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潜入の段取り Ⅰ

「えっと……」


アーベルが信用できるかどうかの話をしていた最中に、そのアーベルが訪ねてきた。ミルアも一緒に来ている。どう判断していいか迷いながら、美月が真の方へと向き直った。


真も状況は分かっている。分かったうえで静かに頷いた。


「あ、どうぞ……」


美月は不安交じりにアーベルとミルアを部屋の中へと案内した。


「ありがとうございます。皆様も夜分に押しかけて申し訳ございません」


アーベルは柔らかい笑顔で会釈をする。それに対して、ミルアは無言のまま部屋の中へと入ってきた。


先ほどまで話をしていた内容が内容だけに、真達はアーベルに対して警戒心を出してしまう。


「安心しろ。危害を加えるつもりはない」


そう言ったのはミルアだった。獣人種族特有の野生の勘というものだろうか。真達が警戒していることを肌で感じ取ったようだ。


「別に……そんなつもりは……」


美月が言い訳をするが、警戒心を露にしてしまったのは事実だ。特に華凛なんかはまだアーベルの方を睨みつけている。


「ああ、すみません。女性だけの部屋に男の僕が入って来たんですから、警戒して当然のことですよね。これは僕の配慮が足りませんでした」


反省の色を出しながらアーベルが頭を垂れた。あくまで紳士的な態度で自身の無礼を詫びる。


「気にするな。それに、ここにいるのは女だけじゃない。俺は男だ」


窓際の壁に背を預けながら真が言った。そういえば、真が男だと言ったのはトーラスとの対決の時。その時にアーベルとミルアはまだいなかった。


「えっ……!? アオイマコト様は男性の方で……?」


信じられないという表情でアーベルが答える。真の見た目はショートカットでボーイッシュな感じの美少女だ。これはNPCでも男性であると判別することができない。


「……」


真の返事を聞いたミルアがスーッと真の方へと近寄ってきた。一切の物音を立てずに、一瞬で真の懐まで潜り込んできた。


その動きの速さに真も一瞬驚いたが、敵意は感じられなかったため、特に動くことはしなかった。


クンクン。


ミルアは真の首筋に鼻を近づけると、その匂いを嗅いだ。


「な、何してんのよッ!?」


ミルアの行動に驚いて反応したのは華凛だった。慌てて、真からミルアを引き離そうと手を伸ばしたが、ミルアは、するりと避けて距離を取る。


「言っていることは本当みたいだな。マコトからは男の匂いがする」


ミルアは静かに言った。真の首筋の匂いを嗅いで、男かどうかを判別していたのだ。獣人だからこそできる、男女の区別の仕方だ。


「だから、真君は男だって言ったじゃない! わざわざ、匂いを嗅ぐ必要なくない!」


華凛が顔を赤くして怒った。華凛に先を越されたが、美月もミルアには怒っていた。華凛が動かなかったら美月が動いていたところだ。


「言葉で言われてもマコトの見た目では判断できない。どう見ても女だ。だが、匂いは誤魔化せない。マコトからは男の匂いがする」


ミルアは悪びれる様子など全くなく言う。ミルアにとっては男かどうかを匂いで嗅ぎ分けただけに過ぎない。獣人種族なら特に珍しい行動でもなかった。


「俺の匂いを嗅がれただけだし、問題はないよ」


真が冷静に言う。ただ、獣人の美少女の顔が至近距離で首筋に近づいたため、実際にはすごくドキドキしたというのは伏せておく。ここはポーカーフェイスを決め込んだ。


「私だって――」


華凛が咄嗟に反論しようとしたが、急ブレーキをかけた。この先は絶対に言ってはならない。『私だって真君の匂いを嗅ぎたいのに!』なんてことは絶対に言ってはならないことだ。下手をすれば真から変態認定を受ける。


「そら、華凛は女性だから、匂いを嗅がれるのは嫌だろうけどさ。男はそこまで気にしないぞ」


真は華凛の真意を取り違えていた。おかげで華凛は命拾いをしたのだが、やはりこの朴念仁は華凛の気持ちを分かってはいない。


「人種族は変なところを気にするな? 私は匂いを嗅がれても平気だぞ。なんなら、マコト、私の匂いを嗅いでみるか?」


ミルアはそんなことを平然と言ってきた。獣人というだけあって、動物に近いところがある。相手の匂いを嗅ぐということに対して何の抵抗もない様子だ。


「「ダメに決まってるでしょ!」」


今度は華凛だけでなく美月も猛反発してきた。さっきからこの獣人の少女は何を言っているのか。文化が違い過ぎて、全く話がかみ合わない。


「そうなのか? 匂いを嗅げば大体のことは分かるぞ?」


ミルアは不思議そうに返事をした。


「匂いだけで真君の何が分かるっていうのよ! 男性か女性かくらいしか分からないでしょ!」


華凛はミルアにイラついていた。普段から華凛がしたくてもできないことをミルアは平然とやってのける。真の首筋に顔を近づけるなんて、華凛だってやりたいことだ。だけど、そんなことできるわけがない。


「マコトからは戦士の匂いがした。それも私が今まで嗅いだことのないくらい、強い戦士の匂いだ――おい、マコト。この仕事が終わったら、お前の子供を産ませてくれ」


「「「「ブッ!!!???」」」」


これには翼と彩音も反応した。あまりにも唐突なミルアの言葉にむせ返り咳き込む。何を言うかと思えば、『真の子供を産ませてくれ』ときた。


「なななななななな、何言ってんよ!!! 絶対にダメに決まってるでしょー!」


美月が手をわなわなと震わせながら大声を張り上げた。


「なぜだ? 私は強い子孫を残したいだけだ。マコトなら必ず強い子ができる。安心しろ、人種族と違って私の種族は一夫多妻制だ。マコトの子供ができればそれでいい。子供は私が立派な戦士に育てる」


「そっちの基準で話をしないでってことよーッ!!!」


こんなに大声を出したのは初めてでないかというくらいに美月が叫んだ。当の真は困惑して何も言えないでいる。そのことが、また美月には情けなかった。


「あの……すみません……。その話はもう終わりでよろしいですか?」


困った顔の男がもう一人いた。アーベルだ。ここにはミルアの子供を作りに来たのではない。もっと他の用事があって来た。


「あっ、あの、こちらこそすみません……」


美月が恥ずかしくなりながらも頭を下げる。ミルアの奔放な発言に場を引っ掻き回されたが、こんな話をいつまでもしたくはない。


「いえいえ、連れが失礼いたしました。でも、アオイマコト様が男性で助かりましたよ。男は僕一人だけかと思って少し心細かったので」


柔らかい笑顔のアーベルが真の方へと近づいていった。心底安心したという顔をしている。


「まあ、男が一人しかいないことの気持ちはよく分かるぞ」


真もしみじみと返事をする。4人の美少女に囲まれた状態は非常に美味しいのだが、何かと男女比で不利になることがある。


「僕も、昔から周りの女性にべったりされることがよくあって、大変な思いをしてきたんですよ。だから、こうしてアオイマコト様が男性と分かって、凄く安心するっていうか、心強いんですよ」


笑顔のアーベルがさらに真の方へと近づく。というか、かなり近い距離にまで来ている。特に顔が近い。


「あ、ああ……そうか……」


(近い、近い、近い、近い)


真は近すぎるアーベルに仰け反りながらも返事をした。ただ、釈然としないのは、アーベルが言っていることは、『自分は昔から、女性にモテてモテて仕方がなかった』ということだ。アーベルほどの美男子で頭も良いのなら、女性が寄ってくるのは当然のことだろうが、やはり釈然としない。


「ブッ……」


それを見た彩音が溜まらず両手で顔を覆い、伏せる。


「どうしたの、彩音?」


美月が心配そうに彩音の背中をさすった。美月が思ったことは、彩音が鼻血を出したのではないかということ。だが、ゲーム化した世界では出血という現象は、敵の攻撃による状態異常でしか発生しない。ただ、鼻血を出すことなど、ほとんどないし、ゲーム化した世界で鼻血が出ないという確証もない。


「だ、大丈夫……大丈夫ですから……」


彩音が美月に返事をした。彩音も実は、鼻血が出たと思った。だが、実際には出ていない。真とアーベルのやり取りを見て、鼻血なんか出したら、真になんと言われるか。考えたくもない事態になる。


「で、で、本題は……? 何しに来たんだ?」


未だに近い距離にいるアーベルに対して真が問う。大事な用事があって来たのではないのか。


「あっ、そうでした。すみません。アオイマコト様が男性だと分かって、つい嬉しくなってしまいました」


真の手を握ったままのアーベルが言う。その言葉に彩音はさらに悶絶しているようだが、真は無視する。兎に角、真は早く手を離してくれと思いつつも、アーベルの言葉を待った。


「先日の会議で話があった通り、僕たちは先んじてヴァリア帝国に潜入する必要があります。その段取りを話しに来ました」


ここで、ようやくアーベルが真の手を離し、真剣な表情になった。




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