推測 Ⅰ
ミッションがクリアされたことが告知されてから二日が経過した正午前。キスクの街の中心地にあるギルド管理所から新しいギルドを設立したばかりの四人が出てきた。
新設されたギルドの名前は『フォーチュン キャット』。構成員はマスターの蒼井 真、サブマスターの真田 美月、メンバーの椎名 翼と八神 彩音だ。
美月、翼、彩音は自分たちのギルドを作れたことにはしゃぎ、石畳でできたキスクの中央通りを意気揚々と歩いているが、一歩後ろを歩くマスターの真はあまりいい表情をしていない。
真の顔が浮かない理由は単純にギルド名が性に合わないこと。ギルド名が悪いとまでは言わないが、もっと他にカッコいい名前があるだろうというのが本音だ。まず、何より『フォーチュン キャット』という名前が強そうに見えない。子供の頃から強いものへの憧れを抱いている真としては一番腑に落ちないのがそこだった。
そして、皮肉にもボーイッシュな美少女のような見た目に変えられた今の自分の姿に妙に合っていることが尚更気に入らない。
そんな真の今の心情を知ってか知らずか、ここ最近天気の良い空を恨めしそうに見上げながら、真は暗い濃赤色の髪の毛をかき上げた。広いキスクの中央通りを吹き抜ける風は温かく心地良いのになと、ため息をつく。
「なんか、改めてギルド作ってみると、絆っていう感じがしていいよね!」
今日の天気と変わらない翼の明るい声が街の雑踏の中でもよく通る。
「そうだね。最初に翼と彩音に会った時は一緒にギルド作るなんて想像もしてなかったのにね」
「そうですね。あの時は助けられてばかりでしたし、今回のミッションのことも結局助けられっぱなしで……」
彩音が少し申し訳なさそうに言ってきた。今回のミッションでは特に死にかけたところをギリギリ真に助けられていた。
「そんなの気にしなくていいのよ、助け合うためのギルドなんだし。それに、私は翼と彩音が一緒にギルドに入ってくれて嬉しいよ」
美月は茶色いミドルロングを風になびかせながら、少し照れたような表情で微笑んだ。あどけなさを残してはいるが、美しく整った笑みは同性から見ても非常に可愛らしいものだ。
「美月~っ! 私も美月と一緒のギルドになれて嬉しいよ~! 愛してるよ美月~!」
「わっ!? つ、翼、分かった、分かったわよっ!?」
大勢の人が往来する、キスクの街の中央通りで人目もはばからず翼に抱き着かれた美月が少し困ったような表情で答える。
「美月さんにそう言ってもらえると私も嬉しいです」
満面の笑みで美月に抱き着く翼を見て、彩音も笑顔をこぼした。
「いや、そんな……。結局、今回のミッションは私も真に頼りっぱなしだったわけだし……」
チラッと美月が真の方を見た。真はあまり話を聞いていなかったようで、美月の視線に気が付いた時には事態を飲み込めず、不思議そうな顔をしていた。
「でも、今回のミッションの内容……なんて言うか、モヤモヤしたものが残りましたよね……。アースエルフの人達は結局どうなったんだろうとか……」
彩音がボソッと呟いた。エアエルフの長老に頼まれて、巫女を助け出すミッション。人助けだと思っていたが、実際は種族間の争い事だった。
「2000年もずっと故郷を追われて、住む場所もなく、辛い生活をしてきたんだよね……」
美月も彩音と同じく気になっていたところがあった。自分たちのやったことは本当に正しかったのか。
「そんなことはないだろう」
と、そこに真が話しに割って入ってきた。
「え、だって、アースエルフのおじいさんが言ってたじゃない」
美月は真の言っていることがよく分からなかった。『そんなことはない』とはどういうことなのだろうか。
「バージョンアップが実施されてから、エル・アーシアができたんだ。2000年前はエル・アーシア自体が実装されていないよ。だから、ゲーム内の設定だ。架空の物語に出てくる作られた歴史と同じだよ。実際にはなかったことだ」
「でも、あの人たちにとっては作られた歴史が全てでしょ? 記憶も経験もバージョンアップが実施されてからできたものだとしても、実際に体験したのと同じ感覚を持ってるんでしょ?」
翼が言った意見は否定できないところがあった。物事を理論的に考えない方である翼は直感で感じたことを口にすることが多い。それは時として正鵠を射ることがある。
「ま、まぁ、そういうことになるけど……」
「だったら、なかったことじゃなくて、あったことと同じってことじゃないの?」
翼の意見に誰もが言葉を失った。それが正しいかどうか判断ができない。実際に傷つけられたことがないとしても、傷つけられたという記憶があればどうなのか。第三者からすれば、それは傷つけられたことにはならないと言えるだろう。だが、本人からしてみればどうか。傷痕がなくても、痛かったという記憶は苦しいものではないのか。
「分かんないよね……」
美月がどう答えていいか分からず顔を俯けた。真も彩音も答えを持ってはいなかった。
そんな難しい命題に沈黙した時のことだった。晴れた空から大音量で声が響いてきた。
― 皆様、『World in birth Real Online』におきまして、本日正午にバージョンアップを実施いたします。 ―
キスクの街の騒めきが一層激しくなった。日常のものとは明らかに違う種類の騒めき。動揺、混乱、不安。一気に街の騒めきがそれらの色に変わる。
「ミッション終わったばかりだぞっ!?」
真も思わず声を上げた。前回のバージョンアップが実施されてから二週間も経過しただろうかというタイミング。しかも、つい先日、バージョンアップで実装されたミッションをクリアしたばかりだ。
― 繰り返します。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたします。バージョンアップの内容につきましては、皆様それぞれにメッセージを送付いたしますので、各自でご確認ください。 ―
騒がしい街の雑音の中でもよく響く声はそれだけ言うと、消えていった。時刻はすでに正午といったところ。
【メッセージが届きました】
真にメッセージが届いた。当然のことながら、美月や翼、彩音にも届いている。そして、周りを見渡すと大勢の人が同様にメッセージを受け取ったようだった。
一瞬街が静まり返ったが、すぐに騒がしくなった。だが、怒号や悲鳴は飛んでいない。どちらかと言うと困惑の声が聞こえてきている。
「見てみるぞ……」
不安そうな顔で真を見ている美月と翼と彩音が首肯して応える。そして、真がメッセージを開き、内容を確認する。
【バージョンアップ案内。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたしました。バージョンアップの内容は以下の通りです。
ドレッドノート アルアインが追加されました】
メッセージの内容はそれだけだった。
「はぁっ?」
真の間の抜けた声に美月たちは顔を見合わせた。周りから聞こえてくる騒めきも真と同じような声がしている。
「う~ん……なんて言うか……一言で言えば、意味不明」
「意味不明?」
真の言葉が意味不明な美月たちはとりあえずメッセージの内容を確認してみることにした。
「だろ?」
メッセージの内容を見て眉間に皺を寄せて黙っている女子連中に真が声をかける。
「ドレッドノート アルアイン……って何?」
翼の疑問はもっともだった。だが、それはみんなが思っていること。誰も答えを持っていないから、真は意味不明だと言い、美月も彩音も眉間に皺を寄せて黙っている。
「恐れを知らないアルアイン……。なんだろう……人の名前かな?」
それが合っているのかどうかは全く分からないが、美月が最初に思ったことを口にした。
「アルアインさんっていう人? 恐れを知らないっていうのはどういうことかな? 軍人とか?」
翼も美月の言ったことがしっくりきていた。
「ドレッドノートって、戦艦ドレッドノートのことですかね?」
彩音がまず思ったことはイギリスの戦艦ドレッドノートのことだった。だから、翼の言う『軍人』というのも彩音の意見と近いものがある。
「規格外に大きいって意味の、超ド級の『ド』って戦艦ドレッドノートの『ド』だよな」
真が何となく言った一言。ただの豆知識に過ぎなかったが……。
「超ド級のアルアイン……ってこと……?」
美月が若干引きつった声を上げる。
「いや、まだ分からない……。そもそもアルアインっていうのが人の名前なのか、別のものなのかも判断できないからな……」
結局のところ、メッセージの内容だけでは何も分からない。ただ、確信して言えることは、碌でもないことには違いないということだけだった。




