王都帰還
真達を乗せたセンシアル王国騎士団の船が、王都へと帰港したのは昼すぎのことだった。
貿易のために慌ただしく動いているNPC達や船員達に混ざって、真達や総志に姫子など、生きて帰ってくることができた者達が船から降りて来る。
当初150人で出発して、帰ってくることができたのは約3分の1。ディルフォールを倒したという目的は達成したものの、大きな損害を被った。
総志や姫子が、事前にギルドメッセージで帰って来る頃合いを知らせていたこともあり、王都グランエンドの港には複数の人が集まっていた。その全てが『ライオンハート』と『王龍』の幹部だ。
損失の大きさから、素直に帰還を喜べないところはあるが、中心となるギルドマスターは健在。それなら、まだ自分たちは戦うことができる。
そんなことを考えながらだろうか、早速、『ライオンハート』の幹部数人が総志の下へと駆け寄ってきた。
「紫藤さん……。激しい戦いから帰ってきたばかりで申し訳ありませんが、報告が……」
やってきた『ライオンハート』の幹部数人の中から、代表してスナイパーの男が総志に声をかけた。30前後だろうか、長身で線の細い男だ。
「構わん。報告しろ」
総志は歩きながら返事をする。すぐ横には時也もいる。
「赤嶺さんと刈谷さんも、聞いていただいてよろしいですか?」
そう言ったのは一緒に出迎えに来ていた、エンハンサーの女性だ。こちらは20代半ばといったところ。
「あたしらもってことは、バージョンアップ絡みってことだなよな?」
エンハンサーの女性が姫子を見ながら言ったこともあり、姫子の耳にも届いていた。
「はい。今回のバージョンアップに関してです」
「それなら、蒼井にも聞いてもらう必要があるな――おい、蒼井はどこにいる?」
総志は足を止めて振り返った。一番最初に船を降りたのは総志だ。だから、真はまだ後方にいるはず。
「呼んだか?」
総志の声はなぜだかよく通るため、少し離れた位置にいた真が駆け寄って来た。
「今回のバージョンアップに関して報告があるということだ。お前も聞いておけ」
「ああ、分かった」
バージョンアップのことに関してという言葉に、真の表情が強張る。
「お疲れのところ、集まっていただいてすみません……」
スナイパーの男が丁寧に頭を下げた。
「構わん。報告をしろ」
「はい――ご存知の通り、今回のバージョンアップでは『天使の心臓』と『大天使の心臓』を集めないといけないことになっております。ですので、この『天使』というものに関して情報を集めようとしたところ、意外にも早く情報が入りました」
スナイパーの男の口調は静かだが、言葉の端々には緊張のようなものが伺える。
「情報を早くに入手できたというこは、朗報ではないんですか?」
スナイパーの男の報告の仕方に、悟が若干訝し気に聞き返した。
「それが、朗報とも言いにくいことでして……」
「朗報とも言いにくい? どうして?」
再び悟が聞き返す。
「実はですね……、あのバージョンアップ以降、各地で天使が出現しています。数はそれほど多くはないのですが、天使一体一体の強さがかなりのものでして……。『ライオンハート』にも死者が出ています……」
「各地で天使が!?」
スナイパーの男の報告に、時也が声を荒げた。
「はい……。王都周辺で狩りをしていた人が突然現れた天使に襲われたり、遠征に行っていた探索部隊も森林の中で天使に出くわしたという報告を受けてます……。その他、色々な場所で、天使との遭遇情報がありますが、これは生きて帰ってこれた者の報告のみです……。現地で天使に殺された人も考慮すると、天使が出現しない場所の方が少ないのではないかと……」
暗い表情でスナイパーの男が報告をした。『ライオンハート』の中でもミッションを遂行するようなメンバーや危険な場所を探索するようなメンバーであれば、天使にも対抗できる。
だが、裏方として雑用をするメンバーも多くおり、そういう人は戦闘能力が低い。
そのため、普段の狩りで雑魚モンスターを狩っているところに、強力な天使が乱入してくるとひとたまりもないのである。
「シン・ラース以外にも天使が来るか……。手間が省けると言えばそうだが、これでは普段の生活もままならないか……」
総志が複雑な表情で考え込む。天使を狩るために、再びシン・ラースに遠征することも考えていたが、報告を聞く限りでは王都周辺でも天使は出て来る。そうであれば、余計な労力を割くことができるのだが、天使に勝てない人達にしてみれば、生活の糧を得ることができなくなるということだ。
「紫藤さん、とりあえず、『王龍』と『ライオンハート』で天使の討伐隊を派遣するか?」
横で聞いていた姫子が総志に声をかける。『王龍』としても、普段の生活をするための狩りができなくなることは大きな問題となる。
「……いや、その判断はまだだ。ここで方針を決めるわけにはいかない――葉霧、明日の正午にバージョンアップ会議を開く。事前にギルドメッセージで準備を指示してある。すぐに招集をかけろ。当面の対応としては、街から出ることは危険であると警告を出す――赤嶺さんもそれで構わないな?」
「あたしはそれで大丈夫だ――悟、聞いた通りだ、すぐに会議の招集をかけろ! それと、外に出るなという警告もだ!」
姫子が即答すると、さっそくサブマスターである悟に指示を出した。
「了解です。姫の方もギルドメッセージを出すの忘れないでくださいね」
元よりそのつもりだった悟が二つ返事で返した。
「余計なことは言わなくていい! さっさと動け!」
ギルドメッセージを出すことを忘れていた姫子が苛立ち交じりに言う。
「ということだ、蒼井。帰ってきて早々で悪いが、明日の正午に集合だ」
総志が真に声をかけた。シン・ラースに向かって以降、休憩と言えるのは船での旅路のみ。ディルフォールとの戦闘が終わったところに、即バージョンアップとそれに伴う天使の襲撃と、矢継ぎ早に問題が降りかかってくる。
「元よりそのつもりだったしな。俺としては問題ない」
気にするなという表情で真が返した。王都に帰ってきたらすぐに会議というのは、船の中から想定していたことだ。
「ふっ、そうか……」
何か可笑しかったのか、総志にしては珍しく微笑んだように見えた。
「どうかしたか?」
そんな総志の表情の意味が分からなず、真が訊いてみた。
「あ、いや。大したことじゃない。ただ、お前は会議の場というのが嫌いだったはずなんだがな。いつも場違いなところに来ている顔をしていただろう? それが、会議を前提として考えていたと聞いて、こいつも成長したんだなと思っただけだ」
「なッ!? お、俺だって、それくらいのことは考えるよ! ……まあ、あの会議が苦手なのは今もそうだけどさ……。妙に注目されるし……。それでも、大事なことだってことくらは分かってる」
不意打ちを喰らったような顔をしながら真が言う。まさか、こんなことで褒められるとは思ってもいなかった。
「会議好きというのも、あまり見たことはないがな。俺も議論はいいが、会議の場というのは好かん」
「そんなもんなのか?」
真は少し意外だった。何かあれば、すぐに会議を開いている総志だ。趣味とまではいかないにしても、会議が好きなんだと思っていた。
「会議は自分と相手の立場を考慮して発言しないといけない。自由に議論する場ではない。お互いが同じ目標に向かって進めるようすることが会議だ。そのためには、時に妥協することも必要になる。そういうところに息苦しさを感じる」
「あ、ああ……。(えっ? 紫藤さんて、あれで妥協しながら発言してるつもりだったのか……)」
真が今までの会議を振り返りながら生返事をした。総志が会議の場で感情的になることは、ほとんどないにしても、正論を力ずくで押してくる。言いにくいことでもズバッと言うから、反論できる人はまずいない。総志が言うには、これで“妥協”しているらしい。
「だから、お前が会議に居ずらいという気持ちも分らんでない。だが、その会議もこれで最後になるやもしれない。悔いの残らないようにするためにも、今日は宿に戻ってゆっくり休め」
総志はそう言うと、真の肩をポンッと叩いて去って行った。その後を時也と『ライオンハート』のメンバーがついて行く。いつの間にか『王龍』の姿も見えなくなっている。
(なんだかんだ言っても、まだ子供扱いされてる気がするんだよな……)
見た目は10代の美少女。それが真だ。中身は25歳の男なのだが、ニート歴が長く、社会人経験がないことで、外見の年齢と同じくらいの精神年齢に見られてしまう。
実年齢で言えば、総志はそれほど年上というわけではないのだが、大人としての年齢は大きく離されているような気がしてならない。
「はぁ……。俺も頑張らないとな……」
真は今更ながらに、そんなことを考えながら、赤黒い髪をかき上げて嘆息する。
「真、話は終わったの?」
そんなところに、美月が声をかけてきた。横には翼と彩音、華凛もいる。真が総志に呼ばれたことで、少し離れた場所で待機していたのだ。
「ん? ああ、終わったよ……。明日の正午にバージョンアップ会議だってさ」
髪をかき上げたままのポーズで真が振り返る。
「やっぱり、休む暇もなく会議なんだよね……」
美月が苦笑いしながら言った。美月は『フォーチュンキャット』のサブマスターであるため、バージョンアップ直後の会議には招集されることになっている。
「あと、王都周辺にも天使が出没するらしい。危険だから、しばらく外に出るなって警告を出すみたいだ」
「えっ!? 天使って、あのシン・ラースで戦ったやつ?」
真の報告に翼が反応した。まさか、天使が王都周辺にも出て来るなんて思いもしていなかった。
「俺も報告を聞いただけだから、詳しいことは分からないけど、シン・ラースで戦った奴と同じ天使だろうな……。『ライオンハート』にも死者が出てるみたいだ……。報告の中でも、天使はかなり強いって言ってたしな」
真が神妙な面持ちで答えた。『ライオンハート』のメンバー全員が高い戦闘能力を持っているわけではないにしろ、現実世界側では最強のギルドだ。その『ライオンハート』が強いと判断しているのだから、シン・ラースにいた天使と同じと見て間違いないだろう。
「このタイミングで出て来る天使なんですから、全部同じと考えていいでしょうね」
彩音も真の考えに追従した。今までいなかった天使が急に出て来たのだ。バージョンアップ以外に原因はない。
「あれが王都周辺に出て来るって……かなりきついわよね……」
シン・ラースでの戦いを思い出しながら華凛が言う。真ですら天使一体を倒すのに、それなりに時間がかかっていた。そんな敵が拠点である王都の周辺に出てこれらては堪ったものではない。
「ああ、かなりきついだろうな……。報告を受けたのは、あくまで『ライオンハート』の中でのことだ……。他のギルドはもっと犠牲が出てると思う……」
「「「…………」」」
真の発言に誰も応えることができなくなり、沈黙が流れた。
「と、とりあえず、私達にできることはしないとね……。今は、宿に戻って、明日の会議に備えるべきだと思うの……」
美月が無理矢理に声を出して、沈黙を破った。
「そうだな……。今できることをするしかないな……」
真がそう言うと、他の皆も無言で首肯し、いつも使っている宿に向けて足を運んだ。




