棲み処
「知ってるって、ドレッドノート アルアインに逃げられずに倒す方法をか?」
真が華凛の言葉を聞き返した。
「ドレッドノート アルアインの巣って言われているところがあるの。たぶんだけど、そこで待ち伏せすれば……あ、でも……」
華凛は途中まで話をして、何か引っかかるところがあったようで、言葉を濁した。だが、さっきまでの不安定な表情ではない。心がしっかりと立っているような目をしている。
「ねぇ、華凛。とりあえず知ってることを教えてもらってもいい?」
美月が華凛に話をするよう促した。美月の声は優しく穏やかだ。
「え、あー、うん。エアリアルって聞いたことあるわよね?」
華凛も落ち着いた口調で美月の質問に答える。
「エアリアルって、アクレスの屋上のやつ? たしか、ここからだとそこそこ距離があるわよね」
華凛の問いかけに応えたのは翼だった。アクレスとは、4~5年前に完成した超高層ビルで、ビルの中には商業施設やホテルに充実した娯楽施設、オフィスも完備された地上70階建の建造物。そのアクレスの屋上は広い空中庭園になっており、エアリアルと名づけられた。
アクレスはキスクの街からでは行くことができない場所にある。エル・アーシアに入って、ウィンジストリアへ行き、さらに進んで現実世界に入った先にアクレスがあり、その頂上にエアリアルがあるのだ。
「そう、そのエアリアルよ。ドレッドノート アルアインはエアリアルを棲み処にしてるの」
「どうやってそんなこと突き止めたんだ?」
どうして華凛がそんなことを知っているのだろうか。真が素朴な疑問を浮かべた。
「言ったでしょ、私がどれだけギルドに媚びを売ってきたと思うのよ。ドレッドノート アルアインに関する情報は何でも仕入れてきたのよ。それで、エアリアルにドレッドノート アルアインが入っていく情報がいくつかあって、そこが棲み処じゃないかっていう情報を得たのよ。ただ……」
「ただ?」
華凛の情報の出所は分かった。大手のギルドを回って仕入れた情報。人脈を使っての人海戦術による情報取集ということだ。だが、華凛が何かに言葉を濁しているところが真は気になった。
「エアリアルがドレッドノート アルアインの棲み処っていうのはあくまで推測で。それに、今日のバージョンアップで行動が変わったって……」
「ああ、なるほどな」
華凛が知っていると言った割には途中から自信を失くしている理由が分かった。
「行って確かめてみるしかないんじゃない?」
華凛の話を聞いた美月が意見を提示した。どうこう考えているより、実際に行ってみて確かめた方がいい。なんとなくだが、美月は真ならそうするだろうと思って、この提案を出した。
「それしかないよな。ドレッドノート アルアインの棲み処かどうかは行ってみないと分からないし、バージョンアップで変更された行動は一部だけだ。全ての行動が変わったわけじゃないなら、ドレッドノート アルアインがエアリアルに来る可能性は高い」
美月の思った通り、真はエアリアルに行くことを考えていた。
「ね、ねぇ。もし、また逃げられたらどするの?」
華凛は少し不安そうに声を出した。自分で言った情報だが、誰も確認をしていない。巨大なドラゴンの棲み処かもしれない場所に、そのドラゴンが本当にいるかどうか確認しに行こうなどと考える奴がいたのなら、とっくの昔に華凛の申し出も受けてくれているはずだ。
「その時に考えるしかないだろう。今ある手掛かりはそれしかないんだ。なら、まずはその可能性から当たっていく」
単刀直入に真が答える。他に有効な情報はない。博打であることには変わりないが、この博打に負けたからといって、真が負う損害は労力を無駄にしたということくらいだ。
「え、うん……そうだけど……」
華凛は少し戸惑っていた。真や美月の言うことは確かに理屈は通っている。だが、確かなものではない。今ある情報で最大限できることをやると言えば聞こえは良いが、行き当たりばったりと言えばそれは語弊だろうか。
「華凛! ここまで来ておいて何をうじうじ言ってるのよ。私たちのギルドはね、考える前に当たってみるのがモットーなのよ!」
自信に満ちた顔をした翼が華凛にビシッと指を指して声を張った。その言葉は勢いがあり、力強いが、
「いや、違うぞ!」
「それは翼だけだから!」
「翼ちゃん、誤解を招くようなことは言わないで!」
真、美月、彩音の三人が即座に否定する。エアリアルに行くという案は、今ある有効な情報を元に一番可能性のある行動を取るという思考から導き出した案だ。考える前に動く翼と一緒にされたくはないというのが三人の意見。
「なんでよっ! 美月と彩音は兎も角。真、あんたはこっち側の人間でしょうが!」
「違うわ! なんで俺がそっち側の人間なんだよ!? 俺を引きずり込むんじゃねえよ!」
翼の言葉に間髪入れず真が反論する。
「あの、すみませんが……真さんは、どちらかと言うとそっち……」
遠慮がちに彩音が呟く。ドレッドノート アルアインに突っ込むだけの行動をしているのだから、あまり翼のことは言えないと思っていた。ただ、あの時は緊急事態で、人命もかかっていたので、考えなしとまで言うつもりはない。
「いや、待て! 俺はどう考えても向こう側じゃないだろ? な、美月もそう思うよな?」
「えっ……、えーと、なんて言えばいいのかな……。私がちゃんと真を見てるから大丈夫だよ!」
「なんでだよっ!?」
真は断じて認めなかった。翼側、要するに『脳筋』側。それは違うと真は否定をするが、誰も賛同してくれないことに頭を抱えた。
「ふっ……。ふふふ……ハハハハハハ」
突然響いた笑い声の主は華凛だった。
「ハハハハハ、あなた達って本当に何者なのよ? これから化け物を相手にしようっていうのよ、なんで、そんなに――ハハハハハ」
華凛が笑いながら話す。こみ上げてきた笑いを堪えきれずに腹を抱えて笑う。どんな相手か分かっていて、何を馬鹿なことを言っているのだろうか。それが今の華凛には可笑しくて堪らなかった。可笑しくて堪らないのと同時に、本当にドレッドノート アルアインを倒せるんじゃないかという思いも芽生えていた。
「少なくともインヴィジブル フォースじゃないけどな」
真が軽口で返した。
「そうだね……。ねぇ、華凛。私達のことは見えてるでしょ? 見えないものよりよっぽど信頼できるでしょ?」
美月が笑っている華凛に微笑む。
「そうね……確かに、見えてるわよ。見えないものより、ずっと確かなものなのよね」
華凛の顔は笑っていた。ドレッドノート アルアインに友達を皆殺しにされたあの日以来、表面上での笑顔は作ってきたが、心から笑ったのは今日が初めてだった。壊されてた心に少しだけ癒しの水が染みたような気がした。
「話は纏まったようだし、今日はもう休むか。華凛も疲れただろう。それに、エアリアルまで距離があるから、明日は早めに出ないといけないしな」
真が話を区切ってギルドマスターとして指示を出す。昼間にドレッドノート アルアインに襲われ、ついさっきまで感情をむき出しにしていた華凛の疲労はかなり高いだろう。
「私もなんだか疲れたわー。先に寝るわね」
翼が倒れ込むようにしてベッドに入る。
「それじゃあ、私もお先に寝させてもらいますね」
彩音が続いてベッドに入っていく。
「私も寝るわね。華凛ももう寝た方が良いよ。色々あって疲れてるでしょ?」
「うん、そうするね……」
美月と華凛はそう言うとベッドに入っていった。
「あー、ええっとだな……そういえば俺、今日は床で寝るんだっけ?」
四つしかない部屋のベッドはすでに占拠されている。一人立ち尽くす真の呟きに応えてくれる声はなく、誰の物とも分からないクスクスという笑い声がベッドの中から聞こえてきたような気がした。




