火竜 Ⅱ
「こいつの攻撃自体は単調だ! 慌てず、訓練通りに動けばいずれ倒せる!」
再び、アグニスの眼前に一人で立った姫子が、気合を入れて言った。
どれだけ相手が強かろうが、攻撃パターンと対処方法が分かっていれば、こちらが有利だ。慎重になる分、長丁場になるだろうが、じわじわと削っていって倒す。
姑息でもなんでもいい。命がかかった戦いに、手段なんて関係ない。
「「「おおおおおーーー!!!」」」
姫子の言葉に呼応するように、『王龍』のメンバーから雄叫びが上がった。
「冷静に! 浮足立ってると死にますよ!」
そこに水を差したのは悟だった。アグニスの攻撃に対して、完璧に対処して、盛り上がっているところに注意を入れた。
だが、悟の言葉に不満を漏らす者はいない。悟が言っていることが、まさにその通りだからだ。上手く対処することができているが、少しでもミスをすれば死に繋がる。
それくらいアグニスの攻撃は苛烈なのだ。特に、王都でフレアブラスターを目の当たりにした者なら分かっている。一瞬の油断が命取りになるということを。
気持ちの均衡を保つ。今大事なのはそれだろう。勝てると調子に乗ると手痛いしっぺ返しを受ける。逆に、勝てないと絶望してしまうと動けなくなってしまう。
「集中! 目の前のことに集中!」
だから、姫子は自分にも言い聞かせるように、アグニスの攻撃を注視した。
襲ってくる爪攻撃も、ギリギリで躱すのではなく、余裕をもって回避する。そのせいで反撃ができなくても問題はない。
噛みつき攻撃も同じだ。寸でのところで避ければ、顔面にカウンターを入れることができるのだが、それはしない。
<アンガーヘイト>
姫子の役割は盾だ。敵のヘイトを集めて、自身を狙うように仕向けること。姫子が安全に攻撃できる時しか攻撃をしない。
「グルルゥアー!」
アグニスの唸り声はまるで苛立っているようにも聞こえる。ゲームの存在だが、モンスターとして攻撃を当てることができないのは悔しいのだろうか。
そんなことを思いながらも、姫子はアグニスの顔を見つめると、アグニスは頭を引いて、口の中に炎を溜め始めた。
「火球が来るぞー!」
予備動作から攻撃の種類を判断し、姫子が叫ぶ。アグニスの火球攻撃は一番近くにいる者が標的になる。その性質を利用して、悟一人がアグニスに近づいて、他が退避する。
想定通り、アグニスは悟に狙いを付けると、高熱の火球を吐き出した。
先ほどと同じように、悟は誰もいない方へと向かって走っていく。火球は悟を狙って飛んでいく。誰もいない方へと誘導された火球は、虚しく爆発音を響かせるだけ。
4発、5発と放たれ、6発目が地面に着弾したところで、アグニスは悟から狙いを外した。
「よし、火球は処理できた! 攻撃再開――」
ここで姫子は違和感を感じた。アグニスが姫子を見ていないのだ。火球を吐き終わったら、本来のターゲットである姫子の方を向いて、爪やら牙で攻撃を仕掛けてくるはず。
だが、今のアグニスは頭を引いたままの体勢を維持。口の中には再度炎が溜まりだしている。
「まずいッ! もう一発来るぞー!」
姫子がそう叫んだ時にはもう遅かった。
「ガアァーッ!」
アグニスから再び火球が吐き出された。
アグニスの火球攻撃の特徴は、一番近くにいる者が狙われるということ。悟を囮にして火球を処理していたが、その悟はさっきの火球を誘導したため、離れたところにいる。
となると、標的は別の者になる。囮になる者が誰か決まっていないこの状況で、標的が決定される。
「逃げ――」
悲鳴にも似た声を上げたのはアサシンの男だった。全員がアグニスから距離を取った状態だったため、誰が一番近くにいたのかは判断できない。
だが、ゲームとして機械的に距離を測定したのだろう。アグニスから最も近いと判定された、アサシンの男に向かって、アグニスが火球を吐きつけた。
火球攻撃が一旦終わったと思ったところにきた火球攻撃。思っていたことと違うことが起こると、人間の反応は遅れてしまう。
逃げ遅れたアサシンの男は火球の爆発に巻き込まれてしまい、その場で崩れ去る。防御力の低いアサシンだ。即死と見て間違いない。
連続で吐き出される火球攻撃だが、対象者が死亡した場合どうなるのか。死体に向けて執拗に火球を吐き続ける――とはならない。標的が別の者になるのだ。
次の標的となったのはパラディンの男。姫子の交代要員として配置された男だ。
「うああああーーーッ!?」
半分パニック状態になっているパラディンの男は、それでも何とか走り出した。
だが、遅い。冷静さを欠いた行動では、間に合わない。
「ぐああぁぁぁーーッ!?」
パラディンの男が火球の爆発に巻き込まれてしまう。それでも、アサシンとは防御力が違う。アグニスの火球攻撃を受けても、まだ生きている。
全身を焼き尽されるほどの痛みに耐えながらも、パラディンの男は懸命に走った。
「佐竹! イージスだッ!」
姫子がパラディンの男の名前を叫んだ。いかに、防御力が高いパラディンといえども、無敵ではない。一発耐えることができたとしも、火球攻撃は連続で襲ってくる。
「エッ!? あ、ああ――」
<イージ
佐竹と呼ばれたパラディンの男がスキルを発動させる直前。アグニスの火球が着弾した。激しい爆発と共に佐竹が無残にも吹き飛ばされる。
「クソッ……!? こっちだアグニス! あたしを狙え!」
<ファストブレード>
佐竹が死亡したことを確認する間もなく、姫子はアグニスに斬りかかった。
悪い予感の通り、アグニスは姫子の方を見下ろしながら火球を吐き出した。これで佐竹が死亡したことは確定。
<イージス>
咄嗟に狙いを変えさせたことで、姫子自身も回避準備はできていなかった。ならばと、無理に避けることを考えずに、パラディンの奥義ともいうべき究極の防御スキル、イージスを発動させた。
イージスは一時的にパラディンの防御力を極大化させる。あらゆる物理攻撃、魔法攻撃に対して絶大な耐性を誇り、状態異常まで防いでしまう。
アグニスは姫子に向けて何度も火球を吐き出していくが、姫子の全身を覆う白い光の盾が、火球攻撃をほとんど無効化。
激しい爆発の中でも、姫子はイージスによる鉄壁の守りによって、全て防ぎ切った。
ただ、イージスはこれで打ち止め。あまりにも強力なスキルであるため、再使用にかかる時間は、全てのスキルの中で一番長い。もう、この戦いでは再度使用することはできないと思っていい。
「てめぇ……よくも……ッ」
怒りに満ちた姫子の目がアグニスを睨みつける。2セット目の火球攻撃が連続で来るなんて想定していなかった。訓練の時も真は、そんなことを一言も言っていなかったのだ。
「姫、今は立て直すことに集中してください! ゲームとは別物です! パターンが違うこともあり得ます!」
悟が姫子に声をかけた。悟にとっても、先ほどのアグニスの攻撃パターンは想定外。真がこのことを言わなかったのは、ゲームとの違いを知らなかったからだ。
でなければ、2セット連続で火球攻撃が来ることを想定した訓練をしていたはずだ。
「うるせぇッ! そんなことくら分かってるッ!」
悟に言われて、姫子も頭を冷やす努力をする。だが、アグニスはそんな時間を与えてくれるわけがない。
アグニスは両足で立ち上がると、大きく翼を広げた。この構えは――
「フレイムウィングッ!」
手短に姫子が叫ぶと、アグニスの横を駆けだした。
フレイムウィングは前方180°の範囲攻撃。来ることが分かっていれば、後ろに回るだけで回避できる単調な攻撃だ。
だが、今は状況が悪い。誰が狙われているか分からない火球攻撃に対して、全員が広く散らばってしまっていた。
中には、アグニスの前方にまで広がっていった人もいる。フレイムウィングを分かっていれば、基本的にアグニスの前に立たない。そうしてきのだが、想定外の事態に、冷静さを失い、考えなしにアグニスの前方に立ってしまった人達がいた。
何とか走って、フレイムウィングの効果範囲から逃げきることができた者もいるが、そうでない者もいる。
「ぎゃあああーーーー!!!」
「うぐがああああーー!!!」
アグニスが翼を羽ばたかせると、その眼前に炎の嵐が巻き起こった。猛烈な熱波が、辺り一面を焼き尽していく。
「ビショップ、エンハンサーは生き残りの回復! 早くッ!」
間髪入れずに悟が指示を出した。今のフレイムウィングで死亡した者もいるだろうが、運よく生き残った者もいるはずだ。特にパラディンやダークナイトは生きているだろう。ソーサラーとサマナーだとおそらく即死。他の職は辛うじて生きているかもしれない。
順調と思われたアグニスとの戦いが、たった一発の火球で崩れてしまった。避けることができたはずのフレイムウィングでさえ、この有様だ。
当然、アグニスの攻撃はこれだけでは終わらない。次の攻撃に移るべく、アグニスは長い尻尾を高く上げていた。
「テールウィップッ! 来るぞッ!」
姫子は喉が張り裂けんばかりの大声を張り上げた。
バシンッ!!!
直後に空気が破裂したような音が聞こえてきた。
「きゃあああーーー!!」
「うあああーーーッ!!」
アグニスはその長い尻尾を鞭のようにしならせて、後ろにいた人間達を薙ぎ払った。
「落ち着けッ! 訓練通りに行動しろッ!」
姫子が怒鳴り声をまき散らした。テールウィップは、その名の通り、アグニスの尻尾による攻撃。後ろから攻撃をしていると、このテールウィップが飛んでくることがあるため、アグニス後方は必ずしも安全圏とはいえない。
特に真から注意されていたのは、フレイムウィングで後ろに回った時だ。前方にばかり注意をしてしまい、後方のテールウィップに当たってしまうことがあると口酸っぱく言われていたことだ。
幸いなことは、テールウィップが比較的ダメージが少ないということ。ソーサラーやサマナーでも生き残ることができる。
とはいえ、瀕死の状態にまで持っていかれる。もう一度喰らえば確実に死ぬほどの威力だ。だから、回復は絶対に必要になる。
「テールウィップを喰らった奴は一旦下がれ! ビショップ、エンハンサーはこいつらも回復してやれ!」
姫子の怒号が飛んでいく。分かっていた攻撃に対して、対応することができなかったのは痛手だ。
できたはずのこと。回避できたはずの攻撃。死なずにすんだはずの仲間。これらが心理的な重しになってしまう。
そうなると、動揺が蔓延し始める。それは、枯れ木に炎が回るように、『王龍』のメンバーの中に広がっていった。




