信用度
センシアル王城で今回のミッションの会議は終始険悪なムードの中だった。総志と姫子はリヒターに対して不信感を持っていたし、リヒターも喧嘩腰であった。
真がリヒターと会ったのはこの時が初めてだが、印象はかなり悪い。総志や姫子との仲が悪いだけが問題ではなく、真達だけで会いに行ったとしてもリヒターの態度は同じだっただろう。
どこか人を見下した態度を取っている。その反面、元ヴァリア帝国魔道将軍のロズウェルに対しては低姿勢。
典型的な小物が重要なポストに就いたといった感じだ。長い物には巻かれて、下に対しては威張り散らす。おそらく部下からも嫌われているのだろうが、仕事ができるのであれば、上からは気に入られるのかもしれない。
これは、真の推測だが、前宰相のアドルフが失脚してから、リヒターが宰相になったのは、センシアル王国騎士団の推薦でもあったのではないかと思っていた。
イルミナ・ワーロックを操る計画が失敗した責任をアドルフが取ったことで、内政が弱体。相対的にセンシアル王国騎士団の力が増して、騎士団と繋がりのある、もとい、騎士団にとって都合の良い道具であるリヒターが宰相の座に就いたのではと、真は邪推していた。
王立武具管理所にリヒターが口利きをして、一般販売品を増やしたのも、結局は売り上げがセンシアル王国騎士団に入るのだから、リヒターがマネジメントをしたという見方もできる。
今から思えば、アドルフという宰相は非常に有能だった。真達に対しても高圧的な態度を取らず、口の利き方がなってなくても咎めない。だが、裏では非常に危険なことまで手を伸ばしている。
ただの狸おやじだと思っていた真の評価は、リヒターを見たことで大きく修正されることになった。アドルフの器の大きさや、立ち回りの上手さは、結果として真達を良いように利用していた。その能力の高さを改めて知ることになったのだ。
そんな、今回のミッションの会議を終えてから、数日後。
夕食を終えた真達は、いつも宿泊している王都グランエンドの中心地にある宿で時間を過ごしていた。
王都グランエンドはまだ眠る時間ではなく、窓を開ければ外の喧騒が入ってくる。夕食後の時間であれば、現実世界の都心とさほど変わりないくらい賑わいを見せる。
真は宿の窓越しに行き交う人の流れを見ていた。大きな道の両脇を暖色のランプが照らしている。酒場もいつも通り人が大勢入っているようだ。見るとすでに泥酔してしまっている人もいる。
「真はさあ、どう思う?」
「えっ? 何が……?」
ぼーっと外を眺めていたところに、美月から声をかけられ、真は何のことなのかさっぱり分からなかった。
「聞いてなかったの? アーベルさんのことだよ。真はどう思ってるのかなって」
「ああ……。すまん、聞いてなかった」
どうやら美月達女子連中はアーベルのことを話していたようだ。何も考えずに窓の外を眺めていた真は会話の中に入っていなかった。
「私はさ、信用してもいいと思ってるのよ。私たちを裏切る理由もないんだからさ。ヴァリア帝国を倒した方がアーベルさんだって得するんでしょ?」
真が何かを言う前に翼が割り込んできた。
「でもさ、翼ちゃん。ナジさんの時だって、アルター真教を倒した方が得するはずだったんだよ?」
翼の意見に対して彩音が反論する。
「だって、ナジさんの時は、アルター真教側の人間だったなんて知らなかったじゃない。協力しようって言って来たんだから、信じちゃっても仕方なくない?」
「うん……。今も同じ様な状況なんだけどね……」
アーベルの上官であるロズウェルが、ヴァリア帝国を倒す利点を説明している。ロズウェルが傀儡政権のトップに立つということは、必然的にアーベルも役職に就くことになる。そういう旨味があるのだと、会議の時に暴露している。
アルター正教の信者だと紹介されたナジも、アルター真教を解体すれば、平和に暮らせるという利点があるという説明をしていた。
今回のミッションもシークレットミッションも、共に内部争いが関係している。その点で似たような状況なのだ。
「ロズウェルの説明じゃ納得いってないのか? 紫藤さんは納得してるようだったぞ」
真が疑問を呈した。あの会議の場で、総志の『アーベルが裏切らない保証がどこにある』という問いに対して、ロズウェルが正直に答えた。その答えに総志は納得し、それ以上の追及はしなかったから、会議が終わったのだ。
だが、彩音はロズウェルとアーベルを信用していない様子。それを数日経ってから言い出した。
「あの会議の場では反論できませんよ。真さんの言う通り、紫藤さんも納得してたみたいですし……。でも、私たちは一度騙されているんですよ。紫藤さんは騙されてないから、納得したっていう可能性もあるんじゃないかって……。ずっと考えてたんですけど、どうしても答えが出なくて……」
どうやら彩音なりにこの数日間悩んでいたようだ。ロズウェルとアーベルは裏切るのか裏切らないのかを。
「私は信用してないけどね」
華凛がきっぱりと言い切った。その顔には何の迷いもない。確かな根拠を持っていそうな顔だった。
「そうなの? どうして?」
美月が華凛に聞く。ここまではっきりと言える根拠は何なのか。
「ああいう顔のタイプは信用できない。嫌いなのよああいう奴って。顔も良くて、頭も良くて、地位も金もあって、自信もある。なんでも自分の思い通りになるって思ってるタイプよ、あれは」
虫唾が走るとでも言いたげに華凛が答えた。顔の良さなら華凛だって美形だ。だが、頭は悪いし、地位も自信もない。何一つ思い通りになんてなってこなかった。
「それ、華凛の好みの話だろ!」
真がツッコミを入れる。そもそも華凛は人を信用していない。ごく限られた人としか話をしない。ただ単に毛嫌いしているから信用していないというだけの話だ。
「でも、確かに華凛の言う通り、アーベルさんの顔は良いわね。絶対にモテるわ。将来も有望だし、女なら放っておくわけないもんね」
翼がウンウンと頷きながら言う。
「翼って、ああいうのが良いの?」
何やら妙に納得している翼に美月が訊いた。
「え? 私? ああ、無理無理。絶対に合わない。なんていうかさ、フィーリングが合わないっていうの? 頑張っても友達止まりだよ」
「まぁ、翼は顔とか地位とか関係ないもんね」
「そう言う美月は……聞くまでもないか」
美月がどうアーベルをどう思っているのか聞こうとした翼だが、すでに答えは出ている。真がいるのにアーベルのことを気にかける余地はない。顔の美しさで言えば真の方が上だし、強さで言えば圧倒的に真の方が上だ。信頼という点で言えば論外といったところ。
「っちょ、翼ッ!?」
目の前に真がいるのに、翼はなんてことを言うのだと、美月が焦る。チラリと真の方を見てみると、全く気が付いていない様子で考え事をしている朴念仁の姿が見えた。
「で、彩音は? どうなの?」
翼の標的は、彩音に移った。
「私は……、苦手なタイプかな……。顔も良くて、優しそうだけど、裏で何を考えてるか分からないタイプだから……」
苦い笑顔を浮かべて彩音が答えた。やはり信用できないというのが彩音の結論。
「そっか――それじゃあ、真はどうなの? アーベルさんのことどう思う?」
最後に翼が真に振った。
「うーん、そうだな――」
「ええッ!? つ、翼ちゃん!? ま、ままま、真さんとは男同士で、そ、そそそんな――」
真が悩みながらも何かを答えようとしたところで、彩音が反応した。真は即座に否定するわけでもなく、真剣に考えている。まさかの反応に彩音の思考がフル回転を始める。
「ん? 何? 男同士だから、アーベルさんを信用するってこと? それって、どういう理屈?」
翼の頭に疑問符が浮かぶ。真に聞いたのに、なぜか彩音が慌てた反応をしている。しかも、顔まで真っ赤にして。そこまで、必死になるほどアーベルを信用していないということか。翼には分からなかった。
「え……? 何が……?」
ここで彩音が翼とのズレを感じた。彩音は、真が恋愛対象としてアーベルを見れるかどうかを、翼が訊いたと思っていた。だが、翼は、信用できるかどうかを聞いている。つまり――
「だから、結論として、アーベルさんを信用してミッションをやっていいかどうかってこと。真はそのあたりをどう考えてるのか聞きたいの。彩音の言う、男同士だから信用するっていうのは、理屈としておかしんじゃない?」
ということになる。
「えっ……あっと……、うん……、そ、そそそ、そうだよね……。そうだよね。翼ちゃんの言う通りだよね! 理屈としておかしいよね!」
彩音は自分が堀った募穴に気が付いた。だが、今のところ、翼は彩音が勘違いしているとは思っていない様子。だから、このまま素直に非を認めて流すに限る。
(ま、真さんがめっちゃ見る……!?)
だが、真の方は半眼になって彩音の方を見ている。このまま何も言わずに流して欲しいというのが彩音の切なる願いだが……。
「彩音もそう腐るなって」
「ブッ!? ゲホッゲホッ――だ、誰が腐ってるんですか!?」
真の一言に彩音が思いっきりむせ返った。男性同士の色恋沙汰に興味がある女子を腐女子といい、腐っているともいうのだが、真はまさにそのことを言っている。
「いや、今のは彩音がちょっと腐ってたかも」
まさかの追撃をしてきのは翼だった。その手の知識がないはずの翼が、彩音に対し「腐っている」判定を出した。
「つ、つつつ、翼ちゃん……し、知ってたの……!?」
彩の額から冷や汗が出て来る。絶対に翼は知識がないと思っていたのに、彩音を少し腐っていると言った。
「知ってた? いや、知ってたも何も、今の彩音の返し方ってさ、ちょっと投げやりだったでしょ? 間違ったことを言っても別に構わないじゃない。間違ってたら直せばいいんだしさ。間違ってたのが悔しいっていうのも分かるけど、投げやりな態度で腐るのは良くないよ!」
やはり、というべきか、翼は全く見当違いの解釈をしていた。翼らしいと言えば翼らしい解釈の仕方だ。
「翼ちゃん、その、あのね……。別に投げやりな態度を取ったわけじゃなくて、むしろ凄く興奮した――あーッ!? ちちち違うのんです――」
コンコンコンコン
彩音が更なる募穴を掘ったところで、宿の扉をノックする音が聞こえてきた。
夕食も終わった時刻だ。こんな時間に来客とは珍しい。一体誰が来たのか。
「はい。今行きます」
そう返事したのは美月だった。すぐに駆け寄って扉を開けると――
「夜分遅くに申し訳ありません。少しだけお話させていただく時間をいただいて宜しいですか?」
扉の向こう側、やってきたのは、件のアーベルその人と、全く話題には上がってこなかったミルアだった。




