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皇帝ブラド Ⅲ

ブラドからの突然の強襲に対して、真は紙一重で避ける。デーモンの鋭い爪が赤黒髪を掠めた。


動きはかなり早い。ガチガチに隆起した筋肉の鎧により、体つきは横に大きいのだが、それを感じさせない俊敏さを持っている。


「ほう、今のを避けるか。小娘にしては、なかなかやるではないか」


ブラドがニヤリと笑う。肉体的に強大な力を手に入れたことが嬉しいのだろう。老いた体が若返り、血肉が湧き踊るのを感じていた。


「お褒めにあずかり光栄だよ!」


<スラッシュ>


真は回避した体勢から、踏み込んで斬撃を放った。大振りだが隙のない一撃だ。


そこは完全に真の間合いだった。巨体のデーモンの懐に潜りこんでの袈裟斬り。


「フンッ!」


ブラドは床を蹴って距離を取った。真の斬撃は、切っ先が触れるか触れないかの所で空を斬った。


「あのタイミングで躱すのかよ……」


真はブラドに攻撃を避けられたことに驚愕していた。ギリギリではあったが、ブラドは真の斬撃を回避してみせた。タイミングも間合いも完璧だったにも関わらずだ。


「小娘、貴様が剣を当てられなかったのは、余を侮っていたからだ! 概ね、権力者に武があると思っていなかったのだろう? そこが貴様の誤りだ。余に剣を教えたのは剣聖と呼ばれた男だ! そこらの兵士とは訳が違うぞ!」


「剣聖……!?」


「左様、剣聖――ヴァリア帝国黒騎士団、剣聖ゼール・ヴァン・ヘイムと言えば、田舎者の貴様でも名前くらいは聞いたことがあるであろう?」


「ゼール……あいつが……。アーベル、本当か?」


真は横目でアーベルを見ながら言った。


「はい……。ブラド陛下は若い頃から、剣聖ゼール様にその剣を叩きこまれていました。身分も何も関係なく、本気で剣の稽古を付けられてきたと聞いています……。老いてその技も鈍ってはいたようですが、デーモンになったことで、全盛期の力を取り戻したと見るべきです……」


すぐさまアーベルが返事をする。


真はここで自分の誤りに気が付いた。タイミングも間合いも完璧なのに避けられた理由。それは、ブラドが言った通り、完全に舐めていたからだ。多少、武芸を習っている可能性はあったが、所詮貴族の習い事。無意識のうちに、そう高を括っていたのだ。


だが、実際にはゼールに剣を仕込まれたという。あの剣の極致にある人間から、直々に教わったのだ。並みの使い手ではないはず。


「そういうことだ小娘。貴様も多少は腕に覚えがあるようだが、本物の剣を見たことはないだろう? 全盛期の技を取り戻した余が、本物の武というものを見せてやろう!」


ブラドは再び弾けるようにして飛びかかってきた。その鋭い爪が、再び真に襲い掛かる。


<スラッシュ>


真は頭を下げながらも一歩前に踏み込んだ。そして、そのままブラドを袈裟斬りにする。油断も慢心もない。一切侮ることなく、渾身の力で大剣を振るった。


「グガァッ!?」


まともにカウンターを受けたブラドの口から苦悶の声が漏れた。


<シャープストライク>


真は手を止めずに、切り返す刃で素早い二連撃を放った。これもブラドは回避が間に合わず、直撃を受けてしまう。


<ルインブレード>


真とブラドの間に魔法陣が出現。真はその魔法陣ごと叩ききるようにして大剣を振った。


「ヌゥッ!?」


ブラドは大きく後ろに後退することで、ルインブレードから逃れることができた。慌てて飛んだのだろう、真との距離はかなり開いてしまっている。そこに――


「あんたの相手はこっちにもいるのよ!」


<アローランページ>


翼が追撃の矢を放った。現実ではあり得ない速度で次々と矢を射る。


アローランページはスナイパーの単発スキルで、一度に連続して多くの矢を浴びせる強力な攻撃スキルだ。


「ヤガミアヤネ様、畳みかけますよ!」


「は、はい!」


<ヘルファイア>


<ヘルファイア>


続けて彩音とアーベルも参戦。地獄の黒炎がブラドの体を焼き付ける。


ヘルファイアは炎属性の魔法で、単発ダメージに加えて、一定時間継続してダメ―ジを与え続ける効果もある。総合的なダメージは非常に大きな攻撃スキルだ。


「私だって、やれるんだから!」


<サラマンダー>

<ラヴァ エクスプロージョン>


華凛が精霊サラマンダーを召喚すると同時にスキルを放った。まるで火山が噴火したかのような激しい爆発が、ブラドを中心に巻き起こる。


「お、おのれ……虫けらどもが……」


ブラドから怨嗟に満ちた声が聞こえてきた。大きな悪魔の翼を前に持って来て、盾のようにして翼や彩音達の攻撃を凌いでいた。


「お前は、『本物の剣を見たことはないだろう?』って言ったよな? それが驕りなんだよ! 見た目に惑わされてるのはお前の方だ! お前の攻撃なんてな、ゼールに比べたら子供のお遊びなんだよ!」


真は大剣の切っ先をブラドに向けて言い放った。見た目はただの小娘で間違ってはいないが、本物の剣は見たことがある。それどころか、首を斬られた。身をもって、剣聖と呼ばれた男の技を知った。


「言わせておけば、この小童がッ!」


ブラドは怒りを露にして怒鳴った。真が油断したのと同じことを、ブラドがやってしまった。そこをまんまと狙われ、痛手を負ってしまったのだ。


「フフフ、ブラドよ。そうカッカしては良くありんせん。宴は始まったばかりでありんすよ」


ブラドの右肩に同化した鉄仮面、シャンティが面白がるように言う。ブラドと違い、かなり余裕を持っている様子だ。


「貴様はその耳障りな声を出すな!」


シャンティの言葉に、余計苛立ちを増したブラドが声を荒げる。


「あらあら、いけずななことを言うてはなりません。あちきら魔人と同化していることの意味をよく考えておくんなまし」


「魔人と同化だと……? ああ、そういうことか。なるほど、よかろう。貴様の話に乗ってやるわ」


何かに合点がいったブラドは気を取り直した様子だった。


そして、切っ先を向ける真の方を睨みつける。


「おい、ベルセルクの娘よ。貴様の名前を聞いておこうか」


どこか余裕のある声でブラドが言う。


「蒼井真っていう名前の男だよ!」


<ソニックブレード>


真がもう何度目になるのか覚えてもいないセリフを吐くと同時、大剣を振って音速のカマイタチを発生させた。


見えない刃は一直線にブラド目掛けて飛んでいく。が――


ブラドは体を半分横に向けてソニックブレードを回避。遠距離ということと、剣の振りから、何かが飛んでくると予測しての回避行動だ。


<レイジングストライク>


真は、回避行動を取っているブラドに向かって飛び込んでいった。


レイジングストライクは離れたところから一気に距離を詰めることができるスキルだ。さながら猛禽類が獲物に襲い掛かるようにして、ブラドに飛びかかる。


「そういうところが小童だというのだ!」


真の剣が届く直前。ブラドの背後に黒い穴が開いた。突如、空間に空いた穴。楕円形の穴で、デーモンと化したブラドの体もスッポリと入るくらいの大きさだ。


その空間の穴にブラドが後ろ向きに飛び込んだ。


「ッ!?」


真の攻撃は空を斬った。狙ったはずのブラドは、空間に開いた穴に入った途端、その姿を消し、同時に空間の穴も消える。


「死ね、アオイマコト!」


突然、ブラドの爪が真の背後から襲い掛かってきた。鋭い悪魔の爪が、真の後頭部から背中にかけて引き裂いていく。


「うッ!?」


背中に痛みを覚えた真が振り向くと、そこには追撃の拳を振り下ろす瞬間のブラドの姿が見えた。この時点で、もう遅かった。


渾身の力を込めて放ったブラドの拳が真の体に直撃。真はその衝撃で、床に叩きつけられると、バウンドし、数メートル吹き飛ばされた。


「真ーッ!?」


美月が悲鳴じみた声を上げると、すぐさま駆け寄って回復スキルをかけた。


「大丈夫だ……。これくらいなら何ともない……」


真は立ち上がって、ブラドに目を向ける。


「まだ生きておるか。見た目以上に頑丈だな」


ブラドは感心したように言った。ただの人間風情が、今の攻撃でも立っていられることに驚きと興味があった。


「シャンティとか言ったか……。あいつの能力だな?」


大剣を構えなおして真が訊いた。いきなりブラドが消えたのも、突然背後にいたのも、全て魔人、シャンティの空間転移能力なら説明がつく。


結局、再び油断したのは真の方だった。優位性を取ったからといって、迂闊に飛び込んだところを狙われた。確かにブラドが言うように、小童の考えそうなことだ。そのことは歯噛みするしかない。


「そういうことだ。余は魔人と同化しておるのだ。これくらいのことは容易い!」


ブラドはそう言うと、再び、空間に穴を開けた。


「美月、離れろッ!」


「う、うん!」


ブラドが空間の穴に入ったところで真が声を上げた。また、空間を転移して襲い掛かって来るつもりなのだ。空間転移の厄介なところは、どこから襲い掛かって来るのか分からないこと。接近してくるまでの過程が全てカットされてしまう。


ただ、一つだけ分かることは、狙われているのが真であるということ。だから、美月に離れるように言った。


(後ろかッ?)


真は咄嗟に振り返った。空間転移での攻撃で一番効果的なのは背後に回ることだろう。いきなり背後から攻撃されれば、回避は非常に困難になる。


だが、振り向いた先にブラドの姿はなかった。


「こっちだ!」


ブラドの声は真の後ろから聞こえてきた。振り向いた先にいなかったブラドが、背後から声をかけてきた。つまり、ブラドは真の正面に空間転移していたということだ。


「クソッ!?」


裏をかかれた真から苦い声が出て来た。ブラドとて真の攻撃を受けた時に、その強さを実感したはずだ。にも関わらず、安全策を取って背後に空間転移するようなことをせず、裏をかいて正面に転移してきた。その度胸は、まさに皇帝になった者の実力といったところだろう。


避けきれない。真の脳裏にそう浮かんだ時だった。ブラドの背後に回り込んだ者がいた。


<バックスタブ>


ミルアだ。アサシンのスキルであるハイドによって、ブラドに気付かれることなく背後に忍び寄り、無防備なところに一撃を放った。


一瞬のことだが、ブラドの気が逸れた。その一瞬で、真が体を横に捻ると、ブラドの爪は真の大剣にぶつかった。


<シャープエッジ>


ミルアは手を緩めることなく短剣と突き立てた。


<ウィンドエッジ>


ミルアの攻撃はさらに続く。短剣を逆手に持ち、風を纏った一撃を加える。


「図に乗るなよ虫けらがッ!」


ブラドは両腕を広げると力いっぱい叫んだ。その瞬間、ブラドの体から溢れ出す黒いオーラが一気に開放され、激しい爆発を起こした。


いち早く危険を察知したミルアは、爆発が起こる直前に離脱。真も、大剣を盾にすることで、爆発から逃れた。


<ライトニングピアス>


一旦距離を取ったミルアは、短剣を順手に持ち替えると、再びブラドに向かって突撃。体ごと弾丸にでもなったかのように、ブラドに短剣を突き立ってた。


ミルアはそのまま、攻撃を続行――することはなく、一旦距離を取るために後方に飛んだ。これ以上は危険だというラインをしっかりと見極めている。


「ロータギアの鼠が、小癪な真似を!」


ブラドが小柄な獣人の少女を睨みつける。食われるだけの存在が、食う側に噛みついたのだ。これほど腹立たしいことはない。


「いいかブラド! 貴様によって奪われてきた私たちの恨みが、鼠の歯を刃に変えたんだ! その喉元を搔っ切るまで、この刃は折れないものと知れ!」


ミルアはブラドに短剣を突き付けて叫んだ。奪われ続けた者達の重苦。食われ続けた者達の怨嗟。自由はなく、生きる意味はなく、ただヴァリア帝国のためだけに存在することを許された者達の牙がここにあった。


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