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死の大地 Ⅲ

総志を先頭にして、150人の部隊が遊園地のゲートへと近づいていく。


冷えて固まった溶岩が覆う大地に、突如として現れた遊園地のゲート。全ての生命を拒絶するような大地にはまるで似つかわしくない、メルヘンチックなデザインをしている。


白い壁とパステルブルーの屋根。入り口はアーチ状になっていて、天井はとても高い。入場のための改札もバニラ色をしていて優しい感じがする。


「ここなら休憩できそうじゃないか?」


遊園地のゲートを見ながら姫子が呟いた。ゲートを潜れば、綺麗に舗装された地面がある。幅の広い道が続いており、遊園地のキャラクターたちが楽しそうに描かれている。


「一見すると安全な場所に見えますね……」


隣にいる悟が返事をした。どうも歯切れの悪い言い方をしている。


「何が気に入らないんだ?」


「気に入らない……というわけではないんですけどね……。こんなにウェルカムな場所があるっていうのが、気持ち悪いっていいますか……」


悟はそう言いながら、チラリと総志や時也の方を見た。


「僕も刈谷さんと同意見です。死の大地と呼ばれる場所に、テーマパークがある……。何を考えてるのか分かったものではありません」


眼鏡の位置を直しながら時也が答えた。人を拒み続けた場所に、人を歓迎する施設。何がしたいのかさっぱり分からない。


「蒼井、お前はどう見る?」


時也の意見を聞いてから、総志は真にも意見を求めてきた。


「う~ん、そうだな……。俺の意見は、少し違うかな……」


腕を組みながら真が答えた。


「少し違う?」


すかさず総志が聞き返す。


「シン・ラースに遊園地があるわけじゃないんだ。遊園地がある場所にシン・ラースがあるんだよ。ここだけ、ゲーム化の浸食を免れて、現実世界の建物が残ってる。たまたま、遊園地が浸食から免れたっていうことも考えられるけど、それにしては、綺麗に遊園地だけが残ってるなって……」


「つまり、意図的に遊園地だけがゲームの浸食から守られたということか?」


「多分……だけどな……」


真は考え込みながらも返事をした。まだ、この遊園地がどういうものなのかは分からない。


「刈谷さんと葉霧の意見は、要するにこの遊園地が罠だと言いたいわけだな?」


「ええ、そうですね……」


悟が総志の質問に答える。時也も悟と同意見であるため、軽く頷いて返事をした。


「蒼井の意見だと、この遊園地に何らかの意味があるというわけだな?」


「ああ、そういうことになるな……。ただ、どういう意味があるのかは分からないけど……。当然、罠があるっていう可能性も否定はしないよ」


真としても、シン・ラースに遊園地があることには違和感しかない。完全に別物の組み合わせだ。野球スタジアムのマウンドに銀行のビルが建っているみたいな感じか。


「どうするよ、紫藤さん。あたしは蒼井の意見に賛成だけどな。単に罠を仕掛けるなら、もっと上手いやり方があるだろ」


姫子が真の意見を後押しした。以前、真達と挑んだミッションで、イルミナの迷宮を探索したことがある。あの時は、大きな罠を潜り抜けた直後に、落とし穴が仕掛けられていて、真がその落とし穴に落とされてしまった。


大きな罠を抜けたとことで完全に油断してしまったところに、単純な罠を仕掛けられ、いとも簡単に引っかかってしまったのだ。そういう人間心理を突いてくるようなことをするのが、このゲーム化した世界の罠だ。


「俺も同じ考えだ。罠を仕掛けたいなら、もっと警戒されないようにするか、別の物を警戒させて、本命の罠を隠すだろう」


総志が真の意見を肯定し、意見は3対2となった。


「というわけだ。悟はともかく、葉霧さんの意見を却下するのは申し訳ないが、ここはお互いのマスターの意見を尊重してくれ」


2人の副官が言っていることが間違いとまでは言わないにしろ、姫子としては、この場所をスルーすることはできないと思っていた。


「分かりました……。ですが、蒼井君も言っているように、罠があるという可能性は捨てないでください。ここに来る必要があったとしても、何があるか分からないですから」


渋々だが時也が了承した。チラっと悟の方を見てみると、特に気にした様子はない。むしろ少し喜んでいるようにも見える。おそらく、姫子に蔑ろにされたことが少し快感だったのだろう。まったく、この趣味は理解できない。


「それは承知の上だ。探索するのが遊園地の中と言っても、油断をするつもりはない。罠のことを常に意識して行動をする。いいな?」


総志が声を上げると、真達は真剣な表情で首肯した。


「よし! 中に入るぞ!」


続けて総志が声を上げると、しっかりとした足取りで前に進みだした。


広いゲートの改札を抜けると、真直ぐに伸びた道がある。総勢150人の討伐メンバーが一斉に入っても、窮屈さは一切感じることのないくらい道が広い。


色が塗られたアスファルトの道の両脇には、中世ヨーロッパ風の建物が並ぶ。パステルカラーを基調とした建物群はどれも、優しくふんわりとした印象を与えてくれる。


建物の窓ガラスから覗くのは大きなキャラクターのぬいぐるみや、お菓子の箱。数々の土産物が積み上げれらていて、それを見ているだけでも数時間は過ごせるほどの量がある。


「ああ、ここって『アロニーファンタジア』か」


真が周りの景色を見ながら呟いた。


「『アロニーファンタジア』? どこかで聞いたことがある名だな」


総志は自分の記憶を辿りながら周りを見渡した。どこかで聞いたことのある単語だが、それが何なのか思い出せない。


「えっ!? 紫藤さん、アロニーを知らないのか!?」


まさかの事実に真が驚愕の表情を浮かべる。それは、真だけではない、時也も悟も姫子も同じ顔をしている。


「知らんな。記憶の片隅に、その名前を聞いたことがあるというくらいにしか、認識していない」


真達の反応を見ても、総志は動揺することなく話をした。


「いやいや、アロニースタジオだよ! アロニースタジオ! マーフィーの生みの親だよ! 世界一有名な犬の名前くらい知ってるだろ?」


真はまくし立てるように説明をした。


「マーフィー? ああ、あの耳の垂れた犬のことか。それなら見たことがある」


「それを産み出したのが、アロニー・ウィンストン。で、そのアロニーは、他にも数々の有名作品を産み出していって、世界中にアロニー作品のファンがいるんだけどさ。そのアロニーの世界感で作られたアミューズメントパークが、この『アロニーファンタジア』な」


アロニー・ウィンストンはアメリカ出身の絵本作家。第一次世界大戦の最中から活動を開始し。その処女作が『魔法使い マーフィーの冒険』だ。


愛らしいビーグル犬マーフィーが、失敗をしながらも魔法の修行のため旅をするという作品。大人気となったマーフィーは、その後も続々と絵本が出版され、そこから派生した作品も数知れず。アニメ化作品も多く、アニメ映画の興行収入では、世界記録を持っている。


主に中世ヨーロッパをモチーフとした魔法世界での作品が多いため、テーマパークである『アロニーファンタジア』も中世ヨーロッパ風の建物が多い。


「詳しいな」


「詳しくはねえよ! 普通にこれくらいは知ってて当然だよ!」


思わず真がツッコミを入れた。これくらいのことは、アロニー作品に興味がなくても、自然と知識として入ってくる。それくらい、アロニー作品は世界に影響を与えているのだ。


「蒼井君だって、『アロニーファンタジア』に来たのは初めてだよね?」


真と総志のやり取りを見ながら、悟が声をかけてきた。


「え? ああ、そうだな。来るのは初めてだ。俺もそこまで興味があったわけじゃないしな」


悟の問いかけに真が答えた。どうしても行きたいと思うほど、真はアロニー作品が好きというわけではない。男性よりも圧倒的に女性のファンの方が多いのがアロニー作品だ。


「正面玄関を見た時に気付いてないようだったから、来たことないとは思ってたんだよ。僕は何度も来てるから、すぐに分かったけどね」


「あたしも、中に入るまでは気付かなかったぞ。ここに最後に来たのは小学校の頃だしな」


来たことがあるなら、分かって当たり前というような悟の態度が気にいらず、姫子が横槍を入れた。


「姫が小学生の頃って、もう20年近く前のことですよね? それは覚えてなくて当然ですよ」


だが、悟はお構いなしに返してくる。


「おい、お前。相変わらずいい度胸してるじゃねえか? 丁度、お前はどこまで締めれば根を上げるのか、知りたかったところなんだよ」


こめかみに血管を浮き立たせながら、姫子が凄んだ。悟に脅しは通用しない。どれだけ強く貶しても、悟は悦ぶだけ。痛めつけると言っても無駄。だったら、どこに限界があるのか試してやろうかと、姫子は本気で考えだした。


「そういうことは、帰ってからゆっくりとやってくれ。いいから先に進むぞ」


姫子と悟の茶番はこれで終わりとばかりに、総志が口を挟んだ。姫子は悟に向けて舌打ちしながらも、意識は周りに向ける。


そのまま150人のディルフォール討伐メンバーが歩く。整った道路はとても歩きやすい。マグマが噴出することもなければ、毒ガスが噴き出すようなこともない。落雷も遠くから聞こえるのみ。


普段であれば、平日でも人が賑わうテーマパーク。休日ともなれば、人気のアトラクションは3時間、4時間待ちは当たり前。中には5~6時間も待たないといけないものまである。


それがどうだ。広大な敷地内にいるのは、150人だけ。客もキャストもいない。


広い施設であるが故に、閑散とした時の虚無感というのは大きく感じる。明るく可愛いキャラクター達の絵や、お洒落な建物が逆に不気味に見えて来るほど。


これがボロボロの廃墟のようになっていれば、まだ理解もできただろう。だが、ゲーム化の浸食によって、触れることができなくなった現実世界の物は劣化することがない。


店に並べられたお菓子も、アイスも、ホットドックも、ポップコーンもゲーム化の浸食によって触れることができなくなっている。それは、現実世界の物をゲーム化した世界で使用することができないようにするための措置だ。


その結果、現実世界の道具や食べ物といった物は、単なるオブジェクトとなってしまい、劣化することもなくなったのである。


そんな歪なテーマパークを歩くこと十数分。真達は施設の中央広場にやってきた。中心には、止まっている噴水と花壇。色とりどりの花がメインキャラクターであるマーフィーを描いている。


花壇を通して奥に見えるのが、大きな古城だ。原作では、マーフィーが、悪い魔女からお姫様を救いだしたことで結婚し、この城の王様になるという話。その後の作品では色々と改編されているが、この古城はマーフィー作品の中では有名な城だ。


「さてと、ここからどこに進む――」


姫子が行き先について話をしようとした時だった。突然大きな影が通り過ぎた。


あまりにも大きな影に驚いた一行は、咄嗟に上空を見上げた。


「「グルルルゥ……」」


そこには唸り声を上げながら上空を旋回する二匹のドラゴンがいた。どす黒い雲の下を、我が物顔で飛んでいるドラゴン。


今まで、襲ってきた並みいるドラゴンとはまるで別格の大きさを誇っている。


「アグニス、フィアハーテ……!?」


その巨大なドラゴンを見上げながら、真が2匹のドラゴンの名前を呟いた。


そして――


「我の住処に無断で入ってくるとは、汝らは命が惜しくないようだの」


旋回する2匹の竜王の間からゆっくりと一人の女が下りて来た。長く癖のある金髪に黒い角。紫色の肌と赤いローブ。背中にはドラゴンの翼を生やし、長い尻尾を下にして左右に揺らしている。


空から降りて来た女は深紅の目を光らせながら、来訪した愚か者達を睥睨した。


「ディルフォール……ッ!?」


真は驚愕に声を震わせて、ドラゴニュートの女の名前を口にした。



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