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帝都潜入 Ⅰ

        1



薄っすらと雲のかかる午前中。雨は降りそうにないのだが、太陽は時折顔を見せる程度。夜明け前に小雨でも降ったのだろうか、地面は少し湿っている。


ウォルバートの別荘で一夜を過ごした真達が、朝食を終えて外に出ると、すでに数台の馬車が待機していた。


今日は、ウォルバートが帝都に帰るにあたり、真達が使用人として同行するという段取りになっている。


そのため、真とアーベルは執事服を、美月達やミルアはメイド服に着替えている。今は主人であるウォルバートが帝都行きの馬車に乗り込むのを待っているという設定だ。


「おはようございます、ウォルバート様」


御者の男がウォルバートに深々と頭を下げた。


「ご苦労。少し雨が降ったようだが、大丈夫そうかね?」


顔見知りの御者なのだろうか、ウォルバートは気さくに声をかけた。


「この程度であれば、問題ありません。ぬかるんでいる所もないかと」


「そうか、なら良かった」


「それでは、こちらへどうぞ」


「うむ」


ウォルバートが御者の男は挨拶程度の会話をした後、自身の馬車へと乗り込んだ。ブラウンを基調とし、扉や屋根には金属で縁取りがしてある。流れるような曲線のフォルムが特徴の豪華な馬車だ。


「僕たちも馬車に乗りましょうか」


執事姿のアーベルが笑顔で言った。分かっていたことであるが、金髪ミドルのイケメンが執事服を着るとなんと様になることか。


「はい」


翼が返事をすると、他の皆も馬車に乗り込んでいく。使用人用の馬車なので、ウォルバートが乗った馬車と比べると、かなりみすぼらしいが、作りはしっかりとしている。


アーベル、翼、華凛、ミルア、彩音と乗っていき、真が馬車に乗ろうとした時だった。


「ねえ、真。色々と思うことはあるけど、ミッションの最中なんだしさ、とりあえず、今やることに集中しよ。余計なことを考えながらだと、そっちの方が危ないと思うの。だから、今まで通り。ね?」


数日振りに美月が真に話しかけた。どこか吹っ切れたような顔をしている。


「……あ、えっと……、そうだな……」


真がぎこちなく答える。美月なりに考えた結果、今やることに集中しようという結論になったのだろう。優先すべきはミッションの成功なのだから、真もその方が合理的だとは思う。ただ、美月が気持ちを切り替えているのに対して、それに即座に応えることができるほど、真の気持ちは簡単には切り替わらない。


「うん、そういうこと――真、その執事姿、似合ってるよ。メイド姿も見たかったけどね」


半ば強引なくらいに美月が微笑みかけると、馬車へと乗り込んでいった。


「……メイド服なんて、着ねえよ」


小さく愚痴を溢しながらも、最後に真が馬車に乗り込むと、帝都へ向けて出発していった。



        2



馬車に揺られること丸一日。途中、馬車の中での宿泊となったが、特に問題になるようなこともなく、真達はヴァリア帝国の帝都イーリスベルクにまで来た。


灰色の石材で囲まれた巨大な帝都の防壁。見上げるほどに高いその防壁は、傾いた日差しにより、大きな影となって真達に覆いかぶさっている。それは、まるで真達を押しつぶそうとしているようにさえ思えてくる。


センシアル王国の王都グランエンドの入り口が、権威を象徴するかのような白い門であるのに対し、ヴァリア帝国の帝都イーリスベルクは、威圧的で排他的な門だ。


まるで要塞のような壁と門。戦うことを想定して作られているのがよく分かる。だから、王都グランエンドに比べて、帝都イーリスベルクは入り口が狭いように感じられた。


帝都イーリスベルクの中も同じような感じだ。主に使われている建築素材は灰色の凝灰岩。加工が簡単であり、耐火性にも優れた建材である。


建築技術はセンシアル王国と同水準といったところか。綺麗に舗装された道と、整備された街並み。使っている石材のせいか、全体的に灰色がかっていて、重苦しい感じはする。


それに加えて、人々の表情が暗い。そのせいで余計に街の中が重苦しく感じる。常に緊張していると言ってもいいだろうか。そんな顔をしている。街中でやたらと見かけるヴァリア帝国兵が多いのも、人々が緊張している一因だろう。


しばらく帝都の中を進むと、一軒の屋敷の前で馬車が止まった。意匠の施された鉄門と、そこから続く石畳の道。外からでも見えるほど大きな木々と、綺麗に整った庭園。その奥にあるのは、4階建ての立派な建物。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


ウォルバートを迎えたのは初老の執事とズラリとならぶ十数人のメイド達。


「出迎えご苦労。早速だが、この者達を例の部屋へ案内してくれ」


「かしこまりました」


ウォルバートが初老の執事に指示を出すと、後は任せたといった感じで、メイド達と共に屋敷の中へと入っていた。


「皆様、長旅のお疲れさまでございます。私、ウォルバート様にお仕えしております、執事長のバーナムと申します。よろしくお願いします」


初老の執事、バーナムはスタスタと真達の方へとやってくると、深々と挨拶をした。


「あ、あの、こちらこそよろしくお願いします……」


美月がバーナムに挨拶をする。こういう場合の正しい礼儀作法というのは、美月も知らないので、とりあえず敬語で返すしかない。


「ははは、そんなに硬くならなくても大丈夫ですよ、お嬢さん」


「は、はい……」


「それでは、お部屋に案内させていただきますので、こちらへどうぞ」


バーナムは優しく言うと、屋敷の中へと案内していった。


屋敷の入り口である木製扉を開くと、そこは広間になっていた。床は灰白色の大理石が敷き詰められ、天井にはシャンディアが吊るされている。窓は大きく、花瓶に生けられたバラの花は、夕日に照らされて輝いている。


「広い……」


翼が思わず呟いた。外から見ても分かることだが、中に入ってみるとその大きさを実感する。吹き抜けの天井といくつもの窓が、家の解放感を演出しているのだ。実際の広さよりも大きく見えてくる。


「そうでございますね。ウォルバート様のお屋敷は、イーリスベルクの中でも大きな方でございます。ここよりも大きなものとなると、ブラド皇帝陛下かロズウェル様のお屋敷くらいのものでしょうな」


バーナムは翼の呟きに対しても丁寧に答えてくれる。


それから、しばらく歩くと、大部屋の前までやって来た。


「こちらでございます」


バーナムが扉を開いて中に入っていく。部屋の中は広かった。ただ、あまり飾りけはない。大きな机が一つに、7台のベッド。他は棚がいくつかあるくらいだ。


「ここが俺たちの待機部屋か」


ざっと部屋を見渡して真が言った。


「左様でございます。皆様はウォルバート様の新しい使用人としてここに来た、ということになっております。事情を知っているのは、私とウォルバート様だけ。事情が事情でございますので、目立たないようにしていただきます。そのため、皆様にはご無礼を承知で、使用人として接しますので、ご容赦いただきますよう」


「なるほどな。動きがあるまでは、ここで普通の使用人として働くってことか」


「ええ、そうなります。ですから、皆様は新人の執事とメイドということで、私が教育係となって、ビシバシ指導していきます」


バーナムが微笑みながら言うが、目は本気だ。真達は使用人のフリをするだけなのだが、どうやらバーナムは本格的な指導をするつもりらしい。


「バーナム様、お手柔らかにお願いしますね。一応、僕たちには大事な任務がありますので」


アーベルがにこやかに返した。


「どんな仕事でも全力で、というのが私のモットーでございます――が、できる限りの配慮はさせていただきますね」


冗談とも本気とも取れないバーナムの言い方。おそらく、揶揄われているだけなのだろうとは思うが、一抹の不安はあった。


「周りに怪しまれないようにするっていうのは、大事なことですからね。僕もできる限り執事としての働きはさせてもらいます」


「良い返事でございます。それでは、早速ですが、皆様の仕事について説明させていただきます。ただ、その前に確認しておきたいのですが……。そちらの赤い髪のお嬢さん……。どうして、執事服をお召しになっているのですかな?」


バーナムは真の方を見ながら言った。実のところ、バーナムは最初から気になっていたことだ。どうして女性が執事服を着ているのか。


「俺は男だ。執事服で間違いない」


またこの質問か、と真は辟易としながらも答える。


「これは失礼いたしました……。ただ、どうでしょう? メイド服に着替えられた方が目立たないと思いますが……?」


「着るわけねえよ! 俺は男だって言ってるだろ!」


バーナムが言っていることは理解できなくもないが、真は男だ。男がメイド服を着るなんて、高校の文化祭でふざけてやるくらいのものだ。


「左様ですが、似合うと思うのですが……残念です――それでは、仕事の説明に入らせていただきます」


がっかりとした表情のバーナム。何気に、美月達も真のメイド服姿を見たいと思ったのだが、本人が強く拒否しているので、それは叶わない。


こうして、バーナムによる、使用人としての心構えから、仕事の内容から、ありとあらゆるレクチャーが始まり、この日は夜遅くにまでなってしまった。



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