狂戦士 Ⅴ
「…………」
真は黙ったまた言葉が出てこなかった。センシアル王国騎士団とヴァリア帝国兵がぶつかり合う激しい喧噪も、戦場の悲鳴も、金属同士の衝突音も何も耳には入ってこない。
「真……なんだよね……?」
ただ、不安に苛まれる少女の声だけは、はっきりと耳の中に入ってきた。
「あっ……ああ……」
真が自信なさげに答えた。自分なのかと問われているにも関わらず、自分であるとはっきりと返事ができない不安定さ。なぜ美月は真なのかと聞いてくるのか。その答えは明白だった。
真が発狂していた姿を見ていたからに他ならない。普段なら美月はすぐさま真に近づいて安否を確認しようとするのだが、一定の距離を保ったまま近づいてはこない。
「美月……、どうしてここに……?」
今度は真が美月に問いかけた。美月は『王龍』の応援に行くために、皆と一緒に行動しているはずだ。時間的なことを考えると、今は『王龍』が担当しているヴァリア帝国右翼側と戦っている最中のはず。
「どうしても、真のことが気になって……。我儘言って、途中でこっちに来させてもらったの……」
「そうか……」
「それよりも、真……。あれは……、あれは……何なの……?」
決定的な一言だった。美月が発狂する真を見ていたという確たる証言。“あれ”が指す意味は他にはあり得ない。
「…………ッ」
真は目線を地面に逸らして言い淀む。アスファルトに溜まった雨水が真の顔をぼんやりと映している。どうしていいか分からないという情けない顔だ。
「真……。真にも分からないの……?」
美月が一歩近づいた。愛おしい人が豹変した姿を見て、恐怖を感じたが、今の真に狂気は感じない。弱々しく俯いているだけだ。それこそ、ただの少女にしか見えないくらいに。
「いや……。分かって……、分かってると……思う……」
真はどういう理由で発狂したのかが分かっていた。分かっていたのだが、ここで違和感を感じた。これは何度か経験したあの不可解な症状だ。知らないはずのことを何故か知っている。根拠もないのに、何故か確信を持って答えることができる。ミッションが終わった直後などによく出る、あの症状だ。
「『分かってると思う』……?」
当然、美月も真の回答の曖昧さに疑問を持つ。分かっているのか、分かっていないのかどっちなのか。
「なんて言えばいいんだろう……。多分こうだろうっていうのは……ある」
本当は“多分”ではなく、“確実に”なのだが。それを出すと症状のことまで追求されかねない。美月に余計な心配をかけてたくはないため、推定の範囲という言い方にしていた。
「それを、教えてほしい……」
美月は真の目から視線を外さない。その目からは怯えの色は薄くなっているが、不安の色が濃くなっている。
「でも……、はっきりとしたことは……分からない……から……」
真は回答に迷っていた。真がベルセルクの特性を誰よりも強く発揮することができる適性を持っているから、他の誰も発動させることができない“アンノウンスキル”を発動させることができた。これを美月に言ってしまうと、美月は気が付くだろう。今後も真が発狂することがあり得るということに。
「ねぇ、真……。私は『あれは何』としか聞いてないんだけど……。私が言う、“あれ”が何か分かってるよね? それってさ、真があの時の……暴れ回っていた時の記憶があるっていうこと……なんだよね?」
「――ッ!?」
ここで真は自分の失態に気が付いた。発狂して敵を斬り刻んだことを真は明確に覚えていたから、答えに迷ってしまっていた。普通に考えて、あの状態で自我があるなど思えない。だが、真は美月の質問に対して、答えを迷っていた。自我がなく、記憶がないのなら、まずは『あれって何のことだ?』と聞くはずなのだ。
「もう一度聞くね……。真にとって言いたくないことなのかもしれないけど……、私は知っておきたい――ううん、知っておかないといけないと思う」
「…………」
真は何も言うことができなかった。できるだけ美月を心配させないようにするにはどうしたらいいか。そればかりを考えていた。美月に心配をさせないようにするには、できるだけ核心から遠ざけた方がいい。だが、結果として核心に近づけてしまった。そうなると、また真が発狂するという危険性に気付かれてしまう。
「真……」
「……」
「私は真が魔人を倒すところを見てた……。突然、ヴァリア帝国の兵士のゾンビが倒れたのも、真がやったことなんだよね?」
「……ああ」
「ごめん、真。はっきり言うね……。真が魔人を倒す時の姿……、叫びながら魔人を斬っていた時の真の姿……あれは……あんなのは……とても……人の姿には……見えない……」
美月の声は震えていた。発狂した真の声が、姿が脳裏に焼き付いている。あんなモノは見たことがない。ゲーム化した世界のモンスターですら、あそこまで狂ってはいない。それは、真の姿を借りた、得体の知れない何かだった。化け物ですらない何か。美月はそれが堪らなく怖かった。
「……ッ」
美月の言葉に真が歯噛みした。あの姿を見られていたのではその答えが妥当だろう。『人の姿ではない』、それ以外の答えなどあるわけがない。
「だから、教えて……。“あれ”は何なの?」
もう一歩美月が近づいた。胸の前で握りしめた手はさらに力が入る。
「……分かった。全部教えるよ……」
真は抵抗が無意味であることを悟った。怖さと必死に戦っている少女と、逃げようとしている自分。最初から勝負など決まっていたのだ。
「うん。ありがとう……。ゆっくりでいいからね」
美月が優しく問いかけた。説明するとは言ったものの、真はどう説明していいものか、頭がまとまらない。悩む間にしばしの沈黙が流れる。
それはほんの僅かな時間でしかなかったが、長い長い時間のようにも思えた。そして、真は重い口を開いた。
「……“あれ”はブラディメスクリーチャーっていうベルセルク専用のアンノウンスキルだ」
「ブラディメスクリーチャー……ッ!?」
血まみれの怪物。真の答えに美月が戦慄を覚えると同時に、酷く納得してしまった。あの異常性を表現するスキルとしてはこれ以上に相応しい名前はない。
「それで……、このスキルが発動すると、狂ったように敵を倒していくようになる」
「真がスキルを発動させたのは……どうして……?」
真の話を聞いて分からないことが色々あるが、一番気になったことを聞く。そんな危険なスキルを発動させた理由は何なのか。真の役割は、『王龍』側からの応援がくるまでの時間を稼ぐだけだったはず。
「これは、俺が任意で発動させたスキルじゃない……。ブラディメスクリーチャーが発動する前から、俺は狂戦士化……してた……」
「えッ……!?」
美月にとってさらに驚愕の事実が出てきた。ブラディメスクリーチャーという意味不明なスキルのせいで真が発狂したのだと思っていた。それなら全てはスキルのせいになる。だが、スキルを発動させる前から真は狂戦士になっていたというのだ。
「これは、俺とベルセルクの相性によるものだと思う……。ベルセルクの特性が戦いを求めてるんだと思うんだ。それで、大勢のヴァリア帝国兵や魔人と戦うことで、ベルセルクとしての特性が活性化した結果、俺が狂戦士化して、最終的にブラディメスクリーチャーなんていうスキルが発動した」
真にとっては、今話ていることは、全くの仮説でしかないのだが、不思議と全て正解であると確信できた。その根拠が分からないのが不気味だが、例の症状のことは伏せておくことにした。
「それって……、また真があんな風に、狂ったように戦うことがあるっていうこと……だよね?」
「…………そういうこと……になる」
ここまで言ってしまったらもう誤魔化すことはできない。真は歯噛みしながらも、素直に認めた。
「そう……なんだね……。ごめんね、真……。真自身も辛いよね……。ベルセルクとしての特性が出てしまうのは、真のせいじゃないもんね……」
「いや……、まぁ……うん」
ベルセルクの特性が出てしまうのは真の適性の高さ故なのだが、美月が言う通り、真が意図していたことではない。
「それなら、他のベルセルクの人も、真と同じようになるのかな?」
「それはない」
「えっ!?」
「あっ……。ええっと……。多分、俺だけだと……思う……」
またしても真は募穴を掘ってしまった。他の人が真と同じようにブラディメスクリーチャーを発動させるかどうかなど、今の段階で分かるはずがないのだ。それなのに、『それはない』と即答してしまった。
「どうして……?」
「それは……分からない……」
「ねぇ、真……。また、あの症状が出てるんじゃない……?」
当然のことながら、美月はその答えに辿り着く。真が心配をかけまいとして黙っていたことも分かってしまった。
「それは……そうだけど……。美月……、悪いがその話はなしだ。アンノウンスキルの話もこれで終わりだ。センシアル王国騎士団が形成を逆転させた。今から『ライオンハート』の捜索に行かないといけない」
流石にこれ以上、この話を続けるわけにはいかない。真が魔人を倒したことによって、センシアル王国騎士団が一転攻勢に転じたとはいえ、まだ『ライオンハート』の安否は確認できていない。
「そ、そうだね……。ごめんね、私のことばかりで……。今は『ライオンハート』の安全を確認する方が大事だよね……。うん……、分かった……。私も手伝う」
「ああ、そうしてくれると助かる」
真が発狂した件については、一旦終わりとし、真と美月は『ライオンハート』の捜索へと動き出した。




