篭絡作戦 Ⅱ
ウィンジストリアの街は夕闇に沈み、店の前のランプが淡く街路を彩る中、行きかう人々には落ち着きがなかった。
今日の正午に通知されたバージョンアップの内容が未だに不明で、ドレッドノート アルアインの行動がどう変更されたのか情報がないためだ。だからと言って、街を出てドレッドノート アルアインの動向を探るというようなことができるはずもなく、不安はあるにしてもまだ混乱には程遠い状況であった。
彩音は旧知の中である黒崎梓と会うために夜は真達とは別行動。黒崎梓は最近規模を拡大しているギルド『花鳥諷詠』のギルドマスターであることを考慮して、真達が見たドレッドノート アルアインの情報も流してもらうことにした。とは言っても、見たままをそのまま流すわけではなく、あくまで目撃情報だけで詳しいことは不明ということにしておく。事実、詳しいことは分からないので、それで問題はないだろうということになった。
真と美月、翼、華凛の四人は手ごろな宿を取り、今日はそこで華凛を休ませ、一晩一緒に過ごすことにした。
「わぁ! 真君ありがとう、私最近ずっと野宿だったから、ベッドで寝れるだけでも幸せー!」
華凛が両手を胸の前で合わせて、真を見つめて歓喜の声をあげる。
それ程高くはない宿で、部屋の広さも普通。内装は白く塗られた壁に焦げ茶色の梁があるウィンジストリアでは一般的なデザインをしている。問題はベッドが四つしかないため、彩音が帰ってくることを前提に、真が床で寝ることになったということくらい。
「いや、まぁ、こんな所でよかったら、なんていうか、いや、大してことはしてないから」
完全に華凛のペースに押されている真は照れながらも応える。こういう風に女の子から、まじまじと見つめられながら、礼を言われることには慣れていない。
少し目を離せばすぐに真に近づき、狙ったようなことを言う。一言で言えば、華凛の行動はあざとい。単純な生き物である男にはこれで間違いはないが、女同士となると話はかなり違ってくる。
「ねえ、ちょっと華凛、あなたこれからどうするつもりなの?」
抑えているつもりだが、言葉の端々に鋭い棘が見え隠れしている美月の声が部屋の中に響く。巨大なドラゴンに襲われたんだから仕方がないと我慢をしていたが、昼以降ずっと真にべたべたと付き纏っている華凛に対してはいい加減限界が来ていた。
「私……今はもう、行く当てがなくて……」
華凛は不安そうに顔を俯けた。だが、これは華凛からしてみれば待っていたシチュエーション。
「華凛、今はそんな、どうすればいいのかなんて考えなくていいよ。取りあえず今日はゆっくり休めばいい」
真が優しく対応している。が、華凛からしてみれば、そういうことを狙っているのではない。ここは『俺が守ってやるから一緒に来い』くらいのことは言ってほしいところだった。
「そうよ、華凛。今日はもう休みましょう。あんなことがあったんだから、疲れてるでしょ。何だったら、私達は別の部屋を取ってもいいわよ?」
華凛の思惑通りに行かないところに美月が差し込んできた。美月の言う『私達』とは真も含めてのことだ。無難な理由をつけて華凛から真を離しにかかっている。
「そ、そんな、悪いわよ。私のために別の部屋を取るなんて……。それに……私、怖い……。ねぇ、真君、一緒にいても……いい?」
だが、華凛としてもここで引き下がるようなことはできない。今のセリフもかなり際どいだろうが、それを言わなければならないほど華凛は焦っていた。
華凛の焦りの理由は昼間に会った黒崎梓。かつて華凛が所属していたギルド『花鳥諷詠』のギルドマスターだ。そこで華凛が揉め事を起こして、ギルドを脱退したことを、今夜会っている彩音に話す可能性が高かった。それを考慮すれば、今のうちに真に取り入らなければ状況が悪くなる。
そして、その焦りが失敗だった。
「ちょっと、華凛! あんた、いくら何でもやりすぎじゃないの!? 一体何が目的なのよ?」
黙っていた翼が声を荒げた。
「えっ!? 私、別に……そんなつもりじゃ……」
華凛は際どい所を何回も責めすぎたと後悔した。本来なら他の女子がいない、真と二人きりの場面を作りたかったが、時間がないため強行作戦に出た。やはりそれは悪手だった。
「だから、やりすぎなのよ! 不自然すぎるの! 何がほしいの? お金? 私達そんなに持ってないわよ!」
翼が怒鳴るようにしてまくし立てる。からめ手、駆け引き、牽制、そういったものは脳筋の翼にはない。思ったことをド直球でぶつける。
「私……私……」
華凛はこういう手合いは苦手だった。だが、男がどうすれば助けてくれるかは知っている。
「おい、翼! 言い過ぎだろ!」
「真は黙ってて!」
翼は更に声を荒げた。美月は冷ややかな目つきで華凛を見て黙っている。そして、一瞬の沈黙が訪れた時だった、唐突に部屋のドアが開いた。
「あ、すみません、ただいま戻りまし――あっ……」
部屋に入ってきたのは、恩人と酒場に居るはずの彩音だった。帰ってくるのは分かっていたが、それにしても早い。もっとゆっくりとするものだと皆が思っていた。そして、すぐに空気の悪さを察する。
「ちょっと邪魔が入っちゃったけど、私の言いたいことは変わらないわよ! 答えて! 何が目的なの?」
翼は彩音が戻ってきてもお構いなく続けた。
「だ、だから、私は、そんなつもりじゃ、ただ、真君に助けてもらって、それが凄く嬉しくて」
華凛としても、これで翼を躱せるとは思っていないが、目の前にいる真には悪い印象を与えるわけにはいかない。
「それなら、礼を言って終わりでいいでしょ! あんた、本気で真に惚れたわけじゃないでしょ!」
直感で物を言う翼には華凛が本心で真に近づこうとしているようには見えなかった。理屈ではなく勘だが、それは確信と言ってもいいほどだった。
「わ、私は……真君が――」
「ドレッドノート アルアインを倒してくれると思いましたか?」
突然割って入ってきたは彩音だった。その言葉を聞いて華凛の心臓がドキッと跳ね上がる。やはり黒崎梓から話を聞いたのだ。
華凛は内心クソッと舌打ちをした。
「彩音、それ何の話なの……? ドレッドノート アルアインを倒すって……?」
美月は釈然としない表情で訊いた。唐突に彩音が発した『ドレッドノート アルアイン』という名前。確かに今日の昼に華凛はドレッドノート アルアインに襲われた。だが、危ないところで真が助けた。それと、あの怪物を倒してくれると思うことがどう繋がるのか分からなかった。
「違うッ! 私は……」
華凛は彩音の言葉に反論するが、言い淀んでいる。どう見てもさっきまでの表情とは違い、焦燥感がにじみ出ている。
「インヴィジブル フォースですか?」
彩音は更に言葉を続けた。
「……ッ!?」
彩音が発した単語を聞いて華凛は完全に打つ手を失くしていた。どうすればいいのか必死で考えるが、半分パニックになった頭では思考が纏まらない。
「あの、すみません。私、黒崎さんから話を聞きました。それで、すぐに戻ってきたんです」
彩音は静かに声を発した。決して華凛を責めるつもりではない。ただ、彩音のギルド『フォーチュン キャット』を巻き込むのであれば黙っているわけにはいかなかった。
「何を……聞いたって言うのよ……?」
華凛は半分やけになって彩音を睨む。
「華凛さんはドレッドノート アルアインを倒すことができる人達を探してるんですよね? それで、黒崎さんからインヴィジブル フォースならドレッドノート アルアインを倒せるかもしれないと聞いた。では、真さんに取り入ってどうしようとしてたんですか? 真さんにドレッドノート アルアインを倒してもらおうとしたのではないんですよね? 華凛さんはインヴィジブル フォースを探しているんですよね?」
彩音は静かに語った。梓から話を聞いて、彩音が最初に思ったことは真にドレッドノート アルアインを倒してもらおうとして近づいたのではないかということ。それを確かめようとしたところ、華凛は真に倒してもらうことをすぐに否定している。続いて彩音が出した『インビジブル フォース』という名前。これには何も言えなくなった。
「ねぇ、彩音。その、インヴィジブル フォースって……何なの?」
知らない単語で進めれていることで話について行けない美月は思わず声を上げて彩音に質問を投げかけた。真も翼も美月と同様にインヴィジブル フォースという聞きなれない単語に疑問符を浮かべている。
「私もさっき聞いたばかりの話なんですけど、どうやら日本が密かに組織した軍隊の特殊部隊が潜んでいるそうなんです……」
「何それ!? そんな話信じたの?」
翼が驚いて声を上げた。そんな話、都市伝説もいいところだ。
「…………ッ」
華凛は苦悶の表情を浮かべて完全に沈黙している。それを見て翼も流石にこれ以上言うことを止めた。
「あの、それで、黒崎さんが言ってました。華凛さんにインヴィジブル フォースを探したければ強い人が手掛かりになるんじゃないかって話をしたと……。だから、真さんの強さを見て手掛かりになるんじゃないかと思って近づいたんですよね? でも、あの話に根拠はないんです……」
彩音は申し訳なさそうに告げた。決して彩音が悪いわけではないが、最初から答えを知っているのに尋問のようなことをしたことに罪悪感があった。
「…………そんなことくらい」
華凛も薄々気が付いていた。梓が言ったことに根拠などないことくらい、想像することができた。だが、その話に縋るしか手札がなかった。そして、真がドレッドノート アルアインを退ける姿を見て、一縷の望みが出てきた。もしかしたら、本当にインヴィジブル フォースに繋がるかもしれないと。
「私達も真さんもインヴィジブル フォースなんて知りませんよ。どうして、そこまでドレッドノート アルアインに拘るんですか?」
「私は……」
華凛は右手でローブの左袖を握り締め、俯いたまま表情を曇らせている。
「私は……復讐を果たしたいのよ……」
そして、観念したように華凛が話始めた。




