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狂戦士 Ⅲ

アンノウンスキル ブラッドメスクリーチャーの発動と同時に真の鼓動が一気に加速していった。


血が滾り、肉が踊りだす。全身から力が溢れ出してくる。指先の毛細血管に至るまで、身体の隅から隅にまで、力がみなぎっていく。


同時に真の瞳が深紅の染まり、目の前の怪物に焦点を合わせる。


黒騎士や帝国兵のゾンビ達の集合体レギオン。巨大で異形の怪物を前に、真は嬉々として地面を蹴った。


その刹那、真はあり得ないほどの速度でレギオンに接触すると、荒れ狂う雷のような斬撃を次々と繰り出していった。


レギオンの足が斬られ、脚が斬られ、腹が斬られ、はみ出してきたゾンビ達が一瞬のうちにバラバラに斬られていく。レギオンが膝を付くと、手が斬られ、胸が斬られ、顔が斬られていく。突き出したゾンビ達は例外なく斬り捨てられていく。


「グゴァァァァーー!!」


苦痛に満ちたレギオンの声が木霊する。真の斬撃はまるで無数の獣が一匹の草食動物に群がるような凄惨なものだった。レギオンはその速度に全くついていくことができない。


ものの数秒。クオールの奥の手として作り出されたゾンビ達の集合体は、なす術もなく真に斬り刻まれて倒れた。


「ぐっ……小癪な真似を……っ!?」


クオールは自身の状況の悪さを理解していた。まさかレギオンが手も足も出ないとは思ってもいなかったからだ。


「――!!!」


レギオンを倒した真が次の獲物にしたのは、まだ残っているゾンビ達。ゾンビ達の元になったのはヴァリア帝国の中央連隊は主力部隊だ。レギオンを倒したところで、まだまだゾンビ達は無数に蠢いている。


真はゾンビの群れに飛び込んだ。ヴァリア帝国の黒騎士のゾンビも一般兵のゾンビも入り混じっているゾンビの坩堝に、狂った怪物が飛び込んでいく。


その光景はさらに凄惨なものだった。蹂躙という言葉ですら生温い。まさに血に飢えた獣が貪り食うように真が剣を振る。


しかし、真は満たされない。渇きは酷くなる一方。ここは自分を満たしてくれるかもしれない、と思っていたが、実際にはまるで足りていない。


それ故、さらに発狂する。真を満たしてくれる戦いを求めて、狂ったように剣を振り続ける。もはやゾンビ達がどれだけの数がいようと関係なかった。数の力だけでは今の真を止めるには圧倒的に力不足。竜巻の前にどれだけ塵が積もろうが、一瞬で吹き飛ばされて終わるだけ。


「不味い……。このままでは……おのれ、小娘が!! ――喰らいつくせ、スターブド コープス!」


クオールは暴れまわる真に向けて、魔法陣を展開した。


「ギギィィィィイイイーーー!!!」


魔法陣から出現した無数の死霊が一斉に真に向かっていく。


実体のない死霊の群れは剣で斬ることはできない。一度捕まれば纏わり付かれて簡単に離すこともできなくなる。それがスターブド コープスという死霊魔術だ。


だが、それは死霊が標的に追いつければの話。異常なまでの速度でゾンビを薙ぎ払っていく真に死霊が追い付くことができない。


獲物を見失った死霊の群れは、何もできずに霧散していくしかない。


「ぐっ……、舐めた真似をしてくれるな小娘が!」


死霊の速度では真を捕らえることはできない。それならばと、クオールは両手を真に向けて突き出した。


「引き裂け! ダーク テンタクルス!」


クオールが突き出した魔法陣から幾本もの闇の触手が飛び出してきた。それは一直線に真に向かって飛んでいく。その速度は死霊の比ではない。


触手の一本一本が意思を持った生物のように、獲物と定めた真に襲い掛かっていく。真は触手のことなど気にも留めずにゾンビを斬っている。


その触手の一本が真に触れようかという時だった。真は身体を半分逸らすと、簡単に闇の触手を回避した。次の触手が来ても真は同じだ。まったく触手など見ていないのにも関わらず、真はこれを避ける。それでも、闇の触手は諦めることない。次々と真に向かて飛んでいくが、真を掴むどころか触れることすらできない。


そこでようやく、真は触手の大元であるクオールの方に目を向けた。深紅に染まった瞳が法衣と仮面の魔人を視界に入れる。


「がッ……!?」


目が合ったクオールは、それだけで息が詰まってしまった。それは初めて感じる恐怖というものだった。


(そ、そんなことはない……。断じてない! 我が畏怖することなど……絶対にあってはならないッ!)


クオールは仮面の下で歯を食いしばった。そうすることで何とか眼前の恐怖を見ることができた。だが、それから逃れることはできない。


真はクオールに向かって突進してきた。襲い来る幾本もの闇の触手を容易く掻い潜り、ほんの数秒足らずでクオールに接敵するに至る。


「こ、この――ッ!?」


クオールは真を迎撃しようとするが、その時にはもう終わっていた。


一瞬のうちに真の斬撃の嵐に飲まれてしまう。腕も足も、腹も胸も、顔も首も食い散らかされたように斬り刻まれていた。クオールは攻撃の予備動作すらする時間も与えられずに崩れ落ちる。


クオールが死の間際に見たものは、笑う少女と深紅の瞳。異界より出でし魔人が、最後に見た者はただの人間だった。そのただの人間に恐怖し、一矢報いるどころか、気が付いた時にはもう終わっていた。


「ァァ……――」


クオールが倒れたことによって、黒騎士団と帝国兵のゾンビ達がバタバタと倒れていく。ゾンビを動かしていた根源たる術者が死んだことによって、ゾンビ達を維持することができなくなり、ようやく眠りにつくことが許されたのだ。


残されたのは魔人ザーザス。


ゾンビ達が一気にいなくなったことで、真の敵が激減した。血に飢えた獣に与える血がなくなったということは、必然的に残っている獲物に飛びつくことになる。


「ひぃッ!?」


深紅に染まった真の瞳に見られたザーザスは、怯えたような声を上げてしまった。それはさながら、猛獣を前にした兎だった。


どうすることもできないが、主であるイルミナからの命令は、戦うこと。ただ戦うことのみ。逃げるなどということは許されない。


そもそも選べる選択などない。戦う以外に何もない。それが確約された死であっても。だから、ザーザスはヤケクソになるしかなかった。


「ぶっ殺してやるわよ、この雌豚がぁー!!」


自らを鼓舞するようにザーザスが叫ぶ。


「アぁアァぁAアaaーーーー!!!」


対する真は奇声を発しながらザーザスに襲い掛かっていった。


尋常ではない速度で突撃してくる真に対して、ザーザスは太い刀身の片手剣を二本出現させた。それを左右の手で持ち、真の攻撃に備える。


「――ッ!!」


最初の一撃。真の振った剣をザーザスが両手に持った剣で受け止める――が、その剣圧の重さに、ザーザスが体ごと吹き飛ばされた。


ザーザスにとっては想定外の衝撃だった。少し前に戦った時は真の剣を受け止めることができていた。なのに、今の一撃は到底受け止められるものではない。


戦闘に特化した魔人であるザーザスが力で圧倒された。巨大なランスですら片手で持つことができる腕力が、か細い小娘の剣に押し負けた。しかも圧倒的な差で負けた。


「あり得ない、あり得ない、あり得ないー!」


恐怖に声を震わせながらもザーザスは真から目を離すことはできない。今の真から目を離すということは自殺することと同義だ。


当然のことながら、真は止まらない。すぐさまザーザスに向かって次の攻撃を繰り出してくる。


「ぎゃぁーーッ!!!」


ザーザスは真の攻撃を巨大な両手斧を出して防ぐも、結果は同じ。真の剣に負けて吹き飛ばされる。


「ふざけんじゃないわよーーッ!」


喉が裂けんばかりにザーザスが叫ぶと、無手のまま大きく振りかぶった。そして、そこから勢いよく腕を振ると同時、超巨大剣を出現させた。


一度は真を横薙ぎに猛襲したザーザスの超巨大剣。刃幅だけでも1メートルはあろうかという規格外の巨大剣だ。それを再度真に向けて、全力で振る。


「――」


真は瞬きもせずに超巨大剣に向かって突進していく。


次の瞬間、真がザーザスの超巨大剣に対して、自身の大剣を打ち付けると、爆発したかのような激しい金属音を響かせた。


「がぁ――ッ!?」


撃ち負けたのはザーザスの方だった。あり得ないほどの質量の超巨大剣が、真の一撃で弾き飛ばされる。まるで相手にならなかった。ザーザスは真の凄まじいまでの剣圧を前に虫けら同然に地面に転ばされた。


真はそんなザーザスを見て笑うだけ。何も言わない。声も出さない。ただ、深紅の瞳でザーザスを見て笑う。真にとってみれば、ザーザスだけが最後に残された獲物なのだ。こいつが真を満たしてくれなければ、もう真を満たしてくれるモノない。


たった一つ残された大切な水。渇ききった真を潤してくれるかもしれない、貴重な水。


だから、貪り食うようにしてザーザスに襲い掛かる。


対するザーザスは後退しながら真の攻撃を受け止めるだけで精一杯。一瞬でも気を緩めれば、真の剣の餌食にされてしまう。そうなったらもう終わり。助かる可能性は0になる。


「い、イヤァァーーー!!! 助けて! イルミナ様! 助けてー!」


とうとうザーザスは逃げ出してしまった。止まることのない恐怖が魔人の精神を砕いた。這う這うの体で戦場から逃げ出そうと走る。


しかし、それが叶う相手ではない。相手は異界の魔人すらも圧倒する人外だ。逃げることなど不可能。そんなことは最初から分かっていたことだ。


「アアぁAァァaぁaーー!!!」


真が発狂した声を上げながらザーザスを斬り刻んでいく。


「ゲァアアァーーー!!!」


ザーザスから断末魔の悲鳴が上がる。それは一瞬で終わった。真の攻撃をまともに受けたザーザスは、業火に飲まれた紙屑のように一瞬で終わったのだった。


「…………」


真は無言のまま立ち尽くす。


もう敵はいなかった。魔人もゾンビ達も、黒騎士団も、一般の帝国兵も、誰一人として敵は残っていなかった。


「…………」


あたりを見渡しても敵の影は一人としていない。


「…………ここは」


先の方に一般道と幹線道路の交差点が見えた。あそこは、真が通ってきた道だ。あの道を通って、センシアル王国騎士団と合流することができたのだ。真はいつの間にかセンシアル王国騎士団側の方まで戻ってきてることに気が付いた。


「――ッ!? 誰もいない? まさか、ここは!?」


ヴァリア帝国の兵士たちは真が倒した。魔人達もゾンビ達も、真に向かってきていた。それならセンシアル王国騎士団の負担は少ないはず。退却したなど考えられない。ザーザスを倒したのはついさっきのことだ。生き残っている帝国兵とセンシアル王国騎士団の戦いはまだ続いているはずだ。なのに、人っ子一人見当たらない。


「ずいぶんと派手にやったな」


真の後ろから権高な少女の声が聞こえてきた。


「!? か、管理者……!?」


聞き覚えのある声に、真が慌てて振り返った。そこには血のように赤い長髪と白いブラウスに紺色のロングスカートを履いた少女がいた。綺麗すぎるその顔はまるで人形のようにも見える。その少女は、このゲーム化した世界の管理者だった。


管理者が真に会う時には必ず誰もいない空間に連れてこられる。それは、他の人に話を聞かせないため。真は管理者にとって“鍵”となる存在だから、こうして会いに来ることがある。ただ、問題は、管理者と会っていた時の記憶は別れた時には消されるということ。管理者の説明では、会っていたという事実を切り取っているとのことだった。


「ッ!? 戻ってる……。俺に……」


真はそこで、思考があることに気が付いた。いつの間にか元の自分に戻っている。


「流石にあのままというわけにはいかないからな。必要がなくなれば元に戻るようにしてある」


「ど、どういうことだ……? 何なんだよあれはッ!? どうしたあんなことになった!? アンノウンスキルってなんだよ? ブラッディメスクリーチャーなんていうスキル聞いたことがないぞ? そんなスキル元のゲームにはなかっただろう!?」


我に返った真に言い知れぬ不安が押し寄せくると、まくし立てるようにして質問を重ねた。少し前までの記憶は完全に残っている。発狂していた時のことも克明に覚えている。真の意識はあった。意識があったにも関わらずなぜ発狂したのか。あんなモノはもはや人とは呼べばい。そんなモノに自分がなってしまったのか。


「まぁ、混乱するのも無理のないことだろう。だが、安心しろ。この件については説明してやる」


管理者は想定内の反応を見ながら、ゆっくりと口を開いた。




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