橘華凛
真が『フォーチュンキャット』のメンバー、一人一人とデートを初めて、今日で3日目。昨日は薄っすらと雲が広がる天気だったが、この日は、朝から本格的に分厚い雲が広がっている。
どんよりとした鉛色の空を見上げていると、なんだか押しつぶされるような、重苦しささえ感じてしまうほど。
そんな日でも、デートは決行される。
調律者ラーゼ・ヴァールを倒すという目的を一時的に保留してまで、『フォーチュンキャット』のメンバーと一人一人が真とデートをしているのだ。
天候くらいで先延ばしにするわけにはいかない。それに、分厚い雲が広がっているだけで、まだ雨は降っていない。降りそうなだけで降ってはいない。
という理由で、真と華凛は午前中からデートに出かけたのだが……。
「本格的に降ってきたな……」
雨宿りのために入ったカフェから、外を眺めて真が呟いた。
「うん……」
華凛が俯きながら生返事をする。
真と華凛は、デートを決行したのはいいが、出発してから10分も経たない内に雨が降り出した。たまたま、近くにあったカフェに入ったはいいが、今は土砂降りに近い雨足になっている。
「昨日も、何だか曇り空だったしな……」
真が外の様子を見ながら言う。
「うん……」
華凛は俯いて、テーブルに置かれた紅茶を見ながら返事をする。
「…………」
真が雨音を聞きながら、外を眺めている。
「…………」
華凛が俯いて、紅茶の色を見ている。
会話が続かなかった。
真も何を話していいか分からないまま、雨の音を聞いているしかない。元から真は口下手で、上手く会話を盛り上げるということは苦手な方だ。
それでも、慣れた仲間内なら会話をすることができる。
なのに、今日は何も話すことができないでいるのは、偏に華凛が原因だった。
この日の華凛は朝からガチガチに緊張していた。正確に言えば、翼がデートをすると決めた時から、ずっと緊張しているのだが、この日は緊張がピークに達していた。
「…………」
真は何を話そうかと迷う。だが、華凛の緊張をほぐせるような話題が見つからない。
「…………」
華凛も何か話さないといけないというプレッシャーだけが重くのしかかっている。だけど、何を話していいのか頭が回らない。
ズズズッ……。
真が紅茶を啜る音が響く。雨が強いせいもあってか、店内にいるのは真と華凛だけ。現実世界の人達は金銭を節約しているので、ほとんど店は使わっていないから、当然と言えば当然のことか。
「ま、真君……」
意を決したように華凛が口を開いた。両手で握り締めているカップがガタガタと揺れている。
「は、はい……」
華凛の気迫に、真は思わず敬語で返していた。
「私は……私は、ま、ま、ま、ま、まま、まこ、まこ、まこ……と、真、君……まこ、ま、真君……」
華凛の手の震えは一層酷くなっている。瞬きすら忘れているのか、目は見開いたまま。目の焦点も合っていないような気がする。
(い、いきなりかッ!?)
真は心中で驚きの声を上げていた。どうやら、華凛はこの場で告白するつもりでいるらしい。タイミングとか、雰囲気とか、何もかもすっ飛ばしてくる気だ。
二日前に翼から聞かされたデートの目的。それは、『フォーチュンキャット』のメンバーが一人ずつ、真に気持ちを告白するというもの。
当然、その中には華凛も含まれている。真にとって、一番驚いたことが、華凛も真に告白するというものだった。
まさか、華凛が自分に好意を寄せているなど、真は夢にも思わなかったからだ。
「わ、私は、その、真、ま、こ、真君が……、その……、あの……」
「お、おう……」
真もどうしていいか分からず、適当な返事しかできない。
「す、すすすすす……アァァーーーッ! ダメ! む、無理! ちょっと待って!」
耳まで真っ赤にした華凛が、両手で顔を覆い、悶絶して声を上げている。
「だ、大丈夫だ……。落ち着け……。時間はあるからな……」
真が宥めるようにて言う。
「う、うん……」
華凛はそう返事すると、紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着けようとする。
(華凛、相当テンパってるな……。流石に俺でも順序ってものがあるだろって思うくらいだぞ……)
昨日の彩音の時もそうだったが、告白されると分かっていてするデートの気まずさ。お互いにプレッシャーがかかる。
告白する方も、告白できるようなシチュエーションに持っていかないといかないし、告白を受ける方も、告白をしてもらえるようなシチュエーションを作らないといけない。
お互いが、良い雰囲気を作らないといけないという、妙なプレッシャーがかかってしまう。
では、コミュニケーション能力の低い二人が、その当事者になったらどうなるのか。
こうなるのである。
真も大概だが、華凛は真に輪をかけて難儀な性格だ。恵まれた容姿を妬まれ続けたという経験から、華凛の性格が難しいものになってしまったというのも否めないが、元から人とのコミュニケーションが得意な方ではない。
「大丈夫、私、大丈夫……」
華凛はぶつぶつと独り言を言い出した。自分に暗示でもかけているのか、同じことを何度も繰り返している。
「だ、大丈夫か……?」
流石に華凛の様子が心配になって、真が声をかけた。客観的に見て、かなりヤバイ状態に見える。
「だ、大丈夫、大丈夫だから!」
華凛はバッと顔を上げて声を上げた。
「本当に大丈夫か……?」
そんな華凛を真が心配そうに見る。
「あ、あの……。ごめん……。変だよね……。引くよね、私……」
困ったような真の顔を見て、華凛が唐突に冷静になった。何を言っているのかも分からず、突然かぶりを振る女が目の前にいたら、普通は引くだろう。
「変っていうか……意外だなって思ってる」
「意外……?」
真が言っていることの意味が分からず、華凛が聞き返した。
「ああ、意外だな。華凛ってさ、俺の中でクールなイメージがあったからな」
「クールなイメージ!?」
華凛は更に聞き返した。真が自分にクールなどというイメージを持っていたなど、思いもしていない。
「ほら、やっぱり、見た目がさ……。その、なんて言うか……、き、綺麗な? そんな感じがするような、見た目をしているような、感じがするかなって……思う……から?」
「どうして、最後は疑問形なのよ!?」
華凛が声を上げた。そこは、はっきりと言ってほしいところだったが、真もかなり顔を赤くしている。
言うのは相当恥ずかしかったのだろう。その気持ちはよく分かる。
「だ、だからさ、やっぱり、華凛の顔立ちからすると、もっと余裕があったりするんじゃないかなって、そういうイメージがあるんだよ」
真が何とか言い繕った。華凛の顔立ちはかなり綺麗だ。可愛いではなく、綺麗という部類の顔。華凛自身から聞いた過去の話でも、言い寄る男は全て無下に振っていたということだ。だから、華凛からしてみれば、男なんかに取るに足りない存在のように見えているのではという、真の勝手なイメージだ。
「余裕なんて……、今までずっとなかったわよ……。真君とだって、ようやく話せるようになったんだから……」
「そうだったのか……? なんか、俺はずっと華凛に避けられてきたっていうか……、あまり俺のことは好きじゃなかったのかなって思ってたんだよ……。だから、今日のことは凄く驚いててさ……」
「えッ!? そうなの!?」
まさかそんな風に思われていたとは露とも知らず、華凛は大きな声を上げてしまっていた。
「いや、まあ、そこまで大事には思ってはいなかったけどさ……。なんか、無理して付いてきてもらってるような気がしてたっていうか……。辛かったんじゃないかなって……」
真がいるということで、『フォーチュンキャット』は、ずっと危険なミッションに挑み続けていた。そこに華凛も入っているから、否応なくミッションに参加するこになる。それは、華凛にとって、大きな負担になっていたのではないかという懸念があった。
「私は……真君に付いて行くだけだし――って、ずっと言ってるでしょ!」
よく考えてみれば、華凛はブレることなく、『真君に付いて行く』と言い続けている。それを、どう解釈すれば、避けられてるだの、好きじゃないだのと思えるのか。
「言われてみれば……そうだな……」
真にも思い当たる節がった。そう言えば、何をするにも、華凛は真に付いて行くことしか言っていない。
「そうよ! ずっと言ってるわよ、私! 真君がいれば、それで……いいのよ……私は……」
顔を赤くしたまま、華凛はプイっとそっぽを向いた。
「なんか、それを聞けて、凄くホッとした気がする……。俺に付いて来てくれて良かったんだなって……」
「良かったに決まってるじゃない! ドレッドノート アルアインに、大事な友達を奪われて……。その後、色んなギルドを転々として……。私の見た目は綺麗だから、いくらでも男は言い寄って来たけど……、それでも、真君だけだったの! ドレッドノート アルアインを倒してくれるって言ってくれたのは、真君だけだった!」
華凛に言い寄って来る男は一杯いた。だけど、どの男も下品で、下心丸見えで、醜い豚のようにしか見えなかった。それは、世界がゲーム化する前からと同じ光景だった。元から嫌いだった男が、ますます嫌いになった経験だ。だけど、真だけは違った。
「あの時は、華凛が必死だったからな……。友達の仇を討ちたいって聞かされたら、断ることなんてできないだろ?」
「そんなこと言う人、真君だけよ。ねえ、覚えてる? あの時、私は必死になって、真君を誘惑してさ……。下心を利用してやろうって思ってたんだよ……」
「そうだったな……。仕舞には、翼と喧嘩になるわ、彩音が間に入って、真相を暴くわで、すっごい気まずかったんだからな」
「その後よ……。真君が、騙されてるって知った後……。『ドレッドノート アルアインを倒してやる』って言ったのは……。あの時ね、私は、騙された負け惜しみで揶揄ってきたんだって思ったの……。だから、凄く腹が立って、喚き散らして……。でも、真君は本当にドレッドノート アルアインを倒してくれた……」
華凛は静かに思い出を語る。真との思い出としては、最悪のエピソードだが、同時に最高に繋がるエピソードでもある。
「倒せるって分かってたからな……。どの道倒す予定だったし」
「そうね……。そう言ってたよね……。私が真君を利用しようとしたことも、『私が情報をくれたから、早く倒せた。利用されたんなんて思ってない』ってさ。あの時から、真君が私のヒーローになった……」
「そんな、大それたものじゃ――」
「ううん、大それたものなの! あの時から、私の中が全部、真君になった! 大切なものを失ったけど、真君が埋めてくれた! 美月も翼も彩音も、大切な友達だけど、真君が一緒に来ないかって言ってくれた! 私の全部が、真君に書き変わったの!」
「…………」
華凛の言葉に真が圧倒されてしまい、何も返せなくなってしまう。ただ、華凛の目を見ることだけで精一杯だった。
「こんな男の人がいるなんて思ってもいなかった……。真君だけは、別物に見えた……。だから……。私は、真君が好き……。あの時から、ずっと真君が好きだから!」
華凛はとうとう泣き出した。涙ながらに、真への気持ちを伝える。必死な思いはひしひしと伝わって来る。
「なんか……。さっきも言ったけど、華凛にそう思われていて、凄く安心した……」
真は照れながらも、静かにそう返事をした。
「ずっと変な誤解してたのね、真君は……。でも、私も最初は、好きになるなんて思いもしなかった……」
「一目惚れでもなければ、そういうもんじゃないのか?」
「だって、最初に真君を見た時は、女の子だと思ったから……。男だって聞かされた時も、これは無いって思ったし……」
「えっ!? そうなのか? 無しだったのか!?」
「そりゃ、そうでしょ。どう見たって女の子なんだもん。恋愛対象とは思わなかったわよ」
華凛がナイナイっと手を振りながら言う。ボーイッシュな見た目とは言え、美少女に見えることに違いはない。
「この見た目はな……どうにかならなかったのかなって思うよ……」
真が呆れながら呟く。そして、何気なく外に目をやると、何時の間にか雨は止んでいた。




