最後のバージョンアップ Ⅰ
― 繰り返します。本日、只今の時間を持ちまして、『World in birth Real Online』の最後のバージョンアップを実施いたします。バージョンアップの内容につきましては、皆様それぞれにメッセージを送付いたしますので、各自でご確認ください。 ―
「最後の……バージョンアップ……」
空を見上げながら真が呟いた。繰り返し聞こえてきた、空からの声にも『最後の』と明言していた。
「真……。今、『最後のバージョンアップ』って……」
戦いを見守っていた美月が、真に駆け寄って来る。翼や彩音、華凛も一緒だ。
イルミナと戦いを始めたと思ったら、すぐに話を始めて、イルミナから大きな光が放たれた。直後に聞こえてきた大音量の告知。物事が急激に流転していき、状況が把握しきれない。
「俺もそう聞こえた……。次のバージョンアップが最後で間違いないと――」
【メッセージが届きました】
真が言い終わる前に、頭の中に直接声が聞こえてきた。これが最後になるであろう声だが、やはり頭の中に直接響く声というのは慣れるものではない。
「真君……メッセージが……」
華凛が不安げに真を見ている。もうこれで最後になるのだが、どんな内容のバージョンアップなのか。楽観視できる要素は何もない。
「分かってる……。見るぞ」
『フォーチュンキャット』慣習で、バージョンアップのメッセージが届いたら、まずはマスターである真が内容を確認することになっている。
美月達は、無言のまま首を縦に振って返答した。
それを見た真が、目の前に浮かんでいるレターのアイコンに手を振れる。
【バージョンアップ案内。本日現時刻を持ちまして、『World in birth Real Online』の最後のバージョンアップを実施いたしました。バージョンアップの内容は以下の通りです。
1 最後のミッションを追加しました。
2 神々の塔を追加しました。
3 調律者ラーゼ・ヴァールを追加しました。
※ 最後のミッションは神々の塔の最上部で、調律者ラーゼ・ヴァールを倒すことになります。
※ 神々の塔へ入るためのアイテム
『天使の心臓』×100個、『大天使の心臓』×1個が必要になります。
※ 神々の塔の中へ入れるのは、1度に6人までとなっております。】
メッセージの内容はここまで。
(くそ……、やっぱりラーゼ・ヴァールと戦うのか……。人数制限6人まで……。これは元になったゲームと同じだな……)
真が心中で独り言ちる。イルミナが口にした通り、調律者ラーゼ・ヴァールをこの世界に呼び出したのは間違いないようだ。戦う相手としては、ディルフォールの比ではないくらいに強敵だ。
「真さん……どうなんですか? バージョンアップの内容……」
真の真剣な表情を見て、彩音が居ても立ってもいられなくなり、口を開いた。
「最後のミッションが追加された。多分……っていうか、これがゲームとしての最終局面になるってことでいいと思う……」
「えっ!? 最後のミッション!? ようやく終われるの? 皆とも会えるの!?」
真の言葉にすぐに反応したのは翼だった。命懸けで戦ってきたミッションもこれで最後となるという情報に、思わず声が高鳴った。
「翼……、空から聞こえてきた声にも、『最後のバージョンアップ』って言ってたでしょ。これで最後っていうのは間違いないよ。でもね……、まだミッションの内容は分からないわよ……。どんな危険なことさせられるか……」
浮足立っている翼に美月が一言入れる。
「あっ、そうだったわね。最後のバージョンアップって言ってたんだし、ミッションも最後で当然よね……」
最後という言葉に、翼自身が落ち着きを失くしていることを自覚し、冷静になるよう努める。
「最後のミッションですか……。そうなると今まで以上に危険なことをやらされると考えた方がいいでしょうね……」
彩音が暗い声で言った。何より、真がこちらの会話に入ってこないことが気になる。黙って、バージョンアップの告知を見たままだ。こういう時は、まず間違いなく真ですら危険だと思うよなこと。
「ねえ、真君……。他には何か書かれてないの?」
黙ったままの真が気になった華凛が、声をかけた。
「……ミッションの内容から進め方まで書かれてる」
目線はメッセージから外すことなく、真が答えた。
「内容からやり方まで? そんなことまで書かれてるの!?」
美月が驚き声を上げた。一番最初のバージョンアップの時は、全員が慣れていないことを考慮されて、どこでミッションを受けるのか指示されていたが、それ以降はまともに内容を示したことなど一度たりともなかったのだ。
「そうだ……。とりあえず皆も内容を確認してくれ……」
メッセージから視線を外して、真が美月達を見る。
「うん……分かった……」
いつも以上に緊張した表情をしている真が気になりながらも、美月はメッセージを開く。翼や彩音、華凛も同じようにメッセージを開いた。
「最後のミッション……ほんとだ、そう書いてあるね」
まず声を上げたのは華凛だった。『フォーチュンキャット』に所属してから、何度もミッションをやってきた。命の危険を伴うミッションも、『最後』と明記されている。
「神々の塔……、調律者ラーゼ・ヴァール……。真さん、この二つのことは知ってるんですよね?」
彩音が真に質問を投げかける。『知ってるんですか?』ではなく、『知ってるんですよね?』と確認するように聞いたのは、真の表情から推測したものだ。真はこの二つを知っているからこそ、ここまで重たい表情をしているのではないかと。
「……ああ、知ってる……。ゲーム化の元になった『World in birth Online』に出て来る最強の敵が、神々の塔にいる調律者ラーゼ・ヴァールだ」
真は神妙な面持ちのままで答えている。
「ディルフォールよりも強いの……?」
心配になって華凛が訊いてきた。
「ディルフォールよりも強い。ディルフォールはゲームの中で何度も倒したことがあるけど、ラーゼ・ヴァールには一度しか勝ったことがない……」
「エッ!? 真が一度しか勝ったことがないって……!? 大丈夫なの? ディルフォールの部下でも、あれだけ強かったんだよ!?」
翼も不安に駆られて声を上げた。
「ゲームでの話だ。ゲームだったら、俺一人でディルフォールを倒すなんて絶対に不可能なのことだ。でも、これは元になったゲームとは違う。だから、ディルフォールを一人で倒せた」
翼の不安を掻き消すようにして真が言う。ただ、この不安は翼だけでなく、他の3人も同じことを考えていただろう。
「でも、ディルフォールより強いことは確かなんでしょ?」
恐る恐るだが、美月が訊いてきた。
「それは……そうだけど……。ただ、ディルフォールの時と同じように、ラーゼ・ヴァールも、このゲーム化した世界に合わせて調整が入ってるはずなんだ」
ゲームでは、最高レベルに到達した人達に向けて調整された敵がディルフォールだ。だが、ゲーム化した世界の人達はまだまだ、そんなに強くはない。真どころか、総志の強さにも届かない人たちばかりだ。
さらに言えば、調律者ラーゼ・ヴァールは、ディルフォールから手に入る、最強の装備を揃えた人に向けて調整された敵だ。
このゲーム化した世界の現状とは程遠い前提での調整が入ってる。
「真さんや紫藤さんの強さを基準にして作られていないってことですよね?」
確かめるようにして彩音が訊いてきた。
「そうだと思う。現にディルフォールがそうだったしな」
「それでも、楽観視はできませんよね……」
「まあ……な……」
ゲームでのラーゼ・ヴァールの強さを嫌というほど知っている真は、彩音の言葉に何も言えなかった。何度も何度も挑戦して、やっとのことで倒せたのが調律者ラーゼ・ヴァールだ。
「「「……………」」」
一同が言葉を詰まらせて沈黙が流れる。真が『大丈夫』だと言えないことが、美月達にとっては大きく圧し掛かってくる。
「蒼井、そっちも話の途中かもしれないが、何時までもここにいるわけにはいかない。最後のミッションに向けての同盟会議を開く。すぐに帰還するぞ」
そこにやってきのは、総志だった。今回のバージョンアップの内容について、時也とも色々話をしていたが、しっかりと会議の場を設けて、全員で話し合いをするべきと帰還を促してきた。
「あ、そうだな……。俺も皆に話をしないといけないこともあるからな……」
真が知ってるゲームでの情報。これは『ライオンハート』の同盟全体に共有すべき情報だ。何時までもこんな不毛の大地に留まる理由はない。
「ところで、蒼井。イルミナはどうなった? 強い光が出た後、倒れたようだが?」
真とイルミナの決着があまりにも、あっさりと終わったことに総志は疑問を持っていた。
「……イルミナは、もう死んだよ……」
真がチラリと倒れているイルミナを見る。うつ伏せに横たわるイルミナはピクリとも動かない。
「…………これは、死んでると見ていいか」
倒れているイルミナに総志が近づいて、様子を観察した。本物の人間のように脈を取ることはできないが、倒れているイルミナに対して、触れることも攻撃スキルを使用することもできなくなっている。
壁や岩のような障害物でもなく、椅子や机のようなオブジェクトになっているわけでもない。ただ、倒れている女が見えるだけ。何も干渉することができない状態になっている。それをもって、死とするしかない。
「蒼井、イルミナとの会話。会議の時に詳しく説明してもらう。それまでに、お前なりの考えもまとめておけ」
「分かってる。俺もそのつもりだ」
「それなら問題ない。なら、すぐに帰還するぞ」
「イルミナはどうする?」
「触ることもできない状態だ。ここに放置する他ない」
「そうか……。仕方ないな」
真と総志の会話はこれで終わり。この二人になると、会話は基本的に必要なことしか言わない。
総志は、真との会話を終えると、生き残った『ライオンハート』のメンバーの元に行き、帰還の指示を出す。
それを見ていた『王龍』も一緒に帰還する指示を出している。
「俺たちも帰るとしよう。色々と考えないといけないことはあるけど、今はまず体を休めることを考えよう」
真も美月達に向けて帰還の指示を出した。真はそこまで疲弊していないが、他の皆は本当にボロボロの状態だ。
「うん、そうしよう……。私も早く帰りたい……」
疲れは果てた声で華凛が返事をしてきた。
「そうだね……早く帰りましょう……」
美月も華凛の言葉に追従してくる。彩音も静かに『はい』と言っているのが聞こえてきた。
「兎に角今は、体を休めることを――」
最後に翼が言おうとした時だった――
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
急に大気が唸りを上げて震えだした。
「な、何? なんなの!?」
急激に訪れた異変に美月が声を震わせる。地震かとも思ったが、どうやらそうではないようだ。揺れているのは大気であって、地面はまるで揺れていない。
「わ、分かりませんッ。 なんか、空が震えてるみたいで……」
彩音も動揺した声を上げた。分厚い雲に覆われた、シン・ラースの空が、まるで痙攣しているかのように震えている。
「あ、あれッ! あれ見て!」
翼が何かを見つけたようで、大きな声で知らせてくる。目線は遠くの空を見ながら、ある方角を指さしていた。
「あれって……?」
翼が何のことを言っているのか分からないまま、真が示された方へと顔を向けると――
「あ、あれは……ッ!?」
翼が指す方向。そこには天にも昇るほどの巨大な塔があった。真直ぐ伸びる塔。まるで天と地を繋げているような塔が、空を割って這い出てきているところだった。




