メッセージ Ⅴ
一瞬静まり返った会議室。誰もが総志からの説明を待つ。前回のミッションでは隣国ヴァリア帝国との戦争に参加させられた経過がある。
ミッションの内容によっては、後方支援だけでは足りず、前線に行かないといけないこともあり得る。そのため、これから説明される総志の言葉に注目が集まった。
「内容はまだ不明だ」
総志から発せられた言葉は至極簡単な言葉だった。その意味するところも明確。『分からない』と言っている。
「「「…………?」」」
誰もがその言葉に疑問符を浮かべた。総志が何を言っているのか理解できない。だが、そういう反応は総志も想定済み。誰かが疑問の声を上げる前に、総志の方から続きを口にした。
「詳しく言うと、これから始まるミッションに参加する者を5人連れて来いと言われた。問題はそのミッションの内容のなのだが、リヒターは5人連れて来いの一点張り。詳細は一切説明しなかった」
総志はそこまで説明すると腕を組んで訝し気な顔を浮かべた。普段はあまり表情に出さない総志だが、相当苛立っているようだ。
そこで、リヒターに呼ばれた3人の内の一人、千尋が静かに説明を引き継いだ。
「もっと詳しく説明すると、前回のヴァリア帝国の侵攻で活躍した5人を連れて来いということだ。それぞれの部隊を指揮したギルドのマスターが最も信頼を置ける者を5人選び、連れて来たら詳しい話をすると」
千尋は特に表情を変えずに淡々と説明をした。最近は表情が豊かになってきた千尋だが、昔の固い姿によく似ている。千尋としてもリヒターの説明に納得はしていないということだろう。
「えっと、内容を教えてもらえないミッションで、単に5人呼んで来いと言われただけなのに、これだけ時間がかかったということは、うちの姫がキレたということでよろしいですか?」
軽く手を上げて口を開いたのは悟だ。『内容は後で教えるからとりあえず5人連れて来い』というだけで、何時間もかかっている理由は他に思い当たらない。
「おい、悟。お前は黙ってろッ!」
怒気をあらわにして姫子が睨んだ。
「ふふぅ、すみませんー」
悟が嬉しそうに返事をする。それが余計に姫子の神経を逆なでる。
リヒター宰相に呼ばれた中で一番苛立ちを出しているのは姫子だった。悟はその理由がミッションであるということは想像していた。おそらく汚い仕事をしろと言われたのだろうと思っていたが、そもそも、教えてもらっていないというのは予想外だった。
「キレたのは赤嶺さんだけではない。俺もリヒターに詰め寄って内容を開示するように要求した。だが、あの男は頑として口を割らなかった。結局、時間の無駄だと判断して、戻ってきたという経緯だ」
腕を組んだままで総志が言う。王城と『シャリオン』の距離が近いのに、戻ってくるまでに数時間もかかったのだ。相当粘ってミッションの情報を引き出そうとしたのは誰もが理解している。
「これだけ時間がかかった経緯は分かった。赤嶺さんも御影さんも尽力していただきありがとうございます――それで、納得がいかない話ではありますが、結局のところ、その5人というのを選ばないといけません……」
3人の怒りと遅くなった理由が分かったところで、時也が話を進めた。
その言葉に姫子はムスッとしたままであり、千尋も黙ったままだった。
「葉霧の言うとおり、ゲーム側が用意してきたミッションを無視するという選択肢はない。『ライオンハート』の同盟の中からミッションに参加する者を5人選出する」
総志もこんな説明で5人を選ぶなどできるわけがないのだが、選ばないと先に進めないということも理解している。だから、腸が煮えくり返る思いだが、歯を食いしばってリヒターの要求通りにしないといけない。
そして、一呼吸置いてから総志は話を続けた。
「『フォーチュンキャット』の5人。俺たちと一緒にリヒターに会いに行ってほしい」
「えッ!?」
総志の言葉に驚いたのは美月だった。いの一番に真が選ばれるのは分かっていたが、自分まで選ばれるとは思っていなかった。
「何か意見があるなら聞こう」
予想外の展開という顔をしている美月に総志が声をかけた。
「あっ……いえ、意見というか、最初から私が入ってると思ってなかったので……」
予想外ではあったが美月にとっては好都合の展開だ。真を他の誰かに任せるわけにはいかない。何より、前回のミッションで真が発狂した姿を見ている。他の誰かが選ばれたら自分から立候補して、無理矢理にでも参加する覚悟をしていたほどだ。
「まず、蒼井は最初から確定している。どんなミッションをやらされるかは分かっていないが、蒼井なら問題はない。だから、今回のミッションも蒼井を主軸として考える。そう考えると蒼井の足を引っ張らない人選が優先となり、必然的に『フォーチュンキャット』が選ばれたということだ」
総志の意見は誰しもが納得する内容だった。当の美月であっても納得するくらいだ。だが――
「ちょっと待ってくれ! それは納得ができない!」
一人、この意見に異議を唱える者がいた。それは真だった。
「納得できないとはどういうこだ、蒼井?」
「ミッションの内容が分かってないんだろ? 何をするか分からないミッションに美月達を連れてはいけない!」
真にしては珍しく、大勢の中で声を荒げた。
「ミッションの内容が分かったとして、仕掛けてある罠まで見抜けたことはあるのか?」
「だからって、今回のミッションも仕掛けられた罠が分からないから、同じだって考えるのか!? それに美月達も参加させるって言うのか!?」
「その罠を超えてきたのがお前達『フォーチュンキャット』の5人だろ」
「『ライオンハート』だってミッションをクリアしてきただろ!」
「そのミッションで『ライオンハート』が何人死んだのか知ってるのか? 『フォーチュンキャット』は全員無事に生還しているのだぞ!」
「それでも……ッ」
「いいか。お前達『フォーチュンキャット』は誰も死ぬことなく、誰よりも多くのミッションを成功させてきた。今回のミッションの内容は不明でも、少人数で遂行することだけは判明している。だったら一番、生還できる可能性の高い人選が妥当だろう」
「ぐッ……」
「確かに、同じビショップでも、実力は『フォーチュンキャット』の真田より『ライオンハート』の葉霧の方が上だ。だが、真田の実力はここ最近で大きく伸びている。葉霧と比べても遜色はない。他の3人も同じだ。少なくとも、『ライオンハート』の第二部隊を任せても問題はない。実力も実績も十分に満たしている」
真は反論できないままだった。総志が言っていることが理にかなっていることは十分理解できるし、人選としても間違ってはいない。それに、美月だけでなく、翼も彩音も華凛も了承してくれるだろう。だけど……。
(俺は……、戦いになればまた発狂する……。その時に美月達を守りきれるのか……? 意識は全て戦いに持っていかれてしまう……。目の前の敵を倒すこと以外に何もできなくなってしまう……。そんな状態で美月達を守れるのか……?)
ミッションでは絶対に戦闘がある。今までに敵と戦わなかったミッションはない。真が発狂する引き金はまさに強敵との戦闘だ。ミッションであれば、今までよりも強い敵が出てくるに決まっている。
「真……、心配してくれる気持ちは嬉しいけど、紫藤さんの言ってることが正しいと思うよ……。個人の感情で決めていいことじゃないと思うの」
美月が真の二の腕にそっと手をやる。優しく触れた手の感触に真が振り向く。
「だけど……」
「大丈夫だよ。私たちは無理をしないって知ってるでしょ? それより、私は真が心配なの……。だから、お願い。一緒に連れて行って」
「…………ッ」
真は美月を跳ね除けることができなかった。真は自分が発狂することへの恐怖から、美月を遠ざけようとするのに対して、美月は真が発狂することへの恐怖に打ち勝つつもりでいる。
最初からそうだった。真はまだ逃げ続けていた。美月はずっと戦い続けていた。元より覚悟の差が違い過ぎる。
「蒼井、反論するだけの明確な根拠がないなら、この人選でいくぞ?」
真と美月の会話を待っていた総志が、時間切れの合図を送る。反対するだけの理由がなければ、『フォーチュンキャット』の5人をリヒター宰相の元へ連れて行く。
「大丈夫です。問題ありません!」
答えたのは美月だった。力強く総志の目を見て返事をした。
「美月……!?」
「大丈夫。真は私が守るから!」
真が考えていることなど、美月には完全に見透かされていた。今までにも、ミッションに参加することを反対されたことはあるが、いつしか、戦力としてミッションに同行することを認めてくれていた。
シークレットミッションの時も異界の扉事件の時も真は美月達のサポートを必要としてくれていた。
だが、ここに来て急に猛反対をした。美月はその理由がすぐに分かった。いつも近くで真のことを見ているのだ。真が何に悩んでいるのかなんて分かって当然。真は自身がまた戦いに狂ってしまうことを恐れている。
だから、美月は決めた。真を発狂させないと。美月だけが真の発狂を知っている。どうやって発狂を止めるのかなんて知らないが、それでも美月は真を止めてみせると心に誓った。何があっても、真は自分が守るのだと覚悟を決めた。
「…………」
真は何も言えなかった。戦闘能力は圧倒的に真が上だ。どんな凶悪な敵でも、どんなに強大な敵でも真より強い敵などいない。美月では絶対に勝てない敵も、真なら瞬殺だ。
だけど、真は美月に押し負けた。美月の目に宿る力に押されて何も言えなくなってしまった。
どんなに理屈を並べても美月を屈服されることなどできないと思った。なぜなら、すでに真が美月に屈服しているからだ。
「マスター及びサブマスターの合意を得たため、今回の人選は『フォーチュンキャット』の5人とする。無茶を言っているのは承知している。だが、『フォーチュンキャット』の5人にはやり遂げてもらう」
真からの反論がないということを合意と取り、総志が今回の人選を正式に決定した。真が何か不安要素を持っているのは見て取れたが、それでも総志は真を信用している。
それに、『フォーチュンキャット』のメンバーはここ最近の成長も著しい。真だけでなく、他のメンバーも十分戦力として信用に値すると総志は思っていた。




