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巫女

膨大な力の余波が真を中心として一瞬で迸り、空間ごと震撼させる。


ベルセルクの持つスキルの中で単発の威力であれば最強の攻撃力を持つ、連続攻撃スキルの四段目、カタストロフィ。そのうえ防御力と生命力を犠牲にして真自身の攻撃力も増大されている状態で放った神速の一撃。


「アアアァァァァァァーーーーーーッ!!!」


真の渾身の斬撃を受けたミーナスは大きく頭を振りながら悲痛な叫び声を上げた。苦悶に叫ぶけたたましい声は耳が痛いほど反響した。


「……」


真はすっと構えていた大剣を戻すと、ミーナスはもう声を上げることすらできなくなり、力尽きて地面に崩れ落ちた。


「彩音はっ!?」


真が振り向きざまに叫ぶ。カエルにされた彩音はどうなったのか。食べられる前にミーナスを倒した。それなら、まず命は助かったはずだ。


「彩音ー!! 彩音ー!!」


翼が号泣しながら彩音の名前を叫ぶ。


「…………あ、ありがとう……ご、ございます……」


ペタンと座り込んでいる彩音が呆けたように返した。一瞬の出来事で、まだ状況が整理しきれていないようだ。死ぬところだったということもまだ実感として沸いていないのかもしれない。


「良かった……彩音……良かった……」


美月もボロボロと涙をこぼしながら人の姿で呆然としている彩音を見つめていた。


「彩音のバカッ! 本当にもうダメかと思ったじゃないっ!」


彩音に抱き着いたままの翼がまくし立てるようにして泣いている。


「もう大丈夫だよ、翼ちゃん……。バカって言われてもどうしようもなかったんだけどね……」


自分の置かれた状況に理解が追いつきだした。ギリギリの状態であったという恐怖と、それでも助かったという安堵。泣きじゃくる翼の理不尽な文句も受け止められるまでには気持ちが回復していた。


「八神さん……良かった……本当に良かった……」


小林が膝を付いて彩音の顔を見つめた。五体満足で生きている。ミーナスを倒したことでカエルの姿から元の姿に戻ることができている。


「あ、あの……木村さんは…………」


そんな小林の顔を彩音は直視することができなかった。自分は助かった。一時的にカエルの姿に変えられたが、それでも生きている。人の姿で生きている。


「…………」


園部は黙したまま下を向いて堪えるように歯を食いしばっている。彩音が助かったことは素直に喜ぶべきことだというのは分かっている。理屈は分かっている。それでも、犠牲が出る前に何とかできなかったのかと思わずにはいられない。


「八神さんが気に病むことじゃない……。どうしようもなかった……あれはどうしようも……」


小林が目を伏せたため表情を読み取ることはできない。


「…………」


美月には小林と園部の気持ちがよく分かった。仲間を失った痛み、悲しみ、後悔、無力感、それは誰よりも理解ができた。


まだ泣き止まない翼の声だけが円筒形の部屋の中に木霊する。翼も必死で抑えようとしているが、抗うことができずに嗚咽が漏れる。それを責めようという者はいない。助かった友達に抱き着いて素直に泣けばいい。


だが、翼の泣き声を遮る声が唐突に響いた。


「皆様、ありがとうございます。悪しきダークエルフの邪神は滅びました。これでエルフ族の未来、エル・アーシアの未来は救われました」


場違いなほど奇麗で澄んだ女性の声が響く。それはまるで春の木々にとまる小鳥の囀りのように可愛らしく、そして、空気を読まない声だった。


地面に崩れているミーナスの身体の上に浮き上がっている半透明の巫女が声の主だ。人形のように整った顔立ちと美しい金髪に文字通り透き通った肌をしたエアエルフの巫女の霊。


「あんたっ!! 何が救われましたよ!?」


怒りに狂ったように翼が叫ぶ。こいつも同じだ。アースエルフをダークエルフと呼び、その神を邪神と言う。自分たちさえ良ければそれでいい。そんな考えを持った奴だ。アースエルフもエアエルフも同じだ。どちらも利己的。私利私欲に塗れている。そんな奴らのせいで木村は命を落とし、彩音も危なかった。翼はそれが許せなかった。


「よせ、翼っ」


「真っ!?」


「こいつに何を言っても無駄だ……。ゲームの一部だ……」


「でもっ……」


翼はこれ以上言うのを止めた。ゲームの一部。そんなものに何を言っても無駄ということは分かる。だが、キスクの街で生活をしている人たちやエル・アーシアで道を教えてくれた原生種のおじさん。その人達も同じゲームの一部。そう思うことが殊更に寂しかった。


「私たちのせいで犠牲になった方のことを思うと私も胸が痛みます……。こんな姿になってしまった私には謝ることしかできません……。それも、もう限界に来ています……。もう私はこの形を維持することも難しくなっています……だから、どうか……どうか、あなた方の行く先に空の祝福があることを祈らせてください……」


エアエルフの巫女の霊は最後にそう言うと徐々に薄くなっていき、最後には完全にその姿を消滅させた。


【メッセージが届きました】


エアエルフの巫女の霊が消えた直後だった。頭の中に直接声が響いた。目の前にはレターのアイコンが浮かんでいる。それぞれが顔を見合わせ、ここに居る全員がメッセージを受け取ったことを確認すると、真はレターのアイコンに手を伸ばした。


【ミッションがクリアされました。これにより付加されていた期限は消滅いたします】


メッセージはそれだけだった。簡素な内容。必要最小限のことだけが記載されている。だが、非常に重要な内容。


「期限が無くなった……」


「クリアしたんですね……」


美月と彩音が安堵のため息を漏らす。残り時間はどれだけあったかはもう分からないが、それほど余裕があったわけではないだろう。何とか期限内に間に合わせたというところか。


「ああ……これで終わりだ……」


この五日間は長かった。不安との戦いと言ってもいいだろう。地図に示された通りにウル・スラン神殿に行っても素直に入れるような地形になっておらず、迂回させれらたことも精神的には大きな負担になった。


「蒼井君、ありがとう。蒼井君がいなければ無事では済まなかったと思う……」


「私からもお礼を言わせてもらうわね……。ありがとう……あなたのおかげで生き残ることができたわ……」


小林と園部が丁寧に頭を下げる。木村のことは残念でならないが、それでも助かった命は大事にしないといけない。


「そんな……俺は……」


全員が助かる方法は自分一人でミッションを攻略することだと思っていた。だが、結果としてミッションをクリアできたのは木村の犠牲があったからだ。もし、真一人だったら、カエルにされていたのは間違いなく真だ。死ぬ運命を肩代わりしてもらったようなものだ。


「胸を張っていいことだよ。僕たちは助けられたんだ。蒼井君と木村君の二人にね……」


木村の犠牲があったらか真が生き残った。こうして六人が生きているということが、出せる結果の最大限なのかもしれない。


「はい……」


「帰ろうか……」


小林がそう呟くが、今まで聞こえてきていた低い蛇の声はどこからも聞こえてこない。出入り口のないこの部屋のどこから出ればいいのか。


「たぶん、あれかと……」


真が指さす先には倒れたミーナスの亡骸。その身体からは白い靄のようなものが出ている。モンスターがアイテムをドロップした時に出る靄だ。そこに手をかざせばアイテムを拾うことができる。アイテムを拾う前に脱出してしまって入手できなくなることを防ぐためのセーフティだろう。


アイテムどころの気分ではないが、それを取らないと外に出ることができないのであれば取るしかない。小林は嘆息しながらもミーナスの身体から出る靄に手をかざした。


『ミーナス ハンドアクス』


『ミーナス シールド』


ドロップしたアイテムは二つ。どちらもヒーローグレード。ハンドアクスはダークナイト専用装備。シールドはパラディンとダークナイトが装備できる防具だ。


「片手斧と盾だ……」


小林がそう言った瞬間だった。視界が闇に包まれて何も見えなくなる。ウル・スラン神殿に来てから何度も経験した空間転移の時の暗転。


暗闇に飲み込まれたのは数秒だけ。すぐに視界を取り戻すとそこは蛇の像が鎮座し、奥には大きな扉がある、ウル・スラン神殿の入り口だった。


「戻ってこれたな……」


すでに日が暮れており、夜の闇に抱かれた渓谷の底に真の声が響いた。





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