真としてもあまり言いたくないことだ。だが、はっきりとさせておかないといけない。そして、真の回答は皆が分かっていた通りの答えであり、反論の余地はなかった。
皆が黙り、静寂が訪れる。一瞬の静寂だったが、それを破って華凛が声を上げる。
「ま、真君……。この、攻城戦っていうのは? なんか、勝ったギルドが支配できるとかどうとかって」
華凛もある程度バージョンアップの内容を理解している。だが、聞きなれない単語に対してはあやふやな理解しかない。大よその検討は付いているが、それでも聞いておかないといけないと思った。
「攻城戦っていうのは、多数対多数で一つの城を取り合うものだ。戦って勝ち取ったギルドがその城のある地域の支配権を取得して、大金や貴重なアイテムとかの報酬をもらうことができる。おそらく、地域を支配している間はずっとその恩恵にあずかることができるんだろう」
「それって……戦争ってこと……だよね?」
真の話に美月が思わず声を漏らした。攻城戦という言葉で説明されているが、中身は領地を争って奪い合う戦争そのものだ。勝った者が負けた者から搾取する。人間が長い間繰り返してきた弱肉強食の歴史。
「なにッ!? 今度は私達戦争をやらされるのッ!?」
再び翼が大声を上げた。内容が内容だけに、周りの目も翼の方に集中する。一瞬店内が静まり返るが、既に何人かは攻城戦という内容を理解していたため、ほどなくして翼から視線が外れる。
「落ち着け翼。戦争をやらされるわけじゃない……はずだ」
真が手で翼に座るように指示しながら話をする。
「どういうことよ?」
注目を集めてしまったことに少し反省しながら、翼が真に訊き返した。
「ゲームだと、必ずしも攻城戦に参加しないといけないっていうわけじゃないんだ。まぁ、ゲームの内容にもよるけど。『World in birth Online』の攻城戦は強制参加じゃない。任意だ。だから、攻城戦をやりたい人はやるだろうが、やりたくない人はやらなくてもいいし、参加しなかったからといって、奪われるようなものはない……こともないが、少ないんだ」
真は途中で歯切れの悪い言い方になっていた。そこに華凛が引っかかりを覚えて続いて質問を投げる。
「攻城戦に参加しなければ、何かしら奪われる物はあるってことなんでしょ?」
「あぁ……奪われるっていうのは語弊があるかもしれないが、要するに税金を取られるんだよ。税率は不明だがな」
「それが、攻城戦に勝ったギルドが手に入れる恩恵ってこと?」
真の返答に今度は美月が確認のための質問を投げた。
「ああ、そういうことだ。金以外にも貴重なアイテムを支給されたりもするんだがな。要はそういう恩恵が欲しくてギルド同士が戦場で戦うのが攻城戦だ。俺たちが無理に参加する必要はない。多少税金を取られるくらいだ」
攻城戦などの大規模対人戦はMMORPGにおいて目玉の一つだ。この大規模の対人戦が活発に行われているMMORPGは成功していると言ってもいいだろう。だが、あくまで目玉の一つであり、他の楽しみを見つけてゲームを遊ぶ人は大勢いる。だから、『World in birth Online』を模しているこの世界でも攻城戦に参加しないという選択肢は生きているはずだ。
「それなら、攻城戦については静観するってことでいいですよね」
少し考えていた彩音が声を上げる。元より攻城戦に参加するつもりは毛頭ない。税金を払うくらいで済むのであればそれでいい。どれくらい取られるか分からないにしても、無茶な要求はされないだろうというのが彩音の計算だ。
「そうだな、俺たちのギルドは攻城戦には参加しない」
真がギルドのメンバーの顔を見て方針を提示する。誰もが当然といったような顔をして首肯した。
「ってことで、もう一つの方だが、それはどうする?」
攻城戦についての方針は満場一致で決まったが、まだ話し合うことは残っている。
「もう一つって?」
真が言う『もう一つ』の方にピンとくるものがなく、美月が疑問を呈した。
「新しいエリアだよ。センシアル王国領っていうのが追加されたんだろ。そこに行くかどうかってことだ」
「ああ、そういうことね」
攻城戦のことばかりが気になっていた美月が思い出したかのような顔で応えた。
「真さん。でも、対人戦エリアっていうのはおそらくセンシアル王国領の中にあると考えていいですよね? それでも行くんですか?」
彩音が心配そうに真に対して声をかける。新エリアが追加されて、対人戦エリアも追加されたということは普通に考えれば、新エリア内に対人戦エリアも併設されているということだろう。
「たぶん、対人戦エリアはセンシアル王国領内にあるっていうことで間違いないだろうな」
「だったらどうして!?」
真の回答に声を上げたのは華凛だった。美月や翼も同じように今にも声を上げそうな顔をしている。
「ここからセンシアル王国領に入る道に対人戦エリアはない」
「どうしてそんなことが言い切れるの?」
迷いなく言い切った真の回答の根拠が分からず、美月が疑問を投げかけた。
「ゲームを作った側からしてみれば、新エリアを作ったならみんなに行ってほしいんだよ。だから、新エリアに通じる道を対人戦エリアで塞ぐようなことはしない。この世界も同じはずだ。センシアル王国領に行く道は開放されてるはずなんだ」
「あぁ、そういうことなんだね……」
真の返答に美月も納得はしたが、少し考える。
「それに、すぐに攻城戦が始まるとも思えないしな。まだまだ情報が足りてない。どうすれば攻城戦に参加することができるのかも分からない。結局のところセンシアル王国領に行ってみるしかないんだよ」
真は更に意見を追加した。本格的に攻城戦が始まるかどうかは分からないが、少なくとも今の段階では攻城戦を始めようがない。
「それなら、私はセンシアル王国領行くことに賛成!」
翼がいの一番に意見を提示する。好奇心旺盛な翼からしてみれば、新しいエリアには是非とも行ってみたいと思っていた。
「私も賛成よ。ここに留まっていても何も進まないしね」
少し考えこんでいた美月も翼に賛同する。美月にとってウィンジストリアという街は過ごしやすく、街並みも奇麗なので離れるのは名残惜しいが、それよりも今は前に進むことが大事だ。ミッションをこなしてはいるが、結局のところ、まだ家族や友達に関する情報は皆無である。だから、提示された方向へ進むしか手掛かりはない。
「私は皆さんの意見に従いますが……あの……」
彩音が口を開くがどうも歯切れが悪い。何かを気にしているようにも見える。
「何よ彩音? あんたも賛成なんでしょ。だったら何が不満なのよ?」
何か言いたげな彩音に対して翼が声を出す。
「いや、不満ってことじゃないんだけどね……。あの、センシアル王国領ってどこですか……?」
エル・アーシアが追加された時もそうだった。それがどこにあるのか分からない。そのため、歩いて探した。彩音の不安はそこにあった。また、歩いて探すのかと。
「歩いて探したらいいじゃない」
彩音の心の中を知るはずもない翼が即答する。それ以外に何の答えがあるのかと言わんばかりである。
「また、あれをやるのね……」
美月が悲鳴にも似た呟きを漏らす。エル・アーシアを探すために歩き回ったあの日の思い出。
「今度はエル・アーシア内を探し回るってことか……」
「嫌、聞きたくない!」
真が漏らした声に美月が耳を塞いで俯せる。広い広いエル・アーシアの大地をまた堪能できると思うと、現実から逃げたくなる。
そんな気が滅入るようなことを考えていた時だった。一人のNPCが店内に入ってきて大声を上げた。
「えー、皆さまー! 明日の明朝にセンシアル王国領トライゼン行きの馬車が出ます。ご利用のお客様は街の入口前で乗車券を販売しておりますので、是非ともご利用くださいませー!」
騒がしい店内にもよく通る若い男のNPCの声に真達は思わず立ち上がっていた。




