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残ったものは

「グガアアアアアアアアアアアアアァァァァーーーーーッ!!!」


真の猛連撃を浴びせられたドレッドノート アルアインの絶叫が空に向かって響き渡る。


最後の力を振り絞るかのように巨大な翼を広げて、頭を高く上げ、大きく口を開くがそこでドレッドノート アルアインは力尽きた。


もう重力にすら抵抗することができずに、巨大なドラゴンはその体を泥のように庭園の芝生に沈みこませた。


パキッ! 


ドレッドノート アルアインが倒れ込んだ後に何かが割れる音がして、真が音の方に視線を向けると、そこには割れた大きな卵があった。聞こえてきたのは、ドレッドノート アルアインが守っていた卵が孵化する前に割れる音だった。これでもう、二度とドレッドノート アルアインが現れることはないのだろう。


「……ふぅ」


真は一息つくと戦闘態勢を解いた。倒れ込んでいるドレッドノート アルアインの身体からは白い靄のようなものが出てきている。これはモンスターを倒した際に何かしらのアイテムをドロップしているということであり、この靄に手をかざすことでアイテムを拾得することができる。


【メッセージが届きました】


もう何度も聞いた無感情な音声が頭の中に直接流れると、真の目の前にはレターのアイコンが浮かび上がった。


真はそのレターのアイコンにすっと手を伸ばし、メッセージの内容を確認する。


【ドレッドノート アルアインが討伐されました】


メッセージの内容はその一文のみ。相変わらず必要最小限のことだけが記載された味気ない通知。期待などしていないが予想通りの無味乾燥な文章を見て、真が嘆息気味に赤黒い髪の毛をかき上げる。


そこでようやく真は周りの景色が薄暗くなっていることに気が付いた。ふと目を向けた西の空は、夕日の名残りの赤さをほのかに残して黄昏ている。


「真ーー!!」


背後から聞こえてきた美月の声に真は振り返った。そこには心配そうな顔をした美月が走ってくる姿があった。おそらく美月も同じメッセージを見たのだろう。


「真! 大丈夫? 怪我は? あ、すぐに回復スキルかけるからね!」


美月が矢継ぎ早に言葉を並べる。普段の美月はこんなに慌てるようなことは少ないが、流石に巨大なドラゴンとの一戦の後ともなれば冷静でいられるわけでもなかった。


「ああ、大丈夫だ」


「ほんとに? あの炎も大丈夫だった? 火傷はないの?」


まだ不安の残る美月が怪我の状況を確認してくる。遠目に見ていてもドレッドノート アルアインが吐いた火炎は尋常なものではないということが分かったのでそのことが一番心配であった。


「ああ、まぁ多少は熱かったけどな。見たとおりだ、大したことない」


「そっかぁ……。それならいんだけど……」


美月は回復スキルを使用しながら真の状態を確認した。見たところ何の問題もなさそうにピンピンしている。


「真、大丈夫そうね……。まぁ、分かってたことだけど本当に倒しちゃうんだよね、これを……」


美月の後ろからやってきた翼も真のことは心配していた。勝てるとは思っていたが、それでもあの激闘は見ていて心臓に悪い。だが、何事もなかったかのように立っている真を見て安心したのと同時に本当に巨大なドラゴンを一人で倒したという事実に理解が追いつかないところもあった。


「あの、真さん……無事で良かったです……」


翼の横にいる彩音がおどおどした声で真に話しかけた。ずっと声にこそ出さなかったが、彩音も真が戦っている姿を見ていて不安で不安で仕方がなかったのだ。だから、真が無事で立っている姿を見ることができてもまだ心が落ち着かない状態にあった。


「ちょっと時間かかったけどな。危ない場面はなかったよ」


真はようやく不安から解放されたばかりの三人の少女達に顔を見ながら答えた。


「もう……。見てるこっちはどれだけ心配したか……」


あの激闘に対して『危ない場面はなかった』と言う真の言葉に美月は信じられないという思いもありつつ、本当に無事でよかったという思いが複雑に混ざった思いでいた。


「まぁ、多少は面喰ったところもあったけどな……」


複雑な表情をしている美月に対して何と答えていいか分からない真が曖昧な返事をしている時だった、少し遅れて歩いて来た華凛が無言で地面に横たわるドレッドノート アルアインに近づいていった。


「真君……終わったのね……」


真達の横を通り過ぎた華凛が倒れ込んでいるドレッドノート アルアインを見つめて口を開く。


「ああ、これで終わりだ」


じっとドレッドノート アルアインを見ている華凛の後ろ姿に真が返事を返した。


「あぁ……ようやく……みんなの仇を取れた……」


華凛の声は静かだった。抑揚もなく、感情もないような平たい声。熱くもなく冷たくもない無機質な声。


「華凛……?」


真は華凛の様子が不自然なまでに冷静なことが気になり声をかけた。復讐のためにあれだけ取り乱していた華凛が、なんの感情もないような声を出している。仇を取れた喜びに沸き立っているわけでもなければ、涙に感情を震わせているわけでもない。ただ、立ってドレッドノート アルアインを見ている。


「……これで、終わった……」


「……」


相変わらず波の無い声に真はどうしていいか分からずにいた。真だけではない、美月も翼も彩音にしても声をかけていいのか分からない。泣くにしても喜ぶにしても感情を出してくれているのであれば何かしらの声掛けをすることもできるが、それもできない。


「はぁ………………」


華凛は疲れ果てたように大きくため息をついた。


「どうした……?」


復讐を果たせたというのに、何の反応も示さない華凛にどうしよもない不安を覚えて真が思わず声をかける。


「………………真君……」


「あ、あぁ……」


自分で華凛に声をかけておきながら、名前を呼ばれたことに少し動揺した真が返事をする。


「何も残らないんだね…………」


「……」


華凛の言葉に真は何も言えることがなかった。じっと華凛の言葉の続きを待つことしかできない。


「紗耶香も……愛菜も……仁美も……雫も……どこにもいない……」


華凛の声に感情が戻った。真達からは後ろ姿しか見えないが、声と肩が小さく震えている。


「みんなには……もう……会えない……。何も残ってないの……」


華凛の感情の波は更に大きくなる。華凛の声は更に続けた。


「復讐を果たせば……少しでもみんなの気が晴れるんじゃないかって……そう……思ってた……。けど、違うの……。みんなはもうどこにもいない……。あの日には戻れない……。復讐を果たしても何も……何も……意味が……ない」


今の華凛の心を支配しているのは虚無感だった。復讐を果たしたことによって目的がなくなった。そして、復讐を果たしたことによって得られたものは何もない。


「こんなに……こんなにも……虚しいなんて……思ってもみなかった…………私には、もう……何もない……」


そこで華凛は崩れるようにして膝を付いた。ボロボロと流れる涙はそのままにして、両手は力なく地面に付く。


「…………」


美月も翼も彩音も華凛に声をかけることはできないでいた。沈黙が続き、嗚咽交じりの華凛の泣き声だけが静かに空気を震わせる。


「華凛……。なんて言えばいいか分からないけど……俺たちと一緒に来ない……か?」


沈黙を破って真が泣き崩れている華凛の横にしゃがんで声をかける。涙でぐしゃぐしゃになった顔で華凛が真の方を向いた。だが、そこから何も言ってこない。涙を流して真の顔を見ているだけだった。


「その、なんていうか……俺たちは華凛の仲間の代わりにはなれないし、なるつもりも……何んて言えばいんだろうな……。その、華凛が今持ってる悲しみは、すっごく大切な悲しみだと思うんだ」


華凛は流れる涙で黙って真の目を見つめながら話を聞いている。


「上手く言えないんだけど……大切な仲間を失った悲しみはずっと持っていて良いんだと思うんだよ……。忘れていい悲しみじゃないっていうか、なんていうか……大事な悲しみなんだよ。でもさ、華凛の仲間は華凛に、その……笑ってほしいんじゃないかって……」


華凛は瞬きも忘れているかのようにじっと真の目を見つめている。どうしていいのか分からないでいる真のことは構わず、直視し続けている。


「悲しみを大切にして……笑って……ってどういうことか、なんて言うかさ……華凛には何もないことはないんだよ! だから俺達と一緒に来ないか?」


真はこいうことを言うのは本当に不器用だった。言いたいことは頭にあるが、それを上手く言葉として紡ぎ出すことができずにいた。だが、言いたいことは言ったと真は思っていた。


「ねぇ、華凛……私もね、ギルドの仲間を全員失ったことがあるんだ……」


真の話に続いて美月が屈んで華凛に声をかけた。


「美月……それってどういう……?」


声を上げたのは翼だった。美月との付き合いが長いわけではないが、ギルドの仲間を全員失ったという話は初耳だった。声は出していないが、華凛も美月の言葉に傾聴している。


「グレイタル墓地の事件……覚えてるでしょ……。あの時にね、私は『ストレングス』っていう小さなギルドに所属してたの……」


美月の話を真も黙して聞いていた。それは、ずっと美月の心に根を張っている痛み。その話を美月自身が語っている。


「グレイタル墓地で、ギルドのみんなが目の前で次々にゾンビになっていって……真が助けてくれなかったら、私もゾンビになってたんだと思う……。あの時、私には真がいてくれたの……だから、私は今ここにいることができてる……」


真が華凛に言った言葉。『大切な悲しみを持っていていい』その言葉は美月自身にも大きく響いていた。美月が復讐にかられることがなく、悲しみだけに捕らわれることがなかったのは真がいてくれたから。一緒にその悲しみを背負ってくれたから。


「華凛……。私はあなたの気持ちが痛いほどよく分かるの……。私も同じだから……。華凛はね、すっごく大切な友達を手に入れることができたんだよ……だから、失った悲しみがこれだけ大きいのは、それが大切な……とっても大切な悲しみだから……その悲しみと一緒に私達のところに来ない? 華凛の大切な友達は華凛に立って歩いてほしいんだよ? そのためには、支えてくれる誰かが一緒にいないとダメなんだよ?」


真が美月を救ってくれたように、華凛も救うために真が言いたいことを美月も言葉にして伝える。


「まぁ、言いたいことは美月が要約してくれたんだが……そういうことだ。華凛、俺たちと一緒に来ないか?」


「真……君……。私は……真君を利用しようと……」


「言っただろ、どのみちドレッドノート アルアインは俺が倒してたんだ。華凛が情報をくれたからそれを早く終わらせることができただけだ。利用されたなんて思ってないよ」


真は少し笑った顔ですっと手を差し伸べた。


「真君……ごめんなさい……ごめんなさい……。私は……私は……もう、一人は嫌なの……お願い……一緒に連れて行って……」


しがみ付く様にして真の手を握りしめると、華凛はもう一度大きく涙を流した。




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