狂戦士 Ⅱ
大きく吹き飛ばされたはずの真は、まるでネコ科の動物のように空中で身体を捻る。そのまま、右手には大剣を持ちつつ、四つん這いの姿勢で着地した。
「フーーーッ!」
真は獣のような姿勢のまま顔を上げて、大きく息を吐きだした。それは、猛獣が発する唸り声のようにも聞こえる。
「ザーザス、気をつけろ! 何か様子がおかしい!」
真の様子にクオールが警告を発した。どう見ても尋常ではない。
「わ、分かってる……。分かってるわよ……」
ザーザスは先ほど真と目が合った時に感じ取っていた。それは触れてはいけないものだったと。
「試してみるか――行け、我が眷属たちよ!」
クオールは様子が変わった真に対して、ゾンビ達をけしかけた。これはさっきからずっとやっていることなのだが、おそらく今まで通りとはいかないだろう。クオールは直感でそう思っていた。
「――ッ!」
真は向かってくるゾンビの群れに反応すると、勢いよく地面を蹴った。
<スラッシュ>
まず一体目のゾンビを袈裟斬りにする。
<フラッシュブレード>
次いで二体目のゾンビを横薙ぎに斬り捨てる。
<スラッシュ>
連続攻撃スキルは2段で止めて、再び踏み込みからの袈裟斬りを放つ。これで3体目。
<パワースラスト>
すかさず突きを放ち、4体目のゾンビも仕留める。
シュンッ!
ここでゼールの剣が飛んできた。
「……」
真はそれを見ることなく回避。
<スラッシュ>
同時にゼールを袈裟斬りにする。
<シャープストライク>
止まらず真はゼールに向けて素早い二連撃を放った。ゼールはこれで沈む。あれほど苦労したゼールがこれだけで終わってしまう。
だが、真はゼールには見向きもせずに、次の標的に向けて剣を振る。真の目は瞳孔が開き、瞬きは一切していない。表情はなく、ただ只管に敵を斬り捨てていくだけ。
他の黒騎士団のゾンビ達も次々と真に襲い掛かっていく。だが、真には一切の攻撃は当たらず、というよりも、攻撃する前に真に斬られて終わってしまう。
たとえ、攻撃ができたとしても、真はいとも簡単に回避していた。しかも、敵を目視することなく、後ろからの攻撃でも難なく避けていた。
真には分かっていた。どこに攻撃が来るかということが。それは理屈ではない。まるで未来を予知しているかのように、敵の攻撃がすべて見えていた。
最早、そこに思考は必要としない。奇しくも思考のないゾンビのようにも見えるが、決定的に違う。思考を奪われたゾンビの群れに対して、真は思考すら必要としない境地に自ら辿り着いた。同じ思考停止のように見えて、実は別次元の差があった。
「小娘風情が小癪な真似を……ッ!」
クオールは歯噛みしながらも、魔法陣を展開させると、真に斬られたゾンビ達が次から次へと起き上がっていく。
クオールの能力によって復活までの時間を脅威的に短縮させたのだ。何度も使える術ではないが、クオールはここぞとばかりに使ってきた。
立ち上がったゾンビの中には当然のことながらゼールも含まれている。
再びゼールが真の前に立つ。かつて剣聖と呼ばれた男の剣技はゾンビとなっても生きている。決して死ぬことのない剣の極み。魂がゾンビとなった剣聖を動かしている。
「フーーーッ!」
真が大きく息を吐きだした。目は瞳孔が開いたまま、瞬きせずにゼールを見る。
ゼールが剣を構えようとした瞬間のことだった。
<スラッシュ>
飛び出してきた真がゼールを袈裟斬りにした。
<グリムリーパー>
そこから単発スキルのグリムリーパーを発動。掬い上げるようにして振った剣の軌跡はまるで死神の鎌のような形を辿る。
もう何度目になるだろうか。真の攻撃を受けたゼールは地面に倒れ込んだ。
ゼールを倒しても、別の黒騎士団のゾンビと帝国兵のゾンビが絶えず襲い掛かってくる。だが、真の殲滅速度の方が早い。何度でも起き上がってくるゾンビ達が、真の殲滅速度に追いつけなくなって、次第にその数が減っていく。
「何やってるのよクオール! 押されてるじゃない!」
ここに来ての想定外の展開に、思わずザーザスが声を荒げた。
「黙れザーザス! 貴様こそ、そこで見てないで、あの小娘を倒してこい!」
「い、言われなくてもそうするわよ!」
売り言葉に買い言葉。押されているクオールのゾンビの不甲斐なさに腹を立てながらも、ザーザス自身が真に向かって行ってない。そこを突かれてしまうと、真に向かっていくしかないのだが、ザーザスは二の足を踏んでいた。
それは、余りにも想定外の相手だから。さっきまでの小娘が正体不明の化け物に見える。
だが、行かないわけにはいかない。主であるイルミナの命令がある。たかが小娘一人に尻尾を巻いて逃げ出すなどあり得ないのだ。
「もう、遊んでる暇はないわよ! すぐにその息の根を止めてやるわ!」
ザーザスは倒れているゾンビの群れを踏み越えて、真に向かって突撃していった。
「さっさとくたばれ、このブス女ー!」
ザーザスは勢いよく右手を突き出すと、掌から巨大なランスが飛び出してきた。巨大武器を出現させる速度を利用した遠距離攻撃だ。
高速で飛び出す巨大なランスは真の後ろから一直線に伸びていく。
だが、真はその攻撃を、ゾンビを斬る動作で回避した。避ける際にザーザスの方は全く見ていない。それなのに、攻撃を躱すだけでなく、一体のゾンビも倒している。
「なんなんよこの女はーッ!」
再びザーザスが真に向けて巨大ランスを発射させた。結果は同じ。真は何事もなかったように回避する。
この時、ようやく真はザーザスの方を見た。
「――ッ!?」
ザーザスは真と目が合ってしまい、体が硬直した。それは、真が笑っていたから。開いた瞳孔のまま、瞬きもせず、声も出さずに笑っている。その異様な顔に魔人であるザーザスですら、言葉を失くしてしまった。
「アアァァァァァーーーー!!!」
真は金切り声を上げると、爆ぜたようにザーザスに向かって突進。その勢いのまま袈裟斬りに剣を振った。
ガキンッ!!
ザーザスは咄嗟に鈍器を出すと、盾のようにして真の攻撃を受け止めた。ただ、ザーザスにとっては本当にギリギリだった。距離が開いていたから、辛うじて防御が間に合ったに過ぎない。あと少しでも距離が近かったら直撃していただろう。
「このッ!」
ザーザスは力の限り真の剣を押し返すと、再び距離を取るため大きく後退。その隙間を埋めるようにして、黒騎士団のゾンビ達が殺到した。
だが、それはもう焼け石に水でしかない。帝国の特殊部隊である黒騎士団のゾンビであろうと、真は瞬時に斬り裂いていく。
そして、真はザーザスの方を見て笑う。
真は異常なまでに高揚していた。今までに感じたことのない興奮状態にあった。
真は世界がゲーム化されてから何かが足りない気がしていた。何が足りないのか、それがまるで分からなかった。
だが、今ならそれが分かる気がした。ここに真が足りていないと思っていたモノ、真が求めていた――渇望していたモノがあるという気がしていた。
この戦場に“それ”があるように思えた。それは、例えるなら、乾ききった大地に落ちた一滴の雫。もっと潤してほしいが、全然足りない。
世界がゲーム化してから真が渇望していたモノ。それは死と隣り合わせの戦い――いや、違う。もっと深く、もっと暗く、もっと根源的なモノ。死すらもその中に内包するような戦い。
真は、今までにも死ぬかもしれない場面は何度かあった。だが、それは一瞬のことだった。一滴の雫でしかなかった。まるで満たされない。
この戦場には無限ともいえる戦いがある。何度倒しても立ち上がってくるゾンビ達。強力な特殊能力を持った二人の上級魔人。
どれだけ斬ってもなくならい。どれだけ倒しても向かってくる。かつてないほどの質と量の戦いがある。真を満たせるだけの質と量の戦いがここにはあるかもしれない。
それを知ってしまった。知らなければ高揚することもなかった。知らなければ渇望しなかった。この喜びを知らなければ、人であり続けることができた。
だが、真は知ってしまった。
自分を満たしてくれるモノがあることを知ってしまった。自分を満たしてくれるモノを見つけてしまった。
けれども、まだまだ足りない。身体は、心は、魂は渇ききっている。
そうなってしまっては止めることができない。
もっと戦いを、もっと死線を、もっと恐怖を、もっと痛みを、もっと興奮を、もっと狂気を、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと
「モットダァーーーーーッ!!!」
<バーサカーソウル>
絶叫と共に真が内に眠る狂戦士の魂を呼び起こす。バーサカーソウルは防御が半減する代わりに、攻撃力が増大するベルセルクの代表的なスキル。
普通、敵に囲まれている状況で使うようなスキルではない。
「ッ!?」
いきなりの真の絶叫にザーザスの身が強張ってしまう。
<レイジングストライク>
真はザーザスに向かってスキルを発動させた。猛禽類が獲物を狙うかのような強襲でザーザスに斬り込んでいく。
まるで予測できない真の行動に対して、ザーザスの反応が一瞬だけ遅れてしまった。その一瞬が致命的だった。
真の大剣がザーザスの体を斬りつけた。
「ぐぬッ!?」
たった一撃だが、真の攻撃を受けたザーザスはその威力の大きさに驚愕しながらも、何とか真から離れようと後退する。
だが、真は逃がしてはくれない。ザーザスが退いた距離と同じだけ真が距離を詰める。
<スラッシュ>
真はすぐさま踏み込んでザーザスを斬りつけた。ザーザスは避けることも防ぐこともできずに直撃を受けてしまう。
「ザーザス、我が時間を作る、一旦下がれ――死者よ集え、レギオン!」
ザーザスの後方からクオールが叫んだ。同時に魔法陣を展開させると、倒れているゾンビ達が、吸い寄せられるようにして一カ所に集まるり、巨大な一体のゾンビへと姿を変えた。
それは何とか人の形をしてるが、いくつものゾンビの集合体で、一体一体のゾンビ達が体の一部として構成されている。その形も歪で、顔や手、足が複数あり、背中からはあぶれたゾンビ達が突き出ている。
「グォアァーーーーー!!」
巨大なゾンビの集合体が呻き声のような声を発した。まるで聞く者の魂をも食らいつくさんとするような、苦痛に滲んだ呻き声だ。
「アアァァァァァーーーー!!!」
<ルナシーハウル>
真は発狂した声を上げながらスキルを発動させた。ルナシーハウルは、攻撃力とクリティカル率を上げる代わりに、防御力が減少するスキル。バーサカーソウルと併用することができるが、防御力が激減するため、扱いが非常に難しい。
ベルセルクが一人で戦う時に絶対に使ってはならないスキルが、バーサカーソウルとルナシーハウルの同時使用だ。
真が置かれている状況を考えれば、この二つのスキルを同時に使うなど正気の沙汰ではない。
その時だった、発狂した真の頭の中に直接声が響いた。
【アンノウンスキル ブラッディメスクリーチャーを発動します】




