リヒター宰相 Ⅰ
1
真と美月は仲間が待つ宿へと帰ってくる頃には、外はもうすっかり暗くなっていた。夜に営業している酒場や飲食店はまだ開いているところが多いが、それ以外の店はほとんど閉まっている。
今、真達がいる宿は、ここ数カ月ずっと使っている宿だ。王都グランエンドの中心地にあり、非常に便利の良い立地であるため、そこそこの値段がする宿なのであるが、真達には『ライオンハート』という巨大ギルドの後ろ盾がある。
ミッションでの最重要ギルドである『フォーチュンキャット』には、同盟の配当金に色がついているのだ。たった5人しかいない『フォーチュンキャット』に、100人規模のギルドと同等の配当金が支給されているため、基本的にお金に困るということはなくなった。
真と美月は、『フォーチュンキャット』のメンバーにバージョンアップ会議での報告をするため、携帯食で遅めの夕食を食べながら、部屋のテーブルを囲んでいた。
「なんかキナ臭い話よね……」
チキンとサラダのバケットサンドを頬張りながら翼が呟いた。真から、一通りの報告を受けたが、結局のところ内容が分からないままに王城へ行くということ。
「なんて言うか……。シークレットミッションの時と同じ臭いがしますよね……」
彩音も翼に同調して呟く。手にしたサーモンのベーグルサンドは一度テーブルに置く。翼や真のように食べながら話をするというようなことはしない。
「それは俺も思ってた。でも、今回はシークレットの指定は受けてない。っていうことは、シークレットミッションよりはまだオープンにできる内容なんだと思う」
スペアリブを早々に平らげた真は、今度は干し肉を齧りながら返答した。
「ねえ、真君。それってさ、例えばどんなこと?」
華凛が質問を投げた。限られた情報から、物事を推測してくということは、華凛には苦手だった。こういうことは頭の良いメンバーに頼るに限る。
「具体的なことは分からないけど、シークレットミッションって、政治的に裏のある仕事だっただろ? 浄罪の聖人の遺骸を持ってくるなんて、アルター教の反発を招きかねないことをやらされたんだ。しかも、本当はイルミナを復活させて操るためっていう陰謀があったわけだ。こんなことオープンにはできないし、アドルフの失脚も、古代の秘術の復活に失敗したっていう話にすり替わってる。だから、シークレットにしないといけない内容だった」
「あ、うん……そうだね……」
真の説明を受けても華凛には、「そんなものか」くらいにしか分かってない。正直なところ、政治のこととかを出されてもよく分からない。ただ、イルミナを復活させたことがバレたらヤバイということはよく分かる。
「でだ、今回のバージョンアップ。シークレットミッションほどオープンにできない内容じゃないけど、今までのミッションみたいに完全にオープンにすることはできない内容。ってことになる」
「うん……。真君、それはどんな内容なの?」
華凛が再び聞き返す。結局、オープンにできる内容なのか、できない内容なのか、今の説明では全く分からない。
「リヒター宰相に会わないことには分からない」
つまるところ、真にも分からない。ただ漠然とシークレットミッションよりはまともな内容であろうということ。
「怪しいっていうのは私も思ってるけど、ミッションなんだから注意が必要なのは、いつもと変らないんだよね……」
ティーカップを手にしたまま美月が言った。キナ臭い内容であろうとなかろうと、ミッションである以上は危険であることに違いはない。
「俺としては、最強メンバーを揃えてもよかったと思うんだよな……」
俯き加減の真の口から思わず愚痴がこぼれていた。
「ん? どういうこと? 私たち『フォーチュンキャット』で行けばいいじゃない?」
真の発言に、翼が意外だという表情で聞き返した。いつもこのメンバーでミッションをやっているのだから、何が問題なのか。
「あっ……いや……。翼が言ったようにキナ臭い話なうえに、何をするのかも分からないミッションだろ……。俺が思う人選は、紫藤さんと葉霧さん、赤嶺さんと刈谷さんを入れた5人が一番良いと思うんだ……」
真は意図せず口を滑らせてしまったことを後悔しつつも、何とか言い訳をする。本当のところは、自分が発狂してしまって、仲間を守りきれないことが怖いのだが、それは言えない。
「真さん、それは無理だと思いますよ。確かに最強メンバーっていうことだけなら、真さんの人選なんですが、『ライオンハート』と『王龍』のトップ二人ですよ? 大勢を率いるミッションならともかく、少人数だからこそ、私たちが選ばれたのは凄く合理的だと思います」
すぐさま彩音が反論した。現実世界の人達を牽引する2大ギルドのトップ。もしものことがあれば、その損害は計り知れないものになる。少人数限定のミッションでそんな人選をすることなどあり得ない。
「いや、まぁ……。それは、そうなんだけどさ……」
そんなこと言われなくても真だって理解している。理解しているのだが、他に安全にミッションをクリアできる人選が思いつかない。椿姫や咲良も考えたが、真との連携を考えるなら、やはり『フォーチュンキャット』のメンバーが選ばれる。
「今更何を言ってるのよ? ずっとこの5人でミッションをやってきたじゃない。真だって、最近は私たちがミッションに参加することに反対してなかったでしょ? だから、大丈夫よ!」
ここにきて真が渋る理由を翼は知らない。真が発狂した姿を見たのは美月だけだし、そのことは秘密にしてある。
「翼の言う通りよ! 今までのミッションだって皆無事に生き残ってこれたんだし。だからって、今回のミッションに対しても十分以上に注意はするわよ」
力強く美月が言った。真は美月と目を合わせることはできない。美月の方は真の方をじっと見つめている。
真はなんとか人選を変えられないものかと模索したが、真の考えを見透かしている美月が相手では太刀打ちできなかった。
2
バージョンアップがあった日から中一日空けた昼過ぎ。真達『フォーチュンキャット』のメンバーと『ライオンハート』の総志。『王龍』の姫子。それに『フレンドシップ』の千尋が王城の玄関に来ていた。
ただの玄関なのに、こんな広さが必要なのかというくらいに広い。大理石と赤い絨毯。白い壁には全て職人による装飾が施されており、天井には大きなシャンデリアがある。
真達は衛兵に言われて、とりあえずこの広い玄関で待機している。
待つこと数十分、一人の侍女がやって来た。
「皆様、お待たせいたしました。リヒター様のところへ案内させていただきます」
侍女は表情少なく、一礼すると、すぐさまついてくるように促してきた。綺麗な顔なのだが、まるで愛想がない。
「ああ……」
総志は特に気にすることなく、侍女へと付いて行った。それに倣うようにして、姫子や千尋、真達も付いて行く。
王城の玄関を抜けて、中庭に出る。庭師が丁寧に整備した庭園は相変わらず一部の隙もなく、完璧なシンメトリーを描いている。
ふと花壇のバラに目をやると、花びらに水滴が付いていた。何気に空を見上げると、どんよりとした重い鉛色の空が広がっている。
侍女はそんな中庭に目をやることなく通り過ぎ、さらに奥へと行く。
中庭の奥、正面には国王が住まう本殿があるのだが、そちらへは行かずに右に曲がった別館の方へと歩いて行った。
(リヒターに会いに行くんだよな? 宰相の部屋は本殿にあるはずだけど……?)
真は何度か王城へ来たことはあるが、こちら側に来たのは初めてのことだった。といっても、そもそも、無駄に広い王城だ。行ったことのない場所の方が多い。
そうしているうちに真たちはある部屋の前までたどり着いた。
その部屋自体は特に変わったところはない。少し大きめの扉があるくらいで、他の部屋と大差はない。
コンコンコンコン
部屋の前まで来ると侍女は扉をノックした。
すると、静かに扉が開き、中から別の侍女が出てきた。
「お待ちしておりました。どうぞ中へお入りください」
こちらの侍女もあまり表情はない。言葉使いは丁寧だが愛想なく一礼すると、中へ入るように促す。
総志を先頭にして部屋の中へ入る。姫子、千尋の順に入っていき、最後に『フォーチュンキャット』のメンバーが部屋の中へと入っていく。
部屋の広さは学校の教室の2つ分くらいはあるだろうか。結構広い。部屋の中央には大きな四角テーブルがあり、上座の方には数人の男が鎮座している。
上座の一番奥に座っているのはオールバックの白髪の男。その隣には金髪で髪の長い壮年の男。少し離れて座っているのが獣人の男だった。
(ん? 獣人……!?)
獣人と言っても、人の姿の方が近い。耳や目に特徴があり、尻尾があるが、他は人間と同じ。動物に近い原生種の獣人ではない、街中で暮らしている獣人種だ。ただ、獣人種というのは王城に招かれるほど身分の高い者はいないはずなのだが……。
「リヒター様。シドウソウシ様とアカミネヒメコ様及びミカゲチヒロ様の他、5人をお連れいたしました」
案内役の侍女が深々と頭を下げて報告すると、真は思案を遮った。今はミッションのことが優先だ。
「ああ、ご苦労。下がれ」
侍女に返事をしたのは、白髪オールバックの男だった。年は50歳半ばくらいだろうか。痩せ型で眉が薄い。一重で目つきも悪い。この男が新しい宰相のリヒターだ。
「はい」
侍女は言われた通り、素直に部屋から退室していった。
「早速なのだが、シドウソウシ。私は貴殿らに、先のヴァリア帝国との戦いで高い戦果を上げた者を5人連れて来るように言ったはずだが、これはどういうことかね?」
リヒターは真達を立たせたまま、怒気を含んだ声色で言ってきた。
「質問の意味が不明瞭だ。聞きたいことがあるなら明確に言え。俺たちは言われた通りに連れてきただけだ」
総志が睨み返した。リヒターが言いたいことなど分かっているのだが、下手に出るつもりもない。高圧的な態度で返す。
「ハッキリ言わないと分からないか? 貴殿はそこまで馬鹿ではないだろ?」
「言いたいことがあるのならハッキリと言え。それができない貴様ではないだろ?」
負けじと総志が言い返す。いきなり一触即発の空気だ。その空気の悪さに真たちはどうしていいか分からず、オロオロとする。
それに対して、千尋は我関せずといった顔をしており、姫子にいたってはニヤニヤと笑ている始末だ。先日のバージョンアップの時、リヒターに呼ばれた時も、この総志達3人はリヒターに対してキレたといことだった。まだ、その時の不満は残っているようだ。
「望みとあらばハッキリと言ってやる! 貴殿らが連れてきた5人の小娘は何なのだと聞いている! 私は戦場で戦果を上げた強者を連れて来いと言ったのだ! それがどうだ。貴殿らが連れてきのは小娘ではないか! こんな小娘風情に何ができると言うのだね? ふざけているのか? それとも貴殿らは本物の馬鹿なのか?」
当然といえば当然の反応。戦場で活躍した兵士を5人選ばせた結果、連れて来たのが5人の美少女だったら、ふざけているとしか思えないのは当たり前のことだ。
「貴様のその反応は想定済みだ。ここにいるベルセルクの蒼井真は、センシアル王国騎士団の全てを集めても敵わない強さを持っている」
「ハッ、何を言うかと思えば戯言を。その赤髪の小娘がセンシアル王国騎士団よりも強いだと? 夢の中の話を聞いているのではないのだぞ!」
流石にキレたリヒターはテーブルをバンッと叩いた。
「こればかりは実際に見てみないと分からないことだ。信じるか信じないかは貴様次第だ。好きに判断しろ。だが、これだけは言っておく、俺たちが用意できる人選で蒼井以上の者はいない!」
「ほう、そこまで言うのだな。ならばいいだろう! この目で確かめさせてもらうとする――少しそこで待っていろ!」
リヒターは怒声をまき散らすように言いながら部屋を出ていった。
何をしに部屋を出て行ったのかは真達には分からない。だが、待てと言っていたので、戻っては来るのだろう。美月や翼、彩音は互いに顔を向き合って、どうしたものかと困った顔をしている。授業中にキレた教師が、教室を出ていった時も皆こんな顔になっていた。
そんなことを考えていると、案外早くリヒターは部屋に戻ってきた。
「シドウソウシ。貴殿の態度は目に余るものがある。そろそろ、その態度を改めた方がいいと勉強させてやらんとな」
戻ってきたリヒターは不敵な笑みを浮かべていた。目にもの見せてくれるといった顔だ。
「ああ、それは楽しみだ」
総志は全く動じることなく返事をする。
(俺を使って喧嘩するのは止めてくれよ……)
総志とリヒターが険悪なことに真は一切関係がない。だが、勝手に巻き込まれてしまっている。真は赤黒い髪をかき上げて嘆息した。
「ふんッ、その減らず口を叩けるのも今の内だけだ。今、ある者を侍女に呼びに行かせている。それまでは、お山の大将を気取っていろ!」
リヒターは総志の態度に苛立ちながらも、ほくそ笑んで言った。
それから待つこと数分。
「失礼対します。トーラス様をお連れいたしました」
侍女と一緒に大柄の衛兵が入ってきた。身長は2メートルを超える大男だ。しかも、全身の筋肉が隆起し、腕の太さなど子供の胴体くらいはある。着ている鎧すらも、筋肉ではち切れそうなほど。見るからにパワータイプの衛兵だ。
「お呼びですかリヒター様?」
野太いトーラスの声が部屋に響いた。
「トーラス。お前に試してもらいたいことがある」
リヒターが言っていた『ある者』とは、このトーラスのことだった。そして、トーラスの名を呼ぶリヒターの声には自信が満ちていた。
「はっ、何なりと」
「ここにいる赤髪の小娘とここで対決しろ。使う武器は訓練用の模擬剣だ。ただし、赤髪の小娘、貴様は一切反撃するな。勝敗は、小娘が倒れて動けなくなるか、トーラスが諦めるまでだ」




