風の都 Ⅱ
1
「うわぁー、素敵な街ね。活気があるのに、落ち着いた雰囲気もあってさ、私この街好きかも!」
美月が目を輝かせながら、街並みを見渡している。確かに美月の言う通り、活気がある割にそれほど騒がしさはない。治安が良いのだろうか。それとも広大な大地に囲まれた立地が人々の心も穏やかにしているのだろうか。
どちらかと言えば、商業都市と言うよりは観光都市と言った感じの、街の景観はどこかメルヘンさを感じられる。そんなところが美月の気に入ったところなのだろうと真は、いつになくはしゃいで茶色いミドルロングを踊らせる少女を見ていた。
「ねぇ、まずは食事にしない? お昼にはまだ時間はあるけど、散策しながら食事できるところ探しましょうよ?」
先行する美月が振り返って提案してきた。一カ月近く山での生活をしてきた分、久々の街というのはかなり嬉しいようだ。
「あ、賛成ー! ここってさ、何が美味しいんだろうね?」
翼も美月に意見に追従する。翼としても風車が彩る街の景観というのは見ていて心が踊るところだ。
「良いですね。やっぱり高原の街って言うからには乳製品とか美味しいんじゃないですか? あ、でも、その前に換金しないと」
気分が高揚しているのは彩音も同じであった。早く街の中を散策してみたいという気持ちはあるが、それでも先立つ物は金。この一カ月の狩りの成果を確認するのが先だ。
「真もそれでいいよね?」
「…………」
美月の問いかけに真の反応はなかった。こちらを向いている様子もなく、じっと街の様子を見ている。眺めているというよりは観察しているかのように見つめていた。
「真? どうしたの?」
「ん? あ、ああ、えっと……なんだっけ?」
真は美月の呼びかけにようやく気が付いた。だが、美月たちの話を聞いていなかったらしく、若干慌てたような表情をしている。
「ええっとね、これから街を散策しながら食事できるところ探そうってことになったんだけど……真、さっきからどうしたの?」
何か腑に落ちないところでもあるように考え事をしていた真の表情が気になり、美月が問いかける。
「なんかさ、人が多くないか?」
「これだけ大きな街なんだし、人が多くて当然よ。いない方が不自然だわ」
翼が真の疑問に対して即応える。キスクの街ほど煩雑とした賑やかさではないが、人が多く行きかっており、活気が溢れている。
「いや、NPCじゃなくて、俺達のような人間だよ。この街はキスクの街から結構離れたところにあるのに、なんでこんなに人がいるんだ?」
「言われてみればそうね……。キスクの街に居た時と同じくらいに人がいるみたいだよね」
真に言われて、美月も気が付いた。NPCではなく、現実世界の人間が多数街の中を歩いている。キスクの街と同等かそれ以上の規模がある街で、それらの人をこうも簡単に見ることができるということはかなりの人数が来ているということになる。
「私たちはキスクの街を出てから一カ月経ちますし、その間に人が移って来たんじゃないんですか?」
彩音が真の疑問に答える。エル・アーシアを探索している人は真達意外にもいるのだから、街の情報があれば移動してもおかしくはないだろう。
「まぁ……そうなんだろうけどさ……」
「あんた、何をグチグチ言ってるのよ? こんな奇麗な街があるなら、こっちに来るでしょ」
何が釈然としていない真に対して、翼が少し苛立った感じで言った。曖昧なことはあまり好きではない翼ははっきりしないことはイライラする方だ。
「いや、まぁ、そうなんだけどさ、なんでこんなにいるんだ? 多すぎないか? この一カ月でキスクの街から大移動してきたみたいだぞ?」
「私たちがいなかったから知らないだけで、みんなでこっちに移ろうっていう話になったんじゃないの?」
「うん……まぁ、そうかもな……」
真はこれ以上この話を追求しようとは思わないが、やはり釈然としない。翼の話にしても、ではなぜ、そんな話になったのか。キスクの街に居ても何の問題はないはずなのに、わざわざこんな遠くまで大人数が移動してくる理由はなんなのか。合理的な理由が浮かばない。だが、それが解明されないと何か不都合があるのかといえば、何もない。
「私達だって、キスクの街から来てるわけだしさ。他の人達だって同じだよ」
まだ、何か考え事をしているような顔の真に美月が声をかける。
「真さん、こっちの街の方が良い装備が売ってるのかもしれませんよ。装備を買いに来てそのまま残ってるのかもしれませんよ」
彩音が続けて言葉をかけてきた。彩音としては装備を新調するためにここまで来たら、キスクの街に帰らずに留まるという選択肢は十分に考えられた。キスクの街が故郷というわけでもないので、帰らないといけない理由はない。
「ああ、そうだな。確かに、ここまで来て、わざわざキスクまで帰るのは面倒だよな……」
真はまだ何か引っかかるような気もするが、よくよく考えてみたら、そこまで難しく考えることもないのではと、感じていた違和感に対して苦笑した。
「それじゃあ、街の散策を始めましょう。って、まずは換金からだったよね」
はやる気持ちを抑えながら、美月は声をかけた。
2
街を散策するついでに、修行の成果を換金したところ、一カ月の山籠もりの準備に要した費用は簡単に回収することができた。やはり、野宿して只管狩りを続けていたことが大きいようで、宿代がかからないこと、携帯食料しかないのは寂しかったが、街で食事を摂るよりは安上がりに済ませたことが節約に繋がった。
そのため、商業区画で装備を一新することができ、美月と彩音はシルバーローブ一式に、翼はシルバーベスト一式に買い替えた。真は装備外見変更スクロールを使って、シルバーブレストメイル一式に見た目だけを交換。武器もそれぞれの専用装備を新調した。
装備を一式取り揃えても、まだ金銭的には少し余裕がある。ということで、今日は少し贅沢をしようということになり、今はウィンジストリアでも大きなレストランで食事をしているところだった。
「装備を一式買い替えると気分も一気に変わるよね」
レストランのテラス席に座り、注文した羊のローストを待ちながら美月は上機嫌に新しい装備を見ている。
「そうですね、この装備可愛いですよね」
美月の向かい側に座っているの彩音はソーサラーであり、ビショップの美月と防具は同じものを装備している。今まで装備していた、地味な布のローブとは違い、白地に控えめな意匠の施されたローブ。インナーとスカートは白ではなく暗めの紺色だが、これはこれでメリハリがついて良い。
清楚でいて、どこか大人の妖艶さも内包しているシルバーローブ。まだ顔にあどけなさの残る美月や彩音には少し背伸びしたような衣装であるが、この二人の美少女には十分似合うものであった。
「美月と彩音は良いわよね、可愛い装備でさ……。なんか、スナイパーの装備って、こう実用的に過ぎるっていうかさ、見た目のことはあまり気にしてないような気がするのよね……」
暗い紺色のベストにインナーは白地の防刃仕様。今までの地味な皮鎧よりも見たは良くなっているが、目の前に座っている奇麗なローブ姿の美月と彩音には及ばない。
「翼、似合ってるって。前のよりも断然そっちの方が良いわよ」
笑顔で美月が応える。事実、活発そうな見た目の翼にはローブより合っている。装備単体で見れば、ローブの方が可愛いだろうが、翼も顔は美少女。十分着こなすことができていた。肩まで伸ばした紺色の癖毛も今の装備の方が違和感がない。
「前のよりは良いけどさぁあ、やっぱり私もローブがいい……」
少し不貞腐れた様子の翼が、先に出てきたグリーンサラダをフォークでつつく。正直、美月と彩音が羨ましかった。
「別に装備の見た目なんて、よっぽどのことがない限り気にすることないだろ。肝心なのは性能だよ、性能」
銀色の胸当てに濃紺色のインナーの装備に変わった真がどうでもいいというように答えた。
「ああーー、真はまたそういうこと言う! 見た目は大事なんだからね!」
真の言葉に一番最初に苦言を呈したのは美月だった。
「ほんと、あんたって、こういうところガサツよね!」
続いて翼も文句を言った。
「俺は別に間違ったことは言ってねえよ!」
何となく言った言葉に思わぬ迎撃を喰らった真がなんとか反撃を試みる。
「いや、今のは真さんが分かってないと思います」
彩音も今回は完全に真の敵に回っていた。オシャレに気を使うのは女子として当然のこと。装備の性能よりも大事なことだった。
「うぐっ……」
いつもの通り三対一になり、真は一瞬、見た目の評価も高いインフィニティ ディルフォール装備一式の外見変更を解除して見せてやろうかとも思ったが、それはそれで話がややこしくなるだけなので止めておいた。結局、多勢に無勢、真は引き下がるしかなく、ようやく出てきた羊のローストを黙って頬張ることにした。




