エアリアル Ⅲ
階段とは高低差のある場所に行くために人が作った構造物である。
階段は単に上るという目的を果たすためだけに存在するものではなく、時にアートとして建造物を彩るファクターとしての機能も果たす。
今、真達が上っている階段もデザインとしては優れているようにも思える。非常階段ではあるが、単に緊急避難場所としての機能を持つだけの無機質な構造物として存在するのではなく、機能美を兼ね備えた現代アートとしても目を楽しませてくれる。
電気が来ていないため、窓からの採光しかない非常階段だが、それはそれでノスタルジックな魅力を感じさせるものになっていた。そう、20階を過ぎるころまでは。
「長い……」
先頭を上る真が愚痴をこぼす。最初から分かり切っていたことだが、やはり長い。とは言え、まだ疲れは出ていないのはゲーム化の影響による体力増強が大きかった。
「まだ三分の一も来てないわよ……」
壁に記されている階層の表記を見ながら美月が嘆息する。ゲーム化による体力増強はあっても、単調な景色をグルグルと廻るように上っていくのは精神的な疲労が大きい。
「帰りは同じところを下りるんだから、今の時点でそんなこと言ってたら先が思いやられるわよ!」
何故か元気な翼が上げた声が非常階段の中に響く。
「翼ちゃん……今それを言わないで……」
帰りも同じところを通ることは彩音も分かっていることだが、そんなことを考えながら上ると余計に疲れる。だから、言わないでほしかった。
「そうね、帰りも同じ道を帰るのよね」
一歩一歩踏みしめるようにして上る華凛が誰に言うとでもなしに声を出す。それは華凛自身に言った言葉だった。真も美月も翼も彩音も同じ道を帰ることが前提になっている。ドレッドノート アルアインを倒して同じ道を帰る。この四人はそう思っているのだと、華凛は自分に言う。そして、華凛自身も同じことを考えるようにと言い聞かせる。
「ああ、そうだ。同じ道を帰るんだ」
真が振り返らずに応える。華凛の言葉に対しての返しだが、真は全員に対して言った。それは暗にドレッドノート アルアインを倒して無事に帰るという意志表示だ。
「そうだね。明日は一日何もせずにゆっくりしましょうか」
真のすぐ後ろにいる美月が微笑しながら真の言葉に続いた。
「明日はまだ、エル・アーシアの高原の中だと思いますよ」
彩音がぽつりと呟いた。ウィンジストリアからここまで来るのに二日かかっている。当然のことながら明日一日ゆっくりするというのは難しい。ゆっくりするならせめてウィンジストリアに帰ってからだ。
「だったら、誰もいないアクレスの中を見て回るとかは?」
何か楽しそうに翼が言う。これだけの巨大施設の中にいるのが五人だけというのは何というか非常に贅沢なことをしているように思えた。
「確かに面白いかもしれないけど、休めねえよ」
真としても翼の提案には興味を惹かれるものがある。だが、いくらゲーム化によって体力が増強されているとはいえ、流石に疲れるだろうと思う。
そんな真達の会話が華凛には頼もしく思えてきた。ドレッドノート アルアインに対する恐怖がないのだろうかと疑問に思うところがあるが、それ以上に真に対する信頼の厚さを感じていた。
それからは黙々と階段を上り続けていた。窓から入ってくる太陽の日差しは徐々に傾き始め、非常階段を染める色も変化していく。
上へ上へと足を運んでいく。見える風景の単調さは変わらないが、着実に上に上がっていく。階層を示す表示が70という数字に近づいていき、そして、ついには70階へと到着する。
「やっと着いたわね……」
流石に疲れた表情を見せる翼が思わず声を上げた。
非常階段を上り切った先にあるのは空中庭園エアリアルのレストラン街。広いエアリアルの外側の半分を覆うようにして半ドーナツ型の建物が建造されており、その中には十数店舗の飲食店が並んでいる。
どこの場所に居ても中央に広がるエアリアルが見えるように、半ドーナツ型の屋上建造物の内側は全てガラス張りになっている。
「ここからが本番だ」
疲れはあるが、気持ちを切り替えた真が声を発する。ここまで来た目的。巨大なドラゴン、ドレッドノート アルアインを倒すために来たのだ。
「うん……」
真剣な面持ちで華凛が頷く。ようやくここまでたどり着くことができた。自分にはあの化け物と戦う力はないが、それでもここまで付いて来ることができた。後は真に頼る他ないが、それでも自分には行く末を見守る義務があると華凛は思った。
「美月、翼、彩音、華凛。ここで待っててくれ。ドレッドノート アルアインが建物の中まで入ってこないなら、ここはたぶん安全だ」
「でも……」
真の言葉に美月が異を唱えようとする。だが、それ以上出せる言葉がない。ここまで来ることを真に了承してもらったが、一緒に戦うことは反対されている。その理由も痛いほど分かっていることがもどかしかった。
「大丈夫。心配するな」
「分かってるけどさ……」
大丈夫、心配ない、真なら勝てる。それは美月も分かっている。だが、理屈で分かっていることと気持ちで理解していることはまた別。ここに来てどうしても心配になってしまった。
「美月! あんたが一番真の強さを知ってるんでしょうが! それなのに信用しなくてどうするのさ?」
翼が声を張り上げて美月に喝を入れた。翼としても真が一人で巨大なドラゴンに立ち向かうことに不安はある。それでも、真以外にドレッドノート アルアインを倒せる者はいないのなら、真を信用する他にない。
「うん、分かった……。真、無事に帰ってきてね」
「ああ、任せておけ」
真は美月に対して軽く手を振って返事をする。そして、空中庭園エアリアルに向けて歩みを進めた時、
「真君、ごめん。私の復讐のためにここまで来てもらって……。でも、お願い、ドレッドノート アルアインを倒して!」
一歩前に踏み出した華凛が真に声をかけた。何も装飾していない、何も繕っていない、それは華凛の純粋な気持ちだった。
「あんなドラゴンがエル・アーシアをウロチョロされたら俺も迷惑だからな。どの道あいつは俺が倒すよ」
軽く笑って真が返事をした。活動の拠点であるエル・アーシアでドレッドノート アルアインが飛び回っているのなら、美月達にも危険が及ぶ。それに、バージョンアップでドレッドノート アルアインの行動が再度変更される可能性もある。それこそ、どこに居ても襲ってくるようなことになる可能性も秘めている。だったら、今倒す。
(さてと、ドレッドノート アルアインの棲み処がこのエアリアルで正解だったなら……)
真は空中庭園エアリアルに続くガラスの扉を開けた。
周囲の高層ビルすら遥か下に見下ろすこの庭園には芝生が広がっており、周りはレンガで舗装され、中央に続く道は奇麗に石畳が敷かれている。両サイドを大きな木々が並んで立っており、中央にある大きな噴水の水は今は止まっている。その噴水の中には大きな卵が見えた。卵の数は一つだけ、くすんだ緑色と黄土色の斑模様をした巨大な卵があった。
真はエアリアルの中に足を踏み入れた。傾いた太陽は空中庭園を赤く染め上げ、影は長く伸びる。その中を一つの大きな影が一陣の風のように駆け抜けた。
夕日を巨大な身体に受けながらドレッドノート アルアインが空中を大きく旋回して、エアリアルの周りを一周する。まるで大空に舞うように、優雅にそして、誰にも邪魔をさせないという傲慢さでエアリアルに着地する。
「グガアアアアアアアアアアアアアァァァァーーーーー!!!」
エアリアルに降りったったドレッドノート アルアインは目の前にいる小さな人間に対して大きく口を開けて咆哮した。
(俺が入った時点で姿を現すよな!)
真は確信めいたものがあった。エアリアルがドレッドノート アルアインの棲み処であれば、ここで待つ必要はないということを。ゲームのボスがいる棲み処に行って、戻ってくるまでずっと待っていないといけないということはない。大体のゲームはそこに辿り着いた時点でボスが戻って来て戦闘になるのである。
(おそらく、あの卵を守るために逃げずに戦うっていうことなんだろうな)
いつ現れるか分からないドレッドノート アルアインが、真がエアリアルに入ってすぐに姿を現したということは即ち、ここで戦うものであると設計されているということだ。逆に言えば、ここで戦えばドレッドノート アルアインは途中で逃げるなく倒すことができるという証拠でもあった。




