被害報告 Ⅱ
「ええっと……。『フォーチュンキャット』からの報告……なんだけれども……。どっちから言うかな……」
司会の時也から、報告の指名を受けて、真が立ち上がって話を始めるのだが、実はまだ頭の整理ができていなかった。
「どっちから、というと? 報告が二つあるということでいいですか?」
何から話そうか迷っている真に、時也が口を開いた。
「ああっと、うん……。バージョンアップがあった時のことは、刈谷さんが報告してくれた通りなんだけど……。ヴァリアで俺が掴んだ情報と、もう一つは、前から知ってることがあって……。何から話そうかと……」
「蒼井、先に言った、掴んだ情報というのを報告しろ」
何を言いたいのか分からない真に対して、総志が横から口を挟んできた。
「ああ、そうだな。そっちの方が重要だな――ええっと、これは俺も遠目で見ただけなんだけど、イーリスベルクが襲われた時に、イルミナ・ワーロックがいた」
「「「ッ!!!???」」」
真の報告に会議室内の空気が一瞬にして変わった。全員が驚いた顔をしている。イルミナ・ワーロックと直接対峙したことがあるのは、真達『フォーチュンキャット』メンバーだけなのだが、その悪名は同盟内にも広く知れ渡っていた。
「蒼井、イーリスベルクがドラゴンの襲撃を受けていた時に、イルミナ・ワーロックがいたというんだな?」
険しい表情で総志が聞き返した。
「ああ、遠目だったけど間違いない。俺だけじゃなくて、翼も見ている。遠かったから美月に見えてたかどうかは分からないけど……」
「真田。どうなんだ? お前もイルミナ・ワーロックを見たのか?」
総志は美月にも質問をした。真の言っていることを信用していないわけではないが、報告の内容が内容だけに慎重にならざるを得ない。
「私は……。すみません、はっきりとは分かりませんでしたが、黒いドラゴンの背中に人が乗っているのは見えました。その後、すぐに皇城が落とされて、その場を去っていきました」
質問に対して、美月が淡々と答える。総志を怖がっているにしては、冷静に対応できているようだった。
「おい、蒼井! お前、なんでそのことを今まで黙ってた? ここに来るまでに、あたしに報告することはできただろ!」
真の報告を聞いて、姫子が声を荒げた。姫子率いる『王龍』は『ライオンハート』と双璧をなすギルドだ。わざわざ、『ライオンハート』か『王龍』のどちらかが、王都グランエンドに残るようにしているのは何のためだと思っているのか。
「えっ!? あっ、ああ……そうだけど……。会議の場で話さないといけないのかなと……」
真達は『王龍』と一緒にセンシアル王国まで戻ってきている。その間に、姫子や悟のイルミナ・ワーロックがいたことを相談できたはずだ。なのにそれをしなかった。
「会議でも報告はするけど、それだけじゃねえだろ! チンゲンサイだろ、そこは!」
「姫、ホウレンソウです……」
横に座っている悟がすかさず訂正を入れる。
「うるせえよ、てめえは黙ってろ! ――いいか、そんな重要なことは、お前ら未成年が抱えてられる話じゃねえんだよ! 上の人間に預けろ!」
姫子は悟にも怒鳴り、真にも怒鳴る。だが、言っていることは確かにその通りだった。『ライオンハート』も同盟でも重要な位置を占めるのが『王龍』だ。そのマスターがいたのに、報告しなかったのは真の落ち度と言われても仕方がない。
「いや……、その……、すみません……」
真は25歳なので、未成年ではないのだが、それを言うと話がおかしな方向へ行ってしまう。ただ、こういう時に、報告、連絡、相談をしっかりできないところは、社会人経験がない真の弱いところだった。
「その話はもういい――それより、蒼井。イルミナは何をしていたんだ?」
真は会議の場で報告すればいいと思っていたことは不問として、再び総志の質問が真へと向く。
「それは全然分からない……。俺がイルミナを見つけたのは、去っていく直前だったし、あいつは、ドラゴンに乗って、襲われてる城の様子を見ているだけだった。他に何をしていたのかは分からない……」
「そうか……。イルミナがドラゴンに乗っていたということは、深淵の龍帝ディルフォールとも繋がりがあると見ていいだろうな……」
口元に手をやりながら総志が考え込む。会議室内はざわついているのだが、総志がそれを止めることはしない。今は考える方が優先だと判断していた。
「俺もそう思う。イルミナとディルフォールが繋がってるなら、イーリスベルクが襲われた理由も推測できる」
「言ってみろ」
総志は真の推測とやらに興味を示した。
「ああっと、その……。単なる憶測だけど……、イルミナは以前から、ヴァリア帝国を潰そうとしてるんじゃないかってこと。ブラド皇帝を操り人形にしたり、センシアルに侵攻してきたりしたのも、ヴァリア帝国を潰すためだとしたら、今回のドラゴンによる襲撃もヴァリア帝国を潰そうとしてのことなんだと思う……」
一気に注目を集めてしまったことで、真は落ち着かないながらも何とか言わないといけないことを言った。
「前回及び前々回のミッションから考えれば、イルミナがヴァリアを潰そうとしていることは明白だろう。では、イルミナがヴァリアを潰そうとする理由だが、それはどうだ?」
総志も真から前回のミッションの報告は受けている。真が出した推論は、その報告と照らし合わせても辻褄の合うものだ。だが、まだ謎は残っている。イルミナは何のためにヴァリア帝国を滅ぼそうとしているのか。
「考えられるのは……、アルター真教の教義によるもの……とか? アルター真教の教義は他者を排除することによって、世界を浄化しようとするものだから、ヴァリア帝国を潰すのもその教義に則ってのことじゃないか……?」
真は自信なさげに答えた。間違ったことを言っているとは思わないにしても、根拠としては薄いような気がする。
「他者を排除して、世界の浄化を達成するというなら、なぜセンシアルは見逃された? イルミナが復活したのはセンシアルでだ。異界の扉を開かれて、大きな被害を受けはしたが、イルミナはすぐにセンシアルを去っている。センシアルとヴァリアの国力が同等であるのだから、わざわざヴァリアに行く必要はないだろう。そのまま、センシアルを乗っ取ってしまえばいい」
総志が真の推論の矛盾点を突いてきた。イルミナが他者の排除による世界の浄化を断行しようとしているのであれば、センシアルを操って、ヴァリアに戦争を仕掛けてもいいはずだ。
「イルミナがセンシアルを去った理由は分からないよ……。ただ、イルミナにとって、ヴァリアでないと駄目な理由があったんだろう……? それが何かは分からないけどさ……」
詰まるところ、イルミナの目的は、直接本人に確認するしかない。真の推測も全くの的外れとまではいかないにしても、確信が持てるほどのものではない。
「そうか……。では、一旦イルミナのことは置いておく。次にお前が知っている情報というのを話せ」
イルミナの目的については、これ以上進展がなさそうなので、総志は次の話に切り替えた。真は、知っている情報があると言っていた。
「もしかしたら、俺だけじゃなくて、他にも知ってる人がいるかもしれないけど、『深淵の龍帝
ディルフォール』のことだ」
「このゲーム化した世界の元となったゲームに登場した敵、という話か?」
真が答えを言う前に総志が言った。
「知ってたのか?」
「バージョンアップによる招集をかけた時に知った。『ライオンハート』の中にも、元になったゲームの経験者がいる。だが、そいつは、ゲーム内で戦ったことはなかった。深淵の龍帝ディルフォールは、ゲーム内でもトップレベルのプレイヤーが戦う強敵だと聞いている。暇な時にゲームをするくらいのプレイヤーでは、歯が立たないそうだな」
総志は元となったゲームのことは全く知らない。だが、『World in birth Online』は10年近く続く人気のMMORPGだ。世界中にプレイヤーがおり、日本でもプレイヤーの数は多い。
「俺は、ゲーム内で『深淵の龍帝ディルフォール』を何度も倒してる。攻撃方法や行動パターンは完全に頭に入ってる」
「そうか。お前はかなり、ディルフォールに詳しいようだな。では、聞くが、そもそもディルフォールは何者だ? ゲーム内での奴の目的はなんだった?」
「ええっと……確か、ディルフォールは……」
総志の質問に真が頭を悩ませた。ディルフォールについて、真が知ってることの大半は攻略方法だ。ディルフォールの設定など、最初に戦う前にクエストで話を聞いたくらい。倒し方以上の興味はなかった。
「お前は、ディルフォールの行動パターンも把握しているのだろ?」
すぐに答えない真に、総志が疑問を浮かべる。詳しく知っているのではなかったのかと。
「いや、行動パターンていうのは戦闘中のことで……。設定とかの話になるとうろ覚えなんだけど――確か、地の底の暗闇の世界みたいなところがあって……、ディルフォールは世界が誕生した時からそこにいたんだったかな……。で、それが、地上に出て来て、部下を引き連れて暴れ回った……っていう話だったと思う……」
「地上に出て来たディルフォールを倒すのがゲームの目的か。ところで、ディルフォールが引き連れている部下というのが、先日、イーリスベルクを襲ったドラゴン達のことだな?」
どうやら、総志が聞きたかった、『ディルフォールとは何者なのか?』という基本的な情報を真は持ち合わせていないようだった。
「そうだけど……、少し違う。元々はディルフォールの部下じゃない。ディルフォールはずっと地の底にいて、一切の同胞を持っていないかった。あの無数のドラゴンは、正確に言えば、二匹の竜王の部下だ」
「二匹の竜王……だと?」
総志の顔が険しくなった。真の話を聞いていた周りの人達も顔色が曇る。龍帝の他に、まだ二匹の竜王がいるということだ。
「ああ、火竜王アグニスと魔竜王フィアハーテ。この二匹が、ディルフォールの配下になったことで、その部下のドラゴンも全てディルフォールの軍勢に加わったっていう設定だ」
「その火竜と魔竜がディルフォールに下った経過は?」
険しい顔のまま総志が質問を続ける。
「……うーん。細かいところまでは覚えてないけど、元々地上に君臨していたドラゴンがアグニスとフィアハーテの二匹だったんだ。この二匹が戦ったことで、ディルフォールが目を覚まして、横から戦いに入って、二匹とも倒してしまった。っていう話だったと思う……」
真は曖昧な記憶の中から、それらしいものを呼び出していた。ゲームのプレイスタイルというのは人それぞれで、ストーリーや設定、世界観、世界背景などを楽しむ人もいれば、真のように強くなることばかりを目指して、ストーリーは二の次という者もいる。
「他に情報は? もっと詳しく思い出せないか?」
相変わらず自信なさげな真の回答に、総志が目くじらを立てだした。もっとイルミナやディルフォールの目的に結び付くような情報がほしい。
「ちょっと待ってくれ、今思い出すから……」
真は頭を抱えながらも、何とか記憶の底からストーリーを掘り起こす。当時は、早くディルフォールと戦いたいという気持ちが大きく、ストーリに対する関心が低かったことが、記憶の曖昧さの原因だ。
コンコンコンコン
真がなかなか思い出せずにいると、会議室の扉からノックの音が聞こえてきた。
「入れ」
総志がノックに対して返事をする。おそらく『シャリオン』で総志専属の執事が来たのだろう。
「失礼いたします」
総志の予想通り、白髪の執事が頭を垂れて入室してきた。
「シドウソウシ様、お客様をお連れいたしました」
白髪の執事は、そのまま要件を伝える。
「客だと? 構わん、入ってもらえ」
「はい――どうぞ中へ」
総志の許可を得た執事は、連れて来たという客人を会議室の中に招き入れた。
会議室に入って来たのは二人の男性。長い金髪をした壮年の男性と癖のあるミドルの金髪の青年。二人ともローブ姿をしている。
「ア、アーベル!? ロズウェルさんも……!?」
入ってきた二人の男性を見た真が思わず声を上げた。




