強襲
1
ミッションがクリアされたという告知がされてから二日が経った正午前。空の天気はここ数日安定しており、多少雲は出ているものの今日も雨が降りそうな予感はしなかった。
キスクの街から少し離れた現実世界の大通りに面する図書館前の広場。その両脇を固めるようにして大きな木が数本植えられており、青々とした葉が影を色濃くしている。
本来なら休日には子供の遊び場にもなっていたであろう図書館の広場に、早めの昼食と休憩を取り終わって軽く伸びをしている少女がいた。歳は高校生くらいだろうか、勝気な顔をした活発そうな少女だ。
「華凛はまだ寝てるの?」
活発そうな少女は振り返って、図書館の中から出てくる仲間の少女に声をかけた。
「もうすぐ来ると思うよ」
「華凛ってたまに昼寝してる時あるよね」
「一番早く寝るのにね」
図書館の中から出てきたのは合計三人の少女達。いずれも年齢は高校生くらい。レンガで舗装された図書館の階段を下りながら三人は活発そうな少女に返事をした。
「そっか、じゃあ、華凛はもうしばらく寝かせておいて、私達だけで再開しようか」
「紗耶香は華凛に甘いよね~」
「べ、別に私は華凛を甘やかしたりなんかしてないわよっ!?」
紗耶香と呼ばれた少女は少し顔を赤らめて反論する。紗耶香にとって華凛は確かに特別な友達と言えるだろう。でも、それは他の皆も同じこと。特段厳しくしているつもりはないし、甘やかしているつもりもなかった。
「はいはい、分かってますよ。でも、華凛って可愛いよね~」
「ハーフってなんであんなに顔が良いんだろうね?」
「ハーフ全員が顔良いわけじゃないみたいよ。あ、でも、華凛は可愛いけどね」
そんな雑談をしながら三人の少女は紗耶香の後について行き、狩りの続きを再開するために大通りの中央まで来ていた。
狩りの獲物は長い鬣を持った草食動物系のモンスター。アスファルトでできた車道を悠々と闊歩している。体格は大きいが、こちらから攻撃を仕掛けない限り襲ってはこず、単体で行動しており、個体の強さも低いため、少女達にとっては格好の獲物であった。
ただ、現実世界に徘徊しているこいった大人しいモンスターは危険が少ない分、稼ぎは少ないので、数を狩らないと儲けにならない。そのため、現実世界で狩りをする場合は拠点を決めて数日間狩りを続けることが一般的になっていた。
「じゃあ、狩りを再開するよ。数狩らないといけないんだから、テキパキやらないといつまでも帰れないよ!」
紗耶香が弛んだ三人の少女に喝を入れる。華凛はまだ図書館で昼寝をしているため、合流したらそちらにも喝を入れないといけない。
紗耶香は引率の先生のような気分になりながらも、こうやって皆を引っ張っていくのも悪くないと思っていた。将来の夢は本当の先生になることなのだから。
それぞれが『は~い』とやる気があるかどうか分からない返事をした時だった。突然、空から大音量で声が響いた。
― 皆様、『World in birth Real Online』におきまして、本日正午にバージョンアップを実施いたします。 ―
「えっ!? バージョンアップって、ついこの前にあったばかりじゃないの!?」
紗耶香が驚いたような声を上げた。前回、バージョンアップが実施されて、新しいミッションが追加されたのが約二週間ほど前だったと記憶している。その前のバージョンアップは数カ月前だ。
「なんだろうね……。でも、バージョンアップがいつ実施されるかなんて、決まってるわけじゃないんだから、こういうこともあるんじゃないのかな?」
紗耶香の疑問に一人の少女が答えた。確かにいつバージョンアップするかという予定を知らされているわけではないし、いつも突然バージョンアップが実施されている。前回のバージョンアップとの間隔が短いということもあるのだろう。
― 繰り返します。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたします。バージョンアップの内容につきましては、皆様それぞれにメッセージを送付いたしますので、各自でご確認ください。 ―
大音量の声はそれで終わった。告知の仕方はいつもと変わらない。空を見上げれば太陽は正午の位置にある。ということはもうすぐメッセージが届いてバージョンアップの内容が知らされるということだ。
【メッセージが届きました】
紗耶香が待ち構えていた所に予想通りのメッセージが届いた。今回のバージョンアップについて書かれたメッセージだ。ただ、毎回内容が雑なため、何のことが書いてあるのかよく分からないことが多い。
【バージョンアップ案内。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたしました。バージョンアップの内容は以下の通りです。
ドレッドノート アルアインが追加されました】
メッセージの内容はそれだけだった。
「何これ?」
紗耶香が思わず声に出す。今まで以上に意味が分からない内容だ。
「ミッションじゃないんだよね?」
「これだけじゃ、分からないよね……。ミッションとか私達には無理だしね……」
「前のミッションをクリアしたのってどんな人たちなんだろうね? やっぱ凄いマッチョな人達なのかな?」
二日前の夜にミッションのクリア告知を受けた時もこの場所を拠点として狩りをしていた時だった。五人の少女達が力を合わせて日々の生活をするだけで精一杯の状態であるため、ミッションのことは別世界の話のように思えていた。
だから、今回のバージョンアップの告知についても、自分たちに何ができるかということを考えることはなかった。
そう、自分たちの力ではこの世界で日々の生活をすることしかできないのだと。だが、それが虚しいとまで思わないのは仲間に恵まれたことが大きいからだろうか。
紗耶香はそんなことを思いながら、バージョンアップの告知が聞こえてきた空を見上げた。
「……なんだろう?」
空を見上げた紗耶香が何かに気が付いた。太陽の光を一瞬遮断するかのようにして、大きな影が通った。鳥だろうか、最初はそう思った。だが、かなり上空を飛んでいるにも関わらず、その影は大きかったように思える。
「どうしたの?」
空を見上げている紗耶香に仲間の少女が不思議そうな顔をして訊ねてきた。
「いや……なんか大きな影が通ったような……」
紗耶香はそう言うと空を見渡した。先ほど見た影がまだどこかにいるかもしれないと思ったからだ。
「あれ……かな……?」
紗耶香が再度影を発見した。太陽の逆光を受けて眩しいが、目を細めて何とか飛んでいる影を確認しようとする。
それは真っ直ぐこちらに向かて急降下してきているところだった。どんどんこちらに近づいてくる。そして、近づいてくるものが想像以上に巨大な影であるということに気が付いた時にはもう手遅れだった。
「グアアアアアアァァァァーーーーーーーッ!!!」
凶暴な咆哮が辺り一面にまき散らされると同時に巨大な影は地面に激突するようにして着地した。
空を飛んでいた影の正体は巨大なドラゴン。体はくすんだ緑色と黄土色の斑模様。大きな角に獰猛な目。広げた翼は20メートル以上、頭の先から長い尻尾の先までの長さはそれ以上。
「きゃああーーーーっ!?」
巨大なドラゴンの着地の衝撃で地面が激しく揺れて紗耶香たちは大きく吹き飛ばされた。
2
激しい揺れと轟音で昼寝をしていた華凛は驚いて目を覚ました。最初に思ったことは大きな地震が来たのではないかということ。だが、揺れと衝撃は一瞬だけ。それなら地震ではないのだろうと思うが、何が起きたのかは分からない。
「紗耶香……? 愛菜……? 仁美……? 雫……?」
寝ている間に姿が見えなくなった仲間に華凛は妙な胸騒ぎがして図書館の中を見渡した。その時だった。
「いやああああああああーーーーーーーッ!?」
それは紗耶香の悲鳴だった。いつも勝気で、気丈にふるまい、ギルドのマスターとしてみんなを引っ張ってくれている紗耶香からは想像できないような悲痛の叫びが聞こえてきた。
「紗耶香っ!?」
華凛は慌てて図書館の入口へと向かった。シルバーグレイの長い髪を揺らしながら急いで駆けつける。
そこでガラスの自動ドアごしに華凛が見たものは、必死の形相で走ってくる紗耶香の姿。救いを求める親友の手は空を切り、恐怖と絶望に塗りつぶされた瞳には一瞬だけ華凛の姿が映った。
そして、次の瞬間には巨大なドラゴンの顎が紗耶香を捕らえた。巨大なドラゴンは紗耶香を口に咥えたまま、頭を大きく振る。
突然やって来た惨劇を前にして華凛は呆然と見ているしかなかった。何が起こっているのかということを頭が処理しきれていない。思考がまるで機能していない。
瞬きすらできない華凛には目もくれず、巨大なドラゴンは頭を高くあげ、大きく咆哮すると、もうこの場所に興味がないという風に飛び去って行った。
何が起こったのか理解できず、華凛が図書館の外へと進む。トボトボとした足取りで辿り着いた先は大切な仲間達が蹂躙され、無残な姿に変わり果てて、地面に転がっている悪夢のような光景。
惨状を目の当たりにして力なくその場に座り込んだ。そして、起こった惨劇に理解が追いつくと慟哭が華凛の喉を引き裂いた。




