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天使狩り Ⅳ

「な、何……? 何がどうなってるの……?」


時刻はまだ正午にもなっていないはず。それなのに、空が急に深紅に染まりだした。それも、急激な変化だ。太陽が沈むだとかそんな速度ではない。


みるみる内に、青い空が真っ赤に染まり、ものの数秒で視界に移る全てが赤く染まっている。


「つ、椿姫さん……。何なんですか……これ……?」


不安気な表情で咲良が言う。世界がゲームによる浸食を受けて、結構な月日が経過しているが、こんな現象初めて見る。


「分からない……。分からないわよ……こんなの……」


空を見上げながら椿姫の口から声が漏れる。太陽の位置は南の空で、高い位置にある。その太陽とは関係なく、空一面に赤いセロファンを被せたような光景になっている。


「お嬢……。下がってください……」


坂巻が重い口調で進言してきた。


「は、はい……」


これには流石に椿姫も従うしかない。いくら戦闘能力が高いとはいえ、椿姫はエンハンサーだ。飽くまで支援職であり、前に出るには不向きだ。


何が起こっているのか分からない時点で、前に出ることは自殺行為でしかない。


「おい……。あれ、なんだ……?」


坂巻が何かを見つけたようで、空を見上げて目を凝らしている。


「天使……。天使ッ! もう一体残ってた! こっちに来る!」


声を荒げたのは咲良だった。アサシン専用の短剣を握りなおして、空から降りて来る天使に備える。


「ね、ねえ、咲良……。あれ、ちょっと……大きくない……?」


だんだん近づいてくる天使の姿を見ながら椿姫が言う。さっきまで戦っていた天使も人間成人男性より大きな、2メートルほどの身長がある。


それらの天使と比べても、今、下りてきている天使の大きさは倍近くある。3メートルから4メートルといったところか。


右手には分厚い大剣を持ち、白い大きな羽と、金色の長い髪。陶器のような無機質な肌と顔。銀色に輝く小手と足装具。胴体には純白のローブを纏った天使。


「大天使……?」


思わず椿姫が声を出した。今までに見たことなのない大きさと、単独で出現したこと。何よりも、昼前にも関わらず、空が真っ赤に染まっている異常事態。夕日とはまるで違う、人工物かと思えるほどに不自然な赤。


「あれが……大天使……?」

「なんでこんなところに……?」

「やれるのか……?」


天使を狩りに来たメンバーから、不安気な声が上がりだした。唐突に表れた正体不明の天使。周りの景色の異様さも相まって、体が硬直して、どう動いていいかの判断ができない。


「もうすでに狙われてます! 戦い方は普通の天使と同じで行きます! 陣形を固めて、守り優先で!」


咄嗟に椿姫が指示を出した。今から逃げるという選択肢はないだろう。空を飛んでいる相手だ。足場の悪い湿地では簡単に追いつかれてしまう。


「守りを固めろー! お嬢に指一本触れさせるんじゃねえぞー!」


「おおおおおーーー!!!」


坂巻の号令と共に、前衛の盾役達が大声を上げた。それが戦いの合図となった。


大天使と思わしき大型の天使は、大剣を振りかぶると、真っ逆さまに急降下してきた。


初撃を取ったのは大天使の方だった。振りかぶった大剣を力任せに叩きつけてきた。


「ぐああーーッ!?」


その一撃で、前に並んでいた4人の盾役が吹き飛ばされる。誰もが『ライオンハート』の第二部隊で活躍するパラディンとダークナイトだ。並の力量ではない。


にも関わらず、まるで空き缶でも飛ばすかのような軽々しさで、大天使は前線の盾役を吹き飛ばしてしまった。


「坂巻さんッ!?」


<ヒーリングプラス>


すぐさま椿姫が倒れた坂巻に回復スキルを使用する。他のエンハンサーやビショップ達も慌てて回復スキルで盾役達を回復しだした。


「大丈夫です! お嬢は下がっていてください! あいつは危険だ!」


<ガーディアンソウル>


回復を受けた坂巻が立ち上がると、大天使を睨みつけ、スキルを発動させる。ガーディアンソウルは、パラディンとダークナイトが共通して使えるスキル。使用者の防御力を高めると同時に、敵からのヘイトを高めることもできるスキルだ。


そこに再び剣を振り上げた大天使が襲い掛かって来た。


「来やがれ羽野郎ッ!」


振り下ろされた大天使の剣を、坂巻は盾で受け止める。


「ぐっ……!?」


余りにも重たい一撃に、体全体が軋むような思いをしながらも、何とか堪えて見せた。


「サマナー! ショックフェザー! まだ使える人いるでしょ!」


先ほどの天使との戦いで、サマナーの何人かはショックフェザーを使用していた。とはいえ、このチームには妨害要因としてサマナーは多めに連れてきている。まだショックフェザーを残している人はいるはずだ。


「私がいきます!」


<ショックフェザー>


一人のサマナーが名乗りを上げ、即座にスキルを発動させる。


すぐさま、無数の羽が風に舞うようにして、大天使を取り囲んだ。相手は、普通の天使よりも巨体だ。その分、的が大きくなる。


当然のことながら、大天使はショックフェザーの羽に触れてしまう。それも、一つや二つではない。何十という数の羽が大天使に纏わりついて、離れない。だが――


「だ、ダメです、こいつ止まりま――ぐッ!?」


大天使はショックフェザーに触れても、何事もなかったように大剣を振って、坂巻に斬りかかっている。


「こいつに麻痺は効かない! 兎に角、他の手段で動きを止めて! 何でもいいから早く!」


椿姫は声が裏返りながらも、叫んで指示を出した。声に焦りの色が濃く見えている。


「は、はい!」


<スタンアロー>


真っ先に返事をしたスナイパーがスタン効果のあるスキルを発動させる。


<ライトニングボルト>


少し遅れて、ソーサラーもスタン効果のあるスキルを発動させた。


<アイスケージ>


そして、サマナーは、ウンディーネを召喚し、氷の檻に閉じ込めるスキルで、足止めを狙う。


「ぜ、全然効いてません!」


だが、その全てが大天使の動きを止めるには至らない。道端の石ころ程度にも、妨害になってはいない。


「ソーサラー、サマナー、スナイパーは攻撃に集中! ビショップ、エンハンサーは過剰なくらい回復してください! アサシンとベルセルクは前に出過ぎないでください!」


椿姫が指示を変えた。搦め手が効かないのであれば、倒しきることに舵を切る。


「俺らが大天使をやって、お嬢に華を持たせるぞ!」


坂巻が大声を上げた。余裕がありそうなことを言っているが、顔は真逆。まるで余裕がない。実のところは、あまりの敵の強さに委縮しているくらいだ。


それでも、『ライオンハート』の盾役として、退くことはしない。


「坂巻さん、無理はしないでください! 敵は一体だけです! 安全策で倒します!」


声質から、坂巻に余裕がないことを感じ取った椿姫が声をかける。


「心配はいりませんよ、これくらいの敵……。お嬢はシン・ラースで、もっと恐ろしい奴と戦ってきたんでしょう?」


坂巻は、肩越しに椿姫を見て微笑む。お世辞にもイケメンとは言えない中年男性だが、こんな時には頼もしく見える。


「それでも、無理はしないでください」


魔竜王フィアハーテ。それが、椿姫がシン・ラースで戦った化け物。たしかに、フィアハーテと比べれば、この大天使は大きさも小さい。だが、剣を一振りしただけでも分かる攻撃力がある。


防御を固めたパラディンとダークナイトを纏めて吹き飛ばしたのだ。並の攻撃力ではない。


その大天使の大剣が再び振り上げられる。


「来いッ!」


坂巻は覚悟を決めて、大天使の攻撃に備えた。そこに――


<アローランページ>


<ダイヤモンドダスト>


<ファイアブレス>


スナイパーの矢が、ソーサラーの氷が、サマナーの炎が次々と大天使の体に突き刺さっていく。


さらに――


<ヘルファイア>


ソーサラーがスキルを発動させると、黒い炎が大天使を丸飲みにした。


<フレアボム>


そこにサマナーのスキルが爆発した。核熱の炎が大天使に追い打ちをかける。


<イーグルショット>


他のスナイパーも負けてはいない。高速の矢が大天使の体に突き刺さった。


ここで、大天使の視線が変わった。ずっと坂巻を見ていたのが、更に奥に目をやっている。見ているのは、高威力のスキルを放ったソーサラーだ。


「ターゲットが変わってます! ヘイトを取り返して!」


咄嗟に椿姫が叫んだ。盾役が敵から狙われるのは、無条件に敵のヘイトを高めるスキルを持っているからだ。ヘイトとは敵対心。すなわち、敵から見て、より脅威となる者が標的になるという、ゲームのシステムだ。


この場合、より多くのダメージを与えた、ソーサラーが大天使の脅威対象と見做されたことになる。


「お前の相手はこっちだ!」


<アンガーヘイト>


ダークナイトの男が、ヘイトを増加させるスキルを使用した。このスキル自体にはダメージはないのだが、盾役である自分に注意を引き付けることが可能だ。


これにより、大天使の標的が変わり、アンガーヘイトを使用したダークナイトの男に目を向けた。


<リフレクトアーマー>


ダークナイトの男は、自分に狙いが来たことを確認して、防御系のスキルを使った。


リフレクトアーマーはダークナイト専用の防御スキル。使用者の防御力を高めるのに加えて、敵の攻撃を一部反射してダメージを与えることも可能だ。


身構えるダークナイトの男に対して、大天使は剣を持っていない方の手を翳した。


その瞬間、大天使の掌には光の粒子が集まりだす。


「ッ!? 避けろー!」


急激な悪寒を感じて、坂巻が叫んだ。


「えっ――」


だが、ダークナイトの男はすぐには反応することができなかった。そして――


ヒュン――


とても軽い音がした。何の音かは分からない。ただ、音と同時に光りが走った。その光は、ダークナイトの男の前から後ろにかけて走り抜けてると、足元の地面を抉っていった。


「あっ……が……ぁ……」


ダークナイトの男は、地面に膝を付き、そこから前のめりに倒れ込むと、ビシャリと音を立てて、湿地に体を沈みこませる。


ダークナイトの男を襲ったのは、大天使の手から放出された光線だった。その光線が、ダークナイトの体を真っ二つに割るように走っていったのだ。


「う、嘘でしょ……」


椿姫の顔が青ざめていた。防御系のスキルを使ったダークナイトが一撃で沈められている。一体どれほどの攻撃力を持っているのか。


「椿姫さん、あいつヤバイです! ヤバイです!」


咲良が半分パニックになりながら言って来た。倒れたダークナイトの男は、精鋭部隊ではないにしろ、『ライオンハート』で第二部隊に所属していたほどの実力だ。そこらにいるダークナイトとは訳が違う。


「わ、分かってる……。でも、どうすれば……」


椿姫も頭が回らなくなってきた。回復を手厚くしたところで、一撃で倒されてしまっては意味がない。


「お嬢! しっかりしてください! 兎に角、手から出るビームかレーザーかは知りませんが、あれがヤバイです! 剣の攻撃なら凌げます!」


坂巻が椿姫に渇を入れるように言った。他にどんな攻撃をしてくるのかはまだ分からないが、剣による攻撃ならなんとかなる。それでも、かなり無茶をすることにはなるが。


「は、はい……。回復は、私達が何とか――」


椿姫が言い切る前、大天使が動きを変えた。真直ぐ上空へ上がって行ったのだ。高さは15メートルほどに達するだろうか。


そこで、大天使はクルリと身をひるがえし、急降下してきた。


「逃げ――」


これはまずいと、思った瞬間、咲良が声を上げるも遅かった。


巨体にも関わらず、高速で突進してきた大天使は、坂巻を弾き飛ばし、その後ろにいた椿姫も吹き飛ばしていった。そして、更に後ろに待機する、後衛部隊にも突っ込んで行き、次々となぎ倒していく。


「ゲホッ! ゲホッ!」


甚大なダメージを受けながらも、椿姫は何とか立ち上がった。痛みで呼吸もままならないが、それどころではない。立ち上がって、敵の姿を確認しなければならない。


「椿姫さん!」


すぐに駆け寄ってきたのは咲良だった。どうやら無傷のようだ。大天使の高速突進にもちゃんと回避行動を取れているところは流石と言ったところか。


「皆は……?」


椿姫は、すぐさま被害状況を確認する。坂巻のように盾役であるパラディンとダークナイトは、今の一撃でも何とか耐えられたようだ。


だが、防御力の低い、サマナーやソーサラーは倒れたまま動かない。他も倒れている人が見える。ビショップだろうか、エンハンサーだろうか。どちらにせよ、防御力は低い職だ。椿姫だから耐えられたというだけのことだ。


「お嬢、逃げてください……」


坂巻の沈痛な声が聞こえてきた。


「な、何を言ってるんですかッ!?」


突然の進言に、椿姫が声を荒げる。


「逃げてください! 次の攻撃が来ます! 話している時間はありません! お嬢とおチビは俺らの希望なんです! 早く逃げてください!」


坂巻が必死に声を上げる。その瞬間にも大天使は大剣を振り上げて、坂巻を狙っている!


「で、でも……」


「早くッ!」


<イージス>


坂巻は、パラディンの奥の手を使った。防御力を極大化させ、あらゆる状態異常を無効化するパラディンの奥義。効果時間はそれほど長くないことと、一度使うと、再使用までの時間が、全てのスキルの中で一番長いという欠点はあるが、ここぞという時の切り札となる。


「椿姫さん……」


咲良が泣きそうな顔で見ている。


「すみません……。坂巻さん……。あなたの命は無駄にはしません――全員、撤退ーッ!」


椿姫が悲鳴にも似た声を張り上げる。


そして、歯を食いしばって、全力でその場から駆けて行った。






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