メッセージ Ⅱ
「真の方にも来てないの?」
美月が訝し気な顔で訊いた。いつも通りのバージョンアップであれば、こちらが心の準備をする時間すら与えてくれないほど、すぐにメッセージが届くのだが、それがまだ来ていない。
「ああ、とっくにメッセージが届いててもいいはずなんだが……。美月にも来てないってことだよな?」
「うん……。私にはメッセージは届いてないよ」
美月はそう言いながら、他の3人の方へと目を向けた。
「こっちにも来てない」
すぐに返事をしたのは翼だった。理由は分からないが、バージョンアップの内容を記したメッセージが届いていない。
「私にも来てない」
続けて華凛が答えた。別に楽しみにしているものではないし、できればバージョンアップなんてない方がいいのだが、内容を記したメッセージが来ないのは困る。
「どうやら他の人も同じようにメッセージが届いてない様子ですね……」
横目で周囲を見ながら彩音が言う。当然、彩音にもメッセージは届いていない。
大衆食堂のざわめきは一層大きくなってきている。グループ内での確認だけでなく、隣のテーブルのグループにも確認をしているところもチラホラ見られた。そのどれもが同じ回答をしているようだった。
「単にメッセージが遅れてるだけか……?」
バージョンアップの内容が記されたメッセージが来ない理由を真なりに推測してみる。まず考えれるのは何らかの理由によって遅延しているということ。
「どうでしょうか……? そんな単純なミスをするでしょうか……?」
疑問を呈してきたのは彩音だ。ミスとしてはあり得ることだが、ゲーム化した世界がそんな凡ミスをするだろうか。
「私も遅れてるっていうのは違う気がする……。どう説明したらいいか難しいんだけど、遅れるってさ、凄く人間っぽいじゃない? この世界にそんな人間っぽいところないと思うんだよね……」
続けて翼も反対意見を出してきた。NPCならともかく、ゲーム側に人間味なんて感じたことはない。
「まあ、そうだよな……。メッセージが遅れてるだけっていうのは、この世界らしくないな」
真としても可能性の一つを示しただけにすぎない。メッセージの遅延ではないというのは、薄々感じていたことだ。
「それじゃあ、今回のバージョンアップは何もないってこと?」
不思議そうな顔で華凛が質問をした。何も内容のないバージョンアップ。そのためのお知らせが大音量で響いたということか。
「何もないってことはないでしょ……。それならバージョンアップする必要はないわけだしさ。何か分からないけど、変わったこととか、新しい何かが追加されたとかがあるはずだよ……」
それが何なのか、言っている美月も分かってはいないのだが、変更も追加もないバージョンアップなどする必要がないし、そもそも、バージョンアップとは言えない。
「でもさ、メッセージが来ないわけだから、華凛の言ってることもあながち的外れってわけでもない気がするんだよね……」
翼はそう言いながらも、内容のないバージョンアップをする理由は全く想像もつかない。
「なぁ、ちょっと確認したいことがあるんだけどさ……」
しばし考え込んでいた真が口を開いた。その声に『フォーチュンキャット』のメンバーが注目する。
「今回のバージョンアップの告知……。『バージョンアップの内容をメッセージで送ります』って言ってなかったよな?」
真が気になったのはちょっとした違和感だった。大音量で響くバージョンアップの告知は、初回を除けば、いつも同じことを言っている。今回の告知も、いつもと大差はないのだが、何か欠けているような違和感があった。
大音量の声をよく思い出してみると、バージョンアップの内容を示したメッセージを送るとは言っていなかったような気がしたのだ。
「そう言われても……。いつもと同じだと思ってたから、注意して聞いてなかったわね……」
こめかみに指を当てながら翼が考え込む。真が言うように、メッセージを送るとは言っていなかったような気はするが、そこまでちゃんと聞いてはいなかった。
「そうよね……。私も、そこまで注意して声の内容を聞いてなかったから……。言っていなかったって言われたら、言ってなかったような気がするっていうくらいしか……」
美月も翼と同じだった。空から聞こえてくる大音量の声がしたら、バージョンアップの内容が書かれたメッセージが届くと思い込んでいるため、声の内容よりも、次に来るメッセージの方へ注意が逸れていた。
「右に同じ……」
華凛もそこまで大音量の声の内容を覚えてなどいない。
「彩音はどうだ?」
顎に手をやりながら考えている彩音に真が声をかける。どうやら他の3人とは意見が違うように見える。
「……絶対とは言い切れませんが、真さんが言うように、メッセージを送るとは言っていなかったと思います」
彩音は真の方へと目を向けて返事をした。彩音も他の皆と同じように、メッセージが届くと思い込んでいたため、意識はメッセージに向いていたが、確かに『メッセージを送る』とは言っていなかった。
「逆の質問をするけど、『メッセージを送ります』って、はっきりと聞いたか?」
真が質問を続けた。この質問に対して、全員が首を横に振る。
「そうなると、今回のバージョンアップは、内容を教えてくれないっていうことなんだと思う」
ここで真なりの結論を出した。内容のないバージョンアップはあり得ない。となると、何らかの変更か追加があったはず。バージョンアップがあるということだけは教えてくれるが、その内容までは教えてくれないということになる。
「バージョンアップの内容を教えてくれないって……、なんでそんなことをするの……?」
美月から出てきた疑問は当然の疑問だろう。バージョンアップの内容が分からなければ、どう動いていいか分からない。そんなことをする理由とは何か。
「考えられる理由は3つ。一つは単なる嫌がらせだ。どんな変更・追加があったのか教えないことで、罠に嵌める」
真が美月の質問に答える。ゲーム化した世界は、重要なことを教えないことで、人々を罠にかけてきた。だから、今回も何も教えないというやり方できたということ。だが――
「それって、今更過ぎません? それに、罠に嵌めるなら“餌”を用意しますよね? 何も教えないって、わざわざ警戒されるようなやり方はしてこないと思うんですが」
彩音が反論してきた。真が言うように、何らかの罠に嵌めたいのであれば、そこに誘い込むための情報を出した方が効果的だ。バージョンアップがあると言っておきながら、何も情報を出さないと警戒を招くだけにしかならない。
「俺もそう思う。あくまで考えられることの一つだから、言ったけど、まず無いだろうな」
彩音の反論は真も想定済み。真自身も可能性の一つであるとしか思っていない。
「それで真君、他の二つは?」
華凛が続きを促すように言う。
「残りの内、一つはさっきも言ったみたいに、考えられる内の一つでしかないんだけど、バージョンアップの内容自体が、俺たちに知らせるほどの内容じゃないってことだ」
「知らせるほどのことじゃないって……? 例えばどんな内容?」
真の言うことに具体的なことが思い浮かばず、翼が質問を投げかけた。
「取るに足りないような不具合の修正だとか、モンスターの生息域の調整だとか、特定のアイテムの値段変更とか、そういう細かいことの調整だよ。元から具体的なことを教えてくれないバージョンアップだから、こういう細かいことは通知すらないってことだ」
実際のMMORPGでも、どうでもいい細かい不具合の修正などは、『その他不具合を修正しました』くらいにしか通知されないことがある。
「そんなことを、あんな大きな声で知らせてきたってこと? それはないんじゃないの?」
美月がそれは違うという顔で言う。ゲーム化した世界がそんな丁寧なことをするわけがない。
「だから、あくまで考えられる可能性の一つだよ」
分かってるという表情で真が返した。絶対にないとは言い切れないが、可能性は低いだろう。
「うん、そうよね……。それじゃあ、最後の一つは?」
「ちょっと大きな声じゃ言いにくいんだけど……」
真はそう言うと、テーブルの前にグイッと体を乗り出し、手招きをした。
周りに人がいる大衆食堂の中だ。ざわめきはかなり大きくなっている。人に聞かれたら不味い内容なら、大きな声を出すわけにはいかない。『フォーチュンキャット』のメンバーは、お互いがテーブルに身を乗り出して、顔を寄せあった。
「シークレットミッションだと思う」
「シーク――」
「おい!」
思わず翼が大きな声を出してしまった。真が慌てて止めに入ったことで、周りには何を言っているのか理解はできなかっただろう。
「ご、ごめん……。ちょっと驚いちゃって……」
翼がバツの悪そうな顔をしながら、手を合わせて謝罪のポーズをとる。
「確かにシークレットミッションならあり得るよね。メッセージが届かなかったのも納得がいく」
真の返答に美月が小さく頷いた。シークレットミッションは、以前、真達『フォーチュンキャット』だけに知らされたミッションだ。その時のバージョンアップは、新しいダンジョンの追加とシークレットミッションの追加なのだが、『フォーチュンキャット』のメンバー以外の人に届いたメッセージには、『新しいダンジョンが追加されました』としか記載されていなかった。
「要するに、今回のバージョンアップは『シークレットミッションが追加されました』っていう一文しかなくて、シークレットミッションを受けない人にはメッセージすらないってことですよね?」
彩音もこの回答には納得がいった。シークレットミッションは自分たちも一度経験したことがある。他の人がシークレットミッションを受ける可能性だって十分あるのだ。
「それならさ、誰がシークレットミッションをやるの? 私たちは今回ミッションには不参加っていうことになるんだよね? 真君抜きでミッションできるの?」
華凛がボソッと疑問を呟く。シークレットミッションがあるなら、それを受けた人しかその内容を把握することができないはずだ。真はメッセージを受け取っていないということは、シークレットミッションも受けることができないということになる。
「それが問題なんだよな……。俺の予想だと、『ライオンハート』か『王龍』、もしくは両方のギルドにメッセージが行ってるかもしれない――って言っても、まだシークレットミッションだと確定したわけじゃない。今考えられる中で一番可能性が高いっていうだけだ」
前回のシークレットミッションはギルド単位でメッセージが送られてきた。今回も同じだとすると、どこかのギルドにメッセージが届いているはずだ。その可能性が高いのは、二大勢力である『ライオンハート』と『王龍』。
「でも、シークレットミッションだとしたら、私たちにできることはありませんよね? 今回のミッションは結果を待つこともできない状態になるんじゃ……」
不安そうに彩音が言った。真がミッションに参加できないことで、成功率が格段に下がってしまう。それでも、『ライオンハート』や『王龍』なら、シークレットミッションを成功させてくれるとは思うが、前回のミッションを思い返すと、あの『ライオンハート』でさえ敗北している。となると、どうしても不安要素は残る。
「ねえ、もし……。もしもだよ。『ライオンハート』か『王龍』以外のギルドがシークレットミッションを受けてたとしたらさ……」
美月が暗い表情で口を開く。考えたくもないことだが、考えないわけにはいかないことだ。
「その時点で限りなく詰みに近い状況になる……。シークレットミッション失敗となったら、どんなペナルティが課されるか分からない……」
真が言うまでもなく、全員が分かっていたこと。弱小ギルトとまではいかなくても、中規模ギルドでも、『ライオンハート』や『王龍』の支援なしにミッションをクリアできるところがあるとは思えない。
「……って言っても、シークレットミッションだという確証はまだない。可能性が高いというだけだ。兎に角、今は決められた通りに動こう――美月、すぐに『シャリオン』に行くぞ」
沈んだ空気を振り払うように真が言う。シークレットミッションが発生しているかどうかはまだ分からない以上、『ライオンハート』の同盟での取り決め通りに動くしかない。
それは、バージョンアップがあれば、同盟ギルドのマスターとサブマスターは、原則として、早急に王城前広場の傍にあるホテル『シャリオン』に集合するということ。
「うん、分かった」
力強く美月が返事をすると、真と二人でホテル『シャリオン』へと向けて出発した。




