死の大地 Ⅰ
1
シン・ラースが見えたとの報に、真達は慌てて甲板へと駆けて行った。
船首には既に十数人の人が集まっており、その先頭には総志と時也の姿が見える。
「あれが、シン・ラース……」
真の防具の裾をギュッと握りながら美月が呟いた。
「ああ、俺の知ってるシン・ラースで間違いない……」
真がその呟きに返事をする。まだ距離はあるが、溶岩が固まってできた、消炭色の大地がはっきりと見える。
上空には渦巻くような黒く分厚い雲。所々で立ち昇る噴煙と、止むことのない放電現象。人どころから、あらゆる生命を拒絶するかのような、その場所は、まさに死の大地の名にふさわしい様相を呈していた。
「おはよう蒼井君、それに皆も……。って、朝の挨拶する気もなくなる景色だけどね」
そこに声をかけてきたのは、『ライオンハート』の精鋭部隊に所属する、和泉椿姫だった。黒いボブカットで、少女というには少し大人な女性。
戦闘能力や状況判断能力に長けており、ギリギリ未成年ながら、『ライオンハート』の精鋭部隊として活躍している。
「まあな、この空模様だしな……」
周りの景色にうんざりしながらも、真が挨拶を返す。
「だよね……。でさ、早速で悪いんだけど、もう少しで到着するから、蒼井君は、紫藤さんと一緒に先頭に行ってもらっていい?」
「いよいよか……。分かった、行ってくるよ」
真が返答する。事前調査の結果、シン・ラースに入場できるのは150人までという制限がある。しかも、一度入ったら出て来れる保証はないので、シン・ラース内に関する調査は一切できていない。
そのため、何が襲ってくるかも分からない状況に対応できる真が、先頭を行くのは自然な流れだった。
「なんでまた、あいつが総志様の横を歩くのよ……」
船首に向かう真の背中を見ながら、ボヤいたのは七瀬咲良。『ライオンハート』でも最年少の少女なのだが、こと戦闘能力に関してはずば抜けており、『ライオンハート』の精鋭部隊に所属している。
小柄でツーサイドアップの髪型。鼻に着くような声で愛らしいのだが、如何せん、総志のこととなると周りが見えなくなる。
「紫藤さんの横を歩きたいなら、蒼井君と同レベルで戦えるようになる?」
咲良のヤキモチに嘆息しながら、椿姫は意地悪なことを言った。
「私だって、いずれは……。ああー、もう! 分かってますよ!」
咲良はそう言うと、プイっとそっぽを向いた。椿姫に言われるまでもなく、真の実力は知っている。いや、正確には知らない――というより、計りようがない。分かっていることは、異次元の強さだということ。
人間がどれだけ鍛錬を積んでも、自力で空を飛ぶことができないのと同じだ。絶対に追いつけない領域というのは存在する。
「咲良は今のままでいいのよ。紫藤さんが求めてるのは、今の咲良なんだからね。咲良はそれに応えてるよ」
自分の実力をちゃんと理解できるようになったことに、椿姫は満足しながら咲良の頭を撫でてやる。
「それくらい、分かってますよ……」
そっぽを向いたまま、頬を赤らめて咲良が口を尖らせている。憎まれ口を叩いても、こういう可愛いところがあるから、椿姫は咲良といることが好きだった。
「というわけで、真田さん達は、私達と一緒に行動することになってるから、よろしくね」
椿姫が残されている美月や翼、彩音と華凛に声をかけた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
美月が緊張しながらも挨拶をした。
「私としては、真と一緒に先頭を歩いてもよかったんですけどね」
腰に手を当てながら翼が言った。今までも真と一緒に歩いてきたのだから、今回も同じでいいと思っている。
「椎名さんは遠距離アタッカーだからね。後方からの支援が向いてるの。『フォーチュンキャット』のメンバーは蒼井君以外全員後衛だから、私達と一緒に行動してもらうのが、都合が良いのよ」
椿姫が優しく説明をした。危ないから前に出るなとは言わない。戦略的にこの配置になったのだという言い方なら、反発を招くこともない。
「そういうことなら、分かりました」
案の定、翼は椿姫の口車で簡単に納得していた。そもそも翼は体育会系。アーチェリー部に所属していて、団体戦でも順番というのは非常に重要なことをよく理解している。
「先頭なら、真君一人で十分なんだけどね」
ここで火種を持ってきたのは華凛だった。総志の信奉者がいる前でそんなことを言えばどうなるか。それは非常に簡単。
「はぁ? 何言ってんの? 総志様がいれば十分なのに、蒼井も一緒に前を歩かせてもらってるだけでしょ!」
当然、咲良が噛みついてくる。真が総志と一緒に先頭を行くことだけでも腸が煮えくり返る思いなのに、この女は、総志の実力を認めようともしない。
「何それ? 本気で言ってるつもり? 今まで散々真君頼りだった人達の言葉とは思えないんですけど?」
咲良と同じように、華凛は真に絶対的な自信を持っている。華凛の誇りと言ってもいいだろう。それを否定する言葉にはカチンときていた。
「べ、別に蒼井なんかに頼ってた――」
「はいはい。そこまでー! 紫藤さんの顔にまた泥を塗るつもり?」
見かねた椿姫が咲良を制する。
「ぐぬっ……」
咲良が歯を食いしばって、何とか自分を抑える。真に頼ってきたのは事実だし、真が助けてくれたのも事実だ。真がいなければ、咲良だって死んでいた可能性がある。何より、総志が真を信頼しているため、真のことに文句をいうと、総志が黙ってはいない。
「華凛もそれくらいにしておいて。真に迷惑かかるよ?」
美月も華凛の間に入ってきた。華凛と咲良の仲が悪いのは今に始まったことではないが、似た者同士なのになんでこうも馬が合わないのか。
「うっ……」
美月に言われて、華凛の言葉が詰まる。華凛ほどではないにしろ、真も人間関係を取ることが苦手な方だ。余計な人間関係のトラブルで真を困らせるのは、華凛の本望ではない。
とりあえずは収まったことで、美月も一安心といったところ。ふと、椿姫の方を見ると、苦い笑顔で『ごめんね』という仕草をしていた。
2
シン・ラースに近づくにつれて、風が強くなっていく。硫黄の匂いだろうか、異臭もきつくなっている気がした。
「もうすぐだな……」
真は船首から睨むようにして、シン・ラースの大地を見つめる。
「そうだな。準備は大丈夫か?」
隣にいる総志から声がかけられた。真を気遣うような言葉をかけてくるなんて、総志にしては珍しい。
「準備もなにもないよ。行くしかないだろ」
「そうだな」
二人の会話はこれで終わり。実に味気ない会話。だが、それだけで十分だった。余計なことは言わなくてもいい。そういうところは、真にとって助かっている。
そんな中、船がピタッと止まった。強風に煽られているにも関わらず、帆を張ったままの船が急に止まったのだ。
【メッセージが届きました】
突然、真の頭の中に声が響いた。人間味のない声が、直接頭に入って来るのは、何度経験しても気味が悪い。
同時に、目の間にはレターのアイコンが浮かんでいる。
(来たか……)
真はそのアイコンに手を伸ばした。視界の端では、総志も迷わずアイコンに手を伸ばしていた。
【死の大地シン・ラースへ入場しますか? はい・いいえ 0/150】
「入るぞ」
先に言って来たのは総志だった。総志は、真の返事も聞かずに、『はい』を選択。すぐさま、総志の姿が船首から消えた。
真も少し遅れて、『はい』を選択した。
すると、一瞬視界がホワイトアウトする。それはたった数秒のこと。すぐさま、視界が戻ると、そこは溶岩で固められた大地だった。
硫黄の匂いが更にきつくなっている。おそらく、所々で噴出しているガスのせいだろう。稲光も酷い。あちらこちらで落雷している。
大地の切れ目から覗く真っ赤なマグマは、まるで怪物が口を開いているかの様だ。
「想像以上の場所だな。死の大地と呼ばれるのも納得だ」
最初に上陸した総志が真に話しかけた。その声はどこか楽し気に聞こえるのは気のせいだろうか。
「ゲームでもこんな感じの場所だったよ」
真がそう返事をしている間にも、後続が次々とシン・ラースへと入ってくる。
「うわっ!? 何この匂い? 船の上にいた時よりきついんだけど!?」
華凛が文句を言っているのが聞こえてきた。匂いの元であるシン・ラースへ入ったのだから、匂いがきつくなるのは当たり前のことだ。
「全員揃ったか?」
声を上げたのは姫子だ。一番乗りは総志だったが、姫子も早い段階で上陸してきていた。
「『王龍』は全員揃ってます!」
点呼を終えた悟が報告する。
「『ライオンハート』と『フォーチュンキャット』も揃っています」
続いて椿姫が報告してきた。もう慣れているのだろうが、行動が早いのは流石だ。マスターから命令される前にはもう点呼をしていた。
「よし、今からシン・ラースの中を進むが、何があるか分かっていない! できるだけ慎重に行動をする! 命を守ることを最優先に行動しろ!」
姫子の声が死の大地に響き渡る。力強いその声は、全てを拒絶する大地を割らんばかりの勢いだ。
「赤嶺さん、慎重に行きたいところだが、その前に歓迎を受けないといけないらしい」
総志は空のを見上げながら言うと、大剣を構えた。
「歓迎? ――ああ、なるほどな。そら、そうだろ。客が来たんだ、おもてなしは大事だろうさ!」
姫子は総志の言っていることをすぐに理解した。剣と盾を構えて、“おもてなし”に備える。
「全員戦闘配置! 敵は前方上空、ドラゴンの群れだ!」
総志が雄たけびを上げるようにして号令をかけた。
総志と姫子が見ている目線の先には、ディルフォールの配下である、ドラゴンの群れが一直線に向かって来ていた。




