災禍 Ⅰ
1
センシアル王国とヴァリア帝国の戦争は、センシアル王国の圧勝という形で終結し、戦後事後処理が着々と進んで行く。
大黒柱である皇帝のブラドを失ったヴァリア帝国は、センシアル王国の庇護という名の下、傀儡政権を樹立。その政権の座に就いたのは、元ヴァリア帝国魔道軍ロズウェル将軍だった。
裏切り者ロズウェル。ヴァリア帝国内では、陰でそう蔑む者もいたが、全体的にみると国民からの支持は高かった。その最たる理由は、ブラド皇帝による圧政からの解放。
ブラド皇帝政権下では、ヴァリア帝国民は国の発展のために尽力することを義務付けられていた。それこそが、ヴァリア帝国を発展させた一番の原動力なのだが、同時に圧し掛かる大きな負担は、実のところ限界に来ていた。
そこに新たに誕生したロズウェル政権。基本的にはセンシアル王国に利益を吸い取られる機構になっているのだが、一定レベルの自治が認められており、ブラド政権下よりも負担が少ないことから、ヴァリア帝国民の不満は少なくなったのであった。
センシアル王国に対する賠償金の支払いや、領地の割譲、不平等条約の締結、不公平な貿易協定など、これからやらないといけないことは山積みの中で、滑り出しは落ち着いている言っていいだろう。
そして、ヴァリア帝国がセンシアル王国の傀儡国家となったことで、国同士の往来も自由になった。
センシアル王国を拠点として活動してきた現実世界の人達も、新たな狩場を求めてヴァリア帝国に流れて来るようになった。
ゲームとしての設定では、ヴァリア帝国領内の方が強いモンスターが多い。ということは、センシアル王国領とヴァリア帝国領を比較した時、稼ぎもヴァリア帝国領の方が多い。
実際のゲームだと、新しいエリアが解放された初日からほとんど全員が移動するのだが、ゲームに浸食された現実世界だとそうはいかない。ゲーム化した世界での死は現実の死である以上、気楽に新エリアを探索しようというわけにはいかないのである。
加えて、ヴァリア帝国領内に自由に出入りできるようになったのはつい最近のこと。まだまだ調査が必要な段階だ。
そのため、活動の拠点はセンシアル王国の王都グランエンドとし、腕に覚えのある者が、調査や遠征などのためにヴァリア帝国領へと向かうというのが一般的になった。
そこで、一つの取り決めができた。現実世界の人々を牽引する2大ギルド『ライオンハート』と『王龍』のどちらかは、必ず王都グランエンドに滞在していないといけないということだ。
今後のバージョンアップや緊急事態の発生に対処するためにも、拠点には中心となる2大ギルドのどちらかが常駐している必要があるからだ。
そして、現在、ヴァリア帝国の帝都イーリスベルクには『王龍』の主要メンバーが滞在していた。
2
「初めて来た時から思ってたけど、イーリスベルクって堅苦しい街だよな」
ベルセルクの少女が赤黒い髪をかき上げながら嘆息した。灰色の石材を多く使っているせいか、街全体がどんよりとした色なのだ。
時刻は正午前、薄っすらと雲がかかる空の下、帝都イーリスベルクの街の中を5人の少女たちが歩いていた。
正確には4人の少女と1人の男なのだが、赤黒髪をした蒼井真は、どう見てもショートカットの美少女にしか見えない。
だから、赤黒い髪をかき上げて嘆息したのは、正確には少女ではなく、蒼井真(男性)なのだ。
「グランエンドと比べると、確かに華がないよね。どちらかと言うと軍事都市みたいな感じがするし」
真の隣を歩く真田美月が街並みを見渡しながら応えた。茶色いミドルロングの髪と、あどけなさの残る顔立ちだが、綺麗に整った顔の美少女だ。
「ヴァリアは多くの植民地を持ってた国ですしね。占領するということは、敵も多いということなんでしょう。だから、守りを考えた街並みになっているんだと思いますよ」
美月の後ろを歩く八神彩音が言う。黒髪のロングに眼鏡と、一見地味な印象の彩音だが、地顔は可愛い方だ。髪型を変えたりしただけでも、ガラリと変わる素質を持っている。
「でもさ、最初に来た時と比べて、街の中の人の顔が柔らかくなったように思うんだけど?」
そう言ったのは椎名翼だった。肩口で切られた癖のある紺色の髪と快活そうな顔。こちらも負けじと整った顔立ちをしている。
「あ、それは私も思った。前に来たときはすっごい人間不信な感じだったけど、今はそうでもないっていう?」
翼に同意してきたのは橘華凛。シルバーグレイの長い髪をしたハーフで、綺麗な顔の美少女だ。
「戦争が終わったっていうこととブラドがいなくなったことが大きいんだろう。センシアルも略奪をするような真似をしてないし、帝国民からしてみたら、敗戦国になったとしても、気分的には楽なんじゃないか……今のところは」
真が最後に含みのある言い方をして終わった。
「今のところはって?」
華凛が質問をした。真が言うように戦争やブラドがいなくなったことは帝国民にとって良いことだというのは分かる。実際にブラドと戦った華凛も、あんな奴が上にいたら息苦しくて堪らないと思う。それがいなくなったのだから、もう何も心配するようなことはないはずだが。
「まだ戦後処理の最中だ。これからロズウェルがどんな内容の条約を締結するか分からない。あいつは完全にセンシアル側の人間になった。今回の戦争でも勝利に貢献してるから、センシアルからの保障もある。今後、どれだけヴァリアから吸い上げたとしても、ロズウェルとアーベルは美味い汁を吸わせてもらえるっていうことだ」
再び真が髪をかき上げて嘆息した。結局のところ戦争に正義などない。あるのは己の利益のみ。
「なんか、そう言われてみると、私たちがやったことって、本当に良かったのかどうか疑問に思えてくるわよね……」
渋い顔で翼が応える。現実世界の人間からしてみれば、ミッションだからやらないわけにはいかなかった。イルミナ・ワーロックに荒らされたヴァリア帝国を救うという大義もあった。だが、結果を見てみると、戦争に勝利した者が敗者から吸い取るという仕組みを作っただけになっている。
「それは、最初から言われてたじゃない……。ヴァリア帝国を破ったら、センシアル王国の傀儡国家にするって、その政権の座にロズウェルさんが就くってさ……。それに、真が言った通り、ブラド皇帝から国を開放するっていうのは、悪いことじゃないんだし……」
複雑な心境で美月が言う。今の状況が最善であるかと聞かれれば、『違う』と答えるだろう。では、以前の状況を続けるのと、今の状況ではどちらを選びますかと聞かれたら、『今の状況を選びます』と答えるだろう。
イルミナ・ワーロックという存在を抜きにしても、植民地に対するブラド皇帝の圧政は見過ごすことはできない。ロータギアでの暮らしの一端しか知らない美月もそれは強く思っている。
「そのことは俺たちが考えても仕方ないことだよ……。それよりも、ヴァリア帝国領を把握する方が大事だ」
この話はこれで終わりと、真が話題を変える。そもそも真達のギルド『フォーチュンキャット』がヴァリア帝国に来たのは、新たな狩場を探してのことだ。
「そうでしたね……。国のことは国同士で解決してもらわないといけませんし……。ここは気持ちを切り替えていきましょう」
真の言葉に彩音が追従する。現実世界の人達の故郷はセンシアル王国でもヴァリア帝国でもない。他所の国の問題に首を突っ込むのは筋違いだ。
「まあ、納得いかないところはあるけど、私たちが優先すべきは、もっと強くなることだしね。ほんと、毎度毎度、ミッションでは自分の力不足を思い知らされるわ」
愚痴を言いつつも翼の目は前向きだ。まだまだ強くならないといけないことは分かっているのと同時に、
自分の成長も実感できるところがあるからだ。
「私たちの力不足っていうのもそうだけどさ、なんか真君、また強くなってない?」
華凛が前回のミッションでの戦いを思い出す。アークデーモンと化したブラド皇帝に対して、真は正面から向かって行った。そして、圧倒的な強さで勝利している。
初めて会った頃は、ただ単に力でねじ伏せる戦いだったが、何時の頃からか、戦いそのものを支配するようになっていた。前回の戦いでは、それがさらに研ぎ澄まされていたように感じる。
「それ、私も思った! 上手く言えないけど、なんだか一段階上がったような気がするのよね」
翼も真とブラドの戦いを思い出す。途中で真の戦い方に違和感を覚えることもあったが、最終的には完璧な立ち回りで圧倒していた。
あの途中で感じた違和感が何なのか、それは気になるが、考えたところで分からない。
「いや、まぁ……。俺も色々な敵と戦ったりしてるし……。でも、そんなに変わってないと思うけどな……」
一方的に褒められるというのは、真としてはむず痒いところがある。真は照れながらもなんとか返事だけしていた。
「…………」
美月は黙って真の方を見ていた。真がさらに強くなったのは正しい。間違ってはいない。ただ、問題は強くなる方法。真の中の狂戦士が活性化したことが、さらに強くなった原因であると美月は思っていた。
(真の本当の強さは、ベルセルクの強さなんかじゃない。真の強さは、ブラド皇帝を倒す時に見せた、人間としての強さなんだから……)
真はベルセルクに頼らなくなても強い。それが美月が持っている信念とも言うべき、真に対する考えだ。
「美月さんは今でも反省してくださいね。真さんの強さを一番よく知ってるのは美月さんなんですから、あんな無茶なことは二度としないでくださいよ」
黙っている美月に対して、彩音が釘を刺した。美月は、アークデーモンと化したブラド皇帝と真との戦いの間に割って入り、下手をすれば死んでいたかもしれないダメージを負った。
美月が反省していることは彩音だって分かっていることだが、黙ったままの美月を見て、言わずにはいられなかった。
「……うん。分かってる……。あんな無茶なことは二度としないから……」
俯いたまま美月が返事をした。美月もあんな無茶なことをするつもりはない。仲間にどれだけの心配をかけのか、それを理解しているから、もう二度とあんな真似はしない……のだが、ではどうやって真を止めるのか。その答えはまだ出ていない。
「……分かってるんでしたら、それでいいですけど……」
彩音がそう言うと、美月との間に数秒の沈黙ができた。その時――
― 皆様、『World in birth Real Online』におきまして、本日正午にバージョンアップを実施いたします。 ―
突然、空らか大音量の声が聞こえてきた。
― 繰り返します。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたします。バージョンアップの内容につきましては、皆様それぞれにメッセージを送付いたしますので、各自でご確認ください。 ―
なおも空からの声は大音量で続けた。その声に真達だけでなく、他の現実世界の人達にも緊張が走った。ざわついていた人達が、まるで時間が止まったかのように静まり返る。
【メッセージが届きました】
いつも通りの声が真の頭の中に直接響くと、目の前にはレターのアイコンが浮かんでいた。これはバージョンアップの内容を記した通知だ。
「見るぞ……」
真の言葉に対して美月、翼、彩音、華凛の4人が無言で首肯する。
『フォーチュンキャット』の慣習として、バージョンアップがあった際に送られてくる通知はまず、マスターである真が確認することとなっていた。
真がレターのアイコンにそっと触れると、中身が開示される。
【バージョンアップ案内。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたしました。バージョンアップの内容は以下の通りです。
1 死の大地 シン・ラースを追加しました。
2 深淵の龍帝ディルフォールが復活しました】
「なッ!?」
バージョンアップの内容を見た真が絶句した。全身血が逆流したかのような戦慄が走る。通知の文字から目を離すことができない。
手が震えているのが分かる。いや、手だけではない、体中が震えている。
何度見返しても、書いている内容は変わらない。『深淵の龍帝ディルフォールが復活しました』と書かれている。
「ど、どうしたの真……?」
美月が真の異変に気が付いた。今までにも、バージョンアップの通知で真が反応したことあるが、今回の反応尋常ではない。
「や、やばい……。これは……やばい……」
真の声は震えているようにも聞こえてた。
「そんなに危険な内容なの……?」
美月が聞き返した。
「あ、ああ……。これは今までのバージョンアップの比じゃない……。こんなの……どうしろっていうんだ……」
「本当に危険なの……?」
再び美月が聞き返す。
「ああ、本当だ……。これは今までとは比べ物にならない……」
「本当に危険なんだよね……?」
しつこく美月が聞き返してきた。
「本当に危険だ……。別に、皆を不安がらせようとしてるわけじゃないんだ……。でも、これは……」
「だったら――」
真の言っていることに美月は底知れない違和感を感じていた。それでも、美月は言葉を続ける。
「どうして……笑ってるの……?」
美月は言い知れぬ不安の中、バージョンアップ通知を見て笑っている真に問いかけた。




