管理者
神速の剣がラーゼ・ヴァールの体を両断する。
その瞬間、崩壊の白い光が噴出した。天高く昇る光の柱と、膨大な力の余波は、外の宇宙空間ごと突き破るような勢い。
それは、真の全てを込めた一撃だった。
「あッ……ガぁッ……、お、おのれ……人間……風情が……」
ラーゼ・ヴァールは最後の力を振り絞って、突き出した手から攻撃を放とうとしている。
だが、膝がガクッと崩れ、床に手を着いてしまう。
「はぁ……はぁ……」
荒く息をしたまま、真がラーゼ・ヴァールを見ている。真も立っているのがやっとの状態だ。
「私は……ここで倒れるわけには……。倒れるわけには……。世界を……、この世界を……。正しく……」
ラーゼ・ヴァールはまだ諦めまいと、必死に立ち上がろうとする。だが、それは叶わない。金色に光っていた羽は色を失い、灰色の濁っていく。体も同じだ。鏡面状に輝いていた体は、くすんだ黒へと変色していく。
「綺麗な……、世界を……」
ラーゼ・ヴァールの体は止めどなく崩れていった。腕も脚も羽も、乾いた砂のようにボロボロと崩れ落ちていく。最早は蹲った体勢も維持することはできなくなり、床に倒れ込む。
そうなってしまっては、後は呆気なかった。ラーゼ・ヴァールの体全体がサラサラと風化していき、原形を留めることさえできなくなった。
「終わった……」
色を失くしたラーゼ・ヴァールを見ながら、真が呟く。もうラーゼ・ヴァールは声を出すこともできない。ただ、砂のように分解されて崩れていくだけ。
「終わったぞ、管理者!」
真は力を込めて叫んだ。このゲームを作った管理者へと向けて、終結を宣言する。
「見事な戦いだったな、蒼井真」
管理者の声は上から聞こえてきた。見上げた先にある宇宙空間の中からだ。
「姿は見せないのか?」
宇宙空間に向けて真が言う。いつもなら、少女の姿で神出鬼没に現れるのだが、今はその姿を見ることはできない。
「あの姿は仮初の物だ。それに、話をすることはできる。これで十分だ」
「そうだな……。姿を見せないことはいいとして――ミッション終了だ!」
真はもう一度高らかに宣言した。
「ああ、素晴らしい戦いだった。今回は、私からミッション攻略の報酬を用意してある」
「報酬? お前にしては、殊勝な心掛けだな」
「なあに、最初からこの報酬を渡してやるつもりだったからな。さて、その報酬の中身だが……。お前が知りたいことの全てを話してやる」
管理者の権高な口調は相変わらずだが、どこか親しみのある声だ。
「前から言ってたよな。時が来れば教えてくれるって」
管理者が真の前に現れた時には、ある程度の情報を開示してくれることがある。だが、ゲーム化の核心に迫る質問に対しては、いずれ答えるとしか言われていなかった。
「そう。それが今だ。まずは何が知りたい?」
「全部だよ、全部! 結局、何が目的でこのゲームを始めた? 俺には見当もつかない」
真が今までゲーム化した世界で戦ってきたが、管理者は何をしたいと思っているのかが、まるで分からなかった。ただ、言えることは、単に真達を苦しめて楽しんでいるわけではないということ。
「答えから先に教えてやろう。目的は、お前達人間を我々の後継者にするためだ」
「俺達を後継者にする……?」
何を言われているのかさっぱり分からない真は、オウム返しに聞き返した。
「そうだ、我々の後継者にするためだ」
「後継者って……。そもそも、お前は何者なんだよ? 俺たちに何の後を継がせたいんだ?」
「私の存在は、一言で言えば、『上位存在』だ」
「上位存在……!?」
管理者がただの人間ではないということは分かっていたが、上位存在ときた。だが、真が考える上位存在とは、定義が広すぎて特定できない。神だって上位存在と言ってもいいだろう。
「お前達人間でも、コンピューターの中に仮想現実を作って、人工知能による世界を作りだすことは可能だ。その関係性を超高次シフトさせたものと思ってくれればいい」
「超高次シフト……? ……いや、何となく分かるような気もするけど……。って、それじゃあ、俺達を作ったのは……!?」
そこで真はあることに気が付く。人工知能はその名の通り、人間が作りだしたコンピューターによる知能だ。自然発生したわけではない。人間と人工知能の関係性を超高次シフトさせたものとうことは……。
「我々が造ったのはこの宇宙だ。その宇宙の中に地球が誕生するように仕向けた」
「ま、待て!? 宇宙を造った……? 地球が生まれるように仕向けた……?」
「信じられないのも無理はないだろう。お前達は、これを理解できるフェーズには達していないのだからな」
管理者は、真が理解できていないことを咎めたりはしない。親が子供に難しい話を教えている時のような感じだ。
「ま、まあ、いい。続きを話してくれ……」
理解できないことを、これ以上とやかく聞いても仕方がない。まだ、聞きたいことは残っている。
「細かい話になるが、我々が直接地球を作ったのではない。地球ができる環境を整えたということだ。同じようにして、お前達人類を地球に誕生させた」
「お、俺達は、お前らに作らたってことか……!?」
驚愕の事実に真は混迷しながらも質問をした。
「直接手を下したのは、お前達人間の元となる種に対してだ。その後は、人間が進化をするように環境をコントロールしたということだ」
「お前達のおかげで、人間は進化を遂げたってことか……?」
「そういうことだ。よく考えてみろ。地球上に人間ほどの知能を持った生命が他にいるか? 知能が高いとされているチンパンジーですら、服を着ていないのだぞ。これは通常、あり得ないほどの差だ。動物の足の速さを考えてみろ。世界最速の動物と第二位の動物でどれほどの差がある? 人間と他の動物の知能ほどの差があるか?」
例えば、棒を使って虫を取る猿はいる。だが、金属を加工して道具を作る動物はいない。鳴き声でコミュニケーションを取る動物は多いが、文字を使て意思を伝える動物はいない。
人という種の知能レベルが、他の種と比べて別次元に発達しているのだ。
「それは……。でも、それなら、お前達はどうやってそこまで進化できた? 自然状態でも、人間が今のような進化を遂げることが可能じゃないのか?」
「限りなくゼロに近い確率だな。いいか、我々がお前達の宇宙を造ったように、無数の平行宇宙が存在する。当然、ありとあらゆる宇宙を調べつくした。だが、今の人類どころか、知的生命体を見つけることすらできなかった。我々は、無限の可能性を持ってして、ようやく生まれることができた、たった一つなのだ。その時に知ったのだよ、我々は孤独な存在なのだと」
「俺達は自然のままに進化していたら、猿のままだった……」
「そもそも多細胞生物が誕生すること自体が奇跡だ。それが宇宙というものだ。だから、人間が特別に進化するように、我々が手を入れなければ、猿にすらなれていなかった」
「どうして……? どうして、人間が進化するように仕向けた? 宇宙を造れるなら、最初から完璧な人間を創造できたはずだろ? それを後継者にすればいいだろ?」
ここで、真に一つの疑問が生じた。わざわざ人間を類人猿から進化させた理由だ。
「お前の言う、“完璧な人間”の定義が曖昧だな。それに、我々が求めている後継者とは、我々よりも先に進むことができる存在だ。そのために必要なことをしている」
「それが、一から宇宙を造って、人類を後継者たる存在に進化させることにしたってことか……。なぜ、そこまでして、俺達を後継者として育て上げたいんだ?」
「どうしても、後継者を創り出す必要があったからだ」
「どうしても後継者が必要な理由?」
「そうだ。我々はお前達人間よりも遥かに長い年月を経て進化を遂げてきた。栄華を極め繁栄を極めた。進化の頂に達したのだ……。それ自体が奇跡中の奇跡だというのは、さっき話した通りだ。だが、問題が発生した……」
「問題? 俺達よりも遥かに進化してるんだろ?」
宇宙まで造ってしまう奴らだ。真達人間よりも遥かに進化している存在だ。
「そう、その進化が止まったのだ」
「進化が、止まる……」
「我々はもう、これ以上の存在にはなれないところまで来てしまった。進化の限界に達した状態だ。これ以上の発展は望めなくなった。それは停滞だ。そうなってから、とても長い年月が過ぎた。長い長い時を止まり続けた結果、種としての劣化が始まった――具体的に言えば、子孫を残せなくなったのだ……」
「子孫を残せない……ってことは、つまり……」
「そうだ、我々は滅びる運命にある。だが、我々の次に知能が高い生命体は、地球の猿程度の動物だ。そんな動物しかいない世界に、我々の文明を明け渡して良いのか? ここまで発展した文明を、このまま終わらせてしまっていいのか? そういう議論になった。そこで、導き出された結論が、後継者を作り出すことだった」
「お前達のクローンじゃ駄目なのか? そこまでできるなら、クローンくらい作れるだろ?」
「滅びの運命を辿る種のクローンを作ったところで、滅びることに変わりはない。クローンも代を重ねるごとに劣化が生じた。もう試したことだ」
真が思いついたことなど、管理者側はとっくに試している。その結果、クローンでは無駄だという結論に達した。
「俺たちに、お前達の文明を継がせることが目的……。だったら、このゲームは何なんだ? こんなゲームをすることが、後継者になることに必要なことなのか?」
そこで、もう一つ疑問が生じる。管理者は、人間を後継者にするのに、どうして世界をゲーム化する必要があったのか。
「このゲーム化自体が、直接人間を後継者にするためのものではない。いわば負荷実験だ」
「負荷実験だと……!?」
「人類を後継者にするにあたり、我々よりも更に上へと進化できる存在になってもらわないといけない。そのためには、進化を促す起爆剤が必要となる。それは、いわば人類にとって危機的な状況を意図的に作り出すことと言ってもいい」
「人間にとって危機的な状況だと!?」
「お前も歴史を学んだことがあれば知っているだろう。二度に渡る世界大戦。戦争という行為は、凄惨かつ最も愚かな行為とされているが、進化という面で言えば違う」
「違うわけないだろ! 戦争が人間のためになるわけがない!」
「人間の倫理観で話をしているのではない。事実として話をしているだけだ。この二度の世界大戦がもたらした人類の技術の進歩は著しいものがある。新兵器の開発だけに留まらない。電子機器に情報技術。医療に至るまで、人類に大きな発展をもたらした」
戦時中に行われた非人道的な人体実験。それは、人の道を外れた外道がする行為だ。非難されて然るべき行為。だが、医学には人の解剖が不可欠。皮肉にも、この非道な人体実験が今の医学の進歩に繋がったことも事実。
「あの二度の世界大戦は、お前達が……」
真は管理者に対して寒気を覚えた。
「我々が誘導したものの一例だ。人間の進化のためには、一定レベルの危機的状況が必要になる。そして、更なる進化のためには、新たな危機を必要とする。どの程度の危機を用意すれば、適切かつ効果的な進化を促すとができるのか。それを測るために、世界をゲーム化させた」
「世界のゲーム化自体は、目的じゃないってことか……」
「そうだ。私を軽蔑するか? 人間の進化という大義名分を掲げてはいるが、悲惨な戦争が起こるように仕向けたのは我々だからな」
「また、世界大戦のようなことを繰り返すつもりなんだろ?」
「当然だ。我々の目的は、お前達人間が後継者たる存在に進化すること。だが、安心しろ。次の進化の起爆剤は遠い未来のことだ。お前の寿命では迎えることはできない」
「俺の子孫が辛い目に遭うだろうが!」
真は怒気を込めて言い返した。
「そういうことになる。だが、そのために作ったと言っただろう。そのことに言い訳はしない。我々も退くわけにはいかないのでな。お前に何と言われようと、お前達人類を後継者に育てあげる」
管理者の声には確固たる意志があった。自分がどういうことをしているのかも分かっている。それを正当化しようともしていない。
「……これ以上の議論は無駄ってことか」
真は歯噛みする思いだった。管理者が道楽でこんなことをしているわけではないということは分かっていた。人類のために自分たちの全てを与えてくれようとしていることも分かった。だからと言って、世界大戦を許容できるかと言われればそうではない。どれだけの人が犠牲になったのか。進化のためにそんなに犠牲が必要なのかと、胸が痛くなる。
「他に聞きたいことはないのか? これで終わりなら、世界を元に戻すぞ。ゲーム化の浸食を受ける前の世界にな」
「……待ってくれ。一つだけやり残したことがある」
「何だ? 言ってみろ」
「美月をここに呼んでほしい」




