闇底の龍 Ⅱ
「ふふふ、どうだ? 汝も楽しかろう?」
ディルフォールが真に微笑みかける。ディルフォールとしても、今の一連の攻撃で、真がまだ立っていることが嬉しかった。ほとんどの玩具は、一撃を耐えることなく、脆くも消え去ってしまうから。
「…………」
真は答えずに、ただ静かに息をしていた。ゆっくりと息を吸い込み、そして時間をかけて吐き出す。これの繰り返し。
「どうした? 返事もできぬか? 我はまだ力の一端を見せただけだぞ。本当の力を見たければ、汝も本気でかかって来ぬか」
余裕の顔でディルフォールは真を見る。愛しい玩具がここにはある。
「――ッ」
真は歯を食いしばって耐えた。今のディルフォールの言葉は、真にとっていかに甘美な響きだったか。ディルフォールの本当の力はまだこの先に待っている。それをどうしても見てみたい。
呼吸によって落ち着かせていた鼓動が、急激に速くなる。全身に血が巡るのが分かる。指先からつま先まで。体中が戦いを欲している。
(落ち着け……。飲まれるな……。落ち着け……)
思わず大剣を握る手に力が入る。ディルフォールはこれまで戦ってきたどんな敵よりも強大だ。それゆえに、今まで感じたことのない、桁違いの衝動が来ている。
まともに戦えば、確実に発狂すると分かってしまう。こいつは、間違いなく真の中のベルセルクを満たしてくれる存在だと理解できてしまう。
「汝もまだ本気を出してはおらぬだろ? 何を躊躇っておる? その力、存分に振るうがよい」
ディルフォールはそう言いながら、一歩、また一歩と真の方へ近づいてくる。
「…………」
真は一飛び後退。相手の方から真の距離へと来てくれているのにも関わらず、真は拒絶するように飛び退いたいた。
「何を考えているかは知らぬが、我に勝てる算段はあるのだろうな?」
ディルフォールは足を止めて、訝し気に真を睨んだ。
「スゥー…………ハァー…………」
真は更に大きく深呼吸をする。まだ、血が騒いで仕方がない。
「そちらから来ぬのなら、我から行かせてもらうぞ――リア ルアハ!」
動こうとしない真に対して、業を煮やしたディルフォールが右手を横に薙ぎ払うと、激しい風が巻き起こった。
「――ッ」
真に襲い掛かってくるのは、無数に発生した風の刃。
自分を押さえつけるのに精一杯だった真は、この攻撃に対して、一瞬反応が遅れてしまう。
横跳びに回避をするも、次々と飛来してくる風の刃を全て躱しきることができない。
「くっ……」
真は苦肉の策で、大剣を盾にして、襲い来る風を何とか凌ぐ。
肩も腕も手も足も、風に斬られた痛みが走る。
(くそッ……。このまま、守り一辺倒だと、確実にやられる……)
攻撃をしないと敵は倒せない。だが、攻撃を仕掛けると、真の中のベルセルクが活性化し、抑えることができなくなってしまう。
死ぬか発狂するかの二択。
(発狂はしない……。死にもしない……。人としてディルフォールを倒す……)
どちらも選びはしない。どこかにあるはずの第三の選択肢。それを求めて、真は改めて、大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出していく。
「吠えていた割には、情けない姿を晒すよな。我の見込み違いか? アグニスを単独で退けたという力、疾くと見せよ」
ディルフォールは、挑発するように真の方へと歩いてきた。手を出せないのなら、手の届くところまで来てやると言っているようなものだ。
「ああ……、見せてやるよ……。人の力ってもんをな!」
真は叫びながら地面を蹴った。一足飛びにディルフォールの前まで距離を詰める。
<スラッシュ>
そこから踏み込みの袈裟斬り。戸惑いも躊躇いもない真の一撃。
「ッ!?」
この一撃は、まともにディルフォールへと入った。あまりにも強烈な一撃で、ディルフォールが思わず後退してしまう。
「うわああああーーー!!!」
<シャープストライク>
だが、真は逃がさない。追い打ちをかけるようにして、素早い二連撃を放つ。
これも、ディルフォールを直撃。更なる後退を余儀なくされてしまう。
<ルイン――
連続攻撃スキルの3段目。ルインブレードを入れようとして、真の動きが止まった。
「ぐっ……!」
必死になって、何かに耐えるような表情で、真が剣を止めた。そこに――
ズシャッ!
ディルフォールが爪を突き立てて真に一撃を入れた。
今のディルフォールの反撃は、本来真が喰らうような攻撃ではない。余裕で避けることができるし、反撃も加えることができる。いかようにもできた攻撃に対して、真は喰らうしかなかった。
(抑えろ! 抑えろ! 抑えろ! 抑えろ!)
真は、たった二発攻撃を仕掛けただけで、異様なまでに興奮していた。心の中で暴れまわる狂気を押さえつけるため、完全に動きが止まってしまった。
「できるではないか、人間。今のは良かったぞ。そうだ、そうやって我に牙を剥けばよい」
ディルフォールは妖艶に笑って真を見ていた。真の攻撃が直撃したのは、これが始めてのこと。たった二発の攻撃だけだが、想像を上回る威力に、ディルフォールも心が躍っていた。
「…………くっ」
だが、真は苦い表情で返す。自分から仕掛けた攻撃だけでなく、反撃で受けた痛みが、更にベルセルクを活性化させている。
斬った感触も、傷ついた痛みも、戦いにおける全ての要素がベルセルクを活発にさせてしまう。
「ほれ、もう一度来い。どうした? さっきので打ち止めというわけではあるまいて」
まるで子供をあやすように、ディルフォールが手招きをしている。
「そう……焦らすなって……。こっちにも準備って……ものがあってな……」
真は努めて余裕ぶった物言いをした。言葉に出すことで、自分の落ち着きを取り戻す。体の芯から燃え上がる炎に水をぶっかけるように、真は自らを冷やそうと呼吸を整えた。
「何を面倒なことを言っておる。まあ、少しくらいは待ってやってもよいが、そう焦らされるのは好きではないのでな。頃合いを見て、こちらから行かせてもらうぞ?」
「ああ、大丈夫だ……。その必要はない……。今から、お前を斬りに行く!」
真はそう言うと、スッと腰を沈めてディルフォールを睨む。
そして、大きく息を吸い込み――体中がバネになったかのように飛び出していった。
<グリムリーパー>
一気にディルフォールとの距離を詰めると、真は低い体勢から、掬い上げるようにして大剣を振り上げる。
まるで死神の大鎌のような剣の軌跡が、ディルフォールを斬り上げた。
「そうだ! それだ! もっと、もっと、お前の力を見せて見ろ!」
下段から体を斬り上げられながらも、ディルフォールは楽しそうに声を上げた。
「…………」
<スラッシュ>
真は声も出さずに剣を振る。叫ぶことで興奮してしまうことを防ぐためだ。
ディルフォールはこれを両腕でガードして受け止める。
<パワースラスト>
真は一旦大剣を引くと、がら空きになっているディルフォールの腹部目掛けて、剣を突き出した。
<ライオットバースト>
突き刺したままの大剣が光を放つと、ディルフォールの体内でエネルギが炸裂して暴れ回った。
スラッシュから派生するベルセルクの連続攻撃スキルの3段目、ライオットバーストは、攻撃を当てた後にも一定時間継続してダメージを与え続けることができるスキルだ。
「いいぞ! いいぞ! その調子だ!」
強烈な真の攻撃を受けているにも関わらず、ディルフォールは面白そうに笑い声を上げる。
そして、大きく後ろに飛び退くと、右手を真に向けて突き出した。
「エルム ゲヘナ!」
突き出されたディルフォールの右手の延長線上に、勢いよく火柱が吹き上がっていく。一直線に噴出してくる炎は、真を狙って襲い掛かっていった。
「…………」
真は、無言のまま火柱を見つめ、横跳びに回避。
<ブレードストーム>
火柱を避けると同時、体ごと一回転させて大剣を振り抜いた。
そこから放たれるのは斬撃の嵐。同心円状に広がっていく斬撃は、その領域に踏み込んだ者をズタズタに引き裂く。
ブレードストームは、ベルセルクが持つ範囲攻撃の中では一番効果範囲が広い。そのため、距離を取ったディルフォールにも刃の嵐は牙を剥いた。
「フゥー……」
ここで、真は止めていた息を吐いた。何とかベルセルクを抑えて付けて戦えた。
イメージしていたのは、ヴァリア帝国で剣聖と呼ばれた黒騎士のゼール。真はゾンビとなったゼールとしか戦ったことがないが、死してなおも曇らない剣技は、今でも頭の中に鮮明に再現できる。
それは、不純物が一切ない透き通った剣だった。ただ真直ぐ首だけを狙って飛んでくる剣。動き自体は非常にシンプル。それなのに、避けることは困難を極める。真ですら、2回も首を斬られたほどだ。
今の荒狂うベルセルクを抑えるには、ゼールの剣技を再現するしかない。無の境地とも言うべき、剣の極致だ。他の全てを捨て去って、剣にのみ集中する。
だが――
「もう息切れか? まだ終わってはおらぬぞ?」
ディルフォールが不満そうに言ってきた。ようやく、戦いが良くなってきたところで、真が手を止めているのは興ざめというもの。
「…………」
真は返事ができなかった。額からは大量の汗が出ている。ゼールをイメージして戦ったとしても、完全に無になれるわけではない。
心を無にして、できる限り興奮を感じないように努力しただけ。魂に結び付いているベルセルクを、心だけで消し去ることは不可能だった。




