頼み
「私の所属していたギルドはね、バージョンアップがあった直後にドレッドノート アルアインに襲われたの」
華凛の声は今までとはまるで別人のように暗い。さっきまでの声は明るく、甘えたような口調であったが、完全に作っていたのだということは容易に想像できた。
「私は偶々離れた所に居たから助かったけど。駆け付けた時にはもう全部が終わるところだった……」
思い出すだけでも辛い記憶だが、忘れるわけにはいかない。思い出して、思い出して、繰り返し思い出して、憎しみの炎に薪をくべる。
「どんな人達だったの?」
美月が声を出した。つい先ほどまでの冷淡な目ではなく、悲哀の目で華凛を見つめる。美月は知りたかった。華凛がどうしてここまで奔走したのか。何故、冷静さをも欠いた行動を取ったのかを。
「私はね……嫌われ者だったの……。世界がこんな風になる前は友達もいなかった。言い寄ってくる男は沢山いたけど、下心が見え見えで吐き気がするような奴ばかりだった。誰一人相手にしないでいたんだけど、周りの女子からはお高く留まってるって影で言われて、いじめられて……」
華凛は自嘲するような言い方で話をしている。それに対して誰も口を挟むことができず黙って聞いた。そして、華凛は話を続ける。
「で、そんな世の中に嫌気がさしてた時に世界がこんなになって、そこで、紗耶香たちに会ったのよ。私ね、自分でも分かってるんだけど結構性格悪いのよ……でも、紗耶香は受け入れてくれた。紗耶香だけじゃない、愛菜も仁美も雫も私を受け入れてくれた。私が大嫌いだった私自身を初めて受け入れてくれたの……。だから、世界がこんな風になったことに感謝した。最初に声をかけてくれた紗耶香に出会えて良かったって思えた……」
かつての仲間のことを語る華凛の声は静かで優しかった。心から感謝をしていることが伝わった。
「だけど、あいつが! あいつが踏みにじったのよ! 私の友達を、仲間を、居場所を、宝物を全部! 私の全部を踏みにじられたのよ! 許せるわけないじゃない、あんなことされて許せるわけないじゃない!」
憎悪と怒りに滲んだ華凛の目からはボロボロと涙が零れ落ちる。だが、そんなこと構わず憎しみと憤怒をぶちまける。
「あの時のことが頭から離れないのよ! 紗耶香があいつに喰われる瞬間が、恐怖に引きつった紗耶香の顔が、目が、声が私の頭の中に焼き付いてるのよっ!」
半狂乱と言っていい取り乱し方をしている華凛だが、真達にそれを止めることはできなかった。華凛の話を聞いて、その想いの強さに気圧されていた。
「私は絶対に忘れない! あの時の光景を絶対に忘れたりしない! でも……私には……私には……どうすることもできない……力が……復讐する力が……私には……ないの……」
華凛はそのまま悔しさに涙を流した。
「それで、ドレッドノート アルアインを倒せるギルドを探したんですね?」
彩音が優しく問いかけた。華凛の冷静さを欠いたなりふり構わない行動の理由が理解できた。
「ええ、そうよ。昔から下心を持った男は何人も言い寄ってきてたからね。全部振ったけど……だから、今度はその下心を利用してやろうと思ったのよ」
泣き崩れていた華凛の声が今度は反吐が出るとでも言いたげな、相手を見下したような口調になっている。感情の起伏が激しい。精神状態がかなり不安定なのだと見て取れる。
「でも、全部ダメだったから今度はインヴィジブル フォースを探したんですね?」
彩音が質問を続けた。華凛はもはや普通の思考回路ではないのだろう。すでに心を怪物に壊されているように思えた。だから、インヴィジブル フォースなどという不確かなものに縋りついたのだろう。
「ドレッドノート アルアインの名前を出したら誰もまともに取り合ってくれなくなったわ。調子の良いことばかり言って、結局誰も私の話をまともに聞いてくれなかった……」
吐き捨てるようにして華凛が返事をする。プライドを捨て、自分を捨てて大きなギルドの男達の下心を利用しようとしたが、結局ドレッドノート アルアインに立ち向かおうとする者はいなかった。
「要はドレッドノート アルアインを倒せればいいんだろ?」
黙って話を聞いていた真が声を出す。腕を組みながらじっと華凛の顔を見つめた。
「そんなの当たり前じゃない! だからインヴィジブル フォースを探してるのよ! 何を今更言ってるの? あなた馬鹿じゃないの?」
華凛は苛立ちから思わず怒鳴り声を上げた。それができないからここまで迷走しているのだ。
「いや、だから、インビジブル フォースなんているかどうかも分からないものに頼らなくても――」
「今まで誰も手伝ってくれなかったわよ! 私がどれだけギルドに頼んできたか分かってるの? 下げたくない頭を下げて、売りたくもない媚びを売って、それでも、誰も協力してくれなかったのよ!」
真の話を遮るようにして華凛がまくし立てる。インヴィジブル フォースなんていうものを当てにしなくてもいいのなら、言われるまでもなくそうしているし、そうしてきた結果が、インヴィジブル フォースに縋りつくという結論だ。
「最後まで聞けよ! だから、ドレッドノート アルアインを倒してやる」
「は……?」
真の言っていることの意味が分かららず、華凛が間の抜けた声を上げる。
「ドレッドノート アルアインを倒すって言ってるんだよ」
「ねぇ、馬鹿にしないでくれる? 相手が何か分かってるの? ドレッドノート アルアインよ! ここにいるメンバーでどうやって倒すのよ? それとも何? 真君一人でドレッドノート アルアインを倒してくれるの?」
「ああ、俺一人で倒す」
「ねぇ、聞いてなかったの? 馬鹿にしないでって言ったのよ私はッ!!!」
華凛は怒りをまき散らすように声を張り上げた。だが、真は怯まずにいた。
「落ち着け! 俺が華凛を助けた時のことを思い出してみろ。あの時、俺は美月に回復してもらったか?」
「えっ……!?」
急に言われて戸惑いを覚えたが、真が言いたいことを漠然と理解した華凛は今日の昼間の事を思い出そうとした。だが、突然の出来事に記憶が曖昧だ。ドレッドノート アルアインに立ち向かっている真の姿は覚えているが、呆然と見ていただけだ。
「いいか、俺はあの時、回復してもらっていなかったんだよ」
「えっ……でも、そんな」
華凛は曖昧な記憶を辿るが、真が回復を受けていたかどうかは分からない。だが、ドレッドノート アルアインが飛び去った後に、美月たちが走ってやって来たのは覚えている。
「俺はあいつを倒せるんだ」
「でも、一人でなんて……無理に決まってる……インヴィジブル フォースじゃなきゃ倒せない……」
いくら真が強いと言っても、一人では無理に決まっている。大勢いるギルドに頼んでも、ドレッドノート アルアインを恐れてやってくれなかったことだ。
「その思い込みが間違ってるんだよ。なぁ、華凛……別に俺に対して媚びを売る必要なんてないんだ。一言言ってくれればそれでいいんだ」
「何を……何を言えば……いいの?」
華凛の頭は混乱していた。媚びを売らなくてもいいと言われても、華凛が持っている武器はそれしかない。
「華凛……どうしてほしいのか言えばいいだけなんだ」
「私は……私は……」
「回りくどいことをする必要はない。ただ、素直に言えばそれでいいよ」
「私……は、私は……ドレッドノート アルアインを倒してほしい……。もう……どうしていいか、分からないの……。お願い……ドレッドノート アルアインを……倒して」
溢れ出す感情とともに涙をこぼしながら華凛が願いを言葉にした。打算もなく、駆け引きもなくただ、純粋に哀願する。
「ああ、分かった。俺がドレッドノート アルアインを倒す――っていうことだ、いいよな?」
真が美月と翼、彩音の方を向いて声をかけた。
「ったく、しょうがないわね。いいわよマスター。でも、一人で行く気じゃないよね? 私も付いていくからね!」
仕方がないという表情で美月が答えるが、譲れないところはある。
「いや、あいつは危ないって!」
付いてくると言う美月の言葉に思わず真が反論した。
「ミーナスの時のこと忘れてないよね? お願い、一人で行くなんて言わないで」
前回のミッションは真が一人でウル・スラン神殿を攻略しようとしたが、あの時、本当に一人でミッションをやっていたら死亡していただろう。木村の犠牲があったからこそ真はこうやって生きている。美月はそのことを言っているのだ。
「私も彩音も行くからね! 真、あんた一人だけカッコつけさせるわけにはいかないのよ!」
翼が威勢よく声を張る。彩音は一言も行くとは言っていないが、翼の言う通り、彩音も付いていく気でいた。
「……いや、まぁ、そうだな……でも、戦ってみて分かったんだが、ドレッドノート アルアインの攻撃範囲は広いよ。付いてくることはいいけど、攻撃はするなよ。あと、距離もちゃんと取って、安全なところまで離れろよ」
美月にミーナスとの戦闘のことを言われると真も言い返せなかった。だから、渋々付いてくることを許可する。だが、安全はしっかりと確保しないといけない。
「分かった、それでいいよ」
美月が真の提案を了承する。ドレッドノート アルアインの戦闘に参加するとかえって真の足手まといにな
る可能性がある。距離を取って安全なところから見守るというのは妥協案として美月も受けざるを得なかった。
「それじゃあ、あとはどうやってドレッドノート アルアインと戦うかだな」
「外で待ってたらまた来るんじゃないの?」
真の疑問に翼が即答する。外に出ている時に遭遇したのだから、また同じようにすれば遭遇できるはずだ。それを倒せばいい。
「いや、昼間戦った時は結局逃げられてるだろ?」
「うん、そうだけど。だったら、逃げられる前に倒してしまえばいいんじゃない?」
「それは無理だと思う。あの時、ドレッドノート アルアインが逃げる直前にスキルが使えなくなったんだ。おそらく、一定以上のダメージを与えると逃げるようになってるんだと思う」
「それって、ドレッドノート アルアインが逃げる時に攻撃ができなくなるってことよね?」
真の話を聞いて美月が確認のために質問を投げかけた。
「ああ、そうだ」
「要するに逃げられずに倒しきる方法は何かってことですよね?」
彩音が真の疑問に補足する。確かに、外で待っていればいつかドレッドノート アルアインに遭遇するだろう。だが、結局同じように逃げられたのでは意味がない。
「私、知ってるわよ」
真達のやり取りを唖然とした表情で見ていた華凛が落ち着きを取り戻して声をかけてきた。その目には力が戻っているようにも見えた。




