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ヴァリア帝国領 Ⅱ

真達5人とアーベル、それにミルアは、早朝から王都グランエンドを出発。ヴァリア帝国領内の辺境にある、ロズウェルの叔父の別荘を目指す。


途中までは馬車による移動だ。ただし、馬車で行けるのは、ヴァリア帝国との国境に一番近い村まで。近いと言っても、国境までは徒歩で1日以上歩かないといけない。


さらに言えば、普通にヴァリア帝国との国境の関所を通ることはできない。もうすぐ全面戦争になるかもしれないのに、関所を通れるわけがない。


そうなると、正規のルートは使えない。


そこで、アーベルが持ってきたのは山越えのルート。センシアル王国とヴァリア帝国の間を縦断するようにして聳える山脈を移動し、ぐるっと回る形でロズウェルの叔父の別荘を目指す。


真達にとっては山越えは経験済みのこと。エル・アーシアという高原地帯を散々歩き回ったのも、今となっては思い出だ。


世界がゲーム化したことによる影響で、体力も増強されている。インドア派の真や彩音も山中での移動に問題はなかった。


そして、センシアル王国を出発してから10日。真達はヴァリア帝国領内の山の中にいた。


時刻は深夜。見上げればそこに満点の星々……はなく、うっそうと生い茂る木々が、空を覆いつくしている。まるで、巨大な生き物の口の中にでも入ったような気分だ。


夜の山中をホーホーと鳴く鳥の声がしている。ミミズクだろうか。他に生き物の鳴き声はしない。風もない夜の森は静かだ。焚火がパチパチと燃える音も聞こえてくる。


見張り番をしている真は、静かに焚火を見ることが好きだった。今見ている焚火はゲームの中のアイテムなのだが、それでも本物の焚火と見分けがつかないほどリアルにできている。熱もある。温かな焚火だ。


暗い暗い山の中の森。そこに灯された小さな焚火。仲間たちはテントの中で熟睡している。夜行性のモンスターが襲ってくるようなことがあれば、即座に起きて対応できるようにはなっているが、真が見張りの時は起こす必要はない。


真が起きているのであれば、夜行性のモンスター程度、ものの数秒で片付く。たとえ、それがNMネームドモンスターと呼ばれる、凶悪なモンスターであっても。


とは言っても、夜中にモンスターの襲撃を受けるような場所ではキャンプはしない。一応、安全そうな場所をキャンプ地としている。


ゴソゴソと音がしたのは、そんな静かな夜の最中だった。


真が音の方へと視線を向けると、一人の少女がテントの中から出てきた。


「ん? どうした、美月?」


真がテントから出てきた少女に声をかけた。寝ぼけて出てきたのかとも思ったが、表情はしっかりとしている。どうやら、ずっと起きていたような感じだ。


「ちょっとね、真と話がしたくて……。交代の翼が寝るまで待ってた……」


今日の見張りの順番は翼の後に真だった。翼がテントの中に戻ってから、寝息を立てるまで、美月はずっと起きて待っていたのだ。


「俺と話……?」


「うん……」


美月はそう言いながら、焚火を挟んで真の向かい側に腰を下ろす。


しばし、美月が焚火を見つめる。何か言いにくそうにしているが、目には力が宿っているように見える。そして、意を決したように口を開いた。


「あのね……。真がヴァリア帝国との戦争の時に発狂したことなんだけどね……」


「…………」


真は何も返事できなかった。美月はオブラートに包むようなこともなく、『発狂』という言葉で表現している。それ以外にあの時の状況を説明する言葉はないので仕方がないことなのだが、美月はその言葉を真以上に辛そうに受け止めている感じがした。


「ずっと、考えてた……。真は教えてくれたよね……。発狂する原因は真とベルセルクの相性のせいだって……。戦いを求めるベルセルクの性質が、真にも影響を及ぼすって……」


「ああ……」


「だから、あの時以来、真が戦うたびに発狂するかもしれないって……、それが、凄く怖くて……。でも、真はあれ以来、発狂することはなくて……。普段の狩りの時も、今日倒したモンスターの時も、いつもの真のままだった……」


「まぁ、そんなに頻繁に暴れてたら困るし……」


「でも、それって、敵が弱いからだよね? 真は言ってたよね、大勢のヴァリア帝国兵と魔人がいたから、ベルセルクの特性が活性化したって。今回のミッションも、魔人と戦うことになるよね……? イルミナを倒すっていうことは、まだ残ってる二人の魔人も倒すっていうことになるよね?」


「……そう、なるだろうな……」


真は困りながらも返事をした。イルミナを倒すことが主目的だが、イルミナを倒すということは、手駒である魔人とも戦うということになる。


「イルミナだけだったら、まだ大丈夫なのかもって思ってたけどさ……。最悪の場合、イルミナと2人の魔人を同時に相手にしないといけなくなるよね……」


「最悪の場合は、そうなる……だろうな……」


RPGで大ボスに辿り着く前に、道中で中ボスを倒していくというのがよくあるパターンだ。なぜか、敵が戦力を分散してくれて、進みやすくしてくれる。だが、これはあくまでそういうパターンが多いというだけのこと。複数のボスと同時に戦う場面も珍しくはない。


「もしね……。イルミナと2人の魔人を同時に相手にしないといけない場合だったらね……。真はイルミナだけに集中してほしいの……」


「おい、それって……」


美月が考えていることが真にも分かった。だが、それは真が容認できる内容ではない。


「うん。2人の魔人は私たちに任せてほしい」


美月が真の目を見つめる。視線は絶対に外さない。強い意志が籠った目だ。


「ダメだ」


真も美月の目から視線を外さない。ここで、視線を外したら負けてしまう。美月の言い分が通ってしまう。それはできない。


「正直言って、これでも私は妥協してるつもり。本当はイルミナとも戦ってほしくない。でも、真はそんなこと絶対に許してくれないって分かってるから、イルミナとだけ戦うっていう提案をしてる」


「魔人の強さは美月だって知ってるだろ! ヴィルムみたいに初見では対応できないような攻撃をしてくるんだぞ!」


以前、イルミナの迷宮の最奥にいた魔人ヴィルム。攻撃手段が非常に難解で、真も下手をすれば死んでいたかもしれない相手だった。


「知ってるよ! だから、真には戦ってほしくない! イルミナだけでも真は発狂する可能性があるんだよ! それなのに、2人の魔人まで同時に戦ったら……、戦ったら……、真は……また……」


美月の目が潤んでいくが、歯を食いしばって必死に耐える。あの時の真の姿が脳裏に浮かぶ。控えめに言っても人のそれではなかった。もう、二度と真があんな風になるところを見たくない。


真が発狂するには、それ相応の敵が必要だ。普段の狩りで倒すような雑魚モンスターでは真が発狂するには至らない。万を超えるヴァリア帝国軍と2人の魔人がいて初めて、真が発狂するレベルに至った。


もし、イルミナが万を超えるヴァリア帝国軍に匹敵する敵であるとしたら、真はまた発狂することになるだろう。普通に考えれば、イルミナ一人がそれほどの戦力になるとは到底思えないのだが、ヴァリア帝国はイルミナ一人に狂わされている。この事実を考えると、イルミナとだけ戦うことも、真が発狂するリスクは十分あるのだ。だから、美月は『これでも妥協してるつもり』と言った。


「俺だって……発狂することは怖い……」


「だったら――」


「俺が怖いと思ってるのは、美月達を守れないかもしれないからだ!」


「私たちだって戦える!」


「そんなことは分かってる! でも、俺が発狂してしまったら、敵を倒すことにしか意識が向かなくなる! そうなったら、美月達に何かあっても俺が対応できなくなる。そうなったら……」


「真……」


「だから、今回の人選は反対だった……。はっきり言って、俺一人だけでやりたかった……」


「それ……、本気で言ってるの?」


美月の目に怒りの感情が籠る。確かに、バージョンアップがあった直後の同盟会議で、真は『フォーチュンキャット』のメンバーがミッションに参加することに反対していた。その理由も分かっている。真は自分が発狂してしまうことを恐れているからだ。だからこそ、一人で背負うようなことはしてほしくない。仲間を信頼して頼ってほしい。


「本気だよ……」


ここで真が美月から視線を外してしまった。それは不利になることだと分かっていたのだが、無意識のうちに目を逸らしてしまった。


「私たちじゃ、足で纏いになるってこと?」


「そんなことは言ってない!」


「言ってるじゃない! 真一人でミッションをやりたかったって! 私たちが真の強さに追いつけないのは分かってるよ! でも、もう、昔みたいにお荷物じゃないって、真の隣に立ってもいいんだって、そう……思ってたのに……」


「俺だって、美月達を守りたいって思ってる! それがダメなことなのか? 大切な仲間を危険な場所に連れて行きたくないって思うことが、足手纏いだって思うことになるのか?」


「そんなのずるいよ!」


「何がずるいって――」


「真さん、美月さん……。聞こえてますよ……」


彩音が真と美月の口論に割り込んできた。最初は静かに話をしていたのだが、いつの間にか興奮してしまい、声が大きくなっていた。


「あっ……、起こして……悪かった……。翼と華凛は……?」


真はバツが悪そうに聞いた。彩音だけでなく、翼と華凛にも美月との口論を聞かれている可能性がある。


「大丈夫です。起きてません」


彩音が静かに答える。そもそも、こんな話を翼が聞いていたとしたら、彩音より先に出てきているはずだ。


「あ、彩音……。どこから聞こえてた……?」


真が最も気になったのは、彩音にどこまで聞かれていたのかということ。真が発狂する話を彩音に聞かれてはいないだろうか。それが心配だった。


「はぁ……。正直言って、私もショックを受けてます……。真さんが私たちを心配してくれるのは分かりますが、一人でミッションをやろうとしてたなんて思ってもいませんでした……。聞こえたのはそのあたりからです」


溜息交じりに彩音が答えた。どうやら、発狂のあたりは寝ていて聞こえていなかったようだ。


「そうか……」


「他に聞かれたら不味いことでもあったんですか……?」


彩音も実は怒っていた。彩音が起きたのは美月が声を荒げて、『言ってるじゃない! 真一人でミッションをやりたかったって!』と言った時だ。彩音だって必死になって真について来た。ここまで来ることができたのは真のおかげだとも思っている。だけど、真が一人でミッションをやりたかったというのは、納得がいかない。


「いや……。それが、一番聞かれたくなかった……」


視線は地面に落としたまま、真は嘘をついた。彩音は勘違いをしてくれている。発狂のことを隠せるのであれば、誤解されても構わないと思っていた。だが、彩音の勘違いはあながち間違ってはいない。美月が怒る理由は、真が発狂するリスクを負ってでもミッションをやろうとしていることであり、美月達を頼ろうとしないところだ。真の発狂という一点を除けば、彩音が怒った理由もほぼ同じだ。


「そうですか……。分かりました。真さん、このことは翼ちゃんと華凛さんには内緒にしておきます。ですから、反省してくだいさい」


「俺は何も反省することは――」


「翼ちゃんと華凛さんには黙っておきますから、反省してください!」


これはもう彩音からの脅しだった。彩音が聞いたことを翼や華凛に知られれば、真はもっとやり辛くなる。美月だけでなく、翼や華凛まで無茶なことをしでかすかもしれない。そうなれば、危険度はさらに増す。


「くっ……。分かった……、反省する……」


真は彩音に従うしかなかった。全然納得はいかないが、弱みを握られたようなものだ。普段は大人しい彩音だが、本気で怒るとかなり強引な手段を使ってくる。そうなれば、翼でも折れてしまうくらいだ。


「美月さん、ちょっといいですか」


「え? あ、うん……」


彩音は美月に声をかけると、2人で夜の森の中へと消えていった。遠くには行かないだろうが、真には聞かれたくない話をしにいくのだろう。おそらく美月にも説教をするつもりなのだ。


「はぁ……」


真は頭を抱えて、大きく溜息をついた。


焚火はパチパチと音を立て、ミミズクはホーホーと鳴いている。真の溜息は、静かな森の夜にできた傷口のように、闇の中に沈んでいった。




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なんで自分達が足手まといじゃないなんて思えるんだ 自惚れすぎだろ せいぜいランダムタゲ即死ギミックの的にしかなれんやろ
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